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>記録する
掲示板のタイトル読んでて思い出したんだけど、杉田かおるや斉藤こずえといった往年の
天才子役ってトルマリンだなあと。先週の火曜日眼科に行ったんだけど、待合室の大きなテレビに
皇女和宮に扮した安達祐実が出てた。安達祐実もこのままいけばトルマリン確実か。
の一人を演ってたタレントだったら、
浅香唯でごさいます。
和田アキオが相当怖かったんだろうなあ。
朝霞ユイ(どんな字だ?)が
「この前竹下通りを歩かせていただいたんですけど・・・」
と発言してね、司会の和田アキオに
「首輪でもされてたの?マネジャーにでも」
と適切な突っ込みをされてました。やるなあ。
記録することにしました、ヒット作を。
を感じる用法があるってことは、当たり障りすぎちゃう言葉遣いうのもあるわけで。
どちらかというと、当たり障りすぎちゃう方に注意がいってしまうタチです。
わたしの場合、凄く抵抗があるのが、
>メンテナンスのため、下記の時間サービスを停止させていただきます
上記中の「させていただきます」の用法がそれ。
この文、某無料ホームページサービスのメンテナンスの告知ですが、わたしの感覚では、
無料のHPスペースを借りて使っているのは、ユーザーであるわたし。つまり、「使わせていてだいている」のは、こっちで、かつ、メンテナンスは、「使わせていただいている」側が、快適に使えるためには
不可欠な作業なのに、サービスを提供してる側が、「させていただきます」って遜るのはヘンな感じがする。
これより、もっと抵抗があった「させていただきます」の用法を多用していたのは、
引退した二世兄弟横綱の2人だった。あまりに「させていただきます」を連発するから、
「この2人が横綱になったのは、『実力』じゃない部分が大きかったのかなあと、勘ぐって
みたくなったりした。
「タレント、ぼんちおさむ(50)が、16年間レギュラーを務めたテレビ朝日系人気刑
事ドラマ「はぐれ刑事純情派」(水曜後9・0)を“卒業”することになった。
」
この「卒業」の用法は『笑っていいとも』で多用されるようになったと記憶していますが、
真に「卒業」と呼べるパターンは珍しい。
『笑っていいとも』の場合は、売れちまった結果の「引き抜き」であるか、「使い捨て」で
あるかがほとんどで、「やっちゃあらんねえからやめる」場合としてはダウンタウン降板が
思い出される。
便利な使い方を思いついた人がいるものだと思うなあ。当たり障りのなさといい語彙自体の
一般的認知度の高さといい。
ほぼ徹夜で、朝方少し寝たら石造りの寺院だらけの町に住んでる夢をみたです。
実にまあ理想的な形の建物が並んでそれが全ていし石いし。
傾斜路と緑に囲まれた静かな町でありました。お寺で大根売ってたので買っちゃいました。
南欧の雰囲気に嵯峨野の風が吹いておりました。ときにこういう見たこともない町に住む
夢を見る。湖の近くに住む夢を見て半年後実現したときはやっぱりなと思った不合理な俺です。
昨日久々に筑波に一泊して、住むとこじゃねえ、の感を強くしました。
キリンさんもご指摘なさってましたね。
とうとつなようですが、現掲示板がここである理由を作ったあの馬鹿もそれに類する知ったかぶりを
連発しては指摘され、あとはだんまりってのを繰り返していた時期がありましてね。
分野の病か?
池田氏は「格文法わらわせんなよ」発言も削除してましたな。
「格の症例」はお読みになったのかな。生成文法の先行研究を知らずしてあれ読んで、
何を理解おできになるのか、池田氏自ら書いてくださらないでしょうかねえ。
あ、ムリか。
池田氏ご発言鑑賞ファイルを作り始めるか。
わらいませうね。
・・・食べた場合、人は死ぬという認識をその先生は持っていなかっただけじゃない?
それより、
>2人の男子が学級委員を羽交い締めにし、残りの連中が彼の口をこじ開けて、
>紙を外したタバコをほうり込んだ。連中は、おもしろがって夢中になっていた
これは、完全に確信的殺人行為なんでしょうが。救急車だけでなくパトカーを呼ぶ必要がある。
この辺を変な「教育的配慮」てなもんでごまかすからおかしくなってくるんじゃない?
容赦なく110番すればいいのよ。
>書きました。
緋さんの日記読んでいて思い出した。
被害者は、わたしではないんだけど、中学のときに同じクラスの男子(5人)と女子〔2人)が学級委員
だった男子にしたイジメ。
イジメをやった連中は、自分たちが推した男子が学級委員になれなかったものだから、
気に入らなかったのでしょう。その日も、確信犯的に掃除当番をサボった。
その代わりを、学級委員の男子がやりはじめたら、サボった連中が教室に入ってきた。
手には、それぞれが、タバコの箱を持ってた。
で、2人の男子が学級委員を羽交い締めにし、残りの連中が彼の口をこじ開けて、紙を外したタバコを
ほうり込んだ。
連中は、おもしろがって夢中になっていたので、教室にわたしも含めた数人いたことを
忘れてたのが不幸中の幸い。
すぐ、職員室へ行って、わたしは事情説明。他の子は、先生を教室に連れて行った。
先生は、連中がタバコを放り込むのは、止めさせたけど、学級委員くんのために救急車を呼ぶのは
ちょっと。。。とかって言って。保護者に連絡してからタクシーで学級委員くんを連れていった。
胃洗浄が間に合って学級委員くんは、死なずに済んだけど、生徒が死ぬかもしれない、という意識に
欠ける点では、先生も、イジメをやった連中とあまり変わらないんだ、と、そのとき、
はっきりわかった。
パチンコ馬鹿母親と子供が勉強しないからって監視をする母親って、子供を「私物化」している点では
共通している。でも、子供を監視する母親は、教育熱心と言われて、危険なまま野放し。
困った大人が多すぎる!
浜だという傲慢なひ卑怯者についてかく掲示板作りました。
何でも知ってて何でも知らないヒョーロンカの生態観察としてが。
みなさん記録をお持ちですね。どんどんとんとうこうしてください。
また、それをアナウンスしたこの掲示晩のその後の変化も見ものです。
いろいろきいてるからねえ、はまださんについては。http://bbs2.nazca.co.jp/cgi-bin/bbs-c/bbs.cgi?id=nohoho&start=1
>その日の札幌は寒かったですか?
うーん。私も同じようなことを考えて一所懸命、記憶(俺の専門だ)をあれこれたぐってみたり、
日記をひっくり返してみたりしたんですがね。どうも出てこない。
この上は不時のフラッシュバックでも待つしかない。
いまのところ、1977年てのがいちばん確からしいです。しかし、1976年でなかった
という確証もないです。ただ:
> '75年でもなく、ベトナムが侵行した '79でもない
これは確実。この時系列はしっかり憶えてます。
私はけっこう日記に時事的なことを書くほうなんですが、このときは学問的に危機を迎えてたり、
恋愛が深刻だったり、実家が破産したり多事多難だった上、「ロッキード事件」の報道の
あほらしさに立腹してたりして、ことさらそういう記事を避けていたようです。
パチンコ母の今後を考えていたら、かつての自分の失敗が思い出されたので書きました。
馬鹿野郎が腐れパチンコ女がてめえが死ねゴミくずが!
1977年ですか、とても参考になりました。
プノンペン陥落直後の '75年でもなく、ベトナムが侵行した '79でもないのですね。
'77年というと、ちょうどちょむすきがカンボジアに関する三冊の本を書評した年です。
とくにポンショーの本を「真剣で読むに値する著作」と評価して、マスコミでの誤った
評価、とくにラクチュールが根拠もなく引用を装って200万人が虐殺されたといった
(しかも、はじめ150万といったのにあとで200万にすげかえた)ことに端を発する
いいかげんな数字が流布していることを批判した書評です。
http://www.zmag.org/chomsky/articles/7706-distortions.html
ポンショーは、ほぼ鎖国状態だった当時カンボジアに居たフランス人の神父です。
Zmag.org の Michael Albert によると、歴史家の研究で後にわかったことからすれば、
ポルポトの残虐がきわまるのは、おもにこの書評が書かれた後のことだそうです。
http://www.zmag.org/ZMag/articles/albertnov97.htm
ところでものりんさん、その日の札幌は寒かったですか?
もしなにか思い出すことがあれば、おしえてください。
時系列は無視できません、宜しくお願いします。
ぶろこり
わらってたぶろこり
でも
あおむしくんは
とぶんだよね
だから
だらか
あおむしくん
とんでね
とんで
ぼくのみみに
とまってね
できれば
みぎみみに
ひだりは
かゆいから
>その「第一報」というのは何年のことか憶えてらっしゃいますか?
1977年だったと思います。「思います」というのは、記録していないからなのですが、
私自身の生活歴とつき合わせると、そういう答えになります。というわけで、月までは
ご勘弁。
そのかわり、場所は正確に答えられる。札幌です。
>ただし、の文脈はまた違う
これは
「ただし、アカデミズムの文脈はまた違う」
と入れたんですがね、なぜか飛んじゃいました。何でだろう?
ワタシがいくつか下で書いたことはキリンさんのワタクシにきをつかってくださった
ご発言には関わることではなく、他者を、それが誰であれ何者であれ、「半可通」などと
呼んで憚らない人物に向けられたものです。
ことは言語に関することであるゆえ、人間であってなおそれに無関係な人はいない。
誰が何を言ってもいい。ただし、の文脈はまた違う、ということです。
みんなが包丁を使いますが、刃物師の世界ではまた違うジャーゴンや評価があるのと同じこと。
誰でも心臓がありますが、心臓外科医の世界と一般では認識が違うということ。それだけです。
#不幸にも発話不能な状態にある方も、古典的言語論で言うところの「内言」はあると
ワタシは思っていると付け加えておきます。
ものりんさま、その「第一報」というのは何年のことか憶えてらっしゃいますか?
できれば、何月頃かまで分かれば、教えていただきたくおもいます。
ぼくのぶろこりがムシくんに、ああんああん。
ぼくのぶろこりはいいぶろこりだったのに。
ぶろこりぶろこりぶろこればぶろこるときぶろころうああんああん
ああんああん。
顕著ですが、時代の知見の限界や思考の枠組みの制約に囲まれながらもそれを押し広げようとする
試みに関わる以上「亡命者」であることは避けられないのではないでしょうか。
思考の対象が自然科学ではなく、社会科学の分野になると、これはもう真にサイードの言う
意味での「亡命者」で無ければただの御用評論家だ。何らかの体制や権力に奉仕する番犬
になるか、はたまた利権のために立ち回るか。どんな人生も根本的に選び取るのは自由だから
その選択については何も言いませんが、そうではない人間の邪魔は本当に迷惑。しかしここで
迷惑と言ったところで定義上無効かもしれない。迷惑な人生を彼らは自由に選択したのであって、
それ自体を妨げるべきではないから。言論の封殺や改竄、さまざまな醜態を、彼らはやるかもしれないが、
こちらはやらない。少なくとも意識して行わない。そうありたいと思いつつ難しい局面が
あるのは確かですが、その醜態の生起を最小限に抑えたい。
常に常に他人の書く物を性悪説で読んでいかなければならないのは悲しいなあ。
文脈から外れるかも知れませんが、「universal」という原則を立ててものを
考える、というのは、自分が当面身を置いている共同体のよって立つ基盤から
離れて一段高いレベルを想定する、ということだから、これを「亡命」と
呼んでもいいような気がします。(とするとprincipleはアジールでしょうか?)
↑はもちろん冗談として読んでいただきたいですけど、冗談、というか連想ついでに。
↑の意味で「亡命」を考えてみると、フッサールなんかやはり「亡命」してたんじゃないか
と思ったりします。彼は「意識の構造の解明」が一生のテーマで、万人が共通に持っている
「意識」を原点におき、意識内で事物や他人が構成されるやり方が記述できれば、哲学上の
認識論の諸問題が解決するのみならず、我々が互いに了解しあって生活を営むのに
必要な諸条件も明らかになって、他民族、他の文化を理解できる、と考えた。
いささか教科書的に乱暴にまとめてしまいましたが、こういう姿勢はチョムスキーと
共通するものこそあれ、対立させられるものではない。
思弁哲学と言語学は違うとか、フッサールは主に内観に頼って科学的方法という
視点は取り得なかったとか、理論的なことを言えば互いに対比させられるような
ものでないことは承知のうえですが、cartesienを標榜する人々(フッサールは
他我理解をテーマに「デカルト的省察」を書いています)はどうしても
亡命者たるべく運命づけられるのじゃ、と思ってしまいます。
またまたフランス語話。
>天気なんかの場合
フランス語だと英語と同じく
形式主語+三人称単数 で、
Il est beau temps. (it is fine)
になりますね。フランス語の三人称代名詞には男性、女性があるけど、
こういう純粋に形式だけの主語のときは男性を用います。
>再帰動詞
はフランス語でもあって、用法はほとんどスペイン語と同じではないかな、
と推測するのですが、私自身は使い方に自信がもてなかったので、定型表現
以外には使わなかった記憶があります。be動詞+過去分詞の受動態でも言える言い方なら
そちらを使いました。
non-nativeでも用法がわかりやすいのは、
1 熟語化した定型表現
英語の be interested in、 be pleased withに当たる se interesser deとか se plaisir a
2 英語だとeach otherを使う表現。ここでは日本語で「私たち○○しあってる」「(一般的に人は)お互いに○○する」に当たる言い方で前述のOnをよく使います。例えば、
On s'aime(愛し合っている)
On s'aide(助け合う)
3 英語だと再帰代名詞のselfを使う場合
Il s'aime(He loves himself)
その他細かい言い回しについては、「こういう表現」として覚えてしまうか、別の
言い方を探すかでしたね。こういう自国語と対応させにくい現象の理解について、
読むレベルではともかく会話になるとさっと出てこないとこから、自分の語学的
才能のなさを痛感しました。
ですが、わたくしであれ誰であれ、立場やなんかに言及しなければならなくなった状況とは
貧しいものであると思います。
仮にわたすぃが漁業に従事しながらシケのときは言語学書を楽しんで読む人物だったと
しましょう。それがファクトとロジックに何か関係があると思う人がいるんでしょうか。
情けない。他人事ながら本当に情けない。
ものりんさんが言ってくださったので気が楽になったのですが、パーソナルなサイトで
自分が面白いと思うことを並列に書いてるわけで、そこには、なんというのかな、
絶対に遊びが入るし、キャラクター上の演技もやるわけです。その方が自分が面白いから。
そしてこれにはまたトンデモさんに関わるときの実利もあるようで、それは、あえて
さらけ出したかっちょわるさをあげつらう彼らの特性を明らかにするってことです。
こんな稚拙な仕掛けに引っかかっちゃいけないよね。
>本職の学者さんに対して専門分野での「半可通」呼ばわりは
>相当にヤバイことだって気がつかなかったのかしら?
気がつくような人じゃないですね。もう逆上しちゃって、誰が見てるかわからん、ひょっと
したら通産省(ってまだあるんだっけ?)の幹部がみてるかもしれない・・・ってな、初歩的な
用心すらぶっ飛んじゃっていたんでしょう。
それと、池田氏はひーさんがそういう人だってことはわかってなかったと思いますね。
今はまあ、ある程度は調べただろうけど、あの人お高くとまりたがる種族だからね。
コンテンツだけみて、ヘビースモーカーで大酒のみで神経症で低俗オゲレツお笑いの
変な若いのにバトウされた、と思ったにきまってま。この辺は脅迫大先生と共通だな。
タバコも酒も神経症も低俗オゲレツお笑いも、方法的熟慮に基づいたウンターガングかも
知れない、というもう一つの可能性には全然気がついていないんですよ。
ところでポルポトですが、チョムさんの意図に「擁護」がもしいくらかでもあったとしても、
私はとても非難できないですね。というのは白状すると、私自身あの虐殺の第一報を
(書店でだったから雑誌の見出しだったと思うけど)みたとき、「でっち上げだろう」と
いうのが第一勘だったからです。
あのときはまだ、ヴェトナム戦争の記憶が鮮明だった。チョムさんのヴェトナムものを
読むと、アメリカのメディアがあれも報道していない、これも報道していないと嘆いていて、
しかもその多くは私ら普通の日本人が当時知っていたことなので、驚いてしまう。
私らは皆、アメリカが南ヴェトナムを攻撃しているのではなくて防衛しているのだ、などとは
考えていなかったし、ウェストモーランド将軍やマクナマラ長官の幕僚がリリースする
膨大な数字がすべて解放戦線の死者だなどとも考えていなかった。
メディアは「勝利は曲がり角まで来ている」という談話を垂れ流した。
アメリカはかなりな死傷者を出してでたらめな負け方をし、帰還した兵士は語った。
「死んでいるのは、みんなヴェトコンです。なぜなら死んでいるのはヴェトコンでなければ
ならないから」(そう命令された、の意味)。
サイゴンの陥落が迫ると、将軍や長官や社会学者や政治学者は、解放勢力がブラッドバスを
作り出すであろうから、アメリカは何かしなければならない、といい、実際アメリカは
講和条約を履行しないことにし、経済制裁をやった。ブラッドバスは出現しなかったが、
破壊された経済と飢餓が出現した。
それとボートピープル。アメリカのメディアでは、彼らは旧政権下で脛に傷持つお尋ねものでは
さらさらなく、解放勢力の虐待を逃れてきたたった数千人の膨大な数の善良で勇敢な
一般市民だった。ワイロ使いの名人ぞろいだった南ヴェトナムの要人たちは亡命して英雄になり、税金で生活して天寿をまっとうした。
一言で言うと、アメリカ大使館発のインドシナ関係のニュースは、もはや誰も
信用していなかったんですよ。
だからクメールルージュの虐殺ニュースを耳目にして、私も「またやってやがる」と思った。
しかし私らはまたしてもチョム先生より運が良かった。私の友人のひとりの昆虫学者に
東ヨーロッパの知り合いがいて、そこのメディアが虐殺を報じていることを知らせてくれた。
冷戦の最中で、西側のメディアはカンボジアから締め出されていたけれど、東側の
ジャーナリストは国内にいた。
チョム先生自身は早くから政治活動をしていて、そのネットワークや、教会関係者から
情報を受けることができたでしょう。それでも彼の聴衆はアメリカのメディアの圧倒的な
デタラメ報道にさらされて懐疑的にもシニカルにもなっているし、彼自身もそこから完全に
自由だったとは考えにくい。
だから「半信半疑」だったんじゃないかな、と思うのです。
そこへ持ってきて支配層は性懲りもなくまたちょっかいを出そうとする。出すとすれば
部隊は派遣できないからどうせまた特殊工作と爆撃でしょう。これをなんとか止めねば
ならん。しかも疑わしいことは疑わしいと書きつつ・・・その仕事を、彼は精一杯やったと
思いますよ。
「半可通」でもなんでも私の内面と関係のない呼び方は好きにやってくれればいいんです。
結果的に彼はその半可通にこてんぱんにやられて、しかも逃げるようにリンクを消した。
こちらが取り立てて何もしなくても勝手に自滅してくださるではないですか。便利な存在だなあ。
