だいすきな二人へのてがみ
ニテくんケテくん。きみたちとはなれてしまってもうすぐ6 年になります。
このてがみをきみたちがいつよむことになるかわかりません。
でも、ふたりがいつかよんでくれるとしんじてかいておきます。
いちばんあたらしいてがみへいどうする
2008/06/30 11:56:04
ニテくんケテくん。
元気にしていますか。
きょうだいなかよくしていますか。
ニテくん、きのう五年ぶりにニテくんのビデオを見ることができたよ。
ニテくんはヨーグルトをたべながらバスのミニカーであそんでいたよ。
パパが、「バスかしてー」というと、うれしそうに体のよこにかくしていたよ。
ケテくん。
きみにはほんとうにあやまらなければいけません。
パパはケテくんをかたぐるましたことがありません。
ケテくんはまだうまれて三かげつだったから、だっこすることと、
みるくをのませてあげることと、おむつをとりかえてあげること、
ケテくんのかおにパパのかおをちかづけて、いろんなかおをして、
パパのゆびをにぎらせて、そんなことしかできませんでした。
とてもとても、あやまりたいです。
二人に会って、あやまるかわりに、いっしょに男の子のあそびがしたいです。
二人をこうたいでかたぐるまして、わきの下をもってぐるぐるまわしたり、
三人でおいかけっこしたり、キャンプに行ったり、おもちゃをくみたてたり、じてんしゃののりかたを教えたり、よる、空をみて、ほしの名前を教えてあげたり、したいことがいっぱいあります。
いま、なにもしてあげられなくて、ほんとうにいけないパパだなあとおもっています。ほんとうにごめんね。
2008/06/30 19:08:41
ニテくんケテくん、今日はどんな日でしたか。
たのしく学校やほいくえんにいきましたか?
ふたりがまいにちたのしく、くらしていることを、パパはいつもねがっています。
きのうとどいたパソコンで、二人のしゃしんやビデオを見ています。
見るたびに、なんてかわいいんだろうと思います。
じぶんのこどもをあんまりかわいいかわいいと言うと、おかしいという人もいるかもしれないけど、パパは、二人はせかいでいちばんかわいいこどもだと思っています。
きょうは一日パソコンのせっていと音楽のとりこみでいっぱいでした。
パパが好きなさっきょくかの音楽や、歌手の歌でパソコンをいっぱいにしようと思っています。ビデオもいっぱい入れようと思っています。パソコンではできることがいっぱいあります。ニテくんは学校でもうならっているかな?
でもね、パパのパソコンでいちばん大事なものは、二人のしゃしんです。ニテくんとケテくんがわらったりれいぞうこをあけたり、バスのミニカーであそんだり、パパに二人いっしょにだっこされているしゃしんもあります。
いまの二人のすがたをそうぞうします。
とてもとても、会いたいです。
2008/07/01 20:33:58
二人ともきょうはたのしかったですか。
パパはおばあちゃんといっしょに、おじいちゃんのにゅういんしている病院へ行きました。
おじいちゃんは、もう、おばあちゃんのことも、パパのことも、わからなくなっています。
三ヶ月まえに、5年ぶりに見たおじいちゃんは、いまのおじいちゃんよりも、まだ、うごくものにはんのうしていました。でも、今日見たおじいちゃんは、ケイタイのカメラの光をみて、やっと目がうごくぐらいにまで、よわっていました。
おばあちゃんにはいえないけど、ひざや足のうらをさわってみて、はんのうを見たのですけど、ほとんどうごきませんでした。そろそろおじいちゃんは死んでしまうんだなあと思いました。
ニテくんがうまれたときも、ケテくんがうまれたときも、おじいちゃんはすごくよろこんでいたそうです。ニテくんをだっこしたおじいちゃんのしゃしんものこっています。
ママのほうのおじいちゃんは、ニテくんがうまれてくるのをたのしみにしながら、とつぜん病気で死んでしまいました。
ママのほうのおじいちゃんは、すごくやさしい人だったよ。パパにもよくしてくれました。ニテくんが、ママのほうのおじいちゃんのおはかに、おまいりに行っているしゃしんがのこっています。いまは、ママと三人で行ったりするのかもね。
ほんとうはね、ニテくんの名前は、ママのほうのおじいちゃんにかんがえてもらってたんだけど、きまらないうちに、死んじゃったんだよ。
だから、もしかすると、ニテくんの名前は、今とちがった名前になっていたのかもしれないんだよ。でも、パパがかんがえたいまのニテくんの名前が、パパは大好きです。ニテくんもじぶんの名前が好きだといいなあ。
ケテくんの名前も、パパがかんがえました。
いい名前だと思っています。ケテくん、じぶんの名前は好きですか?
きにいってくれているといいなあ。
二人の名前はね、どっちも、パパがちょくせつ教わったえらいげんごがくの先生と、本をよんでえらいなあと思ったすうがくのせんせいの字をもらっています。
それと、名前のひびき、音がいいなあと思ったんです。
パパはね、パパのお兄ちゃんが、つづけて二人死んでしまったあとに生まれた子供だったので、「あたらしい」といういみのかんじが、名前に入っています。
そのりゆうを聞いて、パパはとてもいやでした。
まるで、だれかのかわりや、まわりの人のつごうでつけられた名前だと思ったんだよ。
だから、二人の名前を考えるときは、パパがそんけいしている人の字をもらおうと決めていました。きにいってくれているかな。
ニテくんと、ケテくんというよびなも、いつのまにか、パパのあたまの中でできていたものです。あだ名ですけど、とてもよびやすくてかわいいので、よく、二人のことをそうよんでいました。ニテくんが走ると、ニテ走りとか、泣くと、ニテ泣きとか、ケテくんがねると、ケテねとか、いろいろなつかいかたをしました。
きょうはたのしかったですか?
パパはいろいろ考えることもあったけど、やっぱりいい日だったと思うよ。
2008/07/02 9:13:50
おはよう。パパは今日あさ四時におきました。
二人はまいにち何時におきていますか?
あさ7時ぐらいかな?
いっしょにくらしていたとき、ニテくんは、あさおきると、ベビーベッドのさくに立ってつかまって、はやく出してくれないかなって、目をきょろきょろしてまってて、パパがだきあげに来ると、にこにこしてわらっていたよ。
ケテくんは、さいごにあったのが、まだ三ヶ月だったから、よくねてたなあ。すごくやわらかいねがおだったよ。
めをさましたときに、パパのひとさしゆびをにぎらせると、ぎゅってにぎってくれたんだよ。
うれしかったなあ。
ニテくんも、うまれたばっかりで、ベビーベッドにいるケテくんを、うれしそうにみて、手をなでたりしていたんだよ。
パパはそれを見て、きっとなかよしのきょうだいになると思って、すごくあたたかいきもちになりました。
ところで、ふたりとも、おんがくは好きですか?
パパは、けさからずっと、パソコンにスピーカーをつないでおんがくをきいています。
『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』、とか、『ディベルティメント』、『エロイカ』、『ケルンコンサート』、『25ばん』、『40ばん』、『ロクサーヌ』、とかいうおんがくです。なんのことかは、ママにきけば、わかります。
いいおんがくをきくと、心がしずかになって、いろんな、心にしみついてしまったよごれやつかれが、すーっときえていくのをかんじます。
二人は、おんがくはすきですか。
すきなうたはありますか?
ママのことだから、きっと二人にいいおんがくをきかせてくれているんじゃないかな。
いろんなおんがくをきいて、じぶんの好きなものを見つけてください。いいおんがくは、さびしいときや、つらいときに、ささえになってくれます。うれしいときは、もっとうれしくなります。
でもね、おんがくでひとつこまったことがあるんだよ。
それはね、ほんとうにいいおんがくは、ききながらほかのことができなくなってしまうんだ。
おとに心をつかまえられて、きくことしかできなってしまう、ほかのことがなんにもできなくなってしまう、そんなこともあるんだよ。
パパは、むかし、すごくべんきょうしなきゃいけないときに、おんがくに心をうばわれて、一日じゅうおんがくばっかりきいていたことがあります。
でも、そういうおんがくにであえるということは、やっぱり幸せなことです。このことはママにきけばよくわかると思うよ。
ママはいまでもうたっていますか?
ニテくんやケテくんといっしょにうたったりしますか?
二人がうたうところを見てみたいです。
2008/07/04 17:39:26
きょうはいい日でしたか。
また、音楽のはなしです。
パパがいちばん好きなさっきょくかは、むかし、作家で詩人でかがくしゃで、しかもせいじかまでやった、ドイツのゆうめいな人に、こんなことをいわれたことがあります。
「かれの作る音楽は、人の心をまどわせるように、あくまが作らせているものだ」
そのさっきょくかがだれで、そういったドイツのゆうめいな人がだれかは、ママにきけばわかります。
あまりにも美しいものは、たしかに、人の心をとらえてはなしません。これは音楽だけじゃなくて、ほかのげいじゅつ、つまり、文学や絵や映画、おどり、ちょうこく、建築物(けんちくぶつ)などなど、人の作るもの、そしてまた、しぜんの美しさでも同じです。
これから、どんどん大きくなる二人は、なにか、じぶんをむちゅうにさせるものにであうでしょう。
そのとき、まよわずむちゅうになってください。
すきなものには、おそれず、ためらわず、どんどんちょうせんしてください。それは、かならず、二人の心のたからものになります。
きょうはパパは音楽ばっかりきいていました。
クラシックとイギリスのロックです。
"Mother"(マザー)という曲があって、パパはその歌詞をきいて、どうしても二人のことを思い出してしまいます。とくに三番の歌詞、これもママに聞いてください。
そういえば、いっしょにくらしていたとき、パパがなにげなくこの"Mother"という曲をかけたら、かしをきいたママが、きゅうにひょうじょうをかえて、耳をすませるようにして、しんけんにききはじめたことがあります。きっと、このうたのかしは、ママの心にひびくところがあったんだと思いました、
きょうはこれでお休み。
2008/07/05 20:04:33
きょうはどんな日でしたか?
パパは一日二回としょかんへ行きました。
ひつようなほんがなかなか見つからないので、かわりにCDをかりてきて、パソコンにとりこんでいます。
二人はいま、どんな本が好きなんだろう?
いっしょにいたら、二人がきにいった本を見て、つぎにはこんなのを読むといいよっておしえてあげられるのになあ。
いっしょにいたとき、パパが絵本(えほん)をまえに、あぐらをかいてすわると、ニテくんは、それがあたりまえのように、とことこ歩いて、パパのひざの上にのってきて、パパと同じようにあぐらをくんで、パパが絵本をよむのをまっていました。
パパは、お話をどんどんつくりかえて、しゅじんこうをニテくんにして、絵を見て思いついたはなしをつぎつぎに話しました。ニテくんは、どうぶつと、それからのりものが出てくる絵本が好きだったんだよ。
ニテくんがいっぱいもっていたぬいぐるみでも、パパはおしばいをしました。キツネくんや二頭(にとう)のクマくんたち、とりのピッポちゃんたちに、けんかさせたり、なかなおりさせたり、そらをとばせたり、みんなで歌わせたり、そしてさいごには、ニテくんを見つけたぬいぐるみたちが、みんなで、「あっ、ニテくんだ!ニテくんあそんでー!ニテくんすきー!」と言って、ニテくんにだきついていきました。すると、ニテくんはほんとうにうれしそうに笑いました。パパの一生のおもいでです。
ケテくん。ごめんね。ケテくんに絵本をよんであげたかったよ。ぬいぐるみのおしばいもしたかったよ。ごめんね。
でも二人とも、会ったら、ちゃんと、男の子のあそびをしよう。テントのはりかたや、星のみかた、ぼうえんきょうやけんびきょうの使い方、天気をよそくすること、知らない町でもほうがくをよむほうほう、馬ののりかた、じてんしゃののりかた、そして、もしきょうみがあるなら、オートバイや車ののりかた、パソコンのくみたてかたや、べんりなつかいかた、いろいろ、いろいろ、おしえながら、いっしょにあそびたいことがあります。きっとやろうね。
きょうはねる前に、『ワルツ・フォー・デビー』という曲を聞きます。いっしょに聞きたいです。きっと二人とも好きになると思うな。
おもいだしたので書いておくね。
いっしょに住んでいたころ、パパがきっさてんで本をよんでいると、店のスピーカーから、聞いたことのない、ふしぎな歌声が流れてきて、パパはぼうぜんとしてその声に聞き入ってしまいました。パパはそのばでママのケイタイにでんわして、「すごい歌手が出てきたよ」といいました。
それは、元ちとせ(はじめちとせ)という人の『ワダツミの木』という歌だと後で知りました。
二人とはなれてしまってから、パパはその歌をきくと、二人のことを思い出します。
「ここにいるよ、あなたが、まよわぬように、ここにいるよ、あなたが、さがさぬよう」
このかしの、「あなた」は、パパにとって、ニテくんとケテくんのことです。まいにちかたぐるましていたパパが、とつぜんいなくなったニテくんのことをかんがえて、そして、かたぐるまもされたことがないケテくんのことをおもって、なみだが出ました。
きょうはここまで書いて、ちょっと本をよみながら音楽をききます。すぐねむくなるといいな。おやすみ。
2008/07/06 12:25:06
きょうは、朝から、ベルリオーズという人の、『幻想交響曲(げんそうこうきょうきょく)』という音楽を聴いています。
むかしむかし、ニテくんもケテくんもうまれるずっとまえ、ママに会う何年もまえ、パパはある女の人となかよくなって、まいにちこの曲を聴いていました。
その女の人と、どうなったかと言うと、この曲のとおりになりました。なんのことかは、ママに聞けばわかります。今ききかえしても、とうじの、つまり、そのころの気持ちはよみがえってきません。すっかり忘れてしまったんだなあと思いました。
夜になりました。
もうねる時間です。
二人はもうねたかな?
ニテくんは二才になったころは、もうよふかしでしたよ。
10時ぐらいまでおきていて、いつのまにかベビーベッドをいやがるようになったので、パパとママにはさまれてねました。
ケテくんはよくねてたなあ。よなかにベビーベッドをみにいくと、すやすやねむっていました。なんどもみにいったんだよ。
二人とも、夜泣き(よなき)もしない、とてもいい子でした。いろんな人から、こどもは夜泣いて、しばらくはたいへんだと聞いていたのに、二人ともぜんぜんそんなことはなくて、おどろいたよ。すごくすごくいい子でした。
きょうはここでおやすみなさい。またあした書くね。
おやすみ。
2008/07/07 21:02:25
今日は疲れました。(今日からできるだけ漢字を使って書くことにします。どれを漢字で書くかは、二人が読めるだろうという、まったくのパパのカンできめます。)
近所の山の温泉(おんせん)に行ったのですが、そこはお湯の温度(おんど)がすごく高くて、つまり熱くて、しかも、温泉の性質(せいしつ)が体に合わないのか、ちょっと入っただけで「湯あたり」をおこしてしまいました。
「湯あたり」というのは、おふろや温泉で、よっぱらったようなふらふらのじょうたいになってしまうことです。
そこでやめておけばよかったのに、パパはこりずに、温泉がわきだしている湯気(ゆげ)をそのまま使ったむしぶろという、サウナに入ったのです。
ふつうのサウナというのは、空気がかんそうしています。ミストサウナという湯気を出すサウナもありますが、これは温度が低いです。でも、そこは、なんといっても、岩のわれめから温泉がわきだしてくる、その上に建てられた小屋なので、ものすごい湿度(しつど)と温度です。入ったとたんに、温泉の成分(せいぶん)が入った湯気をおもいきりすいこんで、げほげほとせきこんで、あっという間に全身(ぜんしん)汗まみれになってしまいました。
それでもがまんして10分ぐらい入っていたら、頭がぼーっとしてきて、出口がどっちだかわからなくなりそうになり、これはいけないと思って、手探り(てさぐり)で(つまり、そこは明かりがついていないんです)外に出て、水ぶろに飛び込みました。じゅうぶんに体を冷やしたつもりだったのだけど、体をふいて、服をきて、外のこかげでベンチにすわっていたら、どんどんどんどん汗が出てきます。とうとう、ベンチに横になって、気絶(きぜつ)していました。
そこは高原の温泉なので、森を通ってくる風がすずしくてかわいていて、しばらくして気がついたときは、なんとか動けるようになっていました。
それでも、一時間ぐらいはそこから動けず、よろよろと歩いて自動販売機(じどうはんばいき)で飲み物を買ってきて、一リットルぐらい飲むのがせいいっぱいでした。それからさらに一時間、からだの調子がもどるのを待って、やっとうちに帰れました。
二人とも、夏は水分を多くとって、今日のパパみたいなことにならないように気をつけてください。ニテくんはいっしょに散歩(さんぽ)に行くとき、自分の麦藁帽子(むぎわらぼうし)をちゃんと自分で取ってきて、頭にかぶっていたんだよ。パパのも取ってきて、って言うと、また帽子をおいてあるところへもどって、パパのおそろいの麦藁帽子をわたしてくれました。とてもとても、大事な思い出です。
今日パパがなったのは、湯あたりと、脱水症状(だっすいしょうじょう)です。
ニテくんといつもいっしょにお風呂に入っていたときは、パパもそうなんだけど、ぬるいのが好きなニテくん温度で入っていました。お風呂の中で、むかいあって、顔の部品(ぶひん)、つまり、鼻とか目とか耳の名前をれんしゅうしました。ニテくんがじぶんの目をゆびさして、「めめー」とはじめて言ったときはパパはびっくりしたよ。
きっと、保育園(ほいくえん)でならったんだなと思いました。つぎに、鼻をゆびさして、「あなー」と言ったので、パパが「はな」と言うと、ニテくんはすぐにちがいに気がついて、「はなー」と言いなおしたんだよ。すごく楽しい思い出です。つぎつぎに「め」、「はな」、「くち」、「みみ」とパパに教えてくれるので、うれしくなって、パパが自分のあごを指差して(ゆびさして)、「あごー」と言ったら、すぐにニテくんはおぼえました。「ちんちん」もおぼえたけど、指差してそういうとき、ニテくんはなぜかすごく楽しそうだったよ。ほかの体の部品の名前を言うときとぜんぜん表情(ひょうじょう)がちがったんだ。二歳児(にさいじ)でも、なんとなく恥ずかしいとか、おもしろいところだってことがわかるのかなと、パパは思いました。
ケテくんともお風呂であそびたかったです。歩くのが見たかったです。ないたりわらったりするのが見たいです。からだや心のようすに気をつけて見ていたいです。
今日はこれでお休み。
2008/07/08 20:59:59
ニテくんケテくん、今日はいい日でしたか?
昨日は自分の湯あたりのことばっかり書いて、七夕(たなばた)だったことを書くのを忘れていました。
二人は七夕にどんなお願いをしましたか?
パパは二人が健康(けんこう)であること、明るく毎日すごしていること、友達がいっぱいできていること、そのほかいっぱい、二人がしあわせであることを、心の中でいのりました。じつはこれは、毎日思っていることで、七夕にかぎったことではありません。
そして、なるべく早く二人に会いたいと願っています。
パパは今日も音楽ばっかり聴いていました。
ジャズとクラシックとロックです。
図書館からかりてきてパソコンに取り込んだ(とりこんだ)CDに、今まで知らなかった曲が入っていました。
エリック・サティという人の『ジムノペディ』というパパの好きな曲を、ドビュッシーというこれもまたパパの好きな作曲家(さっきょくか)が編曲(へんきょく)、つまり、もとの曲にくふうを加えてべつな楽器や曲の組み立てで作りなおしたものです。
これを聴いていたら、いつのまにか眠ったような状態(じょうたい)になってしまいました。眠っているのではなくて、催眠術(さいみんじゅつ)にかかったみたいに、意識(いしき)ははっきりしているのだけど、その曲の音の世界に取り込まれて、自分も音楽の一部になったような気持ちになったのです。
ほかに、パパがこういう状態になる曲に、『死せる王女に捧げる(ささげる)パヴァーヌ』というのがあります。シベリウスという作曲家の曲でもこういうことが起こりやすいです。いちばん好きな作曲家の曲だと、なぜかこうならず、全身(ぜんしん)が耳になったような気持ちになります。知らないうちに涙が出てくることもあります。
二人とも、そんな、心をうばわれる音楽に出会うでしょう。それはとてもいいことだと思います。ママに聞いて、いろいろ聴いて見るといいよ。
ところで、二人は今、どんな本が好きですか?
パパは、今のニテくんぐらいのころ、生まれてはじめて、本を読んで、その中でえがかれている景色(けしき)が目の前にうかぶという経験(けいけん)をしたことがあります。
それは、小松左京(こまつさきょう)という作家の、『空中都市008(くうちゅうとしゼロゼロエイト)』という本でした。
話の中の、ロケットが飛び立っていくところで、ロケット基地(きち)のまわりの草が、ロケットの噴射(ふんしゃ)で、はげしくゆれるという部分でした。パパの目には、銀色(ぎんいろ)のロケットが、草をゆらしながら、ごうごうと音をたてて空へ高く昇って(のぼって)いくのがはっきりと見えたのです。
この、小松左京さんという人は、とうじのパパは知りませんでしたが、ゆうめいな、とてもすばらしい作家で、中学生ぐらいになってから、この人の書いた他の本を何冊も読むことになりました。そして、小さいころ景色を見せてくれた人がこの人なんだと知って、ますます好きになりました。今でも好きで、たまに読み返しています。この作家の教えてくれたことは、パパのものの考え方に影響(えいきょう)しています。いまでも、小松左京さんが書いたたくさんの本で、もう一度読みなおして、その世界を深く知りたいと思っているものがたくさんあります。中学生や高校生のころにはわからなかったことがいっぱい書いてあるのが、今になってよくわかります。
『空中都市008』が今でも図書館にあるかどうかはわかりません。大きな図書館に行けば、検索(けんさく)システムを使ってさがせるかもしれません。
もし、この本を読んで、おもしろいと思ったら、次は、おなじ小松左京さんの、『青い宇宙の冒険(あおいうちゅうのぼうけん)』という本を読むといいと思います。主人公の少年と少女、そして学校の理科と英語の先生二人、ドイツの物理学者(ぶつりがくしゃ、科学者(かがくしゃ)です)、ケニアのマサイ族の戦士(せんし)が、協力(きょうりょく)しあって、こまっている宇宙人のたすけをして、この宇宙を冒険して、もっと広い宇宙へ出て行って、宇宙の大きさや時間の不思議さを見て、最後にはマサイの戦士の力で、この宇宙の存在(そんざい)を守る話です。テレビでよく見る「ヒーローもの」では、日本の平和(へいわ)や、せいぜい世界の平和を守る話しかありませんが、『青い宇宙の冒険』では、この宇宙とそこに住む生命(せいめい)全体(ぜんたい)を科学と意志(いし)の力で守ります。描かれている世界がとても大きいので、パパは今読み返しても感動(かんどう)します。
これは、マンガにもなっています。マンガはマンガでいい出来なんですが、マサイの戦士の描き方(えがきかた)が、マンガ出版当時(しゅっぱんとうじ:売り出されたときのことです)の流行語(りゅうこうご:はやりのことば)を使ったりしていて、ちょっと今ではわけがわからなくなっているところがあるので、原作(げんさく:マンガや映画や演劇(えんげき:おしばいです)などになる、もとの本のことです)のほうがいいです。
ニテくんはもう読めるとおもいます。ケテくんにはまだ早いかな。ケテくんは、そうだね、菊田まりこ(きくたまりこ)という人の、『いつでも会える』という絵本(えほん)をよんでみてください。パパが三年前に送った、『どんなにきみを好きかあててごらん』というえほんはおもしろかったですか?どうじに送った、『あたえる木』(だったかな?"Giving Tree"という、もともとはえいごのほんです)はどうだったかな?きっとあのにさつよりわかりやすくて、かなしいはなしだけど、心にのこると思うよ。
二人とも、少し長い本が読めるようになったら、筒井康隆(つついやすたか)という作家の『愛のひだりがわ』という本を読むといいかもしれません。この人のほかの本は、すごく危険(きけん)がひそんでいるので、少なくとも中学生になるまでは読まないほうがいいと思いますが、この、『愛のひだりがわ』と、『旅のラゴス』という本は、はやいうちに読んでもだいじょうぶだと思います。そして、もっと大きくなってからよみかえすと、またちがったおもしろさがわかると思います。筒井康隆さんには『筒井康隆童話集(つついやすたかどうわしゅう)』というのもありますけど、これは、中学生になるまでは読まないほうがいいと思います。もしかしたら大人になってからわかる危険かもしれないけど、毒(どく)がひそんでいるのは確か(たしか)です。
外国の作家では、ミヒャエル・エンデという人の、『ジム・ボタン』という本がおもしろいです。これがおもしろかったら、そうだね、ニテくんは2年後、ケテくんは4年後、おなじエンデさんが書いた、『はてしない物語』、『モモ』を読むといいです。
小学校三年生のころパパがむちゅうになったのは、ほかに、『岩窟王(がんくつおう)』、『ああ無情(ああむじょう)』、『三銃士(さんじゅうし)』、『君よ知るや南の国(きみよしるやみなみのくに)』、『ロビンソン・クルーソー』、『スイスのロビンソン』、『海底二万里(かいていにまんり)』、『タイムマシン』、『マラコット深海(まらこっとしんかい)』などという、子供向けに大人の本を書き直した本でした。
『タイムマシン』や、『海底二万里』は、今考えると、子供には、いや、大人にとっても、こわい部分があります。『タイムマシン』の超未来(ちょうみらい)の景色(けしき)や、『海底二万里』の、「ネモ船長」の絶望(ぜつぼう)と孤独(こどく)は、今になってよくわかる気がしますし、やはりこわいとも思います。
童話では、ロシアの『ネズナイカ』という話が好きでした。『ネズナイカ』に出てくる、「青い目ちゃん」という女の子を、本当にいる女の子みたいに好きになったぐらいです。毎日少しずつ、わくわくしながら読みました。それから、矢野徹(やのてつ)さんという、翻訳家(ほんやくか:外国語の本を日本語になおす人です)で作家のひとの、『孤島一人ぼっち(ことうひとりぼっち:「ことう」というのは、りくちからはなれた、船も行かないような島のことです)』という本がおもしろかったです。これは、ずっと後になってから、『ロボット』という題で書き直されましたが、もともとの本のほうがずっとおもしろいです。
『孤島一人ぼっち』は、船が難破して(なんぱして:船があらしなどで沈んでしまうことです)、たった一人で孤島にながれついた少年が、ぐうぜん流れ着いた、乗っていた船のつみにの中に、ロボットの組み立てセットを見つけて、一人で苦労(くろう)してロボットを組み立てて、そのロボットと助け合いながら・・・という話です。おもしろそうでしょう?
本当は、パパとニテくんとケテくんで本屋さんや図書館に行って、君たちが好きな本をえらぶ手伝いをするのがいちばんいいんだけど、今それができないので、書いておきました。自分でえらぶのは、けっきょく、いちばんいい方法です。
今日はここまで。お休み。
2008/07/09 22:30:40
ニテくんケテくんこんばんわ。
今日は家で本を読んだりまた図書館へ行ってCDを借りてきたりしました。
近所に泉(いずみ)が湧いて(わいて)、池になっているところがあります。
そこには、つがいの、つまり、オスとメスの夫婦(ふうふ)のガチョウが住んでいます。
最近、メスのガチョウが、池のふちの岩場(いわば)にすわりこんで動きません。首だけ岩陰(いわかげ)から出して、外を見ています。
オスは、近くの砂地(すなち)にいて、まわりをみはっています。
今日、パパが近くでビデオをとろうとして、池の上のみはらしだいに登って、柵(さく)を越えて(こえて)ガチョウのようすを撮影(さつえい)しようとしたら、オスがあわてたようすで、メスのほうに「ギャーッギャーッ」と鳴きながら水面を泳いでいきました。
いつもはえさを持って行ってあげると、喜んでよって来るのに、最近は警戒(けいかい)して、近づいてきてくれません。
どういうことかというと、メスが今、卵を温めているんです。それでメスは巣を作って、そこから動かないし、オスもメスと卵を守ろうとしているのです。
今日は、いつもはいないカラスの群れが、巣の上を「ガアガア」と鳴きながら飛んでいました。それで、メスもオスも、なおさら警戒心(けいかいしん:まわりにようじんするきもち)を強くしていたのだと思います。
毎日見ていると、オスは、岩にくっついたコケや、コケに住んでいる虫をつかまえて、メスと卵のいる巣に運んでいます。
このようすは、ビデオにいくつかとったので、いつか見せてあげるね。
パパは、このガチョウのオスよりだめなパパだったなあと、いまさらながら思います。
ニテくんとケテくんと遊ぶことだけに夢中で、ほかの事は考えもしませんでした。
もしかしたら、パパは、父親役より、母親役のほうが向いていたのかもしれないとまで思います。
二人のオムツを取り替えるのも、ご飯を作って食べさせるのも、公園でいっしょにすべりだいで遊ぶのも、お風呂できれいに洗ってあげるのも、二人のからだの大きさをかんがえて、服や靴を選ぶのも、楽しくて仕方ありませんでした。
オスというのは、それだけじゃだめなんだなあと、今になって反省しています。
二人と過ごした時間は、パパの人生でいちばん楽しかった時間です。
どうもありがとう。
おやすみ。
2008/07/10 15:36:02
こんにちは。ニテくんケテくん。
今いるところは暑いですか?
パパが今いるところは、すごく暑いです。パパは真っ黒に日焼けしてしまいました。高原なので、風はすずしいのですが、日差し(ひざし)がとても強いです。日焼けをするのは、日光の中の、紫外線(しがいせん)という、目に見えない光のためです。人間の皮膚(ひふ:はだのことです)は、この紫外線が体の中に入りすぎるのを防ぐため、メラニン色素(めらにんしきそ)というのをはだに作り出して、体を守ります。ニテくんやケテくんの目や髪の毛(かみのけ)が黒いのも、この、メラニン色素が入っているからです。
今日も池のガチョウを見に行きましたが、まだ卵はかえりません(小鳥が卵から出てこないということです)。
それでも、オスのガチョウは、巣のまわりから離れないように(はなれないように)、ずっと近くをゆっくりと泳いでいます。
パパは、ガチョウの行動(こうどう)が不思議(ふしぎ)です。どうしてメスが卵を温めている間、ずっと近くにいて、カラスからメスと卵を守って、虫やコケを運んでいってあげるのか、とても不思議です。どんな仕組み(しくみ)が働いて(はたらいて)、ガチョウのオスがそんな行動をするのか、わかりません。
パパがニテくんにご飯を作ってあげたり、オムツをかえたり、公園で遊んだり、また、ケテくんにミルクをあげたり、顔遊びをしたり、オムツの世話(せわ)をしたのは、何よりそれが楽しくて仕方がなかったからです。君たちが、なんのきなしに、動いたり声を出したり、おいしそうにご飯を食べたり、アニメを大真面目(おおまじめ)に見たり、オムツの交換(こうかん)や、お風呂で洗ったあと、とても気持ちよさそうなかおをするのや、ベンチの上でつなわたりみたいなことをするのを見るのが、とても楽しかったからです。パパがねころがっていると、おなかの上にまたいで乗ってきて、パパの顔をにこにこ見るのがうれしかったからです。してあげるのではなくて、パパ自身が楽しくてやっていたのです。
でも、ガチョウはどうなんでしょう。まだ卵で、小鳥は産まれていないのに、なぜああいう行動をとるのでしょう。本当に不思議です。
もしかしたら、ガチョウも、そうすることが楽しいのかもしれないな、と思います。そうだといいな。猫や犬は、見ていて、はっきりと楽しい様子を見せてくれることがありますが、ガチョウもそうなのかな。そうしなくてはいられない気持ちが湧いて(わいて)くるのかな。
猫を飼っているとよくわかりますが、子猫が産まれてしばらくは、母猫は子猫をとても大事にします。今までなついていた人間にも、子供を見せるのをいやがって、巣の場所を変えたりします。産まれてしばらくして、目が見えるようになった子猫は、母猫のおっぱいからミルクを飲んで大きくなります。二ヶ月か三ヶ月は、親子でとても仲良く遊んでいますし、兄弟同士の子猫たちも、お互いにかみついたりキックやパンチの練習をします。母猫はじっとすわっているようで、でもよく見ると、しっぽをゆらゆらと動かして、子猫がじゃれるおもちゃにしてあげています。
ところが、まったく突然(とつぜん)に、母猫が子猫を近づけなくなる日がやってきます。いつものつもりで「ママー」と近づいていった子猫に、母猫は、まるで知らない敵(てき)の猫が来たみたいに、「ハーッ」とうなって、近づけなくするのです。そのときの子猫の表情を、パパは何回も見たことがありますが、とてもびっくりして、いったい何があったんだろう、という顔をするのです。そういうことが何回かくりかえされて、子猫はもう母猫に近づかなくなります。そして、その子がオスだった場合は、いつのまにか家出してしまうことがよくあります。きっと自分の住むところを見つけにいくんでしょう。
これも、また不思議なことだと思います。人間みたいに、頭で考えて、「この子はそろそろ大人だから」なんて判断(はんだん)しているとは、パパにはとても思えないのです。それは、猫の脳みそは、考える部分が人間にくらべて、ものすごく小さいからです。
ガチョウになると、もっと、猫よりも脳が小さいのです。なのに猫もガチョウも、とくていの行動をとります。人間の考え方をたとえに使うことは、脳の大きさの違いから、無理だと思います。どうして動物たちはきまった行動ができるのでしょう。
パパが君たちの行動を見たり、いろんな遊びをしたり、世話をするのが楽しかったのも、きっと、パパが人間で、人間にはそういう性質がそなわっているからだと思います。人間も、母猫みたいに、子猫を子供じゃないみたいにあつかうことがあるのでしょうか?パパは、本当は、そんなことはないのだと思います。
パパも勉強しますが、二人がもし、将来(しょうらい)こういうことに詳しい(くわしい)人になったら、そのときは教えてください。
2008/07/11 21:14:11
今日は、ニテくんが最初(さいしょ)に言葉(ことば)をしゃべったのはなんと言う言葉だったかな、と考えていました。
保育園にむかえにいったとき、「パパ」と言ってくれたのが最初だったとずっと思っていましたが、もしかすると、「アンパンマン」といったのが先だったかな、という気がしてきたのです。
アンパンマンというのは、本当に子供にとって言いやすい名前です。
五十音(ごじゅうおん:あいうえお、かきくけこ、、、のことです)の音の中で、「アンパンマン」に出てくる母音(ぼいん:「あいうえお」のことです)は「あ」しかありません。
それから、子音(しいん:「あいうえお」いがいのおとのこと、つまり、かきくけこ、さしすせそ、たちつてと、、、です)は、くちびるをとじたときの音、しかも子供が言いやすい、/p/と/m/の音しかありません。(言葉の音を書くとき、//でかこみます)
この、/m/の音は、日本語では、「まみむめも」の時にいちばん良く使います。/p/は、「ぱぴぷぺぽ」です。
でも、/m/の音は、ほかにも、「ん」の時に使うこともあるのです。
いま、「あんぱんまん」と言いながら、自分のくちびるがどう動くか、ためしてみてごらん。
「ん」のとき、くちびるがとじているのがわかるでしょう?
これを、さっきちょっと書いた、音の書き方で書くと、
/ampammam/になります。/m/が四回も出てきているね?これは、すごいことです。
どうすごいかと言うと、「パパ」と「ママ」が言えるようになった子供は、みんな、「アンパンマン」が言えるということなのです。
「パパ」と「ママ」をさっきの書き方で書くと、/papa/と/mama/になります。/ampammam/とくらべてみてごらん。「アンパンマン」に入っている音は、ぜんぶ、「パパ」と「ママ」に入っているでしょう?
これを、「アンパンマン」の作者(さくしゃ:お話を作った人)のやなせたかしさんが、かんがえてそう名前をつけたのかは分かりません。でも、おそらく、直感的に(ちょっかんてき:頭にふと、そうにちがいないと、うかぶということです)子供にとって言いやすい名前をつけたんじゃないかな。それにしてもこのことを発見(はっけん)したとき、パパはすごくおどろきました。子供のことがよくわかっている人じゃないと、こんないい名前はおもいつきません。
ニテくんは、ときどき、テレビや絵本を見ているわけでもないのに、「あんぱんまん」と言っていました。すごく好きだったんだね。
パパがパソコンでアンパンマンの絵をかいたときも、まだ絵ができるまえに、まゆと口をかいただけで、興奮(こうふん)して、「あんぱんまん!」とさけんでいました。
ほかにも、パソコンでバスと猫の絵をかいたら、「ばしゅーばしゅー!」と、おおさわぎでした。
ケテくんはさいしょになんていったのかな?パパがもういなかったから、やっぱり「ママ」かな?その次がやっぱり「アンパンマン」なのかもしれないね。
二人がどんどんはなしができるようになるのを見ていたかったです。とくに、二才はなれたきょうだいが、どんな話をするのかをききたかったです。二人の話に、パパもまぜてもらって、楽しいお話をつくって聞かせてあげたかったです。
今晩(こんばん)は、むかし書いた論文(ろんぶん:自分で勉強したり調べたこと、考えたことを書く文章(ぶんしょう)のことです)をよみかえして、おかしなところをなおしたり、新しいことを考えたりしています。とても楽しいです。でも、まだ、音楽をききながらやっているので、いっしょうけんめいやっているとはいえません。昔できたことを、またできるように訓練(くんれん)をしているのです。これを、「リハビリ」といいます。
パパはしばらくはリハビリにはげみます。男の平均寿命(へいきんじゅみょう:どのくらいの時間生きているか、ということです)から見て、パパがこれから死ぬまでに読める本の数や、きける音楽の数、どのくらいの回数りょこうできるか、などなど、できることを考えてみたら、それほど多くのことはできないことに気がつきました。これは、パパのほうのおじいちゃんを見て深く考えるようになったことです。
そのあいだに、ニテくんケテくんに会いたいし、いろんな本も読みたい、見たい映画もたくさんある、行きたい場所もいっぱい、これから出会う人たちとのつきあいもあるでしょう。そのなかで、なにが自分にとって大事なのか、よく考えて生きていこうと思います。
今日はここまでです。
お休み、ニテケテ。
2008/07/12 20:28:21
少しまえに、ミヒャエル・エンデという人の本を読むといいと書きました。
今日図書館へ行って、前に書いたより読みやすいエンデさんの本はないかと探してみました。
絵本に何冊かいいのがありました。
いっしょにくらしていたとき、パパは、エンデさんの『満月の夜の伝説(まんげつのよるのでんせつ)』という絵本を持っていましたが、これはやっぱり大人向きだと思うので、子供向きを探してみました。
すると、『サンタ・クルスへの長い道』というのが良さそうだったので借りてきました。
前に書いた、近くの泉のほとりで、ベンチにすわって読み始めたら、とうとうおしまいまで読んでしまいました。
すごくおもしろいので、二人とも図書館で見つけたら読んでみるといいよ。主人公は八才の男の子です。
それから、椎名誠(しいなまこと)さんという、パパが昔から好きな作家が、『絵本探検隊(えほんたんけんたい)』という、今まで読んできた絵本について書いている本がありました。これも借りてきました。ちょっとだけ読んだんだけど、大人が読むことを考えて書かれています。ということは、絵本は子供だけのものじゃないと、椎名さんは考えているということです。パパもそう思います。
絵本でなければかけないことというのは、いっぱいあります。これは、絵本だけではなくて、音楽や彫刻(ちょうこく)や文学や舞台演劇(ぶたいえんげき)や映画などでも同じことです。テレビじゃないと言えないことだってあるとおもいます。
だから、文学や演劇やクラシック音楽は高級(こうきゅう)で、テレビやマンガやロックは低級(ていきゅう)だ、ときめつけるのはすごくくだらないことです。
どんな表現方法(ひょうげんほうほう:あらわしかたのことです)をとっても、その方法でしかいえないことというのがあるとパパは思います。ニテくんが夢中だった(いまでもかな?そして今はケテくんがむちゅうかな)、『天空の城ラピュタ』や『千と千尋の神隠し』の監督(かんとく:作品をつくるせきにんしゃです)の、宮崎駿(みやざきはやお)さんという人が昔作った、『風の谷のナウシカ』というアニメ映画は、それが発表された年の、日本の作品賞(さくひんしょう:その年でいちばんいい作品だとみとめられること)をとった映画より、ずっといい作品だったのに、アニメだという理由で賞(しょう:しってるよね)が取れませんでした。こういうことは、ほんとうにつまらない大人のかんちがいだと思います。
ニテくんもケテくんも、自分の目で見て、本当に好きなものを見つけてください。どんどん好きなものは変わり、広がっていくでしょう。昔好きだったものが、あとで考えると、どうしようもないものだと気づいたり、むずかしくて分からなかったものが、だんだんすごくおもしろくなることもあるでしょう。
パパも、昔好きだったけど、今は思い出すだけではずかしいものがいっぱいあります。
でも、昔も好きで、今思い出しても、やっぱりいいなあと思うもののほうが、ずっと多いのです。
手塚治虫という人のマンガすべて、『スーパージェッター』というテレビアニメ、『ひょっこりひょうたん島』というテレビの人形劇(『スーパージェッター』と、『ひょっこりひょうたん島』は、大人になってから、好きな作家が原作を書いていたことを知りました)、『プリンプリン物語』という、これもテレビの人形劇、保育園のときおどった、沖縄(おきなわ)のおどりと音楽、さいごにはふとんにかくれて泣きながら読んだ『フランダースの犬』、さいしょに自分のおこづかいで買った、ビートルズというロックバンドの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』というレコード(とうじはCDがまだなかったんだよ)、小学校に絵の商売をする人が来たときに買った、ゴッホという人の『ひまわり』、『アルルの跳ね橋(あるるのはねばし)』という絵のコピー、『サイボーグ009』、『ポーの一族』、『綿の国星』、『きまぐれ悟空』、『ふたりと五人』、『がきデカ』(このへんは、じだいがめちゃくちゃにならんでいます)、そして、『ドラえもん』をかいている、不二子藤雄さんの『パーマン』というアニメの最終回(さいしゅうかい)で、パーマンが「みんな、バイバイ」と言ったとき、パパはさびしくて泣きました。どれも、だいじな思い出です。好きだった童話やこどもむけの話は、前に書いたね。ぜんぶ、今も好きです。
これから二人がどんなものを好きになるのか、見ていたいです。何を好きになってもとめません。ニテくんはそろそろ『コロコロコミック』がおもしろくなってきたころじゃないかな?あのざっしのなかには、ひどいものもあるけど、そういうものを読んで、初めていいものも分かるのだと思います。
パパはマンガもだいすきですが、そうやって、いろんなマンガを好きになるのと同時に、いろんなマンガ家を、きもちの上できりすててきました。いちばんさいしょにいやだと思ったのが、「もとみやひろし」という人のマンガです。パパがどうしてこの人のマンガが嫌いなのか、ニテくんもケテくんもわかる大人になるといいと思います。さっき、何を好きになってもとめませんと書きましたが、この人だけは、いちおう読ませた上で、どうしてだめなのか分かるまでまいにちでもせつめいしたいぐらいです。この人のマンガが好きな人にかしこい人はいません。
すこしこうふんしてしまいました。これからは、きらいなことは書かないようにします。
お休み、ニテケテ。
2008/07/14 13:37:38
ニテくんケテくん、こんにちは。
きのうは一日中外に出ていてパソコンを使わなかったので手紙も書きませんでした。ごめんね。
きのう、おばあちゃんの家の庭(にわ)に植えて(うえて)ある、ナスの葉っぱに、大きな青虫(あおむし)がとまっていました。
おばあちゃんが、「ナスの葉っぱが食べられてしまう」といいます。
このナスは、おばあちゃんが趣味(しゅみ)でそだてているものなので、パパに取ってくれと言いました。
見てみると、どうやら蝶(ちょう)の幼虫(ようちゅう:知ってるかもしれないけど、昆虫(こんちゅう)の子供です)です。
モスラという昔の怪獣映画に出てくる怪獣にそっくりです。
でも、ナスの葉っぱを食べてしまうと、おばあちゃんが楽しみにしているナスがうまく育ちません。
それで、パパは、その青虫をつかまえて、庭のすみにおいておきました。でも、そのままではまたナスだけじゃなくて、他の花や野菜の葉っぱを食べに来ます。庭を花や野菜でいっぱいにしているのが、おばあちゃんの自慢(じまん)なのです。
そこで、パパは、自分の手で直接(ちょくせつ)つまみ殺したり、ふみ殺したりできなかったので、ゴキブリを殺すスプレーをふりかけました。あの生命力(せいめいりょく)のあるゴキブリがすぐに死んでしまうような毒(どく)がふりかけられても、なかなか青虫は動きを止めようとしませんでした。
いつまでも動いているので、パパは「ごめんねぇ」といいながら、もう一回スプレーしました。
おばあちゃんのところへ遊びに来て見ていた近所のおばちゃんが、パパがあやまりながらスプレーしているのをみて、笑っていました。
そして今朝、庭に出てみたら、驚いた(おどろいた)ことに、青虫はまだ動いていたのです。
小さな並んだたくさんの足を、ばらばらの方向に動かしながら、まだ生きていました。
見てはいけないものを見た気がして、そのまま家の中に入って、本を読んでいるうちに、青虫のことを忘れていました。
そしてついさっき、おばあちゃんが、「まだ動いていたよ」というので、今度はちゃんと殺してしまおうと思って、木のぼうを持って庭に出ました。それでつぶしてしまおうと思ったのです。
でも、パパが、決心して行った時には、もう青虫は動かなくなって、小さなアリがたくさん、青虫を食べようとしてむらがっていました。
パパは考えました。青虫は、きのうパパが毒を振りかけてから、まる一日、苦しんで死んだのです。それは、パパが、自分の手で直接(ちょくせつ)つかみ殺したり、踏み殺したり出来なかったからです。自分の手で、一度で殺すことをしなかったからです。
スプレーを使ったのは、パパが自分が目に見える形で青虫を殺すのがいやだったからです。
でも、その結果(けっか)、青虫はまる一日苦しむことになってしまいました。
これは、とてもいけない、勇気のないことだと思います。
毎日、肉や魚を食べているくせに、青虫を自分の手で殺すのに、いいわけみたいなことをしてしまったのです。
これからは、青虫を見つけたら、まよわず、その場で、手ではまだ出来そうもないから、踏み殺そうと思いました。
そして、踏み殺すときの感覚(かんかく)を、自分で感じなければいけないとも思います。
ちょっと、今の二人には、残酷な(ざんこくな)話だったかもしれませんね。
でも、この話は、頭のどこかにしまっておいてほしいと思います。
なぜパパがそう思うのか、説明(せつめい)すると、すごく長く、むずかしい話になってしまいそうで、また、パパにもわからないことを言ってしまいそうなので、話を続けることができなくなってしまいました。
後でまた書きます。
22:29:20です。
さっきの青虫の話です。あの青虫は、蝶(ちょう)の幼虫でした。だから、パパが殺さなければ、何週間後かには、きれいな蝶になっていたはずです。
でも、パパが青虫をナスの葉っぱにとまらせたままにしていたら、今度は、ナスがだめになっていたでしょう。
パパのつごうで、ナスと蝶をくらべて、ナスを取ってしまったのです。
このことをニテくんとケテくんはどう思いますか?
とてもむずかしい問題(もんだい)だと思います。
もし、ナスが食べられてしまっても、スーパーに行けば、そんなに高くないねだんでナスを買うことができます。
でも、おばあちゃんが楽しみにしているナスは、だめになってしまいます。
その代わり、あの青虫は、きれいな蝶になって、空を飛ぶことができたはずです。
ニテくんとケテくんは、ナスと蝶、どちらを取りますか?
パパは、どちらをとってもしかたがないんだと思います。ほかの生き物の命(いのち)をうばわなければ、人間は生きていくことが出来ません。
肉も魚も同じことです。でも、必要のないときに、必要のない殺しかたをしてしまったんじゃないかという後悔(こうかい)が残るような殺し方は、してはいけないと思います。
では、今日パパは、してはいけない殺しかたをしてしまったんでしょうか?
このことは、パパには分かりません。
いつか、ニテくんとケテくんと、こういうことを話し合ってみたいです。君たちから教わることもたくさんあると思います。
だから、今日の話は、頭のどこかにしまっておいてください。きっと、大事なことだと思います。
あしたは、二週間ぶりに、おじいちゃんのお見舞い(おみまい)に行きます。
行っても、何も分からなくなっているおじいちゃんですが、のこりすくない時間を、おばあちゃんは、大事にしたいようです。
パパの考えでは、もう行っても行かなくても同じなのですが、これもつきあいというものです。ケイタイのカメラで、おばあちゃんがおじいちゃんの世話をしているところを、とってこようとおもいます。おじいちゃんのお葬式(そうしき)のときに使える写真やビデオを今からじゅんびしておくつもりです。
今日はなんだか悲しい話しか書けませんでしたが、明日からまた、本や映画や音楽の話を書きたいと思います。
お休み、ニテケテ。
2008/07/15 20:38:28
今日は、マンガの話をします。つい最近(さいきん)読んだマンガで、パパが何度読んでも、またはじめから読み返さなくては気がすまないマンガがあります。何度も何度も読んでも、まだちゃんと読んだ気がしないのです。
パパは本を読むのははやいほうだと思います。でも、ときどき、たった一行の文が気になって、そのまま一日読みすすめなくなることがあります。読者の生活をみだすほど、立ち止まらせてしまうことは、すばらしい作家にだけ許された力なのだと思います。それは、好きな作家の作品に多くあることなのですが、マンガでも同じことが起きる場合があるのを経験(けいけん)しています。
それは、パパの場合おもに、前にも名前を出した、手塚治虫(てづかおさむ)さんという人の作品で起きることなのですが、今回は、まったく知らなかったマンガ家さんの作品で、同じ経験(けいけん)をしています。
それは、「こうの史代さん」という人の、『夕凪の国 桜の国(ゆうなぎのくに さくらのくに)』という作品です。
このマンガは、パパには内容を説明(せつめい)することができません。読んでもらうしかないのです。
ただ、人物(じんぶつ)の絵やセリフや話を読むだけではなくて、コマの構成(こうせい:ならべかた)、セリフの書かれている位置(いち)、背景(はいけい)や人物を描く線(せん)の心をこめたていねいさなど、全部なでまわすように読まなくてはならない、「こうの史代さん」が、このマンガを描くのについやしたのと同じぐらいの時間をかけて読まないと、本当に読んだことにはならない、そんなマンガです。
こんな感想を持ったのは、手塚治虫さんの、『火の鳥(ひのとり)』という作品以来でした。
こんなに続けて読み返したのも、手塚治虫さん以来です。もう一つだけ、たくさん読んだマンガの中からつけくわえるとすると、「とり・みき」さんの、『山の音(やまのおと)』という作品があります。もちろんその作品を読まないと、どんな気持ちになるかは伝えることができませんし、何より絵が大事なので、いつか読んで欲しいと思います。
だけど、どんな話かだけは、すこしだけ教えてあげることもできそうな気がします。ふとんの中で、寝る前のニテくんとケテくんに、この、『山の音』をパパがパパの言葉でお話したら、けっこう、どきどきしながら、こわがってくれるかもしれません。いつか、自分で読んでみてください。パパから聞いていなくてよかったと思うかもね。
でも、この、「こうの史代さん」の作品の内容については、パパの言葉では、とても伝え切れません。いちど、ママに自分で読んでもらって、それから、今のニテくんやケテくんが読んでもいいか、判断(はんだん)してもらいたいです。残念なことに、今のパパには、ニテくんとケテくんの成長(せいちょう)の様子(ようす)を想像(そうぞう)することしか出来ないので、かんたんにすすめることができないのです。
パパはまだ、このてがみを書きながらも、心がみだれています。
今日はここまで。
お休み、ニテケテ。
と書いてから一時間後です。なんだかへんな終わり方になったので、もう一人マンガ家さんを紹介(しょうかい)します。
「西原理恵子(さいばらりえこ)さん」という人です。
この人のマンガでも、パパは涙が出てこまったことがあります。
でも、ぜんぶの作品がそういうわけではないので、これは、悪いといっているのではないのですが、ニテくんとケテくんにはまだ読まないでほしいです。
まず、意味(いみ)が分からないと思います。
パパは、このマンガ家さんは、「かんのんさま」みたいな人だと思っています。
それから、どうして「こうの史代」さんのマンガを読んで、「とり・みき」さんのことを思い出したか、理由が分かった気がしました。
それは、二人とも、パパが好きな作品では、フリーハンドで、つまり、定規(じょうぎ)やコンパスを使わないで書いているということです。
そして、背景の影(かげ)や模様(もよう)などが、すごくていねいに描きこまれているところが、なんとなく連想(れんそう)させたのだと思います。
「こうの史代」さんは、白の使い方もすごく上手です。描かないで、わざと紙の白いところをあけてあるのが上手なのです。
『山の音』と、『夕凪の国 桜の国(ゆうなぎのくに さくらのくに)』では、枠線(わくせん:コマの線です)以外は、まったく定規を使っていないのです。
しかも、『夕凪の国 桜の国』のなかでは、その枠線も、あるきまったやり方で、フリーハンドでかかれています(読んだら、どんなときそうなっているかを、見つけてください)。
手塚治虫さんは、定規でとてもきれいなコマを作る人でしたが、大事な線は、やっぱりフリーハンドでしたし、定規やコンパスを使っても、すごくきれいな線を引く人でした。やっぱり手塚治虫さんは別格(べっかく:ずっと上だということです)なのかな。
ただし、手塚治虫さんの、いちばんいそがしいころのマンガでは、あきらかに、アシスタント(てつだいをする人)さんの描いたコマや、背景があります。
もちろん、手塚さんのところで絵を描くぐらいだから、上手な人なんだけど、やはり違いが出ているのが分かります。
手塚さんの『火の鳥』という、前にも書いたマンガの、さいごの作品では、手塚さんの絵そのものが、ゆがんでしまっているところがあって、とてもさびしい気がしました。
どんなにすばらしい才能(さいのう)をもった人でも、どんなに努力(どりょく)する人でも、そういうときが来るんだと思ったのです。
西原理恵子さんになると、定規というものがこの世にあるのを知らないのではないかと思えるほどです。フリーハンドは、きっとパパの好みなのでしょう。
今度こそお休み。ニテケテ。
2008/07/17 19:18:39
昨日はまた一日、『夕凪の国 桜の国』を読んでいて、止まらなくなっていました。
ふと思いついて、図書館に行って、「郷地秀夫(ごうちひでお)」さんという、原爆症(げんばくしょう)専門(せんもん)のお医者さんが書いた、『原爆症』という本を借りてきました。
また止まらなくなってしまいました。
しばらくこの種類(しゅるい)の本からはなれられそうにありません。
『原爆症』という本の最初のページを開けると、広島におちた原爆のきのこ雲の写真がのっています。
80キロはなれたところからとった写真なのに、きのこ雲は、ものすごく大きくうつっています。
空の上からうつした写真なので、他のふつうの雲もうつっているのですが、きのこ雲はそのふつうの雲のなんばいも高くもくもくとのぼっています。
郷地秀夫さんの説明によると、20キロの高さにまでのぼったのだそうです。
この雲の下に、人がいっぱいいたんだと思うと、自分が生きているのがつらくなるほどです。
今日も図書館へのいきかえりに、いつもの泉にガチョウの卵のようすを見に行きました。
こんなふうに、ふつうに歩いたり、池のほとりでガチョウを見たりしているときに、頭の上にあんなきのこ雲がわきたつようなことがおこったんだなあと思って、とてもつらくなりました。
パパは広島にも長崎にも行ったことがありますが、なぜかこわくて、原爆資料館(げんばくしりょうかん)には行けませんでした。
広島や長崎の人も、家族や近所の人から話を聞いていても、原爆資料館に行くと、吐いたり(はいたり)、たおれたり、気分が悪くなる人がいるそうです。
とうぜんだと思います。
あの、きのこ雲の写真だけで息が苦しくなるのに、他の、人がうつっている写真や、とけた子供のおもちゃなどを見たら、パパはきっとその場でおかしくなってしまうんじゃないかと思って、ずっと行けませんでした。
長崎の平和記念公園(へいわきねんこうえん)に行ったときは、今のニテくんぐらいで、ぜんぜん意味がわかりませんでした。
ただ、そのころのパパと同じくらい、つまり、今のニテくんと同じくらいの女の子が、書いたことばが、記念碑(きねんひ)にほりこんであったのは、はっきりおぼえています。
「のどがかわいてたまりませんでした。
水を飲みに川へ行ったら、あぶらがうかんでいました。
がまんできなくて、その水を手ですくってのみました」
正確じゃないけど、だいたい、こんなことがかいてありました。
いまは、パパが何の話をしているのか、さっぱり分からないと思います。
でもいつか、ニテくんとケテくんといっしょに、長崎と広島と、それから鹿屋(かのや)に行きたいと思います。
できたら、中国(ちゅうごく)の南京(なんきん)や、沖縄(おきなわ)や、アウシュビッツにも行きたいと思います。
たぶん、二人とも小学校の高学年になってからじゃないと、いみがわからないかなあ。
パパだって、やっと本当にその意味を考えるようになったのは、ニテくんとケテくんがうまれてからだもんね。
ニテくんがうまれてしばらくしてから、アメリカで飛行機(ひこうき)が高層ビル(こうそうびる)につづけて二機(にき)つっこむというじけんがありました。
そんなじけんがおこった理由は、今せつめいできません。まだ、わからないことが多すぎるし、パパには知らないことがいっぱいあるのです。
そのときパパがいちばんこわかったのは、アメリカが怒って、また原爆を使うんじゃないかということでした。
長崎や広島に原爆を落としたときとは、世界の状況(じょうきょう)がちがうんだから、まさか、とも思いましたが、アメリカの本土で、外国からこうげきされて、あんなに人が死んだのははじめてだから、アメリカ人たちがこうふんして、どんなことになっても不思議はないと思ったのです。
「そうするだけの口実(こうじつ:いいわけみたいなもの)が出来てしまったんじゃないかとパパは考えたのです。
そうなったとき、せんそうがどんどん広がって、世界中がまきこまれるんじゃないか、というおそれを持ったのです。
もし、そんなことがおきたら、パパは、ママと、まだ歩くことも出来なかったニテくんと、三人でぶじでいられるだろうか、日本や世界のあちこちにちらばっている友達はだいじょうぶだろうか、と、とてもこわかったのです。
そして、テレビのニュースでみる、世界のあちこちでおきている戦争の話が、とつぜん身近に感じられるようになりました。
もし、原爆がそのころママとニテくんと住んでいたところの近くに落ちるのなら、自分たちの真上(まうえ)に落ちてくれたほうがいいと思っていました。
いっしゅんで蒸発して(じょうはつして)、苦しまずに消えてしまいたいと思ったのです。
でも、今は考え方がかわってきています。ニテくんやケテくんやママの近くには絶対に落ちてほしくないし、もしパパが原爆の落ちた近くにいたとしても、どんな目にあっても、それでも生きていたいと思うようになりました。
パパは何年か前に、なかよくしていた人に、死ぬときのきまりごとをやくそくしていました。
それは、その人が呼吸困難(こきゅうこんなん:息が出来ないこと)になったら、そのときは、むりやり生き続けさせないでくれ、というものでした。その人は、病院のかんけいしゃで、呼吸困難の人が苦しんで死んでいくのをなんどもみていて、自分はそれにたえきれないと思ったのだそうです。
でも、パパは、僕(ぼく)は何があっても、どんなにくつうに苦しんでいるようでも、かならず生き返るから、ちりょうをやめないでほしい、といいました。
それは、ニテくんとケテくんに、また会いたいと思い続けているからです。
でも、この原爆のばあいは、そんなふうに、死に方をえらぶこともできません。
ちょっとしたきょりのちがい、たまたまいた場所が、原爆の光からかげになっているかどうか、風向き(かざむき)などのじょうけんによって、まったく自分の気持ちなんかかんけいなしに、死ぬか生きるか、生きのこっても、どういうじょうたいで生きのこるかわからないし、そのあと何十年も病気のしんぱいをしたり、人とつきあうことができなくなったり、子供をもつことをあきらめたり、ものすごく苦しい道がまっています。
今の気持ちは、ニテくんとケテくんのいる世界に、こんなことがぜったいにおきないように何か力になりたいということ、そして、もし、自分がそんな目にあって、生きのこったら、どんな手を使っても、さいごまで自分の見たことを人に話していたいということです。
明日はなんとかがんばってれいせいな気持ちになって、なにかたのしい話を書きたいと思います。
おやすみ、ニテ吉、ケテ吉(にてきち、けてきち:パパがときどき二人のことを呼んでいた名前です)。
直接(ちょくせつ)話しかけて、はんのうを見ながら、どんどんいろんな話をつくって、二人が眠ってしまうまで見ていたいです。
おやすみ。
2008/07/18 21:56:57
こんばんは、ニテ吉くん、ケテ吉くん。
もう寝てるかな?いやいや、おきてるだろうね。
パパが今住んでいるところは、昨日は大雨でした。
今日も少し、ごぜんちゅうにふりました。
ごごになって、ときどき小雨(こさめ)がふるぐらいになったので、また図書館へ行きました。
図書館の検索(けんさく)システムは使えますか?
パパは、検索システムのない図書館はもうそれだけでだめだと思っているので、今近所にある図書館に、ちゃんと検索システムがあるのを知ってから、ほとんど毎日通っています。
でも、今日で何回目かな?
検索システムには、ちゃんと図書館にあることになっているのに、じっさいにそのばんごうでさがすと、書架(しょか:図書館などのほんだなのことです)にない、という経験をしています。
これは、図書館の司書(図書館のべんきょうをしたひと、図書館の専門家(せんもんか)です)さんにきいてみたら、一度本を取り出してから、めちゃくちゃな、ぜんぜん関係ない書架にもどしてしまう人や、ひどい場合には、だまってもってかえっている人がいるらしいのです。
これは、ものすごくめいわくな話です。
また、検索システムでは、ちゃんと図書館にあって、しかも、他の人がかりているわけでもないのに、かしだしができないという、表示(ひょうじ)が出ることがあります。これは、検索システムに、ちゃんと本の情報(じょうほう)を入れていないからおきる、入力ミス(にゅうりょくみす)というやつです。
また、検索システムで出てこなかった本が、自分で書架のあいだを歩きながらなんとなく見ていると、じつは、その図書館で見つかったり、いろんな入力ミスがあります。
今日は、前に書いた手塚治虫さんのマンガの研究書と、永井豪(ながいごう)さんという、マンガ家さんの研究書を借りてきました。
手塚治虫さんのほうの本は、お医者さんが書いた本で、とてもおもしろかったです。
永井豪さんのほうは、まだ読みかけで、よくわかりませんが、パパが知らないマンガの話がいっぱいでています。
あと、中島らもさんという、五年ぐらい前に死んでしまった作家の、まだ読んでいなかった本を二冊読みました。
最初に、中島らもさんの本を読んだのは、けっこんちょくぜんのころ、ママがパパにかしてくれた、『今夜、すべてのバーで』という本でした。
中島さんは、パパとおなじ病気をもっていました。それで、かいだんから落ちて、あっというまに死んでしまいました。
中島さんが死んだ年は、52才で、これは、その病気の人の、平均寿命(へいきんじゅみょう:前に説明したよね、「検索」でさがしてみてごらん。)です。
パパは、もう三年近く、その病気がおさまっています。
このままつづけられれば、中島さんよりは長く生きられると思います。
今日図書館で、一才半ぐらいの女の子に、にっこりわらって、おじぎをされました。
パパはすごくそれがうれしくて、ちゃんと大人の人にするみたいに、おじぎをかえしました。
すると、その子もまた、おじぎをしてくれました。
その子と二人で、何度もくりかえして、おじぎをしました。
さいごに、バイバイといって、手をふると、その子はちゃんと、手をふってくれました。
しばらく、図書館の中の、あまり読まれない本のへやへ行って、古い、まだぶんるいして検索システムにのっていない本をいろいろ見てから、いっぱんとしょのところへもどると、その子がこんどは自分からとことことやってきて、またおじぎをしてくれました。
図書館からのかえりみち、ずっとニテ吉くんが、さいしょにおじぎをしたころのことを思い出していました。
はじめは、いっしょに住んでいたへやで、パパがニテ吉くんにおじぎをしてみせました。
ニテ吉くんは、パパがやるうごきを、かならずまねしていたので、すぐに、いつものあそびだと思ったのか、おじぎをしました。
さいしょにパパ以外の人におじぎをしたのは、保育園の先生があいてでした。
パパが保育園にニテ吉くんをむかえに行って、保育園のげんかんを出るとき、先生がげんかんまでおくってくれたのです。
それで、パパが、先生に「ありがとうございます」といって、おじぎをすると、ニテ吉くんも、先生におじぎをしたのです。
まだ、歩けるようになってすぐだったから、足をのばしたままおじぎをするところびそうになるのか、ひざを曲げて、しゃがみこむようなかっこうのおじぎでした。
それを見て、保育園の先生は、きゃー!かわいい!と大きなこえで笑っていました。
パパはものすごくとくいな気持ちでした。
次にはっきりとおぼえているのは、いつものように、パパとママとニテ吉くんで、近所の公園へさんぽに行ったときです。
知らない60才ぐらいのおじさんとおばさんが、とことこ歩いているニテ吉くんをみて、にこにこと笑っていました。
きっと、子供が好きなおじさんとおばさんだったんだね。
おじさんとおばさんとすれちがいそうになったとき、ニテ吉くんは、自分が見られていることに気がついたのか、そのおじさんとおばさんに、ふかいおじぎをしたのです。
おじさんとおばさんはすごくよろこんでくれて、ていねいなごあいさつありがとう、といって、ニテ吉くんにおじぎをかえしてくれました。
パパもママも、ニテ吉くんのことが、とてもとてもほこらしくて、うれしくて、ますますかわいいとおもいました。
ケテ吉くん、おじぎはお兄ちゃんからならいましたか?
ママからならいましたか?
ケテ吉くんとも、いっしょに公園をさんぽしたかったと、心の底(そこ)からおもいます。
ケテ吉くんとニテ吉くんと、手をつないで公園をさんぽしたら、どんなにたのしかったでしょう。
二人といっしょにいられなかったじかんが、おしくてしかたがありません。
ざんねんです。
そして、とても、二人に、あやまりたいです。
あいたいです。
おやすみ、ニテケテ。
おやすみ。
2008/07/19 22:15:46
今日はいい日でしたか?
ニテ、ケテ、ニテ吉、ケテ吉、いろんな呼び方をしていました。
いっしょに住んでいたころの話です。
ニジョリーテ、ケジョリーテ、ニジョリン、ケジョリン、ニテっち、ケテっち、ニテポン、ケテポンなど、いろんな呼び方をしていました。
でもね、やっぱり保育園で本当の名前で呼ばれるから、どんどんパパが呼び方を変えることもあって、最初のニテぐらいしか、自分のことだと思っていなかったみたいだったよ。
今日ね、街の電気屋さんに行って、そこの店員さんといろんな話をしていたら、その人の妹さんの赤ちゃんがベビーカーにのって店に入ってきたんだよ。
最後に見たときのケテくんぐらいの大きさの男の子だったよ。
パパは、その子に最初、小指をにぎってもらったら、その子が笑って、人差し指ももう一方の手でにぎってくれて、すごくうれしかったよ。
そして、そのときパパがかけていためがねを、手をのばしてはずしたんだよ。
これはね、ニテくんが好きだった遊びなんだ。
家ではパパはめがねをしていたから、ごろんとねっころがって本を読んでいると、おなかのうえにのってきて、にこにこ笑いながら、パパのめがねをはずしたんだよ。
ケテくんももうしばらくしたら、めがねをはずしてくれたんじゃないかな。
赤ちゃんの手や足の小さくてかわいいことを、久しぶりに見て、二人のことを思い出しました。
とくにてあしの指のつめのすごく小さいのをみて、君たち二人がもうれつになつかしくなりました。
今はすっかりおにいちゃんになってるんだよね。こんなこといわれてもこまるよね。
二人が忘れても、パパは死ぬまで忘れません。
お休み、ニテケテ。
2008/07/20 21:24:19
こんばんは、ニジョリン、ケジョリン。
パパは毎日図書館へ通っているのですが、絵本のコーナーに行くと、いいのがいっぱいありますね。
ニテくんはもう、絵本は読まないかな?
ケテくんはまだ読むでしょう?
でもね、前にも少し書いたように、絵本は子供だけのものじゃないんだよ。
大人になってからじゃないとわからない絵本っていっぱいあるよ。
でね、パパがなんど読んでもいいな、という絵本の話をします。
『木を植えた男(きをうえたおとこ:The man who planted the trees, L'homme qui plantait des arbres(ここはママによんでもらって下さい))』という絵本なのですが、これはもともとは小説を原作にしたアニメでした。
パパはむかし、一人でくらしていたときに、まよなかにこのアニメをテレビで見て、びっくりして、そのビデオをさがしました。
すごくおもしろかったからです。
でも、大きなビデオ屋さんや本屋さんに行っても、このビデオは、日本語版(にほんごばん:声を日本語で入れてあるやつです)しかなくて、パパはどうしてもフランス語版がほしかったので、いろいろ探してみたんだけど、フランスから買っても、日本のビデオデッキでは再生できないし、けっきょくあきらめて、絵本だけ、フランス語と英語と日本語のものを合わせて三冊買いました。
なんでビデオの日本語版がいやだったかと言うと、吹き替え(ふきかえ)をしているのが、守繁久弥(おぼえなくていいです)という、パパがきらいな役者だったからです。
それに、なるべく本や映画は、もとの言葉で読んだり見たりしたかったからです。
パパは今でもこの本が好きで、たまに読みかえしています。
話もいいのですが、絵がきにいっています。ニテくんやケテくんが好きな、『天空の城ラピュタ』を作った宮崎駿さんが、「『木を植えた男』を読む」、という本を出していて、その中で、フランス語と、自分でそれを日本語に訳した文がのっています。
それはそれで、おもしろかったのですが、やっぱり自分で読むのがいちばんです。
それよりここで興味深い(きょうみぶかい)のは、『ラピュタ』や『千と千尋』の宮崎さんが、この本とアニメに、ものすごく感動して、ついには自分で本まで出してしまったということじゃないかと思います。
『ラピュタ』や『千と千尋』で思い出すのは、ニテくんがこの二つが大好きで、毎日見ていたことです。
一回終わると、まだニテくんはリモコンとテレビの関係(かんけい)がわかっていなかったので、テレビの主電源(しゅでんげん)のスイッチを、なんども押して、好きなアニメがはじまらないので、また押して、困った顔をしていました。
それで、どうしてもまた見たいんだなと思って、また最初からパパといっしょ見ました。
日曜日に、ニテくんと一日四回つづけて『ラピュタ』を見たことがあります。『千と千尋』もおなじぐらい見ました。
だからパパは、その両方のアニメを、それぞれ百回は見ています。
自分だけで見ていたら、そんなに何回も見ることはなかったと思います。だから、パパがいちばんくりかえし見た映画は、『ラピュタ』か、『千と千尋』なのです。
でもね、ニテくんと見ていると、ちっともあきなかったんだよ。それはね、なんどもなんども見ても、ニテくんがそのたびに、いろんな違った反応をしたり、お気に入りのシーンでは、いつも同じように声を出したり、いっしょに見るのが楽しかったからです。
ニテくんが『ラピュタ』の中でいちばん好きだったのは、「パズー」がはばたき飛行機にのって、「シータ」を助けに行くところでした。
空族(くうぞく)のおばちゃんが、レンガに頭をぶつけて気を失って、パズーがはじめて飛行機の操縦桿(そうじゅうかん)をにぎって、やり方を知らないから、とにかくてまえにひっぱって、「あがれー!」とさけぶと、ニテくんも「あがれー」といいました。
あるとき、パパがそのシーンで、「あがれー」といったら、ニテくんはそのときは「あがれー」といいませんでした。
どうしてかな、と考えたんですが、そのときは、きっと、「パパも言いたいらしいから、ゆずってあげよう」とニテくんが考えたんだろうと思いました。というのは、次からそう考えたパパがだまっていると、またニテくんは「あがれー」というようになったからです。
また、ラピュタでパズーとシータが、さいごの呪文(じゅもん)を手を合わせていっしょにさけぶところでは、ニテくんは「バウス!」と言っていました。まだ「バルス」と言えなかったんだよ。
『千と千尋』では、ニテくんは「ハク」が大好きでした。
ハクが出てくると、なんだかてれたような顔をするのです。
それで、パパはニテくんに、
「ハクかっこいいねえ」というと、ニテくんはますますてれました。
次に、「ニテかっこいいねえ」と言ったら、なんと答えたかわかりますか?
ニテくんは、もじもじしながら、「パパかっこいい」と言ってくれたのです。
これはおどろきでした。
言葉のおしまいにつける、「ね」や、「ねえ」が、相手(あいて)と同じ気持ちを持ったときにつかう音だということを、ニテくんはわかっていたんだと気がついたからです。それにね、ニテくんにかっこいいといわれて、ものすごくうれしかったんだよ。
それから、「千」が雨どい(あまどい)の上をわたっていくところを見て、
「あむないねえ」と心配そうに言っていたのもよくおぼえています。
保育園にむかえにいって、ともだちとのおもちゃ遊びでむちゅうになっていて、まだかえりたくないようすのとき、
「ニテ、かえってハク見るよ」
というと、今まで遊んでいたともだちもおもちゃもまったくむしして、そのばで立ち上がってすたすたと出口に向かいました。
あまりのへんかのすごさに、保育園の先生も思わず笑いだしていました。
ケテくん。ケテくんといっしょにいっぱいアニメが見たいです。
ケテくんにも「あがれー」とか「バルス」とか言ってほしいです。
ニテくんとケテくんと三人で見たらおもしろいだろうなあ。
二人がむちゅうになっているのを、パパはむちゅうで見るでしょう。
でも、これからまた会ったら、二人がむちゅうになるあそびや勉強をおしえてあげるよ。
勉強はおしえなくてもいいかな。
とにかく、男の子の遊びをしよう。
パパは今から、体力をもどしておきます。
二人が15才になるぐらいまでは、体力でまけたくないです。
じゃあね、ニテケテ。今日はここでお休み。
おやすみ。
2008/07/21 21:56:53
こんばんはニテ吉、ケテ吉。
昨日から夏休みなんだね。
すっかり忘れてたよ。
いつものように図書館へ行くと、子供がいっぱいだったよ。それで夏休みだって気が付いたんだよ。
パパが庭で育てているミントの話をします。
ニテくんやケテくんと暮らしていたときから、パパはベランダでバジルやミントを育てていました。
バジルがあると、パスタを作るときにすごく便利だからね。それに、ミントはお茶にして飲むとおいしいよ。
今は夏なので、すごいいきおいでミントが育っています。
三日にいっぺんぐらい新芽(しんめ:新しく出てきた葉っぱ)をつんでひかげでかわかしています。
これをためておいて、いつかニテケテに送りたいです。
おいしく飲んでくれるといいなと思います。
ニテくんはね、パスタが好きだったよ。パスタだけじゃなくて、パパが作るものはよろこんで食べてくれたなあ。
日曜日なんかに、パパがおひるねしていると、ニテくんはパパのよこで遊んでいました。ミニバス、今も持ってるかな?
あるときパパがおひるねからめざめると、ニテくんはいつものようにミニバスで遊んでいました。ニテくんの横を見ると、パパとニテくんのおそろいの麦藁帽子(むぎわらぼうし)がならべておいてありました。ニテくんは、外に遊びにつれていって欲しいので、二人の麦藁帽子を自分で取ってきて、パパのまくらもとにおいていたのです。
それに気が付いたとき、パパは、パパを起こさずに一人で遊んでいたニテくんがかわいくて、まだしゃべれないから、麦藁帽子を持ってきたんだなあと思って、なんだか泣きそうになりました。
でもね、ねているパパをニテくんが起こすときもあったんだよ。それはね、おなかがすいたとき。
そのときも、パパの手や足を直接(ちょくせつ)さわって起こすんじゃなくて、パパの着ている服のそでをひっぱって、
「うーうー」と、なんだかもうしわけなさそうに、えんりょして起こしていたんだよ。
そういう時は、パパもすぐに気が付いて、あわてて料理(りょうり)をしました。
何をいちばんよく作ったかなあ。
ニテくんがすごくおなかがすいているときは、オムレツとパンが多かったかな。
パパが台所でフライパンを持って料理していると、ニテくんは待ちきれない様子で、自分のさらを持って、パパのあしもとできたいに目をかがやかせていました。
パパが作る料理でニテくんがいちばん好きだったのは、たぶん、フレンチトーストか、シチューか、あとはカレーかな。
はじめてフレンチトーストを作ったときは、ニテくんは本当にすごいいきおいで食べました。まるで、「こんなにおいしいものがあるなんて、生きていてよかった」というようすでした。
シチューではね、パパの大事な想い出があります。
それは、パパと二人でばんごはんを食べていて、ニテくんの大好きなシチューを作ったときのことです。
パパのシチューの皿(さら)が空になって、それに気が付いたニテくんは、自分の皿からシチューをスプーンでパパの皿に分けてくれたんです。
「ニテニテ、まだなべにはいっぱいあるんだよ」と言ってもまだ言葉が分からなかったので、ニテくんはどんどん自分の皿からパパの皿へシチューを分けつづけました。台所へ行って、シチューのなべを持ってきて、ほら、まだあるよ、と言ったら、安心したのか、また自分の食事にもどりました。
あの時は、これ以上はないくらいかんどうしました。ニテくんはパパの食べるものの心配(しんぱい)をしてくれたのです。
なんてやさしくてかしこい子だろうと思ったのです。すごくうれしかったよ。
ケテくん。お兄ちゃんはケテくんに食べ物やおもちゃを分けてくれますか?
きっとやさしいお兄ちゃんだと思います。ケテくんもやさしい子になっていると思います。
パパなんかが言うひつようもないことだけど、二人で本当になかよくしてください。
どんな感じなのかな。二人が遊んでいるところは。いっしょにいろんな遊びをするんだろうね。
パパは、ニテくんが四才になったら、尾瀬ヶ原(おぜがはら)というところへいっしょに行こうと思っていました。
尾瀬ヶ原で温泉小屋(おんせんごや)というところに泊まって、三日ぐらいかけて、きれいな景色を二人で見てまわりたいと思っていました。ニテくんはつかれてしまうだろうから、もちろんそうとうのきょり、パパが肩車することになるな、とも思っていました。でも、それも楽しみだったのです。
今なら、ニテくんとケテくんと三人で尾瀬ヶ原にいけるね。
もし行ったら、テントに泊まるのと、温泉小屋に泊まるのと、どっちがいいですか?
あそこは焚き火(たきび)ができないから、キャンプの楽しいところはあまり感じられないかもしれないな。荷物をかるくして、小屋に泊まり歩くのが楽しそうです。尾瀬ヶ原には、たしか、四ヶ所(よんかしょ)ぐらい、泊まれる小屋があります。
朝早くおきると、尾瀬ヶ原は、霧(きり)につつまれていることがよくあります。その霧の中を歩いていると、だんだん燧ケ岳(ひうちがたけ)という山がくっきりと見えてくることもあります。山以外でも、木道(もくどう:木で出来た道)を歩いているだけで、昼間とはちがった、霧の中からすがたをあらわす湿原(しつげん)の、この世のものではないような、きれいな景色が見えてきます。
ニテくんとケテくんと三人で行きたいです。
帰りには、近くに、尾瀬ヶ原から流れ出す川が岩をけずって、滝になっているところにも行けます。パパは何度行っても、あの滝は怖いなと思います。落ちたらまず出てこれないでしょう。そんなところに、すごく近くまで行けるんだよ。だいじょうぶだよ、二人がおちても、パパがぜったいにたすけるから。
ニテくんとケテくんと行きたいところはいっぱいあるなあ。ほんとにいっぱいあるなあ。
いつか必ず行こうね。
今日は、これでお休み。
お休み、ニテケテ。
08年 7月30日 水曜
ここ何日か書いていた手紙が消えてしまいました。
バックアップは取ってあったのですが、それでも何日分かが消えてしまいました。
海外(かいがい)のソフトをダウンロードしたら、それにとんでもないウィルスが入っていて、もう一度ハードディスクをきれいにフォーマットし直してから、すべてのシステムとソフトを入れ直し、それから、前に取っておいたバックアップファイルから今の状態(じょうたい)に戻す(もどす)のに二日以上かかってしまいました。
困ったことに、いろんなファイルが消えてしまいましたが、ニテ君とケテ君の写真や、今までホームページに書いていた文書(ぶんしょ)や画像(がぞう)などは、幸いにも(さいわいにも)SDカードに入れておいたので助かりました。
まったく困ったことです。こんな風に、ウィルスにやられたのは、二度目です。一度はもう五年も前かな。そのときのウィルスは、インターネットにつないだだけで感染(かんせん)するという最悪(さいあく)なものでしたが、今回のはパパのミスです。でも、やはり悪質(あくしつ)なウィルスなのには代わりがなくて、パパのマシンからどんどん情報(じょうほう)を吸い出そうとしたので、慌ててケーブルを外しました。
今のプロバイダでウィルスチェックをしているとばかり思っていたのですが、甘かったです。
困ったものです。
さて、今日の空の色はすごかったよ。
ニテ君やケテ君にも見せてあげたかったなあ。
入道雲(にゅうどうぐも)が空のどこを見回してももくもくとわき上がっていて、それが北からの冷たい風でどんどん流されていって、あっという間に空の色が変わっていくのです。
パパはいつもの図書館の前で、あんまり空ばかりみて歩いていたのでベンチに思い切り膝(ひざ)をぶつけてしまいました。
こんなことはめったにないんだけど、今日の空はそれだけすごかったのです。
22:42
ニテ君。さっき君のことをあるところから知りました。
パパは君のところへ飛んでいきたいです。
ニテ。大好きなニテ。優しくて聞き分けのいいニテ。
今何をしてあげたらいいんだろう。
ニテ君。大好きなニテ君。
ごめんね。
ほんとうにごめんね。
ニテ君。一生僕はニテ君のことを大事にします。
君より長生きして、そばにいたいです。
ニテ君。君は僕にとって、この世で生きる意味(いみ)を与えて(あたえて)くれた人です。
ニテ君。大好きです。
08年 7月31日 木曜
もう真夜中です。もうすぐ明日になります。
今日は図書館で、今のニテ君のためになりそうな本を探しました。
インターネットでも、ニテ君のためになりそうな情報(じょうほう)を集めました。
ニテ君、いつも肩車して、一緒に(いっしょに)お風呂に入って、絵本を読んで、アニメをみて、散歩に出かけて、公園で追いかけっこしたパパに、突然(とつぜん)会えなくなってしまったんだよね。
パパもものすごく苦しいよ。いつもニテ君に会いたいと思っているよ。
最後に一緒にいた初夏(しょか)、道ばたのタンポポをちぎってニテ君に握らせたら、ふわふわしたかわいいタンポポをみて、ニテ君は笑っていたんだよ。
パパが、ニテ君の持っているタンポポに息をかけて、あっという間にタンポポの種が飛んでいったのをみて、ニテ君は驚いて笑っていたんだよ。
滑り台に上るニテ君に、待ってー、と言って、パパが後ろから登ると、ニテ君のどきどきした心臓(しんぞう)の鼓動(こどう)まで聞こえてきそうだったよ。
あるとき、パパとママとニテ君とケテ君で公園にいたら、小学三年生ぐらいの男の子が、パパに近づいてきました。最初はおそるおそる、様子(ようす)を見ていたけど、ニテ君と遊ぶパパをみて安心したのか、「ボールがフェンスの向こうに入ってしまったので取ってください」とパパに頼んだ(たのんだ)んだよ。
そこは、昔団地があって、そのときは空き地だったけど、フェンスと生け垣(いけがき)に囲まれていて、その子には乗り越えられなかったんだね。
パパがフェンスを跳び越えて、ボールを拾って、その子に渡すと、ニテ君はとても得意そうな顔をしていたんだよ。
ニテ君は、時々、ヒーローを見る目でパパを見ていました。
その目は、「こんなに僕の好きな人は他にいない」と言っているみたいでした。
パパはそれが嬉しくてね。パパもその何百倍(なんびゃくばい)もニテ君が好きだと実感(じっかん)したよ。
ニテ君。なるべく近いうちに会いに行きます。
今日は一冊の本もまともに読めませんでした。
何をしていてもニテ君のことばかり頭に浮かんでくるのです。
ニテ君。何があっても、パパはニテ君のパパで、味方(みかた)です。
パパはニテ君が大好きです。
ケテ君。
昨日と今日、ニテ君のことばかり書いてごめんね。
ケテ君のことを考えると、パパはとても切なくなります。
ケテ君には肩車してあげたこともありません。
公園で追いかけっこしたこともありません。
一緒にどこまでも散歩したこともありません。
パパの一生の後悔(こうかい)です。
ケテ君。お兄ちゃんと仲良くしてね。
ケテ君。パパは、ニテ君と同じぐらい、君のことが大好きだよ。
お休み、ニテ君、ケテ君。
08年 8月 1日 金曜
八月に入ったね。
二人とも暑さに負けていませんか?
ニテ君は何をしているかな。ケテ君は何をしているかな。
知りたいなあ。一緒に遊びたいなあ。
二人にとても会いたいです。
だって二人はパパの一番の宝物だからね。大事な人なんだ。
今日は朝からインターネットラジオでBBC放送(びーびーしーほうそう)を聞いています。
NHKでは報道(ほうどう)しないようなことを言っているのですごく面白いです。
二人と一緒にいたら、いつもこんな放送や、音楽や、本の読み方を遊びながら教えてあげられるのになあ。
後でまた書きます。今、10:24です。
08年 8月 2日 土曜
今、夜の八時です。
昨日は続きを書くつもりで、翻訳(ほんやく)の仕事をしていてそのまま疲れて眠ってしまいました。
ニテくん、ケテくん、今日はどんな一日でしたか?
パパは暑さに弱いので、昼間は本を読むか音楽を聴くぐらいしかできません。仕事は真夜中になってしまいます。
パパのいるところは、今日は三十五度まで気温が上がりました。
ニテくんと秋葉原に行ったときは、気温が三十七度以上あったんだよ。でもニテくんは元気に歩いていたなあ。交通博物館(こうつうはくぶつかん)に行って、いろいろ見ました。飛行機や船や電車のれきしがてんじされていました。パパは、もともとは言語学(げんごがく)や認知科学(にんちかがく)をやる前は、エンジニアになろうと思って、国立高専(こくりつこうせん)という学校で機械工学(きかいこうがく)の勉強をしていたので、自分でバイクのエンジンを組み立てたり、内燃機関(ないねんきかん)がどうはってんしてきたかを少しだけ知っているので、とても面白かったです。
金属(きんぞく)の堅さ(かたさ)や引っ張り強度(ひっぱりきょうど)や、金属疲労(きんぞくひろう)、非破壊検査(ひはかいけんさ)、鍛造(たんぞう)や鋳造(ちゅうぞう)などのけんさ方法や金属の作り方、、金属部品(きんぞくぶひん)の組み立て方を少しだけ覚えているので、そういうものを見るのはすごく楽しいのです。でも、工学っていうのは、原理的(げんりてき:いちばんだいじなきまりごと)じゃないなと気がついて、二年でやめてしまいました。その学校で教える数学が面白くなかったのです。公理(こうり)にさかのぼらないまま、ひたすら定理(ていり)や公式(こうしき)を覚えるだけの数学で、あきあきしました。
理屈(りくつ)でなっとくしないまま進むのはつまらなかったのです。物理も、二年生までに特殊相対論(とくしゅそうたいろん)までやるのですが、今思えば、後からアインシュタインのもともとの論文を読んだときの方が、はるかにわかりやすかったです。勉強するときは、もともとの本を読まないといけないなと思いました。そんな工学系(こうがくけい)の学校へ行っていながら、パパは図書館でかりたヤスパースという人の本に夢中で、ちかくの海辺でタバコをふかしながらずっと読んでいました。いま思うと、ぜんぜん向かない学校へ行ってしまったなあと思います。数学や物理は、大学へ行ってからまた勉強しなおしました。もともと好きなので、自分で勉強するのが楽しかったです。人間はなんでいきているんだろう、とか、この宇宙(うちゅう)は、どうやってできたんだろうとか、そんなことばかり考える十六さいには、工学はむいていなかったのです。
秋葉原へ行ったとき、ニテくんは、パパとおそろいの麦藁帽子(むぎわらぼうし)をかぶっていました。
お気に入りの麦藁帽子はまだ持っていますか?
しばらくはケテくんが使っていたのかな?
あの麦藁帽子は、パパのとおそろいでした。いつもニテくんと二人で帽子をかぶって散歩しました。
ある雨の日、保育園にニテ君を迎えに行ったら、保母さんがパパをひきとめて世間話をしました。
その間、ニテくんは黄色いレインコートと雨靴をはいて、保育園の庭でじっと立って、パパが玄関から出てくるのを待っていてくれました。
その姿は、パパの頭の中に、まるで夢のようにきれいな映像で残っています。じっと待っているニテくんがかわいくて仕方がありませんでした。
早く保母さんの話が終わらないかな、と思いながらニテくんを見ていました。
話が終わって、パパがニテくんに近づくと、ニテくんはパパの手を取って、出口へとことこと歩き始めました。保育園からうちまでの近道をパパが発見してそこを通るようになってすぐに、ニテくんは自分からその道を選んで歩くようになりました。
その道は、小学校の花畑の横を通る道でした。その道を行くと、今度はラベンダーをたくさん植えてある庭のある家の横を通ります。
ママはそのうちの人から、ラベンダーを分けてあげようかと言われたことがあったそうです。
ラベンダーの横を通ると、今度は上り坂がありました。ニテくんは途中で休んでいましたが、パパがわざと先に坂を登って、上で待っていると、がんばって登ってきました。その坂を登ると、今日も登れたね、と言って、パパはニテくんを肩車しました。
だんだん、そのやり方がわかってきたニテくんは、坂を登った後は必ずパパに手を差し出して、肩車してくれ、と言う仕草をしました。
パパはそれがとても嬉しかったです。そこからうちまでは、ずっと肩車で、たけやぶを通るときも、ニテくんに竹の葉っぱが当たらないように気をつけて歩くのも楽しみでした。うちのドアのところまできて、パパがニテくんの体を持ち上げると、ニテくんは、降りやすいように体をちぢめて地面に足をつける用意をしました。何もかも、とても楽しくて懐かしい思い出です。
ケテくん、ケテくんも肩車してあげたいな。ケテくんを肩車して、ニテくんと手をつないで散歩したら、それだけでどんなに楽しいだろうと思います。
二人とも元気で暑い夏を乗り切ってください。
00:25
もう夜中ですね。そろそろ今日は寝ます。
ニテくんもケテくんもいい夢を見てください。
おやすみ。
08年 8月 3日 日曜
こんにちは、ニテくんケテくん、。
毎日暑いですけど元気にしていますか。
パパは昼間はインターネットで音楽を集めて、夜は仕事をしています。
毎朝起きてしばらくはぼーっとしています。
今年はもうプールへ行きましたか?
二人とも泳げるのかな。
泳ぎを教えてあげたいです。
パパはいちばん得意なのは平泳ぎかな。潜水も得意です。二分以上もぐっていられます。おもしろいよ。
ニテくん、ケテくん、君たちにとても会いたいです。元気な様子が見たいです。
寝る前にお話をしてあげたいです。朝起きておはようと言いたいです。お互いに、ただいま、とか、おかえりなんて言いたいです。
ニテくんとケテくんの二人は、パパにとって他の何にも換えられない大事な二人です。
二人の夢をよく見ます。よく三人で、高原を散歩していたり、きれいな川で釣りをしたりします。温泉に入る夢も何度も見ました。
元気ですか?
21:18です。二人はまだ起きているよね。
パパはこれから仕事です。ほとんど徹夜することもあります。昼間は図書館通いで忙しいです。
ニテくんとケテくんをパパの両方に寝かせて、いろんな話をしながら二人が眠るのがみたいです。
パパは二人に会えなくてとても寂しいけど、二人はもっといろんないやなことがあるんじゃないかな。それが心配です。
会いたいです。
今日はこれでお休み。
08/ 8/ 4 Mon
今日はおじいちゃんの手術(しゅじゅつ)がありました。もうものを口から食べられなくなっているので、おなかに穴を開けてそこにチューブを入れています。そのチューブの交換(こうかん)の手術です。おばあちゃんは様子を見に行きましたが、パパは行きませんでした。たいした手術じゃないし、行っても何も出来ないからです。
今日は一日仕事と読書と音楽で過ごしました。パパの好きなスティングという人の曲がロンドンフィルハーモニーオーケストラで演奏(えんそう)されている曲を発見して感激(かんげき)しました。
ロシアンズという曲ですが、これはロシアがまだソ連(それん)と呼ばれていた頃に作られた曲です。
ロシア人も子供を愛しているなら、戦争なんか起きないはずだ、と言う歌詞です。
パパも、世界のあちこちでいつも起きている戦争のことを考えるとつらくなります。
また『夕凪の国 桜の国』を読み返しました。目次の絵がきれいなので、カラーコピーしてファイルにしまってあります。
他にも、『ヒロシマ日記』や『原爆症』という本を読み返しています。
読んでいてとてもつらくなりますが、読まなければいけないと思います。
二人が大きくなったら、こんなことの話が出来るようになるといいなと思います。
今日は、中原中也(なかはらちゅうや)という人の詩集を途中まで読みました。他に、デカルトという人の『方法序説(ほうほうじょせつ)』を何度目かですけど読み返しています。何度読んでも元気づけられる本です。本というのはすばらしいものだと思います。何百年前の人が考えてくれたことを今知ることが出来るのです。デカルトは本当に天才だと思います。デカルトでは他に、『精神指導の規則(せいしんしどうのきそく)』という本が好きです。デカルトの学問に関する見方には学ぶところが大きいです。また何度も読むでしょう。
では、今日はこれからまた仕事です。
今夜の十一時です。
お休み、ニジョリン、ケジョリン。
08年 8月 5日 火曜
おばあちゃんの自転車で図書館へ行きました。おばあちゃんの自転車は、変速ギアも付いていなくて、スピードが出ません。それにタイヤの空気が減っていて、乗りにくかったので慌てて途中で引き返して空気を入れました。おばあちゃんの自転車は前と後ろにかごが付いています。とてもかっこわるいです。
二人とも、もう自転車は乗れますか?乗り方を教えてあげたいし、安全な道路の通り方も教えたいです。パパがこぐ自転車の後ろに乗せて、こうやって走るんだよ、って教えたいです。
08年 8月 6日 水曜
今日も暑いですね。
パパは朝からパソコンの再設定(さいせってい)で忙しいです。夕べは遅くまで仕事をしていたので、三時間しかねていません。
今日は、「西原理恵子」さんのマンガを休み休み読んでいます。
『パーマネント野バラ』という作品です。このマンガ家さんはとんでもなく過激(かげき)なことも描きますが、こういう、とても優しいマンガも描きます。本人がすごくやわらかくて優しい人なんだと思います。
この人の他の作品では、『ぼくんち』というのが好きです。これは映画にもなりました。
中原中也の詩は面白いです。子供を亡くして、どんどんおかしくなっていった気持ちがわかります。悲しい詩を書く人です。
ニテくんとケテくんが住んでいるところと、パパがいるところでは、夕日が沈むのが三十分ぐらい違います。
少し悲しく思います。
毎日夜中に仕事して、昼間は読書と音楽で過ごしていますが、いつもニテくんとケテくんのことを忘れたことはありません。
二人にとても会いたいです。パパが生きている理由の一つにはそれがあります。絶対に会うんだと決めています。
パパはニテくんとケテくんが大好きです。
今日は夕方になってから庭のミントに水をまきました。昨日肥料をやっていたので、新芽がどんどん出てきています。
乾かして、ニテくんとケテくんに飲んでもらうのが楽しみです。
きっとおいしいといってくれると思います。
今日はこれでお休み。早く寝るつもりだったけど、もう十二時だよ。
二人ともいい夢を見てね。
08年 8月 7日 木曜
今日は朝から翻訳のお仕事でした。今夕方の四時過ぎです。ちょっと疲れました。
毎日ね、ニテくんとケテくんの写真やビデオを見ているんだよ。今どんなになっているかなあって思いながらね。
二人の写真は引き伸ばして、ファイルに入れています。
最近、前に書いたこうの史代さんの『夕凪の国 桜の国』の目次の絵をカラーコピーしてそのファイルに入れてあります。
大事なものを入れておくファイルにすることにしたのです。
二人ともかわいいなあ、といつも思います。
会いたいなあ。二人に会いたいなあ。
今日は曇りで、気温も大してあがらずに、午前中ちょっとだけ雨が降ってくれたので、庭の植物も元気です。
ニテくんとケテくんは植物は好きかな?
パパは動物も好きだよ。子供の頃から猫を飼っていたし、犬も飼ったことがあるよ。あと、前にちょっと書いたけど、馬にも乗れるんだ。
二人に馬の乗り方を教えたいな。馬はね、とてもお利口で、こちらを信用しないということを聞いてくれないんだよ。
パパは最初に乗った馬がいい性格だったので、馬とのつきあい方をその馬から教わりました。
それで、かなり荒っぽい性格の馬にも乗れるようになったんだよ。
動物や植物から教わることって凄く多いんだよ。
タンポポを手に持って嬉しそうだったニテくんを思い出すなあ。嬉しそうなニテくんを見るパパは、もっと嬉しかったんだよ。
ケテくんも、タンポポで遊びましたか?
ケテくんにはいつも本当にすまないなと思います。あんなにちっちゃな赤ちゃんだったのに。
ニテくんとケテくんと一緒にいられないのは、パパの一生の失敗です。
辛いけど、二人にはもっと辛いことがあるのかもしれないと思います。ママにも辛い目に遭わせてしまいました。
謝らなければならない人が、パパにはいっぱいいるんです。
08年 8月 8日 金曜
今日は曇ったり雨が降ったり、夏にしては涼しい日でした。
そちらの天気はどうですか。
雨の日のニテくんとケテくんはどう過ごしているのかな。
ところで、前に何回か書いた近くの泉に住んでいるガチョウの卵は、全部失敗で、孵らなかった(かえらなかった)ようです。
今日見に行ったら、メスが巣の中にいなくて、オスと一緒に水面を泳いでいました。あんまりいろんな人が見に来るので、きっとだめになってしまったのでしょう。
中原中也の詩集を続けて読んでいます。胸を打たれる詩が多いです。いつか引用して、この手紙にも書くね。
ニテくんとケテくんのことを思い出さない日はありません。思い出さない時間はありません。一秒も忘れていません。
お休み。大好きなニテケテ。
08年 8月 9日 土曜
今日やっとこの手紙を自分のウェブサイトにアップロードできます。
これから文書の書式を変えなければいけません。
じゃあ、またあとでね。
いま夜の八時です。パパは夕べ二時間しか寝ていなくて、今ふらふらです。
眠いんだかだるいんだかわからない状態で、数学の勉強をしていました。
パパは大学へ行くときに、さいしょは、数学科(すうがくか)か哲学科(てつがくか)へ行きたいと思っていました。美術大学の受験も考えたことがありますけど、デッサンが下手で、どうにもならないのがわかって、それははやばやとあきらめました。英語がにがてだったので、そればっかり勉強していたら、いがいなことに、言葉の中の規則(きそく)がきれいに出来ているんじゃないかと思うようになって、さいしゅうてきには、言語学(げんごがく)をやろうときめたのです。人間のことが分かる学問(がくもん)だと確信(かくしん)したからです。
数学の世界は、本当にきれいです。数というのはふしぎなものだと思います。パパが数学の中でいちばん興味があるのは、整数論(せいすうろん)と呼ばれる分野です。数にはいろんな種類がありますが、整数の世界はきれいだなあと思うからです。
もし二人が将来そういうことにくわしくなったら、ぜひパパに教えて下さい。知りたいことがいっぱいあるんです。
今日はここまで書くのが限界みたいです。
お休み、ニテケテ。
ところで、おばあちゃんは、パパがオリンピックにも高校野球にもまったくきょうみがないのでがっかりしているみたいです。今もテレビでオリンピックか野球を見て一人でよろこんでいる声が聞こえます。パパは本当にテレビを見ないので、それもおばあちゃんをがっかりさせているみたいです。好みはしかたがないのにね。
じゃあ、本当にお休み。ニテケテ。
08年 8月10日 日曜
こんにちは、ニテケテ。
パパはゆうべ久しぶりに6時間以上寝たよ。でもまだだるいなあ。
小学生の頃は、前の日にどんなに疲れても一晩眠れば次の日はすっきりしていたんだけどね。
なかなか疲れがとれなくなったなあ。体力が落ちてるのと、さいきんあんまり食べないからだと思うよ。
この二週間で、5キロもやせちゃいました。パパはどっちかというとやせ形で、よぶんな脂肪は無いんだけど、筋肉が落ちないままこんなに短期間でやせたのははじめてです。
なんだか、先月買った半ズボンがゆるゆるになって、自分で縫い合わせて調節しました。まあ、前から簡単に体重が落ちる体質だったから、病気じゃないと思います。
今日も一日パソコンに向かってお仕事です。いつでも休めるけど、本当は休みがない生活って、けっこう辛いね。
これは学生時代からそうだったなぁ。休みの日も寝るときも、同じ問題をずっと考えていて、心がそこからはなれるためには、音楽か文学にのめり込むしかなかったよ。
ニテくんとケテ君と暮らしていたとき、部屋に電子ピアノがあったんだよ。それでパパは、「ジムノペディ」という曲を練習したんだけど、うまくならなかったなぁ。二人が音楽が好きだといいと思います。
夕方です。今、さっき書いた「ジムノペディ」を聴きながら書いています。
おばあちゃんがさっき髪の毛を染めるというので、それまで自分でやってけっこう染め残しがあるのに気がついていたので、パパがやってあげました。パパはむかしから自分で髪の毛をみどりいろにしたり青くしたりしていたので、染めるのはなれているのです。でもおばあちゃんのやり方は下手だなあと思っていたので、練習にもなるからやりました。すごく白くなっていました。自分でやると、後ろの方とかはえぎわはうまくいかないんだよ。
でも、こんかいパパがやったら、上手に染まりました。女の人はいつまでたってもきれいでいたいんだね。喜んでたよ。
ニテくんとケテくんのかみがたもパパがいろいろしてあげたいなあ。もちろん染めたりはしません。二人とも髪の毛はすごくいい質だったからね。きれいな髪だって保母さんにほめられていたんだよ。パパがお風呂でリンスしたり、時々オリーブオイルをぬってから洗ったりしてたから、つやがあってさらさらだったよ。
今は二人はどんな髪型(かみがた)をしていますか。パパはいまのばしているところです。このあいだストレートパーマを自分でやったら、すごく髪がいたんでしまいました。パパは二人といっしょでくせげなんだよ。それで、長くなると、めちゃめちゃな髪型になってしまうんだ。だから、髪の毛がまっすぐな人がうらやましかったな。
でも、たとえば、前に名前を出した椎名誠(しいなまこと)さんという人もくせげでもじゃもじゃだけど、すごくにあってるよね。 あんなふうにかっこいい年のとりかたをしたいなと思います。二人にあったときに、じまんしてもらえるようになっていたいですから。そとがわだけじゃなくて、心のほうもね。これからもっとすなおにものごとを見られるようになりたいし、人にしんせつにできるようになりたいし、いろんな知りたいことも勉強したいです。
パパはほんとうに知らないことがいっぱいで、それがけっこう嬉しいんだよ。これから勉強することがいっぱいあるってことだからね。
うちでおばあちゃんと暮らしていると、けっこう困ったことがあります。それは、パパがすもうにも野球にもオリンピックにもぜんぜんきょうみがないのをおばあちゃんがいやがるのです。パパにとって、とくに高校野球なんか、どうでもいいことで、やってる高校生がかわいそうだな、ぐらいに思っているのですが、食事の時も高校野球のテレビを見ているので、すごくうるさくて困ります。あの、いじょうなまでの応援(おうえん)がきらいです。何で高校生の部活を全国放送するのか、さっぱりわかりません。オリンピックにしても、運動しすぎで体をこわす人がいて気の毒だと思っています。そこまでしなくてもいいじゃないか、という気持ちです。
すもうにいたっては、あんなむりな体を作ってどうしようというんだろうと思います。あれは不健康です。
スポーツ一般に言えるのですが、パパは応援団がだいきらいです。気持ち悪いと思います。日本のプロ野球放送なんかだと、へたくそな楽器の音が聞こえてくるので、もう頭が痛くなります。サッカーのサポーターといわれる人たちも気持ち悪いです。サッカーは集団競技の中では、野球みたいに体の片方だけ変な筋肉が付いたりしないので健康なスポーツだとは思いますが、応援の人たちにはついて行けません。あんなに集団で行動するのが気持ち悪くないのかな。とても不思議です。
でもね、イチロー選手だけは好きなんだ。あの人は体がきれいに動く。自分の力をどう使えばいいか知っている。けして無理はしないで、全身をきれいにたもっている。なかなか出来ることじゃないと思います。日本の球団にいたときも、まわりからこりつするぐらい自分のペースでやっていたそうなので、その、自分を信じる心の強さも好きです。テレビでトレーニングしている姿を見たことがありますが、りょううでの太さが同じなのです。これは野球をやる人の中ではめずらしくて、すごいことだと思います。心が澄んでいて、自分をコントロールできる人だと思います。
パパは個人競技(こじんきょうぎ)のスポーツしかやったことがありません。最初にやったのは剣道(けんどう)でした。あれはいいよ。足さばきとか、歩き方がきれいになるよ。動くものをとらえる「動体視力(どうたいしりょく)」というのもすごくよくなるよ。相手の刀がとどくはんいを見切って、面ごしに相手の目を見て、飛び込めるしゅんかんを見つけるのはすごくきんちょうするし、うまく相手のすきを見つけて竹刀がとどいたときはすごく気持ちいいよ。パパはそのころ背が小さかったから、飛び込んで、体をしずめながら胴(どう)をうつ、巻き胴という技がとくいでした。面をうつと見せて、相手が竹刀をあげたすきに一瞬(いっしゅん)で決まると、これは最高でした。もっとも、そんなにきれいにうまくいくのは、百回に一回ぐらいのものです。今の剣道はスポーツ剣道と言って、打てる場所が決まっているけど、古流剣術(こりゅうけんじゅつ)だと、相手のどこをどうねらってもいいから、おもしろいよ。パパは示現流(じげんりゅう)というのを少しだけやったことがあるけど、これは怖い。
ただただ「とんぼ」とよばれる上段の構え(じょうだんのかまえ)から、相手の頭や首の動脈(どうみゃく)を切ることしか考えないやり方で、普通の青眼の構え(じだいげきでよく見る、相手の顔に向けて剣をもつ、一番普通の形です)とはちがって、守りがまったくないやり方です。相手をきりそこねたら、もうそれでおしまい。
むちゃくちゃですけど、これは江戸時代の終わりごろにすごく強かったらしい。京都の新撰組(しんせんぐみ)という武士(ぶし)の集団が有名だけど、そこでいちばん強かったといわれている沖田総司という人も、示現流からは逃げ回っていたんだってさ。沖田総司という人は、いまでは、すごくきれいなかっこいい人みたいに描かれることが多いけど、じっさいはあんまりいい顔の人じゃなかったらしいよ。桐野利明(きりのとしあき)という示現流のいちばん強かった人は、新撰組に怖がられていたそうだよ。
新撰組ってファンが多いから、それをみとめたくない人もいるけど、新撰組のやり方はいつもひきょうだったんだ。やみうちや、相手の刀をかくしておいてからなぐりこみにいく、とかね。
ひきょうな武士は武士じゃない。ニテくんとケテくんはね、武士の血をひいているんだよ。パパはちゃんとした武士にはなれそうもないけど、二人にはひきょうじゃない、やさしい、ほんとうに強い人になって欲しいです。
なにも、剣道をやれとかいってるんじゃないよ。ニテくんはとくに心が優しい子だったから、武道はむいていないかもしれないしね。ケテくんもそうじゃないかな。だから、なんの道をすすむにしても、その道の武士になって欲しいんだ。
もう夜中です。なんだかまたきらいなことを書いちゃったね。これはいけないな。好き嫌いは自分で決められるようになって下さい。血にしばられることもしなくていいです。自由に生きること、自分の好きなことを見つけることを大事にして下さい。
それじゃあ、今夜はこれでお休み。おやすみ、ニテケテ。
08年 8月11日 月曜
今日はおばあちゃんがごきげんです。大阪に住んでいるおばあちゃんのいもうとが遊びに来ているのです。
おばあちゃんはこうふんしたのか、パパといもうとさんの名前をまちがえてよんだりしています。おばあちゃんはさいきん、短期記憶(みじかいあいだのきおく、コップをさっきどこにおいたかな、とか、けさは何を食べたかな、とか、最近のことをおぼえておくきおくです)がかなり弱ってきているので、こんらんします。
さっきおばあちゃんといもうとさんは、おはかまいりに行って、蚊にさされてかえってきました。パパが、でかけるまえに、虫よけスプレーをかけた方がいいよ、といったのですが、二人ともそのままうすぎで出かけていったのです。おとしよりとつきあうのはつかれることもあるものです。
今日は一日中ねむくてしかたがありませんでした。ゆうべ、はやく寝るつもりでいたのに、仕事をしていたら、いつの間にか朝になってしまったのです。少しだけ眠りましたが、一時間でおきてしまいました。
ニテくんとケテくんは毎日きそくただしく生活できるたいしつですか?パパは子供のころからだめでした。うまれた家のせいかつのペースにあわないで、いつも困っていました。
あ、おばあちゃんといもうとさんがご飯だよと呼んでいます。あとでまた書きます。
しょくじが終わりました。今、19:29です。やきにくをしたんですけど、せっかくいい肉をかってきたのに、ものすごくやいてこげるところまで行っていました。もったいない食べ方をしました。パパはぜんぜんしょくよくがなかったけど、お客さんなので、こちらからたくさん食べて見せないとえんりょされてはいけないから、がんばって食べました。
ふう。ニテくんとケテくんと焼き肉がしたいです。おいしいところをえらんで買ってきて、ちょうどいい焼き方で食べさせてあげたいです。二人とも、今は何が好きなのかなあ。いろいろ考えるよ。パパが作れるものなら作ってあげたいな。作れないものなら、食べに連れて行ってあげたいな。今の君たちぐらいの時に、おいしいものを食べておけば、へんな味のものを食べなくなるから、すごくそうしたいんだけどね。
パパはなんにもしてあげられないね。今は自分が生きるのに必死なんだ。仕事も勉強も趣味も、やりたいことがいっぱいある。でもね、二人といっしょにいられたら、二人のことが趣味になると思うよ。まいにちいっしょにいたら、それだけでパパはまんぞくです。とてもあいたいです。
それじゃあ、今日はちょっと早いけど、ここまで書いて仕事にもどります。
おやすみ、ニジョリン、ケジョリン。
と書いてから、また二人とお話がしたくなって書いています。
いま夜の12時前です。
仕事に疲れたので、今日はこの辺で寝ることにしました。明日は、おばあちゃんといもうとさんと、おじいちゃんの病院におみまいにいきます。これは、このおばあちゃんの家にいるかぎり、パパのぎむみたいなものです。
パパの考えでは、脳の考えるところも、記憶するところもなくなった人をおみまいしても仕方がないんですが、おばあちゃんたちの気持ちを考えると、つきあわないわけにはいきません。ひとづきあいってめんどうだね。
じゃあ、こんどこそ、おやすみ。ニテ吉、ケテ吉。
08年 8月12日 火曜
こんばんは、ニテくんケテくん。
いま夜の八時半です。
今日は、きのう書いたように、おじいちゃんのおみまいに、おばあちゃんと、そのいもうと、つまりパパのおばさんと三人で行きました。
パパのやくめは、たんなるにもつ持ちと、カメラマンです。
二人とも地理感覚(ちりかんかく)がめちゃくちゃで、パパがこっちの方がぜったいに近い、といっても、なかなかきこうとしません。さいしょはふまんでしたが、だんだんおかしくなってきました。さいきん、おとしよりとつきあって、ふまんやいかりが出てきても、だんだん、そのじょうきょうを楽しめるようになりました。本気で笑ってしまうこともあります。この不条理(ふじょうり)はなんだ!と思いながら、その状況(じょうきょう)にいる自分のすがたがおかしくなってくるのです。
ゆうべは十二時半まで仕事をしていて、目がさめたら朝三時で、またねようと思いながら本を読み出したら、いつの間にか朝六時になっていました。だからゆうべは二時間半しかねていません。
でも、さいきん、すごく睡眠時間(すいみんじかん)が短くても平気になってきました。
体にたまったいろんな毒が出て行っているのかな。このあいだまではめちゃくちゃに長く寝ていたのにね。
パパがかかっている病気では、なおる途中でこういうこともおきるそうなので、まあいいや。
今日はおばあちゃんのいもうとさん、つまりパパのおばさんの髪の毛をそめました。おばあちゃんがこの子にやらせるとうまくいくよ、と言うので、パパがやることになったのです。
おばさんは、もともとこの町に住んでいたけど、大阪の方が長いので、そのへんは都会人の感覚になっていて、えんりょしていましたが、おばあちゃんの言うことにはさからえないようです。けっきょく、おばさんもパパも、おばあちゃんのまんぞくのためにうごくことになってしまいました。
これがいなかのにんげんかんけいです。ばんごはんも、おばあちゃんが、この子は料理が上手だよと言うので、けっきょくパパが中華味噌とオイスターソースを使って肉野菜炒め(にくやさいいため)を作るはめになりました。まるで今日はめしつかいのようです。おかしくてたまりません。おばさんはさすがにえんりょして、しきりに、ありがとうねぇ、といってくれました。
そういいながら、おばさんとパパは、目で笑ってあいさつしていました。ここはおばあちゃんに好きなようにさせてあげようというあいずです。
きんじょの人はいきなりドアを開けるし、だまって庭に入ってきて草花の様子を見ているし、きんじょの人の話は、知り合いのうわさ話ばかりです。おばあちゃんは、テレビはNHKしかみません。せっかくケーブルが引いてあるのに、です。意味が分かりません。また、NHKの言うことはぜったいに正しいと信じているので、中国の中でせんとうがあったけど、たいしたことはなかった、などという中国政府(ちゅうごくせいふ)のはっぴょうをNHKが報道すると、パパが、BBCや他の海外放送ではもっとひどいと言ってるよ、といっても、まるで信じようとしません。こういうときも、もう笑っちゃいます。
なんだかすごくめずらしい人を見ているんだなあ、と思うようになりました。この町の言葉がうまく聞き取れないパパが、なに?って聞き返すとおこるし、ゆかいです。
おばさんがきのう来てくれてそのへんがすごくわかってもらえるので、助かりました。時間の使い方や、ごうりてきに動くという考えがまったくこっちの人と都会の人では違うのです。
だから、ニテくんとケテくんが、関東にいるのはいいことだと思います。パパは子供のころ、とにかくこの町にあきあきしていて、小学生の時には、毎日おなじみちを、それも、どこのコンクリートにひびが入っているか、その形までおぼえてしまった道を歩くのはいやだ、と思っていました。情報に飢えていた(うえていた)のです。小学校の図書館でも、もう読みたいものは無くなってしまって、本屋さんも小さくて、どこのたなに何があるかまで覚えてしまって、毎日毎日つまらないなあと思っていました。だから、いま、二人が都会にいるのはいいことです。
毎日何をして過ごしていますか?
ニテくんは学校がお休みだよね。どうして過ごしているのかなあ。もしかして、夕方には、ケテくんを保育園にむかえに行ったりするのかな。そうぞうしただけで、かわいくてしかたがありません。二人がどんな話をしながら歩くのか、見てみたいです。どんな感じなのかなあ。そこにパパもいっしょにいられたらなあ。
パパはほんとうにほんとうに二人に会いたいです。あいたくてたまりません。この世の中で二人のことがいちばん大事です。これは、ぜったいに本当のことだよ。
ああ、ほんとうにあいたいなあ。あったらどうしよう。まず二人ともこうたいでかたぐるましよう。それから、きみたちの話をいっぱいして欲しいな。どんな話でもパパの耳にはきれいな音楽に聞こえるよ。きっと。
きょうはこれでまた仕事に戻ります。おやすみ、ニテケテ。いま、九時です。おやすみ。
おやすみ、にてくん、けてくん。おやすみ。
08年 8月13日 水曜
こんにちは、ニテくんケテくん。
今日は雨が降ったり急に風が吹いたり、天気のへんかが激しい日でした。
そっちはどうですか?パパはいつも関東の天気をデスクトップに置いてみています。
きょうは近所に住む、おばあちゃんのお兄さん、パパのおじさんですね、その人が来ました。
こしがわるいというので、せなかを指圧してあげたら、楽になったといって喜んでくれました。
ママはね、一緒にくらしているときにね、パパが眠れない病気だったから、眠れるようにあしうらマッサージをよくしてくれたんだよ。
すると、ときどき、クスリなしで眠れることもありました。ママにかんしゃしています。
ママは、たぶん、パパのことを許してくれないでしょう。でも、ママに、ほんとうにありがとうと言いたいのです。
ママは、パパが死にかけたときも、いろんな悪いことをしたときも、パパの味方になって、支えてくれた人です。
ママがいなければ、ニテくんもケテくんもうまれていません。それだけでもパパはママに一生かんしゃし続けます。ママを大事にしてね。ママはとても傷つきやすいけど、それをかくしてがんばる人だから、がまんしていることがいっぱいあると思うんだ。
そんなとき、ニテくんとケテくんの笑顔がささえになるんだと思うよ。
ママをほんとうに大事にしてね。パパのことなんか思い出さなくてもいいから、ママと仲良くして下さい。
今、夕方六時半です。
あとでまた書くかもしれません。
いま夜の九時半です。きょうはおじさんとおばさんとおばあちゃんのマッサージをして、さらには夕食も作って、一日中めしつかい状態でした。
なんだかなあ。とちゅうの空いた時間に仕事をしていたので、今日もあんまり眠れそうにありません。
これから三時間ぐらい仕事をしてから、つかれて眠ることにしました。
明日は起こさないでくれ、と言ってあるので、たぶん九時ぐらいまでは眠れるでしょう。
ニテくんとケテくんは何時に寝るのかなぁ。寝るまえにお話をしたいよ。いろんなお話を作ってあげたいよ。
ニテくんとケテくん、いまはこうやって、いっぽうてきにかたりかけることしかできません。
ほんとうにすまないなあとおもいます。
ぜったいにきみたちがなくしたものを、いちばんいい形でとりかえすからね。そうじゃないと、パパは生きているいみがなくなるんだ。僕をきらっても、にくんでもいいから、いつか顔を見せて下さい。
おやすみ、大好きなニテケテ。
08年 8月14日 木曜
こんにちは、ニテくんケテくん。
いま、午後三時過ぎです。
きょうはおばあちゃんとおばさんが友達のところへ泊まりに行きました。
ついさっきのことです。だから、これから、明日の午後までは、めしつかい状態から解放(かいほう)されます。
うれしくて好きな音楽を大きい音で聴いています。
いまこれを書きながらかけている音楽は、ビートルズというロックバンドの、最初のころの音楽です。
いま聴くと、楽器は下手だし、コーラスも変なところが多いのですが、それでもすごく元気があって、パパはもしかするとこのバンドでいちばん好きなのは、こういったまだあらけずりのころかなぁ、と思うことがあります。
中でも、ジョン・レノンというメンバーの、若い頃の声は、すごくかっこいいです。大人気になったバンドですが、それも当然だと思います。
パパは英語が苦手でしたけど、実は中学生になる前から、このバンドの音楽を聴いて、その歌詞は覚えていたのです。それで、学校の英語はあいかわらずだめでしたけど、耳がきたえられたなあと思います。
それに、けっこういみがわからないながら聴いていても、知らない間にいろんな英語の単語を覚えてしまっていたのです。
小さいときからクラシックのいい曲と、ビートルズと、それからジャズを聴いておけば、大人になって、まちがっても演歌やアイドルが好きな人にはならないと思います。
いっしょに暮らしていたときに、ニテくんと聴いていた曲は、かなりじっけんてきなジャズとクラシックでした。それと、イギリスのいまのロックかな。
いい曲が自然と分かる人になって欲しかったのです。
このあいだ、おばあちゃんとお昼ご飯を食べながら、BSで演歌のばんぐみをやっていました。
パパは耳が気持ち悪いと思いながら、仕方なく聴いていたのですが、ある歌で思わず笑い出してしまいました。
それは、「おんなはしょせんうらかたはんや、おとこはんとはきりょうがちがう」という歌詞でした。
あまりのことに思わずばくしょうしてしまったのです。
すると、おばあちゃんが、何がおかしいの、と不思議そうにききます。それで、いまの歌詞で笑ったんだよ、といったのですが、それがなぜおかしいのか、おばあちゃんには分からなかったようです。
きょうは少し楽に音楽を聴きます。あとでまた書くね。
いま夕方の五時です。
今晩は楽に音楽を聴いていようと思っていたのですが、最近の睡眠不足(すいみんぶそく)のせいで、きょうはからだがだるくて仕方がないので、もう一時間ぐらい仕事をしたら、ふとんをしいて寝てしまおうと思っています。たいじゅうをはかったら、56キロまでおちていました。パパは身長が174センチありますが、これでは少しやせすぎです。おかげでまたズボンをぬいなおさなくてはいけません。
ちょっと走ったり、柔軟体操(じゅうなんたいそう)をして、あしこしを強くして、体中の筋肉をほぐさなければいけません。
ニテくんとケテくんはまだそんなことには関係なく、いっぱい食べて、いっぱい遊んで下さい。
そうすれば、それだけで、元気な体になれますよ。
じゃあ、早いけど、おやすみなさい。
にてくん、けてくん、おやすみ。
いま、夜の八時です。一時間だけ寝て、すぐ目がさめてしまいました。
これから寝直そうと思うのですが、もうはっきりと目がさめて、すぐには眠れそうもありません。
まいったなあ。
ニテくんはね、まだベビーベッドで寝ているとき、眠くなるとお気に入りのぬいぐるみとバスのミニカー三つを探して、それがないとねようとしなかったんだよ。でもね、たいていのばあい、こどもようのくるま、またがって乗れて、ハンドルがついているくるまの、ざせきの下のトランクの中に自分でしまって忘れていたんだよ。
それで、パパがミニカーを見つけると、やっと安心して、自分でぬいぐるみをベビーベッドにぽいぽいと投げ込んで、それからパパがニテくんを持ち上げて、ベッドの中に入れてあげたんだよ。
それでも、しばらくは、パパと遊んでから寝ました。
パパがベビーベッドに入って、いっしょに寝ることもありました。すごくせまいので、パパは体をちぢめて、ニテくんが寝るまで見ていました。とても楽しかったです。
じゃあ、こんどこそがんばって寝ます。
また、夜中に目がさめたら、何か書きます。
ひとまず、おやすみ、ニテケテ。
いま夜の11時です。結局眠れないままいままで仕事をしていました。
パパが好きなDavid Bowieという人の昔のCDを聴きながらお仕事です。
この人は若い頃の方がすごくじっけんてきな音楽をやっていて、いま聴いてもすごくかっこいいです。
見た目もきれいな人で、この人が日本にコンサートに来たときは、とうぜんチケットを買おうとしたのですが、よやくがいっぱいでけっきょく見れませんでした。
いま、「見れませんでした」と書いたら、日本語入力ソフトが「ら抜き表現」なんてよけいなことを言ってきました。腹が立ちます。しっててやってるのにね。これからのコンピュータソフトはどんどんおせっかいになっていくと思います。困ったことです。自分でいじれないのはとてもふべんです。
ソフトを作った人の考えが、使う人の考えとちがうばあい、困ったソフトが出来てしまいます。
もっと自分でかいりょうしやすいしくみにして欲しいなあと思います。
でも、ニテくんたちが中学生になるころには、もっと自由なソフトが出来ているかもしれないとも思います。そうなってくれないと困ります。もともとのソフトを作った人に、こちらの行動までしはいされるからです。
ニテくんケテくんが大人になるころに、社会全体がある決まった会社のしはいかにおかれるようになるのは、パパは嫌です。
コンピュータの勉強はした方がいいと思うよ。その使い方だけじゃなくて、仕組みもね。
じゃあ、こんどこそちゃんと寝ます。
おやすみ、大好きなニテくんケテくん。
08年 8月15日 金曜
ニテくんケテくんこんばんは。
きょうはどんな日でしたか?
パパは翻訳の仕事でお金がふりこまれていたので、うれしくて、インターネットでいろいろ買い物をしました。
これで、読みかけだったせんもんしょや、論文が手に入ります。
あと、明日はパソコンの部品を買いに、ちかくの大きな町へ行くつもりです。いまのCPUという、エンジンみたいな部品が、ちょっとおそすぎるので、自分でつけかえるのです。
ニテくんとケテくんといっしょにいたら、目の前でこうやるんだよって教えてあげたいです。
きょうは図書館に二回行って、CDを四枚借りてきました。このあいだのウィルスで音楽が全部消えてしまったので、また音楽のとりこみでたいへんです。
あとでまた書くかもしれません。
いちおう、お休みと言っておきます。
おやすみなさい、ニテくんとケテくん。
8月16日 土曜
こんばんは、ニテくんケテくん。
きょうはどんな一日でしたか?
パパはお金が入ったので、いろんなソフトを買いに行きました。
ほしかったDVDも五枚ぐらいかいました。
そして、おもちゃけんと、図書カードを買って、ニテくんとケテくんに送ろうと思っています。
よかったら、好きなものを買って下さい。
どんな本やおもちゃをえらぶのかなあ。
ほんとはいっしょにいって、えらぶてつだいがしたいです。
とても会いたいです。
きょうは、もうよるおそいから、ここまでしかかけません。もうねちゃおうと思っています。
おやすみ、ニテくんとケテくん。
08年 8月17日 日曜
こんばんは、ニテくんケテくん。
きょうはどんな一日を過ごしましたか?
パパのうちでは、おばあちゃんのいもうとさん、つまりパパのおばさんがね、きょうかえっちゃったんで、おばあちゃんはすごくさびしそうだよ。
きょうだいの中でいちばん仲がいいんだってさ。
おばさんがうちにいる間はね、おばあちゃんもすごく楽しそうで、パパがじぶんでせんたくしたり、料理やコーヒーやこうちゃを自分のぶんを作るついでに出してあげると、すごく喜んでね、おばさんもびっくりしていたんだよ。
それぐらいね、いまパパがいるところって、おとこはなんにもうちのことはしないところなんだよ。
パパはそれが子供のころからすごくいやでね、男はだいどころに入るな、なんてすごいことを言われて、じぶんでいろいろやりたいから、こまったことがなんどもあるんだよ。
もっとすごいのはお風呂。お風呂は男から先に入らなくちゃならないんだ。だから、パパがきょうは入りたくないな、と思っているときでも、パパが入らないと、おばあちゃんもパパのお姉さんも入れないから、しかたなく入っていたよ。めんどうなときは、かみのけだけぬらして、入ったふりをしていたぐらいだよ。
考えられないでしょう?
だからね、はじめて東京に住んだときは、すごく楽だった。本も手に入るし、映画も見られるし、好きな服もいっぱいある。まわりの人も他人にかまわない。天国だと思ったよ。
だからパパは、こっちでやることがすんだら、また東京にもどるつもりだよ。いまはまるで外国にきているみたいだからね。
きょうは昨日のつかれが出たのか、すごくお昼寝しました。ちかごろあんまり眠っていなかったから、そのつかれもあったのかな。
ニテくんとケテくんは、まだそんなことはないよね。まえにも書いたけど、小学生のころは、ひとばん眠れば、どんなつかれもとれていたもんね。
やっぱり、いつまでも若いつもりでいたけど、パパも年を取ってきたんだなあと思います。
とくにね、パパはいちど、せぼねを折っているから、こしが痛いことがよくあります。こしの骨が曲がっちゃったので、首まで骨がずれてるんだ。けっこう痛いよ。それから、ママと結婚するまえに、バーのカウンターから転げ落ちて、左のさこつという、首からかたに伸びている、さわれば分かる骨を折ってるから、それも最近痛むようになってきた。
さこつを折ったときは、パパはせいぜいひびだろうと思って、お医者さんにも行かずに、うでたてふせなんかしてて、あんまり痛いから、バファリンをのんで寝ました。つぎの日、痛みがすごくなっていたので、ちかくの病院でレントゲンをとってもらったら、きれいに折れて、ひふにつきささりかけていました。お医者さんが、すぐに手術でつなぐと言ったけど、それじゃ仕事が一日出来なくなるので、ことわりました。じゃあ、ギプスで固めます、と言われて、それも黒板に字が書けなくなるからこまる、と言ったら、さいごの方法として、三角巾(さんかくきん)という、ぬので左手をつるして、じぶんでぜったいに動かさないようにする方法が有るけど、これは他の人ならすすめません、でも、あなたなら出来るでしょう、と言われて、そうしました。
それから三週間、寝るときはどうしても動いてしまうので、ガムテープでうでを体にこていして寝ていたら、三週間目にはきれいにくっついていました。すぐにうでたてふせを始めたんだけど、またお医者さんにいったときそれをいったら、むちゃくちゃなことをしないで下さい、と怒られました。かんごふさんも笑っていました。
そのぐらい、若いときといまではちがうんだよ。ニテくんとケテくんも、いまのうち、体をきたえるといい。へんなスポーツじゃなくていいから、よく歩くようにするといいよ。それと、柔軟体操(じゅうなんたいそう)を欠かさないようにするだけで、むだなしぼうも落ちるし、体の線がきれいになります。マラソンなんかは体に悪いのであんまりやらない方がいいな。
じゃあ、いま十時だけど、仕事に戻ります。
お休み、大好きなニテくんケテくん。
08年 8月18日 月曜
おはよう、ニテくんケテくん。
パパはゆうべ三時に寝て、今朝は六時半に起きました。
この頃いじょうにすいみんが短いのです。
それで、頭がふらふらしていますが、朝からものすごくこいコーヒーを飲んでいます。最近、すごくいいコーヒーせんもんてんを見つけたので、そこで買ってきた豆を使っています。ニテくんとケテくんには、苦すぎて飲めないかもね。でも、とてもとうめいな味で、ざつみがありません。一粒ひとつぶていねいにえらんだ豆だと言うことが分かります。
もう夕方です。今日はインターネットで注文していた本が三冊とどきました。
そのうちのひとつは、"The Logical Structure of Linguistic Theory"(言語理論の論理的構造(げんごりろんのろんりてきこうぞう))という、昔一度だけ読んだことがある本です。大学三年生の時に、すごくいい先生に教わっていて、「本気で勉強したいのなら、半年かけてもいいから読んでおきなさい」と言われて、読んだんですけど、そのときはむずかしすぎてよく分かりませんでした。今日から少しずつ読んでいるのですが、すごい本です。この本が書かれたのは、もう五十年以上前ですけど、いま読んでも、とんでもなく新しい考えがいっぱいつまっています。天才の書いたものとしか思えません。
それから、今日は、やっぱりインターネットで買った、OSという、パソコンのきほんソフトを新しくしました。いままでのOSでは、パソコンの機能(きのう)がじゅうぶんに使えていないことに気がついて、つうしんはんばいで買ったものです。前よりべんりになって、かなりうれしいです。
ニテくんとケテくんはどういう一日をすごしましたか?
パパはうれしいことが二つもあったから、ごきげんです。
二人とも、ごきげんな毎日をすごしているといいな、と思います。
じゃあ、あとでまた書くね。
いま、夜の八時半です。けっきょくパソコンのせっていに半日以上かかってしまいました。
なかなか便利です。
ニテくんとケテくんにやってるところを見せてあげたいです。おもしろがってくれるんじゃないかな。男の子は機械大好きだもんね。パパも子供のころから機械が大好きでした。うちにある時計をぶんかいしてこわしてしまったこともありますよ。ニテくんはテレビのスイッチをいじるのが好きでした。ケテくんもおんなじだと思います。
さて、これからまた仕事にもどれるので、今日はここまで書いてお休みを言います。
ニテくん、ケテくん、お休み。いい夢を見てね。
08年 8月19日 火曜
こんばんは、にてくんけてくん。いま夜の九時です。
今日はうちじゅうの電気関係(でんきかんけい)をしゅうりしました。午前中いっぱいかかりました。おばあちゃんが、おじいちゃんが病気になってから、ぜんぜんうちの中の電気せいひんを使いこなしたりこうかんしていないので、けいこうとうのスターターランプをとりかえて、それでもつくのがおそいので、けいこうとうごととりかえました。
また、れいぞうこのれいとうこがいっぱいで、つかわないままほうちされていたので、これもいらないものをどんどんすてました。
テレビの待機電源(たいきでんげん)が、ほんとうは小さなけいこうとうぐらい電気を使う、ということも知らなかったので、電源を切れるタップを買ってきました。
それと、自分のパソコンのせっていで一日の後半を使ってしまいました。ブートドライブという、さいしょにパソコンが動き出すハードディスクが、音楽と映画でいっぱいになってしまったので、外付けのハードディスクに移動したのですが、これに三時間かかりました。
パパはそんなに市販のソフトは使わないのですが、データの量が多いのですぐこうなります。
つかれてちかくの陶芸家(とうげいか:やきものをやくひとです)さんがやっているきっさてんに行って、二時間ぐらいでコーヒーを四杯飲んでしまいました。ついでに、その人の焼いた日本茶用のちゃわんを買いました。ちょっと高かったけど、日本茶せんようにして、茶渋(ちゃしぶ:おちゃのいろがしみつくことです)をつけて、時代の入った感じを出そうと思っています。
ニテくんとケテくんはお茶は好きですか?ニテくんは二才の時はお茶が好きだったよ。よく、すいくち付きのコップで飲んでいたんだよ。ケテくんはどうですか。パパににて、お茶が好きになるかな?ママはコーヒーが好きだよね。いまのニテくんとケテくんにはコーヒーの味は分かるかなぁ。まだあんまり飲まない方がいいと思うよ。コーヒーってすごくしぼうが多いんだよ。飲むのなら、日本茶にしてね。
今日はね、それから、ドイツ語の辞書と、数学の、中学二年生の問題集を買ったんだよ。パパはまえにも書いたように、数学は大好きなんだけど、計算能力が落ちているので、この辺からやりなおすことにしました。計算はいままでコンピュータにやらせていて、だいたいの定理とかは、きそてきなことだけ、覚えてるけど、じぶんで計算できないのはいけないと思って勉強し直すんだよ。
じゃあ、今日はここまで書いて、仕事とパソコンのせっていにもどります。
おやすみ、かわいいニテくんとケテくん。
08年 8月22日 金曜
ニテくんケテくんこんにちは。
パパは二日ほどはなれた街へ用事で出かけていました。それで、二日間手紙が書けませんでした。
パパがいまいるところは、かんきょうはすごくいいのですが、何か用事があるたびに、とおくの街まで行かなくてはならなくて、すごくふべんです。
こんかいは、仕事のはなしと、あと、パソコンの部品を買うためにいったので、いまのノートパソコンを持って行けませんでした。
ニテくんとケテくんはこの二日間何をしていましたか?
楽しくすごしましたか?
楽しかったらそれでいいんだよ。楽しくなかったらざんねんだと思いますけど。
まだ二人とも、楽しいことだけやっていればいいんだよ。
そのうち、自分のやりたいことが見つかるまで、ずっと楽しんで生きて下さい。
今日はこれからまた仕事です。
がんばってやります。
いつか二人に会うのがパパの夢だから、がんばります。
じゃあ、あとでまた書くかもしれません。いちおう、いまお休みと言っておきます。
大好きなニテくんとケテ君へ。
ニテくんケテくんこんばんは。
今夜の十時です。けっきょく今日は、きのう買ってきたスキャナーの設定や、OSの設定、それから新しいCDの取り込みで、仕事になりませんでした。
たまにはこんな日があってもいいかな、と思います。というのは、ゆうべはあんまりにも疲れていたので、久しぶりに八時間眠れたのです。
いつもいつもみじかい睡眠しかとっていなかったので、こういうこともあるでしょう。
今日はこれから、DVDを見ようと思います。北野武(きたのたけし)さんの、「Dolls]という映画です。
一度ママとこれを見たら、ママは、「あなたに見せてもらったたけしの映画の中で、これがさいこうけっさくだとおもう」と言っていました。パパは二番目か三番目にいいと思います。
じゃあ、今日はこれで本当にお休み。大好きなニテケテへ。
08年 8月23日 土曜
おはよう、ニテくんケテくん。今朝の八時過ぎです。
ゆうべは二時まで映画を見ていて、今朝起きたらまだ五時でした。
それで、少しだけ仕事をして、七時に寝たのですが、また七時半に目が覚めて、おばあちゃんと朝ご飯を食べました。パパは朝はパンを食べるのですが、おばあちゃんはそれにみそしるやナスの煮物を出します。たいへん困ります。パパは朝はあんまり食べられないし、じぶんで食べるものはじぶんでかんりしたいのです。
いくら何でも、パンに味噌汁とナスの煮物はないと思いませんか?
笑っちゃいます。でも、おばあちゃんにしてみれば、パパのけんこうを考えているのでしょう。でもね、パパはミルクティーやその他、おばあちゃんがいないとき自分で作るパスタや、野菜サラダで、えいようは考えて取っているから、だいじょうぶなんだよ。
どうもその辺のかんかくが分からないようで、自分と同じものを食べさせようとします。だいたい、味の好みがおばあちゃんとパパではぜんぜん違うし、パパが子供のころからきらいだったものを、まったく覚えていないのです。だから、パパにはとても食べられないものがどんどん出てきます。困ります。
いくつになっても子供は子供、なんて言われて、困りはてています。パパには自分のくらし方というものがあるし、おばあちゃんのくらし方とはかなり違うのです。
ニテくんとケテくんは、好きなやり方というのが、たとえば遊び方やおもちゃの片付けなんかにあるでしょう?それを人にじゃまされたら困るよね。それと同じ事なんだよ。
今お昼の十一時半です。あれから、『ブレードランナー』という映画を見ていました。
今日はパパの日曜日にすることにしました。
おばあちゃんはちかくの温泉に出かけました。自由です。
さて、この『ブレードランナー』という映画をパパがはじめて見たのは、中学三年か、高校一年の時でした。そのときは、ちかくの大学の人たちと仲良くしていたので、その人たちのエスエフ・ミステリー研究会というのに入れてもらっていて、いっしょに見に行ったのです。パパは学校ではあまり話の合う友達がいなくてさびしかったので、大学生たちと仲良くなって、すごくうれしかったんだよ。いろいろ教えてもらったし、こっちの方が読んでる本が多かったりすることもたまにあって、バイクでいろんなお使いに行ったりするかわりに、いろいろお世話になったんだよ。
そのころパパが考えていた、宇宙はどうやって出来たのだろう、とか、人間は何で生きているんだろう、なんてことに、いっしょになって考えてくれた人たちばっかりで、すごくうれしかった。今でもいいおもいでです。
でね、この映画なんだけど、パパが今朝見たのはね、監督さんがさいごのへんしゅうを入れたもので、かんせいばんなんだ。まえのよりずっとよくなっていたよ。この映画は、その後作られたいろんな映画にえいきょうをあたえています。すごい作品だと思うよ。
じゃあ、あとでまたかけると思います。今日も元気でね。あとでね。
今夜の九時です。今日はさっきの手紙を書いてから、このあいだ買ったばかりのミキサーがこわれてけむりを出したので、保証書といっしょにお店に返しに行きました。お店の人の話では、こういった不良製品は、すべて作った会社が回収(かいしゅう)することになるので、同じものともこうかんできなくて、お金を返すということになりました。それじゃ、コーヒー豆がひけなくて困るから、新しい別のミキサーを買いました。
けっこういい豆をえらんで買ってきているので、ミル(コーヒー豆をひいて粉にする機械)がないと困るのです。ほんとうは、電気ミルは、一度ひいた豆をまたひいてしまって、そのわりにひきのこりが出来るので、一番いいのは手回しか電気でも手回しと同じ仕組みの方がいいのですが、今はしかたがありません。
パパは一日コーヒーを十杯は飲みます。その他にも紅茶を三杯は飲みます。はっきりいってちゅうどくです。
でもね、それでも、すいみんやくを使わずに眠れるようになったんだよ。二人はねつきがよかったですけど、今はどうですか。いやな夢を見たりしませんか。しんぱいです。
今日はお休みにするつもりだったけど、もしかしたらドイツ語のほんやくの仕事が来るかもしれないので、今から辞書を買って、基本的なことを勉強しなおしています。自分でちょっとだけやっただけだから、あまりうまくないのです。アラビア語やロシア語も少しやりましたが、すっかり忘れてしまっています。また、半年ぐらいかけて、勉強し直さなくてはいけません。
それから、プログラムの仕事が入るかもしれないので、少し勉強します。パパが使えるコンピュータ言語は、すごくとくしゅなものなので、あんまり仕事はないかもしれません。でも、べんりな言語なので、もっとみんな使えばいいのになあと思います。
じゃあ、パパは仕事に戻ります。
お休み、大好きなかわいいニテくんとケテ君。
08年 8月24日 日曜
こんにちは、にてくんけてくん。
今日は日曜だね。パパも今日は本当に日曜にしようと思っていたけど、へんな用事で出かけていました。
今日は映画を見て本を読んで、仕事や家事もしないつもりだったけど、そういうわけに行かなくなったのです。
なんでかというと、きのう新しく買ってきたばかりのミキサーのコーヒーミルを、おばあちゃんがゴミといっしょに捨ててしまったからです。
キッチンのテーブルの上に置いておいたのですが、おばあちゃんはそれを洗剤で洗ってしまって、しかも、いちばん大事なカッターがついた部分を捨ててしまいました。今朝パパが六時に起きて、コーヒーをいれようとしたら、なんとカッターがありません。どこを探してもないのです。困りはてて、おばあちゃんにきいてみたら、洗剤で洗ってここに置いた、というのですが、あれは洗剤で洗われては困るのです。水で流すぐらいにしないと、洗剤のにおいが付いて、ひいた豆がくさくなってしまいます。
きほんてきに、コーヒーやお茶かんけいの道具は、あまり洗剤を使わない方がいいのです。
でも、親切でやってくれたので、怒るわけにも行かず、しかたなくいつものおばあちゃんの自転車で、きのうの電気屋さんに出かけました。でも、そこでは在庫(ざいこ:お店に置いてある品のことです)もなく、しかも安売りやさんなので、作っている会社とちょくせつとりひきしているわけではないということでした。
パパが、ミキサーの会社に電話して、ちょくせつ送ってもらうのがいちばん早いようです。
せっかくいい豆を買ってきてあったので、がっくり来ました。
おばあちゃんは、べつに気にするようすもなく、今日も温泉に行ってしまいました。
パパは、せっかくセットしたフィルターをまえに、大爆笑してしまいました。
もう、こうなると、笑うしかありません。
やけっぱちで、電気屋さんに出かけたついでに、足りなかったケーブルや電化製品をたくさん買いました。
これは、買い物でストレスをはっさんするという、あまりいいやりかたじゃないのですが、このばあい、他にどうしようもありませんでした。笑っちゃいます。
おかげで、翻訳で手に入ったお金がほとんど消えてしまいました。でも、ニテくんとケテくんに送るおもちゃけんと図書カードのぶんだけは、いつもべつの口座に入れてあります。
ああ、今日はこれからどうしよう。さっき電気屋さんから帰るとちゅうで、いつもの泉によって、のらねこと遊びましたが、まだ気持ちがすっきりしていません。こんな事ではいけないとは思うのですが、困ったものです。
そうだ、やっぱりニテくんとケテくんの話がいいな。
ニテくん、ケテくん、今日はどこかへお出かけしますか?
ママが疲れていたら、あんまりむりを言わないようにしてね。でも、ママのことだから、がんばって二人をどこかへつれていっているのかもね。
それが近所の公園だっていいんだよ。二人が楽しく遊べるところなら、どこだっていいんだよ。
夏の日曜のお昼に、ニテくんとケテくんと遊ぶのは、とても楽しいだろうなあ。パパが行って、二人を遊ばせたいです。本当にそう思います。二人がどんな遊びをするのか、どんな話をするのか、そうぞうするだけでパパは楽しくなります。
あ、なんとまあ、二人の遊ぶすがたをそうぞうしただけで、さっきのいらいらが消えています。すごいね、二人の力は。本当にきみたちがうまれてきてくれて、しかも、パパみたいな人間のところへ来てくれて、心からよかったと思います。これはね、ほんとうのほんとう、心から思うことなんだよ。
じゃあ、これから少しまた勉強します。日曜日でもやっぱり毎日やらないと、落ち着きません。あとで寝るまえにまた書きます。じゃあね。遊んできてね。
ニテくんケテくんまたこんにちは。今ゆうがたの五時です。
ニテくんとケテ君のことを考えて、それから音楽を聴いていたら、いらいらがまったくなくなりました。
ほんとうにありがとうね。
さて、パパはこの時間何をしていたかというと、勉強じゃなくて、ミキサーでジュースを作っていました。なんだかおばあちゃんのことがもういいやってかんじになって、帰ってきたとき飲めるようなジュースを作ってあげようという気になったのです。これも、ニテくんとケテくんのおかげですよ。
じゃあ、こんどこそ勉強にもどります。あとでね。
こんばんは。今夜の九時過ぎです。あれから勉強してました。あんまり進みません。すごく基礎的(きそてき)だけど、とても大事な本なので、一日一ページでもいいから、じっくり読もうと思います。読むほどに、ため息が出そうな美しさです。数式の美しさが分かるには、二人とも早くてあと十年はかかると思いますが、それでもこの本に書いてあることの美しさには、分かれば分かるほど感心するばかりです。前に書いたように、50年以上まえに書かれた本ですが、それでも、まったく価値(かち)をうしなっていません。そのときこの本を書いた人は、25才でした。本当の天才の書くものだと思います。
ほんとうはね、この本を読まないまま、いちばん新しい理論に飛びつく人がほとんどなんだ。でも、それは、とてももったいないことだと思います。
パパにさいしょにこの本を読むように教えてくれた先生は、心理学(しんりがく)、言語理論(げんごりろん)、情報理論(じょうほうりろん)などの広いぶんやの仕事をしている人でした。最後になってしまった本では、アメリカの研究者もえいきょうを受けて、コンピュータにその理論を取り入れようとしています。最後は、すごく残念な死に方をしてしまった人ですけど、この先生から教えられたことは、今でもパパの心の中に生きています。
そのとき、パパの大学の卒業論文(そつぎょうろんぶん)を副査(ふくさ)という、お手伝いの審査員(しんさいん)をしてくれた人です。主査(しゅさ)という、審査員でいちばん偉い人は、論理学(ろんりがく)の専門家でした。他の人の理論より、自分の作り上げる美しい世界にむちゅうになっていた人です。パパは、その先生の理論より、べつの理論にむちゅうになっていましたが、それでも、早いうちに、さっきふれた、天才の先生のところへ行って、ちゃんと勉強してきなさい、と言ってくれた人です。
今はもう、大学をていねんでやめてしまっていますが、たぶん今でも、自分の作る世界に熱中していると思います。
その後も、いい先生にしか会いませんでした。いちばんお世話になって、勉強のしかたを教えてくれた先生は、今はやはりていねんで、大学はやめてしまいましたが、大学の先生や博士課程(はかせかてい)の学生が集まるべんきょうかいをひらいています。パパもママも、その先生に教わったことがあるんだよ。それは、その勉強会じゃなくて、べつの、研究所がやっているところででした。残念なことに、そのころパパはもう病気がおもくなっていて、なかなか通えなくて、先生をがっかりさせたんじゃないかと思って、いまでもあやまりたい気持ちです。
でも、その先生が教えてくれたことも、いまの勉強にやくだっています。一生そんけいする人です。ママにきけば、その先生の、学生のことを考えるからこそのきびしさが分かると思います。今の研究者でも、その先生のじゅぎょうが怖くて、ぜったいにでなかった人がいっぱいいるぐらいきびしいのですが、ほんとうは、一人一人の学生の名前を一度でおぼえて、体や心のちょうしまで、優しくみまもる人です。ほんとうに強い人だと思いました。
さて、今日はここまで書いて、後は眠くなるまで仕事をします。フランス語で分からないこともあるので、ママにききたいのですけど、それが出来なくてざんねんです。
パパとママはね、けっこんする前は、バーのカウンターでないしょばなしをするときは、フランス語で話をしていたことがあるんだよ。そうすれば、英語の出来る人は多いけど、ほんとのないしょばなしが出来るからね。ずいぶんとママには、パパのフランス語のはつおんをなおしてもらいました。
きみたちのママは、すごいひとなんだよ。
だから、たまには、好きな本を読む時間を作ってあげてね。
大丈夫かな、二人で仲良くしている時間があるから、それで何とかやっているのかなとも思いますけど。やっぱり心配です。
じゃあ、本当に仕事に戻ります。明日また書くね。
おやすみ、大好きなニテくんとケテくん。
08年 8月25日 月曜
おはよう、ニテくんケテくん。
今朝の五時五十分です。
パパはゆうべ三時に寝て、今朝は五時半に起きました。
勉強していたら止まらなくなって、そんな時間になったんだけど、今朝はもう動き始めています。
二人はよく眠れましたか?
今はね、よく運動して、よく食べて、よく眠ってね。
パパは今からゆうべの勉強の続きをします。昨日読んだところを読み返すところから始めます。
じゃあ、あとでまた書くね。
いま、夜の七時半です。
けっきょくあれからまったく眠くならず、うごきっぱなしでした。
いろいろとね、おやくしょのてつづきとか、勉強とか、仕事があって、一日うごいていたんだよ。
おばあちゃんのうちの電話が古くなっていたので、新しいのをやすうりやさんで買ってきて、これから全部、おばあちゃんの電話帳(でんわちょう)をインプットしなきゃいけないんだ。
おばあちゃんに、使い方を教えてあげるのも、なるべくかんたんに使えるようにセットするのも、なかなかたいへんです。
今日はね、京都にいるときに友達になって、いま、東京に住んでいる人と電話で話をしました。
すごく勉強したいんだけど、大学受験資格(だいがくじゅけんしかく)をまだ持っていないので、勉強の話でもりあがりました。パパもね、ほんとはね、学校からじゃなくて、国の試験(しけん)で大学受験資格を取ったから、その気持ちがよく分かるんだよ。
すごく本も読んでいたし、勉強だってそんなにきらいじゃなかったのに、パパは試験に受かったのは十六才だったけど、十八才になるまで資格が使えないんだ。それでね、いろんなアルバイトをしてくらしていたんだよ。
新聞はいたつもやったし、引っ越し屋さんもやったし、いちばん面白かったのはね、成城の映画撮影所(えいがさつえいじょ)で美術のアシスタントをやったときだったなぁ。
毎日大きなスタジオのかべに、エアブラシで雲の絵を描いたり、『乱(らん)』という映画のミニチュアのお城を組み立てたり、パパが日本でいちばん好きな映画監督(えいがかんとく)のセットを組み立てたときは、すごく楽しかったよ。
むかしね、たはらとしひこというへたくそなアイドルがいて、その人と会ったこともあるよ。それはね、まだパパが美術に入りたてで、ぜんぜん撮影所の決まりなんか知らなくて、役者さんようの食堂にまちがえて入っちゃったときのことなんだ。美術とか、大道具さんの食堂とはぜんぜん値段もサービスもちがうんだよ。それを知らなかったので、パパは監督さんや役者さんしか入っちゃいけない食堂に入っちゃったんだ。
そしたらね、パパの作業着を見て、ウェイトレスさんがすごくへんな顔をするから、おかしいな、とは思ったんだけど、そのまま座ってたんだよ。そしたら、後ろのせきから、「トシちゃん、このあいだのおきたそうし、よかったよ」って声が聞こえてきてね、続いて、どこかで聞いたことのある、「あははははは」って笑い声がするから、ふりむいてみたら、そのへたくそなアイドルがいたんだ。それで、パパは、やっと、まちがえた場所に入ったことに気がついてさ、あわててランチを食べて、逃げるようにそこを出たんだよ。
撮影所では、他に、怪獣のぬいぐるみや、海に見えるようなプールがあって、そこにミニチュアのぐんかんが浮かんでいたり、突然(とつぜん)撮影所の、江戸時代みたいな橋の横を、むかしの軍隊(ぐんたい)のかっこうをした人たちが、軍隊式のれつを作って、かけ声をかけてこうしんの練習をしていたり、いろんな面白いものをみました。
ニテくんとケテくんは、今日は楽しい日でしたか?
パパは、忙しかったけど、さいきん毎日たのしいよ。好きな勉強がまた出来るようになったし、音楽も聴けるし、映画だって毎日一本ずつ見てるよ。
でもね、二人と一緒じゃないのがさびしいのはどうしようもないね。
これはパパが悪いんだから、自分のせいなんだけど、二人がどうしているかと思うと、すごく悲しくなるんだ。
じゃあ、またあとで書くかもしれません。いちおう、ここでお休みといっておきます。
おやすみ、大事なニテくんケテくん。
今夜の九時前です。パパは明日、急な用事が出来て、ちょっとはなれた町へいっぱくで出かけることになりました。仕事のはなしと、それからパソコンの部品を買うひつようが出来たのです。それに、その町は、前に書いた、仲良くしてくれた大学生たちとのおもいでがいっぱいのところなので、一泊していろいろ見てみたいのです。だから、明日はパソコンも持って行けないから、明日だけ、手紙が書けません。ごめんね。
じゃあ、パパは明日の準備(じゅんび)と、今日の勉強が残っているから、これで本当にお休みを言います。
おやすみ、誰よりもかわいいニテくんとケテくん。
08年 8月26日 火曜
おはよう。ニテくんケテくん。
今朝の五時です。
ゆうべ寝たのは二時なので、三時間だけ眠りました。
今のパパは三時間の睡眠でじゅうぶんなのです。
二人はまだ夢の中だよね。
いい夢を見ているといいなと思います。
ママは何時に起きるのかな。二人のこともあるから、すごくいそがしいんじゃないかなぁ。
パパがいれば、こうたいで二人を学校や保育園に送っていけるんだけど、それも出来ません。ママにもすまないと思っています。
きのうは、今日ぜんぜん手紙が書けないみたいなことを書いたけど、こうやって朝書けるんだよね。考えていませんでした。
さて、そう書いてから十五分後です。
お風呂のじゅんびをして、今朝のコーヒーをいれて、いくつかのファイルに手を加えました。
なんだかすごく充実(じゅうじつ:みちたりているということ)しています。
きっとこれは、君たち二人のおかげなんだと思うよ。君たちに会いたいから、がんばれるようになったんだよ。
ほんとうにありがとうね。
今朝の七時です。今日は、昨日書いたように、ちかくの大きな町で一泊するので、書きたいことが増えてしまいました。
朝からたくさん書いて、読む方もたいへんだと思うけど、二人には伝えたいことがいっぱいあるんです。
多分あとで、また書きます。
今七時半です。おばあちゃんの朝のジュースを作ったり、他の仕事をしていました。
今日泊まるホテルに電話して確認したら、パソコンを貸してくれるらしいので、そこから書けます。
とてもうれしいです。
じゃあ、あとで、今度はホテルから書くね。あ、そうか、このファイルには書けないから、「のほたろうの日記復活版」のほうに書きますね。じゃあね。
08年 8月28日 木曜
ニテくんケテくん。きょうは良いことがいっぱいありました。
今日から、書き方を、ある決まった書き方で書くことにしました。
そのほうが、パパにとっても君達にとっても、便利だからです。
じゃあ、良いことの一つ目を。
たばこが、やめられました。
ふたつめ、毒が全部出て行っています。
これは全部君達二人と、ママと、パパを産んでくれたおばあちゃんのおかげです。
いまは、自分に遭ったこと、自分がしてきたこと、全てが、それでよかったんだと思います。
ただ、自分がしてきたことは、いっぱい謝ります。
それが必要な人だけに、許してもらえなくても、謝り続けます。
いいたいことはこれだけです。
今のパパは、他の大人が見たら、まるで気が狂ったように見えると思います。それは、あまりにもいろんな事に集中しているからです。
いまふまんがあるとすれば、それは、パソコンの遅さだけです。
これで、言いたいことは伝わったはずです。
だから、今日は、これでおしまい。
まだ言うことが残っていました。二分後に書いています。
18時14分
それは、全部チェックして、全部間違いないことに気がついたことです。
これは、明らかに、君たち二人のおかげです。
ありがとう。
一つだけ文句があるとすれば、それは、パソコンが馬鹿だと言うことだけ。
おしまい。
もう二つ付け加えることがありました。パソコンに、一テラのハードディスクを増設したこと。
だから、今のパパのパソコンは図書館です。
もう一つ。
それは、パソコンのOSと変換ソフトがやっぱりすごく馬鹿だということ。
これで伝わったよね。
だから今はこれでおしまい。
18時53分
と思ったんだけど、やっぱりパソコンも、インターネットも、馬鹿すぎます。
これは何とかしなくちゃいけません。
君達が、それをやって下さい。勝手なお願いですけど、今のパパにはやることがありすぎるのです。君達なら、必ず趣味でそれが出来るようになるはずです。そうなってくれると信じています。
ピアノの練習と、英語の論文をたくさん読むこと、他の外国語や数学を勉強すること、寝ている暇がありません。
勝手なことばっかりいうパパでごめんね。
でも、パパは君達がそうなるように手伝うよ。
これはどんな手伝いもするっていう意味だからね。
絶対にこのことだけは信じて下さい。
じゃあ、これで今日はおしまい。
8月29日 金曜
さて、「きょうはおしまい」と書いてから、もう次の日になってしまったので、新しく考えたことを書くね。それはね、パパがやっぱりたばこを吸ってしまったこと。ニコパッチというニコチンを皮膚から吸収させる禁煙の道具が有るんだけど、それを外して一時間ぐらいしたら、なんとまた、煙草が吸いたくなったんだ。
これにはびっくりしたよ。
で、慌ててさっきまたニコパッチを張りました。
たばこは怖いね。
それからね、パソコンの一テラHDDが付いたんで、すごく便利になったこと。
まるで図書館と映画館と美術館を持ってるみたいだ。
もうこれで、何にも困らない。
それからもう一つ。
パパのこのサイトとブログがね、有名な作家さんにリンクされちゃったんだよ。
それで、アマゾンのアフィリエイトから誘いが来て、お金が入ってくるようになりました。
他にもいろんな会社から誘いが来ています。
ネット銀行からも誘いが来ました。
自分でびっくりしています。
パパは好きなことを好きなように正直に書いていただけなのに、そんなことが起こるんだ。
すごいね。今の世の中は。
08/ 8/30 Sat
08年 8月30日 土曜
ニテくんケテくんおはよう。ずいぶん書いてないような気がして、あわてて書いています。
でも時計を見たらびっくりだよ。
だってあれからパパはずっと寝ないでパソコンのまえにすわって、そのまんませっていとお仕事で動いていないんだよ。
めちゃくちゃでしょう?
でもね、これがほんとうのパパのやり方なんだ。
お酒と煙草がやめられそうで、本当に良かったよ。
学生時代はね、パパは、これはだれにも言っていないけど、はけんのSEっていう仕事をしていたことがあるんだ。
これはママにだけは話したかな?
でね、大きな工場の、せんだいぐらいあるパソコンのネットワークを、ひとばんであたらしいシステムにかきかえるなんてこともやってたんだよ。てつやだよね。そのまま、だいじなじゅぎょうにでていたりしたから、ぜんぜんこのやりかたでへいきなんだ。
そのしごとは、すごくお金になったけど、めちゃくちゃにつかれました。だってさ、ひとばんじゅうかかって、たったふたりで、せんだいのパソコンを全部バックアップして、それをかきかえるんだよ。お金もたかいけど、すごくせきにんがおもかった。だから、こうやってパソコンをいじっているのはたのしいから、ぜんぜんくつうはないんだ。
でもね、今パパはすごくおこってる。今使っているOSという、だいじなソフトを作った、マイクロソフトという会社におこってる。
はっきりいって、この会社のやってることは、どろぼうだよ。さいていだ。
まえにきらいなことは書かないって約束したけど、これはちがうよ。
どろぼうにおこってるんだから、パパが絶対に正しい。
この会社のやっていることは、全部人の考えたことをぬすんでいるだけだ。
てつやになっちゃったのは、この会社のせいだ。
人が考えたことを、全部とりあげて、お金をまきあげているんだ。どろぼうじゃなくてなんだろう?
パパがてつやでやったことの半分は、この会社のせいだ。めちゃくちゃなことをしてるんだ。
仕事も勉強もできなかったし、きみたちとママに手紙をかく大事な時間を盗まれた。
しかも、こっちが困っていると、フィードバックとかいって、自分たちのお金のためのくせに、他人のちえとじかんを盗んでるってやっと気がついたんだ。
これにおこらなかったら、どうかしてる。
すごくおこってるんだ。
パパは、さっきいったみたいな仕事をしたこともあるから、やっとシステムのしゅうふくが出来た。
でも、コンピュータのちしきがない人たちはだまされてる。
すごくずるい。
こっちが英語がよめて、コンピュータにくわしくないとなおせないような仕組みで、みんなを道具に使ってる。
こんなひきょうなやり方はないよ。
絶対に許せない。
しかも、自分たちが作ったおすすめのどうぐを付けるたびにこれが起きる。そして、みんなのじかんとあたまをつかって、じぶんたちがかんがえたみたいなふりをしているんだ。
こんなずるいやりかたってないよね。
きみたちにもわかるりくつだ。
ほんとうはね、このかいしゃは、さいしょからそうだったんだよ。それに気がつくのに、パパは20年いじょうかかった。ばかだった。だまされてた。それがくやしくてしかたがないよ。
むかし日本で、すごくいいプログラムが考えられたとき、この会社は日本をおどして、むりやりそのけいかくをつぶしたことがある。
ほんとはね、みんながつかっているケイタイにも、そのソフトは今でもただでくばられてるんだよ。これがただしいやりかただ。
ちしきはみんなのものだ。ひとからじかんとおかねとちえをぬすむどうぐじゃない。
ぜったいにやってはいけないことをこの会社とこの国はわかっていてやってるんだ。
せんそうをおこすのも、いつもこのくにだ。
はらがたってしかたがない。
日本にげんばくを落としたくせに、日本のせいだっていまもいってるし、ひとこともあやまらない。
アメリカのゆうめいな役者さんが、日本のあこがれていた監督の映画に出たときも、この役者さんはアメリカできらわれた。ただ好きな監督さんによばれて、すごくうれしかったはずなのに、そんなことでもいやがった。
それはね、その映画が、原爆の話だったからなんだ。
すごく卑怯だ。
ゆるせない。
パパはアメリカにも友達がいっぱいいるし、大好きな科学者も集まっているいいところだってある。
でも、そういう人たちが、本当のことを言うと、みんなでだまらせる国なんだよ。
きたない。ずるい。
この国は、出来たときからそうだったんだ。もともと住んでいた人たちを追い出して、いじめて、最後には何もそだたない土地にむりやり押し込めて、ちょっとだけおかねを、こじきにあげるみたいにあげて、それでおわりかとおもったら、だいじなみんなのつかうしげんがでると、そこからおいだすような国だ。
こくじんのひとたちも、だましてつれてきて、いじめまくった。いまでもいじめている。あんなにがいこくじんをいじめるくにはない。
じぶんたちがよければいいとかんがえているんだよ。
パパはね、そんな人たちにじかんもちえもぬすまれるのはもういやだ。
ニテくんもケテくんも、大事な時間をじゃまされて、だまされてはたらかされたらいやだよね。
それを、サービス向上のために、なんていってやっていることに、おきっぱなしで仕事をしているパパはやっときがついたんだ。
いままでも、ふしぎにおもうことはあったけど、こんなに腹が立ったのは初めてだ。
これから二人が生きていく世の中がそんな風じゃパパは二人にあやまる言葉も無い。
それじゃ、すこしだけはんこうできる人間として、ずるいと思った。
ずるくなりたくない。
いっぱいずるいことをしてきたから、もうしたくない。
きみたちにはずかしい。
だからね、パパはたたかうことにしたんだよ。
あんなやつらに負けない。
絶対にまけない。
あんなやつらのつくったずるいしくみに、もうひっかかったりしない。
何より、君たちがこれから生きていく世界が、そんな世界じゃいやだ。
だから、パパじゃたいしたことは出来ないかもしれないけど、せいいっぱいやる。
これから、本当に、コンピュータの勉強をする。
やることがまた増えちゃった。
でもやる。
だってね、インテルっていう会社は、パソコンのエンジンを作ってるんだけど、その仕組みをかくしたりしていないのに、まあ、それでも、よその国から盗んだところもあるんだけど、まあまあがんばってる。
でもね、マイクロソフトはゆるせない。
二度と使ってやらない。
今のパソコンでそれを使わないためには、パパはまた、二日ぐらい寝ないでがんばらなくちゃいけないんだけど、でもやる。
今のパソコンは、さいしょからその会社のプログラムが入っていて、うごかせないようになってる。そして始めは安く売っておいて、あとで気が付くと、みんながじっけんだいだ。
たたかう。
そうじゃないとみじめだ。
そして、ゆうべから、コンピュータの専門家が集まるところで、ずいぶん勉強した。
まだ自分がぜんぜんあまかったこともわかった。
だから、がんばるりゆうがまたふえた。
やってやろうじゃないか、ってきぶんだ。
そういうね、知恵とか、時間とかを、みんなが使えるようにがんばっている人たちはいっぱいいるから、いっぱいおしえてもらおうとおもっているんだ。まじめに付き合えば、絶対に外国の人でも、話は通じる。これはまちがいがないことだ。
数学と脳とピアノと言語学とコンピュータの勉強がまってる。
できれば、生物学も、大学一年からでもいいから、勉強しなおしたい。
大事なぶんやなのに、アメリカは、いいかい、びっくりしないでね、人間や、他の生き物の命のしくみを決めている仕掛けにまで特許というどろぼうをしている国なんだ。
だから、たたかうためには、べんきょうしなきゃいけない。
すごくたのしみだ。
どんなことが出来るようになるか、それがたのしみだよ。
じゃあ、今日はまだ起きてるから、たおれるまで勉強します。
あとでまたかくね。
きょうもげんきですごしてください。
だいすきなにてくんとけてくんへ。
07時00分だよ。へとへとだけど、やります。
じゃあね、あとでね。
08/08/30 11:10
まだパパは起きて仕事と勉強をしています。がんばったら、あっという間にマイクロソフトに勝ちました。ほんとうは二日てつやだなと思っていましたけど、かんたんでした。でも、こんなに勉強しないとふつうのユーザ(つかうひと)が知らないあいだにだまされているのはやっぱりいけないことです。今日はまだぜんぜんねむくならないから、これは、にてくんとけてくんのおかげなんだよ。とても助けられています。いつもありがとうね。君たちがパパのところに産まれてきてくれなかったら、パパは一生だめなままだったとおもうよ。ほんとうにありがとう。いつもいつも大事に思っています。それは、絶対に、だれがなんといおうと、ほんとうだからね。
じゃあ、またあとでかくね。
08/08/30 13:43
なんだかね、お仕事と勉強に夢中になっちゃって、今もう70時間ぐらい起きてるよ。ぜんぜん平気なんだ。 それより、君達とこうやって話す方が、ずっと勉強になるのかもね。
パパはね、いっしゅんも二人のことを忘れたことはないんだよ。これは絶対に本当のことなんだよ。
ママは今日はお仕事かな。すごく疲れてるんじゃないかな。がんばりすぎてびょうきになってないかな。すごくしんぱいです。だって、パパはね、すごくいけないパパだったから、ママにつらい目にいっぱいあわせてしまったんだよ。あやまってもあやまってもゆるしてもらえないと思うけど、どうしてもりっぱなひとになって、君達にあいたいんだよ。
本当にあいたくて、なみだが出ます。二人にも、本当に悪いことをしたと思っています。ごめんね。ほんとうにごめんね。
またかくね。
08年 3月31日 月曜
やっとこうやってまたお手紙を書く方法が見つかって、安心しています。
今のニテくんやケテくんにも、ほんとうはパパにもまったくどうでもいい理由で、こんなに遅くなってしまったんです。
今のパパにとって、一番大事なのは、友達のメールを読むことと、勉強すること、そして、ニテくんケテくんに、ママに、お手紙を書くことだけなので、他のことはどうでもいいのです。
まあいいや。
世の中はいろいろと、こうやって面倒なこともあるから、今から知っておいてね。パパはそれが判らなくて、いろんな人をきづつけてきました。
で、パパですが、けっきょく、90時間ぐらい起きっぱなしでいろんな事をやっていました。
そのほとんどが、どうでも良いことの相手で、とても困りました。
で、さっき、一時間ぐらい寝たら、また元気が出てきたし、こうやって、二人にもママにも友達にも、お手紙がかけるようになりました。
じゃあ、あとでね。
今日も元気ですか?
08/03/31 13:47
少し、町をいつものおばあちゃんの自転車で散歩していつもの泉のガチョウを見てきました。
いつもの猫がいて、パパの方へ寄ってきてくれました。
やっと夕べ、あれから一時間だけ寝たので、これからパソコンで好きな音楽を聴きます。
08/03/31 14:10
いま、つまらない用事がやっと終わったので、これから、ちょっと旅行に行ってきます。
いい話を沢山持って帰ってきます。
今度は、十日ぐらいかかります。
誰もパパのことを知らないところへ行きます。
旅先から、手紙を書けるようにしておきます。
ママによろしく伝えて下さい。
大好きな、ニテくんとケテくんへ。
一休みするパパより。
じゃあね。
もうすぐ会えるかもよ。
うれしいです
08/03/31 14:34
なんかまた書いちゃってます。
いまね、パパが音楽を聴いていたらね、大型バイクの集団がパンパンパンパンエンジンをならしたままうちの前の小さなたばこ屋さんで止まってたのね。それでね、パパが頭に来て、パンツ一枚で出て行って、「エンジン止めろ!」ってね、東京弁と英語でどなったらね、全員だまっちゃってね、警察がきちゃったよ。
でもね、パパはバイクが大好きだから、あんな集団で田舎でいばり散らす馬鹿が、ほんとに嫌いなんだ。
田舎だと思ってたら、パパみたいのがきて、英語と東京弁で怒鳴り散らすからさ、完全にびびってたんだよ。
これはすごくかっこわるいよね。本当の田舎ものってね、どこに住んでるかじゃきまらないんだよ。
意識の問題だよ。
どこへ行っても、失礼の無いように振る舞えないと、それは、田舎ものです。
じゃあ、またね。
ニテくんケテくん、こんばんわ。
いまごろゆめのなかでしょうね。
パパは今日、一日やっぱりお仕事でした。
日曜になりませんでしたけど、けっこういい日です。
二人は公園なんかに行きましたか?
ちょっとだけ、お昼に外に出られたので、気分がだいぶ良かったです。
明日からしばらくかけなるかもしれません。
これから行くところには、ちょっとパソコンがないみたいなんです。
でも、出来るだけ早く書きます。
今日はこれでパパも寝ます。
おやすみなさい。ニテくんケテくん。
ぱぱより。
今日は2009年5月1日です。やっとこうやってまた二人に手紙が書けるようになりました。今日は僕がいるところはいい天気です。日本中いい天気みたいだけど、僕がいるところは朝寒いくせに、昼間は暑いぐらいになります。
手紙を書けなかったあいだ、ずっと手書きで書いていたノートがあるのですが、これもいつか読んでほしいです。
今おばあちゃんが体調が悪くて、ずっとつかれていますから、僕がかわりにやってあげることがいっぱいありますが、おばあちゃんは自分でやりたがります。これも困ったくせです。ちっとも休もうとしないので、疲れがたまるくせに、何かやっていないと落ち着かないのはおばあちゃんの困ったところだと思います。
今日は図書館へ行こうと思っていたけど、パソコンの設定がいそがしくて、行けないみたいです。 このパソコンも、おばあちゃんがケーブルをめちゃくちゃにまとめていたので、できないことが増えていました。
インターネットのプロバイダも、期限がきれてしまって、サイトもブログもアクセスできません。 すごく困ります。自分が書いた文章が全部消えちゃったのだから、ショックです。
ニテくんも、ケテくんも、メテちゃんも、したことが全部ゼロになったらショックだよね。同じことがおきてしまったんだよ。 しかも、まだ一月も前に消えてしまったに過ぎないことが、すごくショックです。
南の島での生活が半年にもなるなんて考えてもいなかったので、サイトやブログに書くネタが出来たぐらいに考えていましたが、甘かったです。
晩御飯を食べました。6時です。
ニテくんたちはこれからご飯だよね。おいしく楽しく食べてくださいね。ニテくんとケテくんとメテちゃんに会いたいなあ。いつも思っていることです。 会ったらどんな話をしようか。どんな遊びをしようか、何をすれば三人が一番楽しんでくれるか、そんなことばっかり考えています。
三人は今どうしているかなあ。今7時過ぎだから、ご飯を食べているのかなあ。知りたいことがいっぱいあります。 元気に毎日過ごしていることを祈ります。
僕は今日はもう寝てしまいます。少し早いけど、南の島にいたときのくせが残っています。 おやすみ、かわいいニテくんケテくん、メテちゃん。おやすみなさい。
おはよう、ニテ、ケテ、メテ。 今日は五月二日です。 今まだ朝の4時前です。
南の島と違って、この時間に起きても、もんくを言われないので、 手紙を書いています。 何曜日だったかな。金曜日だったと思うけど、後でカレンダーを見て見ますね。
ニテくんケテくんメテくん、二度目のおはようです。
今7時20分です。
朝はまだ涼しいね。そっちではまだ寒いかな?
朝寝をしていたら、すごいいびきをかいていたらしくて、おばあちゃんが心配して救急車を呼ぼうかと考えていたそうです。 そんなにすごいいびきをかいたのは初めてだから、僕もびっくりしました。お昼過ぎです。おばあちゃんは町へ買い物に出かけました。僕はすることもないので、パソコンで昔の映画を見ています。 することがないというのは本当は間違いで、することはあるのに、退院したばっかりで集中できずにいるというのが本当です。
お昼の一時です。
ニテくんケテくんメテちゃん、今日はどうして過ごしていますか?いつもいつもそれを考えています。 だって、三人は僕の大事な子供だからね。どうしても気になるんだよ。
音楽ばかり聴いています。眠くならないようにお茶とカフェイン入りのガムをたくさん取っています。
昼間寝てしまうと、夜またへんな時間に起きちゃうからね。あと一週間でブログとサイトを再開します。楽しみです。どんな人が読んでくれるか、楽しみで仕方がありません。ニテくんとケテくんは今日は学校と保育園、メテちゃんは保育園。むかえにいってあげたいです。 三人が幸せにくらしていることだけが、僕ののぞみです。
今、久しぶりに好きなさっきょくかの音楽を聞いています。心があらわれるようです。 こんな気分にさせるさっきょくかはやっぱり天才なんだと思います。
ニテくんケテくんメテちゃん、今6時半です。ばんごはんをおばあちゃんと食べました。ニテくんたちはまだだよね。
八時半になるところです。ニテくんケテくん、メテちゃん、まだおきてるよね。 僕は今日も、三人に会いたいと思ってすごしました。とても会いたいんです。
5月3日朝4時です。南の島にいたときの調子で、
まだ体がとんでもない時間に起きてしまいます。 また寝なおします。十時四十分です。 また少しお昼寝していました。体がだるくて仕方がありません。ニテくんたちは元気いっぱいだろうね。
僕が二人のパパじゃなくなったのは、僕が原因なんだよ。 ママには本当に悪いことをしました。後悔してもやり直しが出来ません。今のパパと仲良くして、よくかわいがってもらってくださいね。
僕はね、いいパパだったかもしれないけど、いい夫じゃなかったんだよ。それが、今、二人と一緒にいられない原因なんだ。
ニテくんの姿を思い出すと、涙が出ます。どうしてあんなにかわいいニテくんとはなれなければならなかったのか、自分でもげんいんがわかりません。ママとうまくいっていなかったのが原因かなぁ。とにかく一番悪いのは、僕がお酒をやめられない病気になったことです。自分の意思ではやめることが出来ませんでした。今もう、4年近くお酒を飲んでいませんが、そう考えるしかないということです。全部僕の病気のせいなんです。本当にごめんね、ニテ、ケテ。でも、一緒にいられなくなった結果、メテちゃんがうまれたのだと思うと、なんだか不思議な気分になります。この世はやっぱり確率で動いているのかなあという気持ちになります。
今日はくもりぞらです。さっき少しだけ雨が降っていました。はるさきの雨はきもちいいので、すきです。 ニテくんとケテくんとメテちゃんといっしょに散歩したりしたいです。
夕方6時です。南の島にいたときのくせでもうばんごはんを食べてしまいました。三人はまだだよね。どんなふうにして食べるのか見てみたいです。会いたくてしかたがありません。ニテくん、ケテくん、メテちゃん、三人とも元気いっぱいで楽しくくらしているのをお祈りするしか出来ません。だめなパパだなあと思います。
久しぶりに帰ってきたおばあちゃんの家で、何もかもまだなれていなくて、けっこう大変です。パソコンも、さわらないでといっておいたのに、ケーブルが全部はずされていて、つなぎなおすのに何時間もかかってしまいました。さわらないでって、完全にいっさいさわらないでっていう意味だったのに、そのへんがずれていたみたいです。まあ、仕方ないか。ぶじ帰ってこれたんだからよしとしようと思います。
夜八時になりました。南の島にいたときのくせで、8時には眠くなってしまいます。だから、寝てしまう前に、三人にお休みを言っておきます。おやすみ、ニテ、ケテ、メテ、僕の大事な三人の子供たち。おやすみなさい。
今、夜中の一時半です。南の島にいたときと同じで、真夜中に一回は目がさめてしまいます。なんとかもう一度寝るように努力してみますね。 では、またお休みなさい。ニテ、ケテ、メテ、僕の大事な子供たち。おやすみなさい。
朝、9時半です。 寝なおしたらこんな時間までねむってしまいました。薬が残っていていて、とてもだるいです。ニテくんたちはこんな薬がいらない人にそだってほしいです。 僕は今、ぬけがらのようです。中にはくずしかつまっていません。すごくくだらない人になっています。でも、一月もしたら、元気になるからね。
11時前です。眠くてたまりません。薬が効きすぎています。だいたいが、薬を飲む必要があるのかどうかもはっきりしません。こんな状態でいるのも、たまったもんじゃありません。思い切って薬をやめてみようかと思います。
いきなり薬をやめるのも危険なので、少しずつ減らすことにしました。お医者さんは全部飲めといっていましたが、僕は自分がそんなにひどい病気じゃないって確信があるので、自分できめます。
土曜日は、ニテくんたちは何をしてすごしますか?僕は三人といっしょに遊びたいです。やりたいことがいっぱいあります。ありすぎて困るほどです。何からはじめようかなあ。英語とフランス語の試験、情報処理の資格、船の免許、車とバイクの免許の取り直し、やりたいことはまだまだありますよ。
五月三日です。 お昼少し前です。御昼ごはんを食べ終わりました。満腹です。三人はどうしていますか?
僕はやっぱり三人のことを考えています。三人とも元気でいるか、笑ってくらしているか、何もかも気になります。ニテくんたちは週末をどうして過ごしていますか。いっしょにいたころは、近所の公園や図書館へ行くことがおおかったです。 ニテくんとはときどき、僕と二人だけで出かけることもありました。交通博物館へは二度はいってるなあ。ほかにもデパートの屋上の遊園地とかにも行きました。 でもやっぱり近所の図書館へ行くことが一番多かったかな。今ね、ニテくんの動画を見ていたんだよ。あんまりにもかわいいので何度も見てしまいます。
ニテくんもケテくんもメテちゃんもかわいいだろうなあ。いま会えば前よりずっとかわいがってあげられるのになあと、思います。
5月4日です。 お昼少し前です。御昼ごはんを食べ終わりました。満腹です。三人はどうしていますか?
僕はやっぱり三人のことを考えています。三人とも元気でいるか、笑ってくらしているか、何もかも気になります。 僕はこの半年以上のあいだ、南の島へ行っていたので、手紙がかけませんでした。ごめんね。でも、半年以上のあいだ、ずっとノートに手書きで書いてあるので、いつかアップロードしますね。僕の手紙は、ニテくん、ケテくん、メテちゃんに向けてかかれたものだから、僕は大事にしています。
ニテくんケテくんメテちゃん、今日も仲良く遊びましたか。もうすぐ六時です。おなかがすいてくる時間じゃないかなぁ。何か作って食べさせてあげたいです。ホットケーキとか、フレンチトーストとか、いろいろあります。
夜中の三時半です。体が疲れていないので、こんな時間に目がさめてしまいます。また寝なおしに成功するといいんですが、なかなか眠れそうもないです。ニテくんたちはぐっすり眠っているころだね。いい夢を見ているといいなと思います。
五月五日です。子供の日。学校や保育園はお休みなのかな? 僕は二度寝に成功して9時前まで寝ていました。ニテくんケテくんメテちゃんはどうですか?ぐっすり眠りましたか?
お昼の十二時半です。三人ともお昼ごはんは食べましたか?僕はおばあちゃんが出かけてしまったので、一人で作っても仕方がないから、インスタントラーメンとおとうふを食べました。
おばあちゃんが出かけたのは、とうとうおじいちゃんが死んでしまう日が近づいたからです。さっき病院から電話があって、栄養のチューブを取り外すらしいのです。覚悟していたとはいっても、おばあちゃんはやっぱりとりみだして、僕のパソコンのまわりをせいりするといってめちゃくちゃな配置にしようとして困りました。おばあちゃんのせいりせいとんは、僕から見たらめちゃくちゃにケーブルを外すだけのことですから、すごく困ります。
おばあちゃんは、バスの時間も見ないで出かけてしまいましたが、大丈夫なんでしょうか?いつもこの調子で動くので、まわりが少し迷惑します。自分は大丈夫だと思っているからです。自分だって病気が重いのに、動き回ってかえって調子を悪くするのがおばあちゃんの悪いところです。
これから何をして生きていこうかな、とときどき思います。ニテくんたちに会えない人生はないのもいっしょです。ニテくん、ケテくん、メテちゃん、三人に会いたいです。
早くインターネット回線につながらないかなあと思って毎日少しずつ書いています。言いたいことがありすぎて、何から書けばいいのかもわかりません。それと、インターネット銀行にいまお金がいくらあるか知りたいです。「お金がないのは首がないのといっしょ」と、僕のすきなマンガかの西原理恵子さんが書いていますが、本当にそのとおりだと思います。お金がないと、何も出来ないのです。これは本当のことだから、ニテくんたちもいまから知っておいたほうがいいです。ほんとうに、お金がないと何もできません。
おばあちゃんが病院から帰ってきました。おじいちゃんは、またチューブをつなぐらしいです。もう、えんめい(いのちをむりやりながびかせること)してもしかたがないんですが、病院ではそうしてしまうみたいです。ぼくはそんなにおじいちゃんにおもいいれがないので、むだなことはしなくていいと思うのですが、おばあちゃんも病院も、むりやり生きているじょうたいにしたがります。これは正しいことなんでしょうか?僕にはわかりません。今日はもう8月の13日です。
また、南の島へ行っていたので、手紙がかけませんでした。
南の島へ行っているあいだ、ノートに十三冊手紙を書いたんだけど、アップロードできないぐらい書いたので、いつか読んでくれるといいと思います。いつかちょくせつ会ってわたしますからね。
僕がいるところは、ひるまはすごく暑いけど、夕方になるとすずしいです。では、この辺で、別ファイルに書きます。一番最初に戻る