と、ここでいきなり家庭内の問題に話は変わる。正月早々母親は庭に出てなんだか分からないがいろんな仕事をしている。ワタクシが寒いと言って暖房をつけていると、今日は暖かいんだから消せ、と言ってくる。冗談じゃない。動き回っている人間はあったかいかもしれないが、部屋の中にいる人間は寒いのだ。いやんなるぜ。自分の基準を他人に当てはめるのが好きなのだ。あー、むかつく。だいたいがうちの母親は父によるチャイルドアビュースのイネイブラーだったのだ。あれだけ激しい虐めがあったのに放置したのだよ。殺意がわく。
全然関係ないが、トランプが大統領になるほどアメリカは腐っていないよな。クリントンで決定か。妥当なところだろう。しかしそうなれば血縁で大統領になるケースがまた一つ増えるわけだ。アメリカって本当に民主主義の国なのだろうか?旦那の方のクリントンはなにしてるんだろう?旦那が大統領になった途端に奥さんがあくまでも私人のはずなのに政治に口を出す仕組みなんか意味が分からないよ。アメリカの大統領は政治家では無くて、4年任期の国王だ。オバマってなにしたんだっけ?ノーベル平和賞しか記憶に残らないよ。あとはISへの空爆とTPPか。相変わらずアメリカの景気は悪いし、なんか手は無かったのかな。俺にやらせてくれ。ロシアに核をぶち込むから。人の住んでいない地域を狙って。それで「間違いました」と言い訳するのだ。
爆笑問題と田中克彦の対話、ひどいな。「言語の分節に従って世界を認識している」とか、「言語の先に身振りがあった」とか、「/k/の音が一番奥だ」とか、「生まれた時は白紙」とか。ヒトは言語能力を獲得した途端にヒトになったのだから、身振りが先なんてあり得ないのだ。言語能力を持ちながら使わない訳が無いではないか。相変わらずの嘘と無知だ。なんでこんな人がいるの?ちっとも勉強してないじゃないか。俺の師匠たちは田中とそう年は変わらないが、勉強しておられるぜえ。生成文法だけじゃなく、認知文法も伝統文法も。なんたって最初に読まされる本がイェスペルセンだからな。伝統文法もいいところだ。そしてイェスペルセンの、「ソシュールの共時態では書けない言語現象がある」というところが強調される。ソシュールはまあいいとしても、イェスペルセンを知らない「思想家」が多いのには笑わされる。ソシュールとかラカンとか、名前出せばいいってもんじゃないよ。それでカッチョイイのか?本当にもうやめよう。それともソシュールもラカンもフランス語で読んでワタクシと議論するかね?誰もしないんだよな。なぜか。
筒井康隆さんの『世間はゴ冗談』を読んだ。相変わらずの爆走ぶりだ。『ペニスに命中』なんて、なんとまあ素晴らしい壊れっぷりだろう。もう自由自在だね。齢80にしてこんな壊れ方をするなんて天才だ。だがこの方ももう20年もすればおられなくなるのだな。今のうちにいっぱい書いてください。
修士一年の時一緒だった修子ちゃんの話をする。彼女は外交官の娘で、ワシントン育ちだった。お互いに好きだった短い時間は貴重だ。柔らかい唇。張りのある乳房。意外と甘えん坊な性格。かわいかった。最初に電話してきたのは彼女からだ。彼女はワタクシを「かっこいい」と言い、「モテる人だ」と思っていたらしい。確かに少しはもてた。スペイン語学専攻の一学年上の女の子からいきなりデートの誘いの電話が来たり、留学生に踊りに行こうと誘われたりしていた。大晦日に研究室にいたらうちへ来ない?と別の女の子に誘われて泊まった事もある。でも修子ちゃんは別格だった。彼女についてはちゃんと愛していたのだと思う。ある雨の日に、彼女が言った事がある。「部屋って駅から近いんでしょ」これをミスったワタクシは大馬鹿だ。部屋に来たいという意味じゃ無いか。あー、もったいない。あのときなあ、ちゃんと部屋へ連れてきていればなあ。でもそうするとニテさんとケテさんがいないんだよな。それは困るぞ。息子二人は宝物だ。他に代わるものがない。
また話は変わるが、コンビニに行って相原コージのどうにもならないマンガもどきが売れていないので安心した。今更売れてたまるか。風間やんわりの『食べれません』にまでギャグは進化したのだ。とがしやすたかの「なんにも考えていない女の子の笑顔」なんて相原には絶対に描けまい。『魁!クロマティ高校』ほどのアナーキズムももう古くなりかけているというのに、20年以上前の相原が売れるわけがないのだ。今更パクリを読んでも仕方が無いのだ。死ね。あ、死んでるか。
西原理恵子さんと月野光司さんの『おサケについてのまじめな話』を再読中。ワタクシはもう10年断酒しているが、飲酒欲求はまるでない。飲めば鬱が激しくなるのが分かっているからな。幼児期の体験で脳に鬱回路が出来てしまったのだ。家庭内で虐めを受けた子供の脳にははっきり「外傷」と呼んでいい変化があるそうだ。毎日毎日よく飽きる事もなくいじめてくれたな、あの腐れ外道は。もう死んでいるが、墓から引きずり出して殴りたい。あの男は「静かなアル中」だったのだ。殴るは蹴るは、正座させて何時間でも酒を飲みながら愚痴るは、ろくなもんじゃない。せっかく逃れようと全寮制の学校に入ったのに部屋までやってきて持ち物検査をするは、そんな親いなかったぞ。俺よく人も殺さずに育ったな。友人の家で見た関東の親子関係がうらやましかった。完全にイーブンなんだもんな。こっちは横溝正史の世界だぜ。参ったか。ああ、あいつを殺してー。
新年なわけだが、なにも変わらない。キース・ジャレットの"The Survivors' Suite"を聴いているし。これはケルンより名曲だな。女の子のキースファンにはケルン好きが多いんだよね。あれは甘すぎるよ。あそこまで少女趣味の作品は滅多にあるまい。どこのサイトだったか忘れたが、"Bye bye blackbird"の"For Miles"を聴いて、「なにがしたいのか分からない」と書いておられた方がいたが、あれいい曲だと思うけどなあ。まるでジプシーの女の子が舞台の上でピンスポットを浴びで一人で踊っているような曲だ。
ところでもう何年前になるか、劇症肝炎を起こしたときのこと。最初に運び込まれた千葉県我孫子市の内科専門病院はγが1900,GOT28800の状態なのに点滴しかせず、肝性昏睡5度で昏睡するワタクシを精神科に送りつけた。明らかに手抜きだ。自分とこで死人を出したくなかっただけだ。ああいうのは訴える事は出来ないんだろうか。このままでは明らかに死ぬ患者をもっと高度な医療につなげるのではなく、精神科に送るとは何事だろうか。幸い精神科でアル中に詳しい先生がおられて、内科の充実したICUに送ってもらったのだが。あの判断が無かったら俺死んでる。ICUはほとんど記憶にない。100-7はいくつですか?と尋ねられたのは覚えている。これに答えられなかったのだが。80ぐらいかな?などと言っていた。とにかく空腹だったのは覚えている。チーズだの白身魚だのがやたらに欲しかった。
で、話はまた変わるんだけど、これって詩なんですかね?kaokiというとんでもないハクチが書いているんですが、なにこれ?吐き気がしそうな文字列。これで本人は詩を書いているつもりらしい。怖いよ。それにしてもずいぶんな言語能力だこと。さて、Geoだし、沈めてやるか。頭がこの上なく悪いんだな。ものも知らないし、常識的な発言も出来ないし、いらん荒らしはするし、はっきり言ってただのバカ。死んじゃえ。こいつと組んであらしをやっていたedger_と言うバカもいたんだが、こいつは基地外だった。このedger_と言うバカはkaokiの掲示板に、ワタクシのサイトを潰すと宣言していた事がある。それを削除しなかったkaokiも同罪だ。そして2016/01/03、12:21、kaokiのサイトは終わっている。閉鎖されてやがんの。あははははははははは。プロバイダにも連絡を取って完全に潰してやる。請求金額は400万。妥当なところだろう。
今年もまた読みもしないソシュールだのラカンだのデリダだの言い出すバカたちを駆逐しよう。アカデミズムの文脈で語りたいのなら原書を読むしか無い事を理解してもらおう。チョムスキーについて語りたいのであれば、最低でもAspectsの第一章、Chomsky and Lasnikぐらいは読んでくださいね。ラカンについて語りたいなら『エクリ』を。デリダやドルゥーズについては知らない。読む必要があるとも思わない。
さて、元旦からタイ語の勉強をしているのだが、今日からは心理学の洋書を読む。英語がどんどん論文英語になってしまうが、今のところ仕方が無い。今年は11月に近くの国立大学の教育学部への学士入学、それから臨床心理士コースの院試を受ける。去年は間抜けな事にTOEICを受けるのを忘れていて、受験出来なかった。今年は2回は受けよう。最後に受けた時が920点だった。どこまで落ちているかな?
ところで荒らし屋kaokiだが、サイトを閉めさせてやった。だいたいがなんなんだ、kaokiって名前はよ。こいつ自分が「詩人」だと思ってやがんの。そのめちゃくちゃな言語感覚で読む者をしょげさせてくれたものだ。プロバイダにも連絡してメルアドが使えないようにしてやれ。それにしてもGEOは反応が早かったなあ。今朝通知したらもう消えてんの。わたしゃ心的外傷への賠償金として400万請求するよ。kaokiというバカがした事は簡単に許していい事では無い。ワタクシのところだけでなく、英語関係者のサイトには片っ端からケンカを売っていたのだから。知らないのは仕方ないよ。本当に知らないんだったら。ただ、原典にも当たらず解説書や俗流解釈で誤解したまま発言するのはやめて欲しい。
ニテさんはほんとうによくワタクシになついてくれた。ミニカーで遊んでいても、ワタクシが「よし、ニテ、散歩に行くぞ」と言うと立ち上がって玄関に走った。「ニテ、帽子忘れんな」というと麦わらをかぶった。「パパのも」と言うとワタクシの麦わらを持ってきて手渡した。かわいかったなあ。自動販売機でニテさんの好きなイチゴミルクを買って手渡すと、まだ片手で持てないものだから両手で大事に持ってワタクシの顔を見ながら斜め走りをした。公園ではベンチにのって横移動するのが好きだった。ある時ニテさんより小さな女の子がベンチに立っていたので、ニテさんはどかそうとして「うーうー」と女の子を威嚇した。しかし女の子はニテさんの行動を見て笑うだけだった。全然怖くないんだもんな。穏やかな性格のニテさんには脅しが出来なかったのだ。それでいいんだよ、ニテ。
『機械仕掛けの愛』のロボットたちは必要が無いぐらいの知能を積んでいる。ペットロボが自発的に昔のご主人に会いに行くなんてまるで家なき子か犬の話のようだ。『広沢さん』や『ボノボ』や『クルス』に至っては人間と感情が変わらない。『家族増員法』だけロボットが出てこないが、あれだと子供はクローンだよな。リックやクルス、神父たちの行動は完全に自発的で創発的だ。あれが出来るのは100年はかかるな。ワタクシは2045年問題はたいした驚異だと思っていない。いかに早いプロセッサを大量につなげても、自我が芽生えるとはとても思えないのだ。人間が意識を持つのは分かる。実際に体験しているからね。そしておそらくネズミですら意識を持つだろう。ハムスターやラット。あんなに脳が小さいのに意識が生じている。それならインターネットという物自体が意識を持っても良さそうなものだ。十分に複雑に接続されているのだから(2016/01/15後記:ちょっと概算してみたら、WWWの端末数は人間の脳細胞より少ないし、接続とシナプスの数も比較にならない事に気がついた。よって取り消し。ネズミのシナプスより少ないかもしれないな。だいたいが蚊ぐらい小さな生き物ですら、人間にはまだ作れないのだ。あんな小さなものが二酸化炭素を追いかけて血を吸うなんて、なんとまあよく出来ている事か。自然のやる事はすごいね)。レイ・カーツヮイルの本も読んだのだが、勇み足な気がする。人間を笑わせる事が出来るかどうかをヨシモトテストとして提案したい。これが出来たら相当なもんだ。ロボット漫才師が出来たら大事だな。ロボットが自殺するとかな。手塚治虫さんの『火の鳥』ではロビタが自殺するが。AIが宗教を持ったりすることってあるかな。ふう。わけ分からん。自我ってどこに宿ってるんだろう?「自我モジュール」があるのか、それとも散らばっているのか。デカルトが考えたように松果体なり扁桃核なりが、つまりローカライズ出来る場所に自我があるのなら、脳疾患で「自我欠乏症」というものがあっても良さそうなものだが、そういう症例は寡聞にして知らない(2016/01/14後記:統合失調症にはあるのかもしれない)。脳幹から前頭葉まで含めて人格が散らばっているのだろうか。ロボトミーで人格が変わるなんて傍証にはならないかな。自我をローカライズするような危険を自然がやるとはとても思えなくなってきた。自然はAIなんかよりずっと精緻だ。いくらプロセッサを集積していっても自我に至るかははなはだ疑問だ 。
2016/01/12
なんてことを書いていたら驚愕のニュース。デヴィッド・ボウイが死におった。なんてこった。こんなことならシリアス・ムーンライト・ツアーに行っておくのであった。死んだかぁ。デヴィボーがなあ。死ぬのか。あんな人でも。いや参った。しばらくはテレビはボウイの追悼番組でいっぱいになるだろうな。
と思ったら案外テレビ業界は彼の死を扱わない。やはり海外ロックスターは視聴率が稼げないのかな。たとえばワタクシの大嫌いな(単に嫌いと言うより、嫌悪感と軽蔑感を抱く)ナガブチ(空手経験者との事だが、ガチで殴り合いしてみたい)とかが死んだらしばらくはテレビが騒ぐ気がするが。日本での認知度はそうたいした事無かったのかな。いや惜しい。ジョン・レノンが死んだ時はワタクシはお子様だったのでよくわかんなかった。のちによく聴くようになって惜しいなあと思うようになった。ボウイでは"Let's Dance"が一番売れたようだが、ワタクシは"Low"とか"Heroes"とか"Scarey Monsters"の方が好きだな。最高作はやっぱりジギーかな。みんな死ぬんだねえ。しょうが無いか。今夜はボウイを偲んで下半身裸で踊ろう。
全然関係ないのだが、NHKのアナウンサーが「危険ドラッグ」で逮捕されましたな。でもあれラッシュでしょ?あれ危険か?というか、ラッシュが危険ドラッグに分類されている事すら知らなかったよ。あれで逮捕ならワタクシなんか何十回も逮捕されなきゃならない。ラッシュはたいした効果が無くてすぐに飽きたけどね。一瞬からだが熱くなって動悸が増すだけだもんな。なんてこと無いよ。あんなのを規制してどうしようというのか。わたしゃハシシ、ハッパ、ペヨーテ、メスカリン、ヘロイン、キノコ、LSDなどなどをやった事があるが(シャブは鼻から結晶を吸い込んだだけ。これだと注射と違って一発で依存するわけでは無い)、マジでやばいと思ったのはヘロインだけだ。あれはやっちゃあいけません。本気で危険です。キまってるときは確かに涅槃の境地だが、次の日最悪。極度の鬱でどうにもならなくなります。廃人に一番近い道だ。日本という国はドラッグは酒とたばこしか認めないのか。どっちも体に猛烈に悪いのにな。とは言えサケが「猛烈に悪い」のは人による。ワタクシのようなアルコール依存症者には悪いというだけだ。毎日飲んでいてもアルコール依存症にならない人もいるのに、なぜかワタクシはなってしまった。なる人とならない人、どこに違いがあるんだろうねえ。やっぱり遺伝子レベルで決まってる気がする。なんかこう、なっちゃう人って初めから怪しいんだよな。飲み方がおかしいのだ。大学時代の友人、ジョルジュ山本もおかしかった。酩酊するまで飲むんだよな。六本木で飲んで、青山通りをへろへろになって歩きながらワタクシがあのバイクいけ!と言うと蹴り倒していた。ワタクシもそうだが、軽く居酒屋で一杯やって、電車に乗ってうちへ帰り、そのまま寝付くということが出来ないのだ。必ずうちで酒を足すのだ。べろんべろんにならないと飲んだ気がしないし、覚めていく過程が気持ち悪いのだ。常時酔っ払った状態でいたい、と言うのかな、現実が痛いのだ。などと言いつつジアゼパムを一錠飲むワタクシ。いきなり不安感が襲って来ちまったぜ。酒の事なんか書くからかな。一錠じゃ足りないな。あと二錠足そう。俺脆いな。実にもろい。神経がむき出しで外気に当たっているようだ。いい年してもろい。まあいいや。俺の話なんて。それよりラッシュキめて捕まったアナウンサー、あそこまでの社会的制裁を受けなければならないか?そんなに悪い事なのか?人生丸つぶれではないか。たかがラッシュごときで天下のNHKをクビ。おまけに顔写真を民放各局にこれでもかとさらされる。犯した罪(だとしてもだ)に対してなんと大きな贖罪。かわいそうである。これからどうするんだろう?民放のアナウンサーとして復活するにも、何年かして冷却期間をおいてからじゃないとダメだな。田代まさし&清水健太郎ショーの司会から始めるしかあるまいな。ほんとにかわいそう。しつこいけど、ラッシュでしょ。一嗅ぎして一分ぐらいしか効かないんだよ。酒の方が意識レベルは変わるよ。そしてタバコの方が遙かに体に悪い。なんでやねんねん。
などと書いてきたが、今ワタクシは合法・違法を問わずドラッグは一切やっていない。酒はやめて10年だし、禁煙にも成功した。酒はちょっと特殊な施設で治した。タバコは案外簡単だった。まあいつ吸うかは分かりませんがね。一本吸ったら元の木阿弥だと言うし。酒なあ。酒はもういいや。臭いが嫌いになっている。頭に納めた大量のカクテルレシピも無駄な知識だ。忘れてしまおう。
で、『機械仕掛けの愛』だが、今読み返して気がついたのは、自発的行動に出るのはロボットで、人間は受け身だという点だ。第一巻で唯一人間が主人公の『家族増員法』では主人公はなにもしない。ただ政府が「やってくれる」のを待っているだけだ。ロボットたちが意志的で創発的行動を起こすのに人間の主人公はただただ受け身。寂しい人たちが機械で子供を作る。悲しいなあ。
これまた全然関係ないんだけど、昨日相撲を見るともなしにテレビで見ていたら、高須克也さんが砂かぶりに写っていた。西原さん一緒だったのかな。『ダーリンは70才』、買ってみないとな。でもまあいい位置の人を見つけたよね。鴨志田さんの生前からの付き合いだし、籍を入れないのも正しい。お金でもめるもんね。西原さんは綺麗だもんね。若い頃はさぞや。今にして思えば、鴨志田穣さんは幸せな死に方をしたな。愛する人と子供たちに囲まれた最後の半年間。いい死に方だった。羨ましくすらある。ワタクシももっと自分の姿を子供たちに見せたかったな。ニテケテのおむつはいつ取れたんだろう?そんな事も知らない。情けない父親だ。
デヴィッド・ボウイ死にましたか。時間の経過に沿ってじんわりと胸に沈んでくる。陳腐な言いぐさだが、なんかあの人は死なないような気がしていた。今日は"Heroes"を聴いた。元気だった時の音楽だ。染みる。
もうどんどん話題は変わる。アルコールの事だ。戻ってるか。西原理恵子さんと吾妻ひでおさんの対談、『あるこーる白書』をまた読み直しているのだが、ワタクシのγ1900,GOT28800はまさに瀕死だったんだな。もう酒は一生分飲みました。GOT28800というのは、測定器の針を振り切っていた結果の仮の数値だ。なんで生き返れたんだろう?大変に運が良かったのだろう。千葉大医学部の病院でなかったら死んでいたな。血漿交換を死ぬほどやったが、あれって輸血になるのかな。輸血になるんだったら献血が出来なくなるな。400ccぐらい抜いてきたい。血液検査にもなるし、献血っていいんだよな。腎バンクとアイバンクには入っているから、次は骨髄バンクか。
酒に代わるいいドラッグがあればアル中も救われる気がする。依存性が無くてただ単にファンタジーの世界に遊べるドラッグ。ハシシが一番近いかな。なんであれ禁止なんだろう。日本はドラッグに対しての政策がめちゃくちゃだ。酒をあれだけ広告宣伝していながらハシシがダメってそれなに?タバコだってそうだ。禁断症状は軽いが、依存性はヘロイン並みという最悪のドラッグだ。癌の発生率を上げ、喘息や気管支炎の原因になり、半分以上が税金で取られ、ろくな事は無い。ICUの庭の一角に大麻が生えていたのは有名だったが、今では北海道にすら野生の大麻は見つけにくい。ある知り合いが北海道某所の大麻群生地にハッパを取りに行って、雪の中匍匐前進で集めてきたものの、まったく効かないブツだったという悲しい話もあった。大学時代の友人の友人が山に植えていて、ときどき様子を見に行っていたらしいが、肥料をいくらやっても枯れなかったそうだ。セイタカアワダチソウなみに強い植物なんだな。今ハッパが欲しい。新鮮なトップをオムレツに入れて食べたい。トップはいいもんなあ。ふわーっと軽くて。音楽がよくきこえて。植物と話をしたりして。宇宙の真理に目覚めたりして。うそうそ、ワタシなにも知りません。イノセントです。しかしラッシュでしくじるってなあ。あんなの23日間拘留されて執行猶予3年というところだろう。かわいそすぎる。
ボウイが死んだというのに、昼過ぎのおばさん番組はDaigoの結婚の話ばかり流している。是非『地球に落ちてきた男』をどこかの局で放送して欲しい。いくら何でも今月中に『戦メリ』はやるんだろうなあ!おお!!"Labyrinth"だってやるよな!あれだけのスターが(まさにスター)死んだんだ。やるよなあ!"Tonight"は駄作だけど、"God only knows"の歌のうまさは傑出している。歌がうまいんだ、ボウイは。F0が本当に綺麗なんだ。サウンドスペクトログラフで母音を調べてみたい。cavityをうまく使ってる事が分かるだろう。oral cavity, nasal cavityの舌による容積の調整で響きがだいぶ変わるのだが、ボウイぐらいの人だといったいどんな「楽器」なのかを調べてみるべきだった。エドワード・サピアが直感で描いていた母音の関係図があるのだが、これはのちに調音音声学的に非常に正確な図である事が分かっている。いるんですね、天才。サピアの名は例の「サピア・ウォーフ仮説」でよく耳にするが、世に流布している強い仮説はウォーフのものなんだよね。ヴィトゲンシュタインも「もし違う言語を話すなら、違う世界を認識するだろう」と書いているが、この仮説はカントにまで遡るのだなあ。19世紀だよ。なんて分かったような事を書きながら、サピアとウォーフの共著は読んでいないワタクシです。形態統語論というホットな分野の勉強が忙しくて読めていません。学部生のときに読んでおくべきだった。一般教養って必要か?いきなり専門をやった方がいいんじゃないか?大学教育はそこに至るまでが大変だけど、つまり受験ね、だけど入ってからが緩すぎる。一年生でサピアとイェスペルセン、二年生でソシュールの「講義」とチョムスキーの"Syntactic Structures"、三年生LGBとMinimalist,そして四年生は100枚以上の卒論とLSLTに集中させた方が遙かに勉強になると思うが。そして外語は取り放題にして欲しい。俺は好きでシェークスピアの講義も取ったのだが無駄話しか無かった。あんなの講義じゃない。あと社会学の講義がめちゃくちゃだった。自分がどれだけ優れているかを語るだけのハクチ講義。田中ハクチという名前の講師だった。おまけに自分が絡んでる本を無理矢理買わせて、ボールペンでサインしたのを確認して単位を出していた。うんざりした。論理学と数学と物理ははっきり言ってためになった。わたしゃ腐れ文系学部にいて数学と物理を取っていたのだ。どっちもAでした。自慢自慢。で、サピアは言語学者には珍しく英文が綺麗だ。まさにreadable。ワタクシの狭い知見では他にはAndersonぐらいしかいないな、あんなに読ませる英語は。チョムスキーの英語はプログラム言語のようだ。一カ所"the"を読み間違えれば全部崩れるのだ。ジャケンドフは読みやすいし「くすぐり」も効いている。ピンカーはちょっと乱れがあって引っかかる。大変に頭の切れる人の書く英文だとは思うが。マコーレーの英文は含蓄がある。個人的には「文学的ですらあるじゃん」と思ったのはアンダーソンとサピアだけだな。言語学者ではないが、ラッセルの英文も面白い。文が明晰で語彙が豊富。大学受験のときにメモ用紙にいっぱい単語を書き込んでページに挟んで音読したなあ。"Why I'm not a Christian"なんて懸命に読んだな。まだ覚えているぐらいだ。
『機械仕掛けの愛』第三巻の『自販機ポッコ』、いい台詞がある。「どんなにつらくてもーっ、自分を人に売るなーっ。」「仕事とは何かの奴隷になる事じゃない---っ。」「社会の役に立つ事だーーーっ。」「人の役に立つことだー-ーっ」「人と人とが一緒に生きていくことだーーーっ」泣かせるなあ。これロボットの発言ですぜ。しかも自販機の。なんか吉田戦車さんの『一所懸命機械』を思い出すな。もちろん吉田さんも業田さんも一人立つ人だからエピゴーネンとか言う関係にはないのだが。そして今の自販機の台詞に対して、人間たちが涙を流して、「いいぞーーー自販機ーーーっ。」「いいこと言った。」「そのとーり!!」と拍手をしているのがまた泣かせる。
で、デヴィッド・ボウイなのだが、彼の"Space Oddity"は「2001」にアイディアを借りたが、その事をキューブリックが宣伝に使わせなかったというのは本当だろうか?ISSで"Ground control to Major Tom"を飛行士が歌っている動画があるので、[ISS Bowie]でググってみてくだされ(と言うかもうリンクしちゃいました)。"put your helmet on"のputの発音が、/pot/になってるのがちょっと不思議だが(本当はもっと細かい音声記号で書きたいのだが、みんながIPAのフォントを持っているわけではないので。円唇化した奥の/o/です)、どこの人なんだろう?ボウイの発音だとちゃんと/put/になっているのだが。それはそうと"Labyrinth"における魔王ジャレスのかっこよさを見よ。
こうだぞ、こう。Gacktあたりがいくら頑張ってもたどり着けぬ境地のかっこよさだ。いや、Gacktいい線行ってるとは思うが。えい、動画も貼っちゃれ。ブレヒトか誰かの戯曲をテレビシリーズにしたとき、ボウイが音楽をやっていたはずだが、そのLPを昔持っていた。茅場町に住んでいたときには30才の時のボウイのポスターを壁に貼って、ルームメイトの小関に「ホモか」と言われたっけ。なんで茅場町に住んでいたかというと、その頃ワタクシは投資顧問会社でバイトしてて、近いからだった。兜町まで歩いて5分。いやあ、あの頃は遊んだなあ。最初の結婚をしたのもこの時期だ。馬鹿な女だったなあ。悪い頭で嘘吐くから始末に負えなかった。別れて良かった。何より子供が出来なくて良かった。あいつの頭脳を受け継いだら子供がかわいそうだ。しかしその子は外見は魅力的でプロポーションも良く、人気はあったんだよな。惚れてる男が周りにわんさかといた。勝ったのは俺だが、外れくじだった。バンドマンの彼から俺が盗ったのだよ。俺、ネタは売るほどあるな。書かなきゃ。もったいない。女を彼から盗るってけっこうやってるなあ。安定した彼がいる女の方が案外緩い気がする。最初は浮気で付き合っておいて、本気にさせてしまうのだ。京都のFの時もそうだな。「あんたが大事やねん」って言わせた時点で勝った。Fは婚約して3年になる相手と3ヶ月後に入籍するところを俺が盗ったのだった。別れの電話をしていたFが、「助けて」という目で俺に受話器を渡した。俺は電話に出て、「大変申し訳ないんですが、こういうことです。身を引いてください」と言ったのだった。むちゃくちゃじゃん。RとMは人妻だったし、何だかなあ、良くないよ、そういうことしちゃ。もうしないだろうな。今は結婚とか恋愛に懲りていて、一人の女の子を大事にする事だけしか考えていない。子供は別格。話はまたボウイだが、"there is nothing much to take"のtakeを綺麗に/taik/とロンドン訛りで発声するのはかっこいいなあ。でも"stay"だと/stai/と/stei/の間の音になるんだよね。オーストラリア人のなにがなんでも/ai/とも違うんだな。
やたらにだるいと思ったらもう2016/01/15だ。しかも1:15だ。朝5時半から起きてるからキツイ。寝なきゃならんのに今夜はなぜか元気だ。
で、ボウイなんだが、"Ashes to ashes"で、"time and again I tell myself"の"again"はちゃんと/ei/と発音している。この人がどういう文脈で/ei/,/ai/の使い分けをしているか聞き込んでみたい。などと考えつつ探していたらこんなのがあった。音楽ジョークです。
2016/01/15 5:51
寒いっす。早起き出来るか心配だったのだが起きてしまった。コンビニにコーヒーを買いに行ってきた。外は凍てつく寒さだ。今駄犬ビーにエサをやったのだが、犬って丈夫だなあ。この寒さの中眠って死なないんだから。ところでクロームでこのページを見ると文字化けするのはなぜかなぁ。ちゃんとEUCで指定しているのだが。などと言いつつ朝ご飯が終わった。6時13分である。早く夜開けろ。背中押さないでぇ。耳を咬まないでぇ。ナイフで刺さないでぇ。パソコン部屋は板張りなのでしんしんと寒い。今ふと宇宙の終わりに生まれた子供たちの旅の話を書いたら面白いかなと思いついたんだけど、『銀河ヒッチハイカーズガイド』が既にあるなあ。とここで何の脈絡もなく京都のアル中専門医院の事を思い出した。あそこは病院依存を作っているだけだ。病院がイネイブラーになっているのだ。何度スリップしても受け入れるものだから、治す気のないアル中たちのたまり場になっている。ワタクシもあの病院を離れてやっとやめられたもんね。酔っ払った患者が来ても受け入れていたもんなあ。多くが福祉を受け仕事をしていない人たちだった。ただ病院に来る事だけが毎日の日課。下劣な人間がそろっていた。まともな人は三分の一。あとはただ飲んでいないだけの廃人。病院が「人がゆっくりと死んでいく」場所になっていたのだ。ただ毎日病院に通って、アル中どうしで仲良くやって、帰って行く。それは確かに呑まないだろうが、ただそれだけだ。社会復帰は考えていない。そんな親父さんたちの楽しみは若い女の子の患者と仲良くする事だった。明らかにお世辞なのに、「わしが来るから参加する言うんや」などとしょーーーーーーーーーもない自慢話をしていた。「男がおらんから呑むんやろ。わしが相手したろか?」だってさ。女の子から聞いて笑ったね、ベッドの上で。京都のAAで仲良くなった3番目の女が人妻で、旦那のカードでずいぶん無駄遣いをした。信州、東京、函館に旅行もした。行く先々でタクシー使いまくりの酒呑みまくりだった。あれはジゴロのやる事だな。もうしません。全然関係ないが、運動しよう。体がなまってきている。腹筋と腕立てだけでは足りないな。やはり長距離を歩かねば。今年はタイに行って日差しを浴びるのだ。体力つけとかないとな。腰の筋肉が弱っていて、ちょっと距離を歩くと昔圧迫骨折した箇所が痛むのだ。筋肉コルセットを強化だ。歩くぞ-。それはそうと、今日はAAがあるのだが、行くのどうしようかな。なんかやたら寒いし。参加しなくてもやめられてたんだから今日はパスしよう。いいです、行かなくても。今夜は徹夜だ。たまっていたアイディアを英文で書いておこう。田中克彦さんは博論を日本語だけで書いていたが、モンゴル語と英語でも書くべきじゃないのかな?モンゴル語書けないのかな?英語は書けますよね、いくら何でも。だいたい言語学の博論が日本語だけって凄いぞ。あり得ないな。
ところで、と話はまた変わる。長野で昨日(2016/01/15)起きたバス事故。運転手二人は死んで良かったな。もし生き残っていたら生涯にわたる賠償の人生が待っていただろう。いろんな事故や犯罪で、関わった人が死んだ方がましというのがある。たとえば強姦殺人や放火、巨大事故などだ。去年(2015)フランスの航空機をパイロットが意図的に落とした事件があったが、あれはひどい。自殺に客を巻き込んだのだ。彼は一人静かに死ぬべきだった。卑怯な死に方というのもあって、代表格がロス疑惑の三浦和義だ。電気椅子か絞首刑か、はたまた終身刑か知らないが、先行きの不快を取り除くために逃げたのだ。あれは汚い。池田小学校事件の宅間守もそうだ。死刑になりたいから子供を殺す?自殺しろよ。子供殺しは最低だ。ご遺族のために祈らせていただきたい。神がいるとは思えなくなるのがこういう事件に接したときだ。やはり神は死んだのだ。さもなければシリアやトルコの難民の苦労は救われるはずだ。"God is a concept by which we major our pain"である。
季節も関係しているのかもしれないが、このところ鬱が激しい。実を言うと、今日朝風呂に入ったのだが、これがなんと今年になって初めての入浴だった。二週間以上入浴していなかったのだ。着替えてはいたが。駄犬ビーの散歩も今年になって初めて昨日連れて行った。犬の飼い主としては失格だ。やっぱり猫にするんだった。猫はいいよなあ。一人で遊んでるし。かまって欲しいときは寄ってくるし。散歩も自分でやるし。何よりかわいい。なついた猫が寝ている人間の体に乗ってくるのもたまらないものがある。風呂に入れて良かった。二週間分のアカは凄かった。人間って汚れるんだなあ。もっともそれだけ風呂に入らなかったのには鬱以外の理由もある。尻にアテロームというおできが出来て外科で切開して縫っていたのだ。糸がなかなか取れなくて入浴できなかったことも大きい。陽光が少ない季節に鬱が激しくなるのはやはり環境要因が大きいのだろうか。だとすると、スウェーデン移住計画は考え直した方がいいな。北欧の鬱屈した空の下、耐えきれるとも思えず。せっかく勉強したスウェーデン語だが、いつか旅行に行ったときに使おう。ストリンドベリの『赤い部屋』の音読だけは続けよう。それより今年はタイ語と心理学だ。力みすぎないように淡々とやっていきたい。
ハイビーム問題も問題だが、対面通行の現在の道路って基本的なところで危なくないか?対向車両が数十キロの速度で一メートルも開けずにすれ違うのだ。相対速度は多くの場合100キロを超えるだろう。全部高架にして上と下で進行方向を変えるわけには行かないか。でもそれだと上の車線から自由に大地に降りられなくなるな。これはどう考えても対策がないので、車の方に対抗策を備え付けるべきだろう。既に実用化されている車線をキープする機能を全車種に義務づけるのだ。アポロの時代には人間が最終決定する操縦法だったが、今はITが進んでいて人間より機械が信用出来そうな気がするがどんなものだろうか。イプシロンロケットですらPCで打ち上げるのだから、不可能な話では無いと思う。映画『アポロ13号』ではNASAの職員が計算尺を使うシーンがあったな。なんとまあレトロな。しかしそれで行けたんだからすごい。着陸船に積んでいたコンピュータは確か8ビットだったと聞いた事がある。メモリもキロあったのかな。オーバーフローを起こしたのは有名な話だ。残りの燃料は一分かそこら辺の時間分しか残っていなかったとも言う。凄まじいテクノロジーだったんだな。戦争以外で科学技術の発展に大きく寄与するのは宇宙開発や深海探査しかない気もする。アメリカも軍事に使う金を宇宙開発に回してくれればいいんだが。
なぜか知らねど今日は心が侘しい。いたずらにセンチメンタルになっている。猛烈に息子二人に会いたい。寂しいなあ。そういえば最近あった詐欺事件で、犯人が演歌歌手を名乗り、歌った曲が『家族』だったな。歌もテレビで聴いたが、あれが売れるわけもなし。じいさんがカラオケボックスでCDを作って自主販売しただけだろう。おそらくは『孫』という何とも気持ちの悪い歌の後追いだったんだろうな。なんであれにだまされるのかな。詐欺と言えば振り込め詐欺だが、薩摩の地では成功例が異常に低いらしい。というのも、鹿児島県内での方言差が大きいからだという。10キロ離れればアクセント違うしな。無理無理。今抗鬱剤と睡眠薬4日分を飲んだ。まだ7時前だが寝てしまいたい。精神の不安定さに効くのは睡眠だ。ついでに抗不安剤も4回分飲んでしまえ。何なんだ、この不安感は。怖い。ハイビームが悪い。この世の悪は全てハイビームから発しているのだ。今後はハイビームは死刑だ。俺はなにを書いているのか。
2016/01/17
朝6時35分。抗鬱剤が効いたか鬱が軽くなっている。しかしこのまま鬱が続くようなら短期で入院する必要がある。10日を目安に入院して楽になりたい。鬱と適応障害。.住んでる場所が悪いな。環境を変えなきゃ。今飲んでいる睡眠薬は弱い。4日分飲んでもラリらない。翌朝も舌がもつれる事もない。もっと強いのに変えてもらおう。中途覚醒が多いのが問題なのだ。目を覚まさずに10時間ぐらいぶっ通しで寝てみたい。
今年中に田代まさしは必ずまた何かしでかしてくれると思う。もちろんシャブかのぞきだ。両方ともコントロール障害だから治らない。断つしかないのだ。しかしやるだろうな。シャブの再犯率は異常に高い。9割を超えるのではないか。ミラーマン植草もまたカマしてくれるだろう。今から楽しみでならない。田代も植草も今度くらい込んだら長いぞ。田代は最初から怪しかった。シャブやのぞきがばれる前からワタクシはあの男の何とも言いようのない暗さと虚勢が嫌いだった。やしきたかじんの次に嫌いだった。別格で嫌いなのは関口宏。あの三流役者がなにを思ったか司会なんかやり出して、バカのくせにカシコぶるのがイヤで仕方が無い。そしてまた偉そうなのだ。昔の番組『クイズ百人に聞きました』での田舎者蔑視のひどさと言ったら無かった。いやなやつだ。『クイズ百人』と言えば、ワタクシは学部学生の時に、「死刑囚百人に聞きました。欲しいものは?」「無罪判決!」「釈放!」「命!」と答えても「ブー」と不正解で、開けてみると正解が「おかゆ」とか「しゃもじ」だった、という冗談を言っていたのだが、通じない人がいたのには驚いた。「ほんと~?」なんて言うのだ。他にもある先生が実家が魚屋で、今も講義のない日には築地まで仕入れに言っているかなりの目利きだ、という冗談を何人かに喋ったら、尾ひれがついてワタクシに教えてくれた人がいた。シャレが通じない人っているんだな。
シャレが通じないと言えばすぐに頭に浮かぶのが、小林信彦さんの『素晴らしい日本野球』をマジで受け止めて「我々の海外文化認識もこの程度のものかもしれない」なんて大学入試の論文みたいな締め方をしていた方がおられた。『素晴らしい』のなかでは、ホームラン王の王選手は山にこもって一晩で一万首の俳句を詠む、とか、ミスターことシゲオ・ナガシマは毎朝庭の松の木を相手にカンフー・ダンスを演じるとか、ヤクルトの選手はドラッグとしてヤクルトを使っているし、広島の選手はモミジマンジュウというクスリでドーピング、巨人はオロナミンCを使っているとか、江夏は本当はスモウ・レスラーで、マウンドに上がっているのは影武者だ、とか、日本の野球はベースボールが伝わったものではなく、柳生一族が伝えてきた武士道の一環であるとか、めちゃくちゃに笑える内容だったのだが、これをマジで読んだ人がいたのだ。そのあと笑ったのが、この本の批評が載ったのが中国新聞だったので、小林さんは「どうして中国の人民が日本の野球などに興味を持つというのか」と続編で書いておられたのだった。いくら何でもシャレが通じなすぎる。『ちはやぶる奥の細道』を読んだらやはりマジに受け止めるのだろうか?あれは無いなあ。いくら何でも。なんたって我嘲和尚が出てきて「がちょーん」である。それの波を受けた人物は「はらほろひれはれ(本当はここは漢字)」と叫んで倒れるのだ。そして忍者である芭蕉は佐渡で水戸光圀ご一行に会って金山に爆薬を仕掛けたり(爆弾処理だったかな)無茶をするのだ。これをマジ読みする人はいるまい。いやいるかもな。昔バイトしていた塾の専任講師が、『2001年宇宙の旅』って後半は制作費が無くなったんでしょ?とワタクシに尋ねた方がおられた。これは筒井康隆さんの『諸家寸話』という作中で、映画会社の偉いさんが筒井さんにそう言ったのがネタだった。そんなわけあるかい。あの映像の方が金はかかるのだ。CGもない時代に、というかむしろ現代ではCGで済ませてしまうところを撮影技術を使って作ったから重くて色彩と造形の賑やかな映像になっているのだ。今見てもいい映画だな。ディスプレイが見えにくい場所にあるとか、カメラがアナログだとか、リップリーディングが出来、人間並みの知性を持ったるAIとか、無理のある設定も今にして思えばあるのだが。
以上の事から、対向車や後続車のハイビームがいけない事が立証されるのである。Q.E.D.
「ある意味」という表現に少なくともロジカルに意味を与えうるのではないか。池田信夫や田中克彦のような文筆詐欺師の使う「ある意味」は卑怯でイロジカルだとは思いますが。形式意味論ももっと勉強しなければならないなと思いました。"Logic in Linguistics"と"Everything that linguists always wanted to know about logic, but were ashamed to ask"しか読んでいないもので。科学哲学でも"The Structures of Scientific Revolutions"しか読んでないしね。それから"Objective Knowledge"も読んだな。
自称「日本の碩学」こと大馬鹿副島は、反証可能性について掲示板で突っ込まれ、「日本の碩学たる私に説くな」と悲鳴を上げていましたね。あの人自分が矢追純一並みの扱いをされている事が分かっていないのかな。または小説を書かない落合信彦かな。落合もバカだがやつはそれを上回る。まあこう書いたからと言って、私は副島の掲示板なんて一年に一回見るかどうかと言うところだ。読むと頭が悪くなるんだもんな。引っかかっている高校生がかわいそうだ。いつだったか、「このサイトに集まってくるほんとうに頭のいい人たち」と副島が書いていたが、そんなわけはない。自発的な勉強の出来ないバカじゃないとあれには引っかからないよ。大学生にもなってあれをたいしたものだと思っていたらもう終わりだ。
皮肉ではなく、言論の自由って素晴らしいな。たま出版の韮沢さんや飛鳥昭夫さんたちでもテレビでしゃべれるんだからね。「ある意味」素晴らしいぞ。飛鳥さんは何ヶ月か前にテレビに出て、まともな科学者と討論しているときに、「UFOが存在しない事は証明する必要が無いんです」という科学者の発言に、「楽でいいですねぇ。証明が無くてもいいんだ?」と皮肉る口調で笑いながら言っていたが、存在証明は出来ても非存在証明は必要が無いし出来ない事が分かっていないのを露見させてしまったのだ。頭悪いなあ。だいたいがUFOってunidentifiedな訳だから、確認出来なかったらそれでもうUFOなのだ。最初にそれらしきものを見た人が、「ソーサーのように飛んでいた」と言ったのを拡大解釈して、その後のUFOは円盤形になった。葉巻型を見たという人が現れると、今度はUFO写真に葉巻型が増殖した。ばかばかしい。存在するというなら、どんどんまともなデータを出すべきだ。たとえばワタクシはSF好きなので、異星人がいてくれたらいいなと思うし、20年ほど前にあった貨物飛行機の機長と副機長が見たという巨大な飛行物体が本当にあれば面白いとは思う。でもなあ、わざわざ何光年も離れたところからやってきて、隠密行動を取るというのは少し考えづらいし、そんなテクノロジーがある場所に知的生命体がいるのなら電波望遠鏡にヒットしないのがおかしい。韮沢さんあたりだったら、電波でなく重力波通信をしているから電波望遠鏡では分からない、ぐらいの事は言いそうだが、重力波通信が出来る文明だったら電波だって使うよね。
『リングワールド』のような世界があれば面白いだろうなあ。ダイソン球を持った文明とか。異星人が本当にいて、地球までやって来る科学力を持っていたら嬉しいんだが、距離が問題だ。一番近い恒星、アルファ・ケンタウリまで4.3光年だったか。光速で4年以上もかかるのだ。そこでいろんな「物の分かった」SF作家たちはジョウントとかワープとかスターゲイトとか物質電送とかを考えて、この問題を解決している。『インテグラル・ツリー』なんかも面白かったな。これは長距離移動には関係ないけど。他のアイディアとしては、多世代移民船がある。『宇宙の孤児』は代表的な作品だ。「死」が「治療可能な疾病」になるぐらい医学が進歩したら一世代で行ける。バクスターの"Time"では物質電送が使われるのだが、個体のアイデンティティはどうなるのかという問題は避けられている。『虚像のエコー』ではその辺、もっと突っ込まれていた。他に考えられるのは映画『エイリアン』や『2001』の人工冬眠だが、これは最近読んだブルーバックスによるとまだ難しいそうだ。『エイリアン』では「おやくそく」として船内に1Gの重力が設定されていた。水飲み鳥が動いていたのはさすがにおかしいと思った。冷凍冬眠する時間があればコップの水は蒸発しちゃうよね。汚らわしいほどのバカ、相原コージが高千穂遙に批判されたので、四コマで「真空だから音が聞こえない」のに『クラッシャージョウ』では音がしていると書いていたのは情けなく愚かしく恥ずかしかった。あのねえ、それはお約束なの。じゃあ『スターウォーズ』の真空中での飛行音やエンジン音も否定するのかね?バカだなあ。カール・セイガン原作の"Contact"は翻訳が出る前に読んでいたのだが、アメリカ人の書くものだと思った。極めてキリスト教的なのだ。映画ではジョディ・フォスターがゲートを通ってから死んだ父に会うのだが、これは異星人が懐かしい人の姿で出てきているものだった。そして「ハイアー・セルフ」でもなく、「サムシング・グレイト」の存在が示唆される。かつて無神論者のユダヤ人の友人と話していて、"God is the universe itself"と言われて納得した事があった。そう考えれば楽だな。前にも書いたが、『広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由』を読んで、それは確かにこの広い宇宙には生命がいるのは間違いないだろうが、電波望遠鏡で拾えるような電波を発している異星文明はない、という結論に納得したものだ。いるんだろうな、動物たちがいっぱいいる惑星もあるんだろう。だが知的生命体が存在する確率は恐ろしく低い。残念な事に我々は孤独なのだ。地球型の惑星があって、植物も育ち、動物たちもいたとしよう。しかし、言語の種的獲得という奇跡が起きるかははなはだ心許ない。小松左京さんの『虚無回廊』では、異星人同士が辞書と文法を交換するとすぐにコミュニケーションが可能になるのだが、これはありそうな事だろうか?生物学的変異度があるのだから、互いに言語を持っていても相互に了解可能な文法を持っている保証はないのだ。違う論理の持ち主たちだったらどうしようもない。まるで『ソラリスの日の元に』だ。
ところで70年代にニューエイジ系の人たちがはまったという「ガイア仮説」だが、これって小学生の時に誰もが思いつくものでは無かろうか?「ニュー」が付く流れってだいたいがバッタもんだ。ニューアカってどうなった?ニューミュージックは?今では恥ずかしくてとても自称出来まい。ニュークリディシズムもどうかしている。ワタクシはだいたいが評論家って嫌いなのだ。ただ単に読めばいいではないか。いい作品だと思ったら何度でも読む。それでいけないのかな?黒澤明さんに影響を受けたというスピルバーグやルーカスは評論家ではなく作者だ。作者同士が健闘をたたえ合うのはよしとしよう。しかし、実作者でもない評論家って意味が分からない。「ある意味」彼らは賢いのだろうな。もうモダルロジック使わないと書けないな。「かもしれない」とかね。
そしてどうしても評論家というと宮崎哲弥を思い出すんだよね。「理論的吟味なしのチョムスキー礼賛」なんて書いておいて、自分はチョムスキーの書いたものなんか何一つ読んでいない(たぶん読めない)のだから片腹痛い。あんな感じで知恵熱出てるバカって大学に入りたてにはよくいるんだけど、それを引きずっているのもまた珍しい。知恵熱こじらせてやがんの。知識層には相手にされないままいい加減な事を言い続けるんだろうね。それもありとは自由な世の中じゃないか。民主主義万歳。
やっと朝5時になった。今日入院になるかそれとも帰ってくるか、今のところ分からない。庭に出てボイラーに火をつけてきた。20分ほどでお湯が沸く。そしたら風呂に入って綺麗に洗おう。それがオイラのデステニーだから。なんにもないのに心がめげている。いったいどうした、
俺?6時になった。そろそろ出発しないと順番取りが出来ない。
などと言いつつ、いったん家に帰ってきた。11時頃にならないと診てもらえないそうだ。
ということで5時半に目覚めた。今11時23分。隣の市の病院に行って帰ってきたところ。うちに帰ってきたら楽天から『継ぐのは誰か?』が届いていた。何度目の再読になるんだろう?小松サキョニアンとしては何度でも読み返したい。サキョニアンとして一番難しい本は『果てしなき流れの果てに』だ。あれはかなり考えさせる。登場人物がどんどん人格が変化していくのだ。『復活の日』や『エスパイ』、『継ぐのは誰か?』は再度映画化して欲しい。いや、『継ぐのは誰か?』はまだ映画になってないけどね。深作監督の『復活の日』は名作だけど、ウイルスでは無くて核酸だということをしっかり説明して欲しい。ウイルスに隠れた核酸兵器だから怖いのだ。映画の中では日本の女の子が咳き込みながら半裸で踊っていたが、あそこは全裸じゃないとダメ。やけっぱちさがでてこない。それとイタリアロケではなんと子供を差し出しながら笑っている馬鹿女がいたから撮り直し。でもさすがに深作監督の作品だけあって全体的によく出来た映画だった。深作作品としては他に『バトル・ロワイヤル』が面白かった。原作はただのアイディア勝負だと思うのだが、映像になるとさすがにショッキング。いい映画でした。
夕方4時である。なんかやたらに腹が減ると思っていたら、今日は昼飯を食っていない。慌ててさっきたらこスパゲティを作って食べた。オリーブオイルが切れているので買い足しておかねば。パスタはいいねえ。「男は黙ってパスタを食う」というサイトでいろいろ勉強させてもらっている。オレンジジュースで作る冷製カルボナーラなんかたいしたおいしさであった。
小松サキョニアンとして歌います。
よがっちゃうな
チンポをなめられて
どおっしっよお
まだまだハヤイかしら
パパに聞いても
なんにも言わずに
よがっているだけ
よがっちゃうな
チンポをなめられて
いい歌だ。
で、なにが言いたいかというと、女性はモニカが好きなんじゃないかと言うことだ。「モニカでいかせると、やったね、と思う」と言う17才の女の子に会ったことがある。確かにうまかったが、ワタシはモニカでいったことは2回しかない。特に誰のモニカとは言わないが。一つは言えるな。背骨を折って入院したときに見舞いに来た女に屋上でしていただいたときだ。2週間もしていなかったのですぐに出た。男性機能がだめになるかもしれないという大けがだったが、大丈夫だと分かってほっとした。終わったら、「何時に帰る?(=もう帰れ)」と尋ねた。あの女とは完全に遊びだったんだよな。わははははははははははははははははは。妊娠させなくて良かったなあ。あいつ俺と結婚する気でいたからなあ。冗談じゃないぜ。すすり食いをする女なんか大嫌いだ。
浅野にいおさんの『虹ケ原ホログラフ』読了。すごい構成力だな。マンガ家はえらいよ。絵が描けて話も作れて。もう一回読まないと全容がつかめない。再読に値するマンガだ。
小松サキョニアンとして再読すると、小松先生の文章力に舌を巻く。うまいんだ。一人称小説で主人公は「僕」なのだが、若々しい表現で満ちている。これが「女」シリーズになるとちょっと中年男性の視点でねちっこくなるのも見事だ。
話はまたも変わる。iPod買ったはいいが全然使っていない。ハイレゾ無圧縮の音源が出回るようになって、ウォークマンがそれに対応したら買おう。メモリが安くて大容量化しているのだから、無圧縮は時間の問題だったのだな。モーツァルトの25番や40番やレクイエムを聴けたら最高だ。最近バッハ聴いてないな。モーツァルトばかり聴いている。あとはベートーベンか。ブランデンブルクも全部持っていたのになくしてしまった。実に惜しい。あのコレクションをまた構築するには数年かかる。もったいない。
4時半になった。寒い。パソコン部屋は元ピアノ室で板張りで寒いのだ。しんしんと寒い。久しぶりにピアノ弾こうかな。さて、勉強するか。頭にカスミがかかっているけどね。
まだ頭がぼーっとしているので『戦国自衛隊』なんか見てる。そうだ、ボイラーに着火しよう。朝風呂に入るのだ。そうしよう。5分後、なんだか面倒になってきてやめた。寒いし、外に出てボイラーをいじるのがたるい。浴槽も洗わなくてはならない。これもたるい。今日はAAがある。なんの話をしようかな。やっぱり京都時代の話がいいかな。東京に早く戻りたいという話でもいいな。二人の息子、ニテとケテの話もいいな。
『虚無回廊』は4巻目が書かれるべきだった。インタープリターが出てくるのが楽しみだった。作中では辞書と文法の交換で異星人とコミュニケーションが取れることになっているが、文法って、そしてロジックって宇宙のどこでも一緒なのだろうか?そう考えないとあの作品は読めない。
もしも、私が玉を切ったなら
左の玉を切ったでしょう
大きな玉と
小さな玉と
間には堅いチンポがあるのよ
そして私はチンポも切るのよ
チンポの先には
チンポの先には
あな~
あな~
穴があって欲しい
それがわたしのチンポだったのよ
愛しいチンポは今どこに
どうもこのエントリーにはまともな筋が通っていないが、どうせ俺なんか祇園の芸子さんのヒモをやってた男さ。へっちゃらだい。「あんた働かんでええんよ」と言わせるジゴロであった。らりほー!
風呂上がり、7時6分。ぴったり10分だな。あたたまった。ニテさんと風呂に入ったのを思い出す。かわいかったなあ。短い足を振り上げて浴槽に自分で入ろうとして、出来ないものだからワタクシを手招きしたっけ。満面の笑顔で。ニテさんはワタクシと一緒にいるといつも笑っていた。私を大好きでいてくれたんだな。今日は精神科に行って睡眠薬を足してもらわなくては。ロングタームの睡眠薬で2時間で目が覚めるなんて変だよ。寝付きはいいのだが中途覚醒が多すぎる。長く深い睡眠が取りたい。
今日はAAがある。司会者が変わって流れが良くなった。以前の人は時間が来ても始めなかったのだ。いらいらした。それに司会者としては話が長かった。下手だったし。今の方は安心していられる。さすがに大企業の幹部だっただけのことはある。原油の輸入をしていた方だ。ガソリン業界に凄く詳しい。頭もいいし、柔道4段だ。
『継ぐのは誰か?』やはり傑作だ。ミステリーでありSFであり青春小説である。感性がみずみずしいのだ。ネタバレは一切書きたくないので内容には触れないが、一読の価値ありです。
「小松左京が万博プロデューサーや地震災害の文脈でしか語られない社会は、やはり貧困としかいいようがないのではないだろうか」という金子邦彦さんの解説の締めがいい。そうなんだよな。みんなもっとサキョニアンになれ。どうしてもっと小松先生の作品が読まれないんだろう。これは不思議だ。小松先生が亡くなられたときはショックだった。あんな人でも死んでしまうんだ。全作品を読み返したい。空中都市008から読み返してみたい。『果てしなき流れの果てに』も再読が義務的だ。などと言いつつ、たった今『果てしなき流れの果てに』をアマゾンで発注してしまった。2日ぐらいで届く。楽しみである。。
2016/01/23 5:10
睡眠薬もなかなか効かず、早朝覚醒である。新しい眠剤はだるさだけを体に残す。
だるいので横になったらまた眠ってしまった。やはり睡眠薬が効いていたのだ。かなり強いクスリのようだ。
母がボイラーで焚くたきぎを切れというので手伝ったのだが、電気チェンソーが切れない切れない。腕が痛い。そこでチェンソーオイルを買ってきたがやはり切れが悪い。目立てをしないと切れるようにならないだろう。やり方が分からないのでいつもお世話になる香妻さんにお願いしよう。
さっきからイェスペルセンを読んでいるのだが、新しいな。古い本だというのに(1933年)音声の分析なんか実に的確だ。言語学外のヒョーロンカの皆さんがソシュールについては嬉々として喋るのにイェスペルセンに触れないのはなぜだ?結局素人だからだよね。ソシュールの基本概念は単純だしね。フランス語の術語もかっこいいしね。賢いなあ。ヒョーロンカは。
ところでまた全然関係のないはなしなんだけど、武井壮って消えるよね。好きでも嫌いでもないあたりが印象の薄さを表象している。ドラマにも歌にも使えそうにないし、バラエティで面白いことを言うでもない。消えていくんだろうなあ。かわいそうに。あの人もともとなんの人なの?なにがきっかけでテレビに出始めたの?さっぱり分からん。
まあそんな話はいいとして、イェスペルセン全部読みたいな。アマゾンで見たら訳書しか無かった。メリケンのアマゾンで注文することにした。とここで気がついた。クレジットカードが切れている。買えないじゃないか。神保町に行くしか無いのか?来週にでも本を買いに神田まで飛んでいくか。通信で買えないかな。北沢書店のサイトを見てみよう。高い!ほとんどコレクションマニア向けの値段だ。マコーレーがインデックスつけてるやつを買おう。
で、今年の勉強スケジュール。
イェスペルセン、ピンカー、チョムラズ、LI、LSLT、Aspects、ソシュールの『講義』、言語学史、ピンカー、ジャケンドフ、音声学/音韻論のやり直し、こんなとこかな。あと卵巣里見八犬伝。なんだそれは。
4月までに読む本を決めておこう。Jespersen、Aspects、Semantic Structures、Learnability and Cognition、年内に読むのがLSLT、
ああっ!電気ストーブをつけようとコードを引っ張ったらPCの電源が落ちてしまった。なんじゃこりゃー。自動保存のファイルがどこにあるのかが分からない。bakファイルを作ってくれたらいいんだが。ということで、イェスペルセンを読んでいる。プリンストンの図書館でイェスペルセンの本を借りると、チョムスキーが片っ端から読んでいたことが貸し出しカードから分かったそうだ。イェスペルセンは英語も綺麗だ。読みやすい。それに分析が的確だ。英語学者としてはイェスペルセンが今でも一番だと言われるはずである。今日中に音声を終わらせて品詞のところまで進もう。それにしてもよく雪が降っている。積もっちゃってるの。車で外出してきたが怖かった。イェスペルセン読み終わったらマコーレーの"The Syntactic Phenomena of English"を読もう。
イェスペルセン凄いな。1933年に書かれた本だとは思えない。緻密で面白くて深い。ソシュールの共時態に異議を唱えているのがいい。そうなんだよな。共時態では書けない言語現象ってあるんだよな。
ヒョーロンカっていいなあ。シーニェ、シニフィエ、シニフィアン、ランガージュ、サンクロニシティとか言っていればいいんだもんなあ。楽でいいこと。
久しぶりにスキャナを使おうとしたらACアダプターのコンセントが折れていた。使えない。ところでこのイェスペルセンという人は本当に19世紀生まれなのか?現代でもばりばり通用するではないか。今生きていたらいいグラマリアンになっていただろう。いや、イェスペルセンがいなければチョムスキーもいないかもしれないので、ちょっと無理な設定かな。図書館に行こうかと思っていたが、今日は豪雪のため3時で閉館とのこと。まあいい、勉強しなきゃ。今日は集中力に欠けて、イェスペルセンが予定より読めていない。早く統語論の章に進みたいのだが。吾妻ひでおさんの『アル中病棟』を読んでしまっている。一区切り付いたらまたイェスペルセンだ。
やめやめ。いやな思い出だ、消そう。それよりイェスペルセンだ。今晩中に品詞の章を読み終えたい。10分後。イェスペルセンは品詞が厳密には分けられないことに気がついている。さすがだ。チョムスキーの体系では品詞は4つしかない。クロフトのRCGでもそうだったな。ゼリグ・ハリスの場合は品詞がどんどん増えていくのだが、そういう人を師匠に持ちながら4品詞を提案したってチョムスキー才気走ってるな。でもそのチョムスキー本人だって4品詞で行けるのはコアの部分だけだと思っているんじゃないかな。ペリフェラルなところではどうしても接続詞などが必要になるはずだ。30分後。『アル中病棟』読ませる。ワタクシも4回は入院したのでアル中病棟の感じは良く覚えている。回復率が2割以下だそうだが、ワタクシはなんとかその2割以下に滑り込めたのだ。この命は大事にせねば。
アル中時代の話。朝起き抜けにビールを500飲む。11時になって近くのリストランテが開いたら入店し、食前酒のミモザを飲む。それから食後酒のグラッパ。これはワインの絞りかすを再発酵させて造る酒で大変にうまい。これを5,6杯。ペーパーバックを読みながらいい気分。夕方までリストランテで飲んで、暗くなってきたら立ち飲み屋かバー、帰りしなビールを買って、部屋で酩酊するまで飲む。これが毎日続いたのだ。病気にならない訳がない。これが半年も続いた頃には飲まないとひどい鬱に襲われた。もう立派なアル中さんの誕生であった。当時の妻が心配して『今夜全てのバーで』を貸してくれた。中島らもさんの傑作だが、呑んでるとこうなりますよ、という警告のつもりだったらしい。同時に睡眠薬と抗鬱剤を飲んでいたから始末が悪い。一番肝臓に悪い組み合わせだ。
今ウェブで調べたら、京都大学に藤田耕司 先生という方がおられて、進化言語学や生物言語学や生成文法を専攻されているようだ。京大も受ける価値があるな。京都か。5年住んだっけ。住みやすい街だ。今からまた東京のラッシュに耐えられるかな。"Logical Structure of Linguistic Theory"は1回だけ読んだが、まだわかりきっていない。再読が必要だ。
ところで今メールを見たら、『果てしなき流れの果てに』が今日届くらしい。雪の中ご苦労様だ。
イェスペルセンの7巻本を北沢書店に問い合わせたら、ハードカバーしかなくて、4万5千円もするそうだ。そんなの買った日には金が無くてホモになってしまう。しかし正直言ってその値段に値するんだよな。欲しいなあ。ペーパーバックが市場に出るまで待つか。などと言いつつ早くもMacCawleyを読み始めたワタクシ。しばらくは"Essentials"とMacCawleyと"Logic in Linguistics"を疲れたら次の本に移るというやり方で読んでいこう。
ゲイのためならチンポも捨てる
それがどうした
文句があるか
(ないです、ないです)
3時49分。なんか疲れて眠くなってきた。朝から英文ばっかり読んでいて、イェスペルセン疲れだ。"Logic in Linguistics"を読もう。少しでも易しい本が今読みたい。
4時36分。Logic疲れし始めた。切りのいいところまで来たので少し休憩。ビートルズなんか聴いちゃえ。などと言いつつ『果てしなき流れの果てに』を読み始めてしまった。いかんいかん。休憩時間の方が長くなってしまう。Logic読もう。5時9分だ。6時ぐらいまでLogicやって、晩ご飯食べてからまたイェスペルセンだ。しかし彼のPrimary, Secondary, Tertiaryって現代的文脈で意味があるかなあ。これは疑問だ。チョムスキーの体系では主語も目的語もプリミディブじゃないもんな。それどころかBPSいらい品詞さえ統語表示に現れない。常に異端だな。エッジに居るってそういうことだ。ワタクシは趣味で物理学書を読むのだが、アインシュタインもエッジにいた人だと思うのだが、量子力学を嫌い外れものになった晩年を過ごしたのだと認識している。普通の研究者は革命を1回しか起こせないが、チョムスキーはパラダイムシフトを2回やっている。ルールシステムからGB、GBからミニマリスト。一人で突っ走るから周りが大変だ。そのたびに脱落者が出る。狭いレンジでしかものが見られない人が「チョムスキーは変節した」と言うことがたまにあるが、なに、ついて行けないだけだ。こういうことを言いたがる人ってサブカル臭くていけない。ワタクシはチョムスキアンではないが、チョムスキーの書いたものを読まないまま語る人が多すぎる。コントラヴァーシャルで生産的な分野だということだ。物理学で同じ事をやってごらんよ。即座にトンデモ世界の人とみなされるだろう。ピンカーの"The Language Instinct"の翻訳や(ワタクシはこの翻訳にはやりすぎがあるとは思うが)、瀬名秀明さんの対談集での言語学者とのやりとりなど最近は少し良くなってきた状況だが、まだまだ言語は「なめられやすい」。心理学もそうだ。みんなが持っているから「語る」んだよね。思えば心理学ほど「女子供」になめられた分野も無いな。図書館で心理学の書架を眺めるとニューエイジやらUFOやら輪廻やらが山ほどある。バイトで中学生を教えていたときに、女の子が「心理学ってやってみたい」と言っていたが、たぶん俗流心理学が念頭にあったんだろうな。
ここからまったく話は変わる。猿岩石が香港からロンドンへヒッチハイクしたとき、それはそれは地理的におかしな進み方をしていたものだ。インドで絨毯作りの仕事なんかしていたけど、ビザはどうしたんだろう?労働ビザなんか取れまいに。もっと凄かったのがドロンズの南北アメリカ大陸縦断だ。ブラジルでテレビに出ていたけどあれやらせだよな。それから北米を旅したときにバイクの集団について行ったけど、アメリカはヒッチハイクが違法な州があるからあれもまたやらせだ。パンヤオに至っては全部やらせ。
疲れたので今日はもう寝てしまおう。明日の朝勉強を続けよう。皆さんおやすみなさい。
2時8分。翻訳の仕事が終わった。今日はあとは勉強だけだ。しばらくマコーレーとイェスペルセンに集中しよう。マコーレーの英文も緻密だ。チョムスキーほどではないが、というか、チョムスキーが極端なのだが。あれ読むのは大変だ。プログラム言語並みの緻密な英文だ。ワンパラグラフ読み飛ばすともう分からなくなるし、as we noted earlierとかthese conditionsなんて出てきたら確実に遡って読み直さなければならない。しかもそれがとんでもなく前のページにあったりする。本人はとてつもなく頭が良いからそれでいいのかも知れないが、凡人には辛いのだよ。全体が構造化された構築物なのだ。それでも梶田先生は関係節の非限定用法でコンマが抜けているところを指摘しておられたが。すごい人に教わったんだなあ。梶田先生に教わった一番大事なことは、超厳密に読むことだ。そしてチョムスキーの書き物ではそれが必要なのだ。梶田先生の師匠、太田先生によると、読めるようになれば何とかなる、そうだ。
"Syntactic Phenomena of English"、章ごとに2回読まないと分からんな。最後まで読み終えたらもう一回だ。これはすごい本だ。さすがに梶田先生がお勧めになるはずだ。一度や二度読むのでは無くて、全体を把握しておいて統語現象で気になるところがあったらrefer/consultする種類の本だな。英文が思ったより遙かにタイトだ。一月じゃ読み切れまい。毎日10ページぐらいずつ読んでいくのがいいだろう。700ページあるから二月強か。よしよし、そのぐらいでちょうどいい。これを読んだあとはJackendoffやPinkerが易しく感じられるはずだ。英文に浸ろう。それからさっき院試向けにソシュールの『講義』を発注した。フランス語も鍛え直しておかなくては。しかしマコーレー、頭のいい人だなあ。ロジックに隙が無い。この術語はメタファーだ、と言い切るあたりも賢い。
生成文法をルールシステムの頃からやっているだけあって、マコーレーの書くものは当時の用語が頻出する。勉強になる。ワタクシはLGBから始めているからなあ。"Lectures on Government and Binding"という本なのだが、これが難解で。
ねえムーミン
チンポむいて
恥ずかしがらないで
もじもじしないで
あらまあどうして
でもでも
わかるでしょ
男の子でしょ
だからねえ
チンポむいて
これ、高須クリニックか上野整形外科のコマーシャルに使ってくれないかな。無理か。仮性包茎ってそんなに悪いことかなあ。無理に市場を作っているとしか思えないのだが。それより問題は陥没乳首じゃないか。ねじみたいになってる女の子の乳首。刺激があれば出てくる点では包茎と一緒だ。今睡眠薬を3日分飲んだ。まだ7時だというのに。深夜か早朝に起きて勉強しよう。
マコーレー読まなきゃ。少しでも進めておこう。こんな風邪勉強してれば治る。ふと思い出したが、アルツハイマーのロナルド・レーガンはまだ生きてんのかね。あの人在任中からアルツだったって本当かなあ。中曽根との最悪のコンビだったな。まあいい、「終わった」人たちだ。それより勉強しよう。3時30分。なんとかチャプター3まで読めそうだ。タイトな議論が続く。ぎっちり内容の詰まった本だ。一行たりともおろそかに出来ない。ルールシステムと伝統文法的記述とGBの橋渡しになっている本だ。これは難しいけど読めると嬉しくなる。何回かは読むだろうな。梶田先生仰るところの「超厳密読み」で読むしかない。Jackendoffなんかはそこまでタイトじゃ無いんだよな。もう4時44分か。疲れたな。今日も早く寝よう。明日の朝焚くボイラーの薪を準備しておこう。5分後、ボイラーの準備OK。それにしてもマコーレー凄いな。タイトで緻密で洞察があって知識もすごい。こんな人でもチョムスキーにはかなわないんだからもう意味が分からない。世の中には頭のいい人たちが居るものだ。わたしだってIQ180overなのだが、性格が勉強だけに絞るには散漫なのだ。あれもこれもやりたいことがいっぱいだ。女と酒で人生狂わしてるしな。でも死ぬときに山本ベンダサン七平や宮崎哲弥が(たぶん)思った/思うであろう、「自分は知ったかぶりの嘘つきだった」という慚愧の念にとらわれたくはないよ。「知」に対しては正直でいたい。分かるところと分からないところ、知っていることと知らないこと、謙虚に線引きして勉強していきたい。アカデミズムの中で命を燃やしたい。もう端から相手にする必要すら無い副島とか池田とか、気にするのはとうにやめている。テレビ芸者の宮崎ももうほっとこう。彼らは愚民化政策の一翼を担うが、アカデミズムに影響を与えることはないのだ。登っている山が違うのだ。良かったね、表現の自由があって。しんしょをよんでべんきょうするんだね、みやざきさん。かしこいなあ。すごくあたまがいいとおもうよ。なんでもしってていいなあ。すごいよ。かっこいい。たいしぼうりつはどのくらいですか?俺はこないだ計ったら12パーセントもあったから8まで落とすよ。それにしても評論家って何なんだろうね。文芸、とか政治、とか分野があればかろうじて理解出来るが、ただ「評論家」って言われても意味が分からない。おしゃべりさんって事?
やっとマコーレーのチャプター2に入った。今日は24ページしかまだ読めていない。今晩頑張らなきゃ。それからイェスペルセンまだ手をつけていない。マコーレーの本のビブリオにイェスペルセンが並んでいるのを見てびびった。ここまで勉強したのかこの人は。もちろんチョムスキーもそうなんだが、この人たちは文献の読解量がすごい。しかも読みが深いから洞察も深くなる。勉強してるなあ。すごいや。ワタクシも毎日読んで少しでも追いつかねば。彼らのようになるには少し時間を無駄に使いすぎた。でも、今が一番若いのだ。やるしかあるまい。などと言いつつ、晩ご飯を食べながら昨夜のBSで放送されていた『クヒオ大佐』を少し見た。堺雅人えらい。うまいなあ。松雪泰子さんもうまい。7時14分か。あと2時間は勉強出来るな。でも『クヒオ大佐』の続きもみたい。見よう。20分後、おしまいまで見た。真島ひかりさんが綺麗だった。松雪泰子さんのいい年増っぷりよ。女っていいなあ。やっぱり俺は女好きすぎるんだよな。ニテさんもケテさんもワタシの血を引いているからやばいぞ、きっと。あんまり突っ走るなよー、ニテケテ。
さて、マコーレーのチャプター3に進むか。どんどん議論がディープになっていくなあ。嬉しい。チャプター3に入ってなんだか急に英語が易しく感じられるようになったのだが、これはあれか?慣れか?ロジックについて行っているということか。だったら嬉しいんだが。それともあれか?長編小説を読み始めたときはなかなか世界に入っていけないが、設定が分かればどんどん進めるってのと同じか?マコーレーの考え方が身に染みてきているのならありがたいことだ。極めて優れたシンタクティシャンだからなあ。
ケテさんが生まれてからの13年間を酒と女で無駄にした。いらん世界にも入り浸った。普通なら見なくてもいい世界を見た。いつか小説にしよう。というか、既に習作は書いているのだ。去年ある出版社に出したらA判定だった。文体、ストーリー、会話、ともにA。だけど決め手が無かったらしい。もっと書こう。一度は劇症肝炎で死んだ体だ、好きに使って生きていこう。
おお、もう9時49分だ。少しだけ読み進んだ。消化出来ていないところには"?"がつきまくっている。自力で解釈しちゃる。
2016/01/28
深夜2時57分。20分ほど前起床。さっそくボイラーに点火。深夜に浴槽を洗うワタクシ。一晩ぐっすり寝たら熱がおさまった。ありがたい。さっそく朝の経典読みに走る。三蔵法師は参考文献を取りにインドアで行ったのだ。ワタクシにはアマゾンがついている。楽なもんじゃないか。きのうはソシュールの『講義』を発注した。読むのは何度目になるかな。フランス語学科の友人に見せたらこれは難しいね、と言っていたなあ。まあ、暗唱してしまいましょう。さて、昨日途中まで読んだマコーレーの第三章、最初から読み直しだ。読めば読むほど賢い人っているのだなと思わされる。実にいい本だ。と、ちょっと見てくるとボイラーの水温が70度。もう一息ですなあ。朝風呂は気持ちいいんだ。
マコーレーの本を読んでいると、変形文法の時代の用語が頻出する。あの頃の方がいろんな現象を扱っていたのだな。今はちょっとした構文だけをやっているような気がする。toughとかretroactiveとか。coordinationなんてそれ専用のデバイスを考えないと無理な気がしてきた。さて、ボイラーの温度がよくなっていたらもうお風呂の準備を始めてしまおう。3時34分だ。頭も回り始めた。勉強だ。
雨の日
2016/01/29
朝5時。起きるとかすかにきのうの睡眠薬が残っているのを感じる。しかし長く深く眠れたのだからよsとしよう;
この雨で残雪も溶けてしまうだろう。よしよし、それでいいのだ。
7時1分。マコーレーがやっとチャプター4に入った。"Some SUbject-Changing Transformation"だ。当然のように最初に出てくるのあが"passive"。これ以上にない主語入れ替えだもんね。機械言語にはパッシブなんて必要ないし実際にない。人間言語では必ずある。ここに何か秘密がある。そういうことに認識が至ったのは生成文法があったから。
やばい、まだゆうべの睡眠薬が残っていて突発的に眠くなる。緑茶をいっぱい飲まなくては。現在室温18度。昨日おとといの寒さが嘘みたい。
8時16分。風呂上がり。ああ、さっぱりした。しかしこの、まあよく降りますなあ。寒気団が来ていたらまた大雪になるところだった。
8時半を過ぎたのに母が起きてこない。珍しいことである。
外はしとしとと雨が続く。憂鬱な一日になりそうだ。
爆笑問題の太田は馬鹿だと。馬鹿の大王田中克彦との対談で、身振りが音声言語より先だと言っている。その根拠が、「だってそうでしょう」だ。極めて日芸的。あそこは体系的な知識の訓練はしないのかな。学生が自由にやっているとは聞くが、サブカルの巣になっていないか。大学生にもなって「宝島」のムックを読んで勉強した気になっている人間が多い感じだ。知らないけど。俺はサブカルって大嫌いだ。アニメもマンガも好きだが、サブカルの人間が哲学や物理学や言語や心理について語るのを見ると吐きけがする。山崎浩一とか松岡なんとかとか、サブカルの親分たちの文章は気持ち悪い。松岡はかつて「写真のフラッシュで光の圧力を感じる」と語っていたが、宇宙空間に2平方キロの「タコ」を浮かべても受ける圧力は1グラムだ。フラッシュごときで感じる訳がない。山崎の「なぜなになんちゃら」とか、覚えてないけど、そういうタイトルのコラムがあったが、しっちゃかめっちゃかだった。太田は言うまでも無くサブカルの人間だ。あの低レベルな知識のまま、物理学者や人類学者に話を聞くだけではなく、ヘンテコな提案までするのだ。馬鹿じゃないの。
ワタクシがこんなにサブカルが嫌いなのは、自分自身が高校生のころサブカル野郎だったからだ。宝島は買っていたし、びっくりハウスも読んでいた。宝島ムックも読んでいた。しかし成長するにつれ、あれらが全部バッタもんだということに気がつくようになった。サブカルっていわゆる難解本から逃げるんだよね。そして楽に読めるように山崎あたりがポピュライズしたものを読んで、原典に当たったつもりになるの。小林よしのりを読んで歴史に詳しくなったのと勘違いするのに似ている。
小林よしのりや西部邁を読むのなら、同時に小田実や本多勝一や森村誠一も読もう。『諸君!』を読むのなら同時に『世界』も読んでみよう。『日本人とユダヤ人』と『ニセユダヤ人と日本人』は続けて読んでみよう。『愛される理由』と『ダディ』を読んでしまったら、『若気の至り』を読もう。『あんた!アタイが欲しくないのかい!』を読んだら『僕インポですねん』を読もう。
来年科研費が取れるかどうかが大きな課題だ。進化心理学の文脈で、イルカやボノボの言語では目的語に節が取れないことを絞って研究したいのだ。これに対して人間の子供では何歳で同じ事が出来るようになるかを調べたい。この、「節を目的語に取れる」能力はたいしたものだ。
僕は本が好きだ。
僕は[昨日君が貸してくれた本]が好きだ。
「事態」「命題」を抽象化して一単位として扱えるようになる訳だ。なんでこんな事が出来るのだろう?埋め込み文が作れるというのは人間言語の特徴だ。素晴らしい。おお、もう5時を回った。勉強しよう。
あのホモの股間に
僕らは立っているのかな
ケツをそっと出してみる
君のチンポの臭いがした
神保町の北沢書店でJespersenの7巻本を発注してしまった。4万5千円もした。ハードカバーだ。ソフトカバーだったら2万5千円程度らしいのだが、今市場に無いそうだ。まあ一生ものだからハードカバーでいいか。2番目の奥さんが買ってくれたっけ。他にもイェスペルセンは数冊買っておいて、ワタクシが気づくまで本棚に置いておいてくれたな。優しいことだ。その優しさに報いることが出来なかった。残念だ。
5時半には食事が終わっているという生活。そりゃやたら早寝早起きにもなるわい。あと寝るまでの時間でイェスペルセンのNexus、マコーレーのSubject Changingまで読もう。
などと言っているうちに7時だ。今日は気が乗らない。いのちの電話に電話なんかしている。苦しい思い出が襲ってきたのだ。明らかに自殺念慮だ。やばいぞ。ジアゼパム倍量だ。苦しい。
9時31分。病院から帰ってきた。ジアゼパム筋注がじんわりと効いている。それより医師と話をしたのが大きい。人と話すと楽になる。
クスリが効いている間に寝てしまおう。
2016/01/31
昨夜は大変だった。自殺念慮が出て病院へ行き、ジアゼパムを筋注してもらった。今朝方起き抜けにいのちの電話に電話した。かなり軽くなった。紅茶を一杯飲んだら勉強を始めよう。よし、寝てみるか。
5時17分だ。よく眠れた。本当深く眠った。クビがポキポキいう。筋肉がリラックスしているときの音だ。ゆうべのドクターは内科医だったが、下手な精神科医より話を聞いてくれた。ありがたかった。ジアゼパムはやはり筋注の方がよく効く。帰りのクルマの中ですっかりいい気分になっていた。
2016/02/01
昨日から今日にかけて一日だけ入院した。いやあ、ひどいわ、精神科病棟。アルツハイマーのボケ老人と発達障害と鬱の人間を一緒に入れている。俺はきれたね。ずっと机を叩いているオヤジとか、大声で独り言を話し続ける患者とか、居るわいるわ。俺の鬱なんて正常の範囲内だ。あそこまで壊れた人たちを見ると悲しくなる。俺も80ぐらいになったらおむつするのかな。帰りにガソリンが切れたのでまたJAFのお世話になった。
MacCawleyの英語ってChomskyなみに入り組んでるな。精読が必要だ。と、ここでアマゾンから電話。けっこう大きな金額になっていたのであさって持ってきてもらうことにした。チョムスキーとイェスペルセンとマコーレーとソシュールだ。あと誰だっけ?全部で5冊。読み込まなくては。
修論の取り寄せで上智に電話したら、取り寄せはやっていなくて、直接出向くしか無いそうだ。何じゃそりゃー。海外にいる人とかはどうすればいいんだ。言研に行くのは10年ぶりぐらいだ。京都のFと一緒に行ったのが最後だな。今図書館に行ったら休みだった。月曜が休みだということを忘れていた。東大の修士に受かったら東京の東側に住もう。亀戸とか錦糸町とか。京都に住むことになったら四条河原町がいいな。住みやすい街だ。京大で進化言語学屋や生物言語学をやるのは大変に魅力的だ。でも東京で梶田先生の講義を聴きたいな。明後日新しい本が届く前にイェスペルセンとマコーレーを読み込んでおこう。とにかく勉強しなきゃな。
などと言いつつ、岡嶋裕史さんの『ビッグデータの罠』を読み始めてしまった。いやあ、恐ろしい。資本主義の中から全体主義が生まれてきているのだ。怖い。Facebookなんかやってる人の気が知れない。個人情報ダダ漏れではないか。
アマゾンからあさって届く本の中で、一番楽しみなのはチョムスキーの"What kind of creatures are we?"とBerwickとChomskyの"Why Only Us"だ。読んでみないと分からないが、なぜヒトだけが言語を持つに至ったのかを論じた本だろう。楽しみたのしみ。届くまでに"The Evolution of Human Language"を読み返しておこう。ところでロジックって宇宙のどこでも同じなのだろうか?数学は?人間から見たら一緒だろうが、他の知性体にも同じものが通じるのだろうか?脳、またはそれに類する器官が違っていたらどうなるんだろう?小松左京大先生の『虚無回廊』では一緒に扱われている。そんな事って可能なのかな?知性は発達したら同じロジック、同じ数学を持つようになるのかな。これは本当に知りたい。人間の場合、biological settingが言語専用回路のおかげで発話が出来る訳だが、生物学的に異なった進化の歴史を持つ異星人と会話が成立するのだろうか>玉出版の韮沢さん、教えてくで。
『幼年期の終わり』が読みたくなった。最初に読んだのは14歳の時だからもう忘れている。^『スラン』も読み返したいな。SFは心が若者の文学だ。ディックの『高い城の男』がメリケンでテレビシリーズになっているようなので、これも見てみたい。『ソラリスの日の元に』も再度読みたい。あれは悲しかった。自殺した奥さんが生前の姿で現れるのだ。奥さんに自殺されたらトラウマはすごいだろうな。タルコフスキーの映画版では首都高が延々と使われていた。あれは「未来」だったんだろうな。だがあの映画のエンディングは無いと思う。ネタバレだが、地球に帰ったと思ったらやはりソラリスだったというのは変だ。映像はやはり綺麗だが。
ところで翻訳の仕事があまりに金にならないので葬儀屋でバイトすることにした。3ヶ月だけ働いて残りの時間が受験勉強に充てる。来年科研費が取れるといいな。
なんてことを書きながらも今日はイェスペルセンを読む気が起きない。マコーレーで一杯だ。知らないことばっかりで進むのが遅い。今日中にSubject Changingが読み終われればよしとしよう。五六回は読まなきゃ理解出来そうにない。こんな読むだけで大変なものを書く人が居るんだなあ。すごいよ。そしてこういうことが出来るフォーマットを作ったチョムスキーはやはり天才だ。以前一学年上のイスパニア語専攻の女の子が、「ああいう人は数学でもやってればいいのよ」と吐き捨てるように言ったことがある。いわゆる「文系」の言語学をやっている人にはそう見えるんだな。一口に言語学と言っても幅は広い。脳科学に近いことをやっている人もいれば、語源を調べている人もいる。ワタクシは発達系だ。守備範囲は形態論から統語論まで。音韻にはどうしても興味が湧かない。基礎的なことしか知らない。それでも田中克彦の嘘には気づくが。だからあの男は素人だというのだ。声門閉鎖音は知らないは、/k/が一番奥の音だというは、生まれたときはタビュラ・ラサだと言うは、しっちゃかめっちゃかである。そんな嘘吐くから副島だの宮崎哲弥だの、ちゃらんぽらんの人間しか付いてこないのだ。副島はもう知的階層には相手にされていないからいい物の、若い人をだます宮崎の罪は大きい。彼の場合は新書を読んで勉強したつもりになっているのが痛い。田中克彦を読んだのならチョムスキーも読みなさいよ。せめてAspectsの第一章ぐらいは。あったまわるいなあ、もう。
駄犬ビーの散歩に行ってきた。走る走る。元気が有り余っているんだな。ワタクシは足が痛いよ。駄犬なりにやりたいことがあるようで、あっちこっちに動き回る。近所の畑に入って、叱りつけても知らんぷりだ。そんな犬に育てた覚えはない。というか途中から飼ってるだけだけどね。最初の飼い主がよっぽど悪かったんだろう。散歩の時に左について歩くことすら出来ない。非常に疲れる。前後左右に行ったり来たり、いっそひきひもを外した方が楽だ。ビーが死んだら猫を飼おう。猫の方が犬より好きだ。わがままなところがいい。
話はまた全然違うのだが、若い女の子のスマホの入力の早さは何事だろう。あれは慣れか?目の前でとんでもないスピードで打ち込んでいるのをなんども見た。ついて行けないっす。さて、明日は葬儀屋の面接だ。黒いスーツに黒いネクタイだな。3が月でやめる気だが、年単位で勤めますと言っておこう。今金がないから仕方が無い。自分の人生に葬儀屋という選択肢が入ってくるとは想像だにしなかった。まあ雇用されれば、ですがね。雇われない方が嬉しい。その分勉強が出来るからなあ。
ところで、4番清原もシャブで捕まっちゃいましたねえ。大丈夫かな。おそらく23日拘留で懲役一年、執行猶予三年だな。清水健太郎や田代のように繰り返す可能性大だ。シャブは治らないからな。
15時29分。洋書が大量に届いた。サギだと思ってしまったのがソシュールの『講義』だ。ソシュールの解説本であった。まあフランス語を読む練習になるからいいけどね。これ読み終えたらソシュールの『講義』を買おう。今のはフランス語が簡単すぎるんだよね。
届いた本の一冊に、"Everything That Linguists Have Always Wanted To Know About Logic *but were ashamed to ask"がある。マコーレーの本だ。このタイトルはもちろんウディ・アレンの映画のもじり。ページをめくってみるとなんとか読めそうだ。早く今の本を終えて進まなくては。しばらくは二冊のマコーレー漬けだな。イェスペルセンも傍らに置いて。とは言え、遅い昼飯を大量に食べたせいで頭が回らない。眠くなってきた。
Pinkerの"Language, Cognition, and Human Nature"もたのしみだ。Berwick&Chomskyの"Why Only Us"も読み込もう。チョムスキー現役ばりばりじゃん。誰だ?「絶滅危惧種」なんて言ったのは(人間のクズ、池田信夫です)。『英語学・言語学用語辞典』がなんの手違いか二冊届いた。一冊は返す、当然ながら。"Doing Optimality"はどうしようかな。一応読みますか。
内田聡さんの『大笑い!精神医学』が面白い。俺の鬱なんて気のせいか。毎日劇薬を飲んでいるんだな。減らしていかなくては。
ところで本を読み順番を変えた。マコーレーの"Syntactic phenomena of English"をとりあえず読み切る。その時点で次に読む本を決めることにした。チョムスキーの"Aspects",Jackendoffの"Semantic Structure",Pinkerの"Learnability and Cognition"あたりから始めよう。
新しい洋書ばかり買ったので、Jespersenの"A Modern English Grammar"通称7巻本が買えなかった。4万5千円もするんだもんな。神保町の北沢書店に発注してたんだけど、金が足りなくなってキャンセル。とほほだ。さて、今買ってきたコーヒーを飲んだらマコーレーだ。今日中に更に一章は進めたい。そういえばマコーレーは日本人言語学者と結婚していたことがあったんじゃあにかな。しかも日本語がばりばりにうまくて、隣の部屋で聞いていると日本人が話しているとしか思えないほどだったという。我が師匠梶田先生も凄くて、マコーレーが来たときに"Syntactic Phenomena of English"について質問し、そこまで考えていなかった、という反応を得たのだ。すげー!
早くPinker読みたいな。マコーレーが終わらないと手を出さない。よし、PCをスリープにして勉強しますか。5時44分だ。2時間は勉強出来るな。朝5時半。眠気を砂糖たっぷりの紅茶で吹き飛ばす。と思ったら6時45分まで寝てやがんの。3度寝が出来て良かった。
9時57分。葬儀屋の仕事は電話で断った。やっぱり俺には死にかけの人に営業かけたり死体を触るなんて出来ない。
ヤマト運輸から電話があって、また洋書が一冊届く。誰のなんだっけ?頼みまくったから覚えてないや。母親がよく本を取るねと驚いている。このくらいではまだ足りないのだが。
12時8分。Minimalistを読み出したら止まらない。やっぱり言語進化のペーペーより気合いが入っている。こっちが本職だもんな。でももう1時9分、INtroductionだけで読み疲れてしまった。ロジックがタイトなんだよ。書かれていることを正確に厳密に読むのは一日20ページぐらいが限度だ。でも進むか、2.のLexiconだ。
今疲れて20分ほど横になったらマイクロ睡眠が出てスケベな夢を見た。2時37分。洋書が届くと思っていたらエプソンからノートの電源が届いた。これが壊れたのでニテケテの動画が見れなかったのだ。これでやっとニテケテの動画が見られる。嬉しい。"Some simple evo devo theses"昨日に続いて読み返したら深い。こっちでもやっぱり本職だ。自然も言語もどこまでも変異があり得る、と言う方向から、同じ材料から出来ているのだ、という方向へ振り子が揺れたことが書かれている。DNAの発見、UGの探求、どちらもそうだな。やっぱりすごいよ、この人は。
今日はジャケンドフの進化言語学のペーパーを読む。ジャケンドフの言語モデルはチョムスキーのものより包括的だ。どんな論が展開されるのか楽しみだ。
来年はなんとしても科研費を取るぞ。1月あたり17万は大きい。洋書をどんどん買うことが出来る。バイトもしなくてすむ。テーマは「節の誕生」か「項構造の発達」だ。
ところでこれを聴いてくだされ。『風が吹くとき』にBowieが歌をつけたものだ。『風が吹くとき』は英語版を持っていた。何とも悲しい話だ。田舎の老夫婦が政府を信じて核で死んでいく話だ。「ロシア人だっていい人たちでしょ」というセリフ、お粗末なシェルターで放射能が防げると思い込まされている悲しさ、胸を打った。
Berwickは言語学よりのコンピュータ・サイエンティスト、Chomskyは言うまでも無いか。イントロからびびる。子供は子宮内で母語の発音パターンを学習しているんですと。凄いな。さっきまでテクニカルなChomsky&Lasnikを読んでいたので、こういう本もありがたい。東大と京大ではどっちが生物/進化言語学をやれるんだろう。京大かな。だったら京大に行こう。来年行ったら8年ぶりの京都だ。懐かしや。Fとの思い出が詰まっている街だ。町屋に住んで大学へ通おう。なんとしても科研費を取らなくては。あと奨学金も。家賃に充てればちょうどいいだろう。科研費通ってくれ科研費通ってくれ。「項構造の発達と節の誕生」で通ってくれ。これを人間の子供とチンパンジーで比較するのだ。科研費出ろ科研費出ろ。
それはそれとして、"Why only us"にはOEDで調べても出てこない単語が頻出する。ウェブ辞書に頼るが、十分ではない。生物学事典が必要だ。英和の。あと出来れば数学用語辞典も欲しい。今金がないからウェブ辞書でやろう。さて、進化言語学で脳が少し疲れたのでフランス語をやろう。語学は語彙を調べて読み込むだけだから楽なんだよな。テキストはソシュールの「講義」。これが一番アンパイでしょう。麻雀知らないけど。
"Why Only Us"、16ページまで読んで疲れた。ダーウィンの暗黙の誤解が指摘されている。メンデルの数学的解決も示唆されている。エライことになってきそうだな。理解出来るかな。ここでまた脳が疲れたので"The Minimalist Program"に戻る。疲れたら違う勉強をするというのは梶田先生が太田先生から教わったやり方だ。
2016/02/07
朝7時29分。朝風呂の準備をしている。朝風呂はいい。身も心も清めて一日を始められる。
へと続いていく。