ヨルタモリ続き
「笑っていいとも」のタモリは見ていて痛々しかった。「ミュージックステーション」でもそうなのだが、タモリの密室芸の歴史を知らない若い層にはタモリは人畜無害の笑えないおじいさんだろう。しかしだ!(とここでPCのディスプレイをぶち壊し、泣きながら修理して続きを書く)「ヨルタモリ」におけるタモリの自由さを見よ。宮沢りえさんが上手にあしらってくれるのも大きいのだが、ここでのゲストや常連さんたちはタモリを立てるのだ。すると調子に乗ったタモリが走る走る。収録にどのぐらいの時間をかけるのか知らないが、現場で全て見てみたい。能町みね子さんの友達として出てきた市川沙耶さんの美貌にはやられた。きれいだなあ、あの人。中村雅俊さんの娘さんもいいな。側室に置きたい。
1時間番組にするとタモリの体力が心配だから30分で再開して欲しい。目黒区八雲のタモリの家に「Dcupをバカにするな」と投函したのもいい思い出だ。その頃つきあっていた女の子が八雲に住んでいて、Dcupだったのだが、前日の放送で「ちょうどいいCcup,行き過ぎのDcup」と言っていたのだった。一回タモリの家で飯が食いたい。素人が押しかけていっても入れてくれそうな雰囲気がタモリにはある。地下室で蘊蓄を聞きながらジャズを聴きたい。 システムをLinux Mintにしたら、ウィンドウズのアプリがLinux上で走るユーティリティがあった。wineというやつだ。これがお利口で、PlayOnLinuxというプラットフォームと組み合わせると、確かに走る。しかし、リーダーズ英和が一見入ったようで検索ができなくなっていた。それで今慌ててWindows 10を入れて みたんだが、なかなかやるじゃん、10.デスクトップにコンピュータが出せないが、何かやり方があるのかな?後日談。やり方はあった。 新しもの好きのワタクシはついwin10をインストールしてしまった。二晩使い方を研究したが、ダメだ、このOS。前から入っていた重要なファイルを削除してくれてやがんの。Linux Mintのチャットルームでそのことを報告したら、知り合いが本一冊書いていた分をイレイスされたとか、あれはモバイル用のOSだとか悪評ぷんぷんであった。あんな中途半端な状態で市場に無料で流すようなことして、結局MSはバグ取りをユーザーにさせたわけだ。ひどい話だ。 今はウィンドウズ7とLinux Mint半々ぐらいで使っている。MintにはJavaコンパイラがあるので練習している。プロログやLISPのコンパイラまである。すべてただだ。ありがたいなあ。 2015/10/09 2015/10/16 Youtubeなどで海外の動画を見る。そのたびにUGなしでは言語獲得なんて無理だと思う。世界には6千を超える言語があるが、当該の言語環境に育ってこそその言語が使用可能になる。こんなのはるか昔に否定された行動主義ではどうしようもない。ニューラルネットワークで獲得できるとする人もいるが、それがたどり着けるのはせいぜい音韻までだろう。何らかの核となる文法、音韻、意味の装置が揃っていなくてはとても幼児が短期に母語を獲得することは無理だろう。特に意味論でカテゴリーや心身モデルのひな型を持っていなくてはどうにもなるまい。子供が生まれつき持っている認知能力なしでは言語獲得は無理だ。
たとえばワタクシの長男は2歳の時には「だっこ」のことを「正しくも」声門閉鎖音を伴った「あっこ」と発音していたが、これなどは人間の言語音に可能な音が最初から分かっているとしか思えなかった。最初の発話は「ぴゃぴゃ」だった。パパのことだ。保育園に迎えに行ったワタクシを見て「ぴゃぴゃ」と叫んでくださったのだが、ワタクシは嬉しくて「ぴゃぴゃなの〜?」と問い返した。抱きかかえるとその重みが嬉しかった。以前つきあっていた女の子が「ともみ」という名だったが、この子は幼い頃自分のことを「おもみ」と言っていたそうだ。これもたぶん声門閉鎖音を伴っていたことだろう。/t/や/d/の音は声門閉鎖音と間違いやすいらしい。同様に、可能な語彙範疇も決まっていないと「あっこ」を動詞として使ったニテさんの発話が分からなくなる。「あっこあっこ」と言うことで、「だっこして」という意思を伝えたのだ。たいしたもんだ。人間の子供ってすごいなあ。学部生の時にドイツ人の教師が、「私はあなたより長く日本語環境にいるが、それでもあなたの方が日本語がうまい。ここに言語獲得の謎があると思うよ」と言っていた。まさに。第一言語の理解の深さというのは計り知れない。スウェーデン語を勉強して一年になるのだが、ウェブでスウェーデンの動画を見ると絶望感に襲われる。ちっとも分からないのだ。ちっともというのは言い過ぎで、少しは分かる。でも90パーセントは分からないな。ドイツ語が50パーセント、フランス語が70パーセント、英語が95パーセントだ。TOEICで920点取っていてもこの始末。毎日Youtubeで英語の動画を見て耳が退化しないようにしているのだが。フランス語をもっとやる必要がある。ドイツ語はいいや。行けば覚える。次はロシア語がやりたい。今ロシア語のYoutubeを見ているのだが、こんなに訳ワカランもんが7歳のロシアの子供にはわかるのだ。なんてこった。母語獲得のための装置は文法が成立すると消えるらしいが、さもありなむ。脳にそんな装置をいつまでも置いておくとコストがすごいだろうからな。そこでだ!スピードラーニングや「3分間で英語が聞き取れる」のようなサギ商法がなくならないのはなぜだ!聞き流すだけで外語が習得できてたまるか。この手の商売でよく聞く文句が、「子供はただ聞いているだけ、文法や単語の暗記はしません」というやつだが、条件が違うのだよ、子供の母語獲得と大人の外語習得では。子供は「ただ聞いている」だけで無く、「使って」いるのだ。ここで「使う」の意味を誤解しないで欲しい。発話の事ではない。理解や獲得を指す。受動的なだけではなく、能動的に言語獲得しているのだ。それに子供はまだLADを持っている。Language Acquisition Deviceだ。この機能は大人になると消えてしまう。大体7〜8歳が限度らしい。猫の目を生後数週間ふさぐと視覚野が発達せず、その後目のふたを外しても物が見えなくなる。人間の言語野も臨界期を過ぎると獲得ができなくなるのだ。すさまじい獲得能力だと思うのは、たとえば日本語の謙譲語、敬語、普通の話法は厳密に言って、つまりフォーマルには「違う言語」だ。これらを一挙に学んでしまう能力は素晴らしい。なんでこんなことができるのかがまず不思議だ。でもいとも簡単に人間はそれをやってしまう。知的に発達障害があってもこれは変わらない。数学や理科が、そして「国語」が全くできない子でも母語は確実に獲得する。いわゆる知的能力と言語獲得能力に関係はないのだ。やはり生物学的決定論をとるしかあるまい。では数学の能力、いわゆる数覚はどこから来るのか。チョムスキーはマナグアレクチャーの質疑応答で、この問いにこう答えている。数学には代数と幾何があるが、幾何は視覚野、代数は言語野の反映であると。もっとも最近の研究では数学専用回路が言語野とは違う場所に見つかっているらしいが。ワタクシは「社会」すら遺伝的に決定された概念であると思っている。と言うのは、人間が一度に認識できる人数が150人前後だと脳による制約がかかっているらしいからだ。社会学はいつか認知系に吸収されるだろう。人間が社会的生物だというのは遺伝的決定論の予測するところになるはずだ。
2015/11/13 今スウェーデン語を勉強し始めてちょうど一年になるが、単語がだいたい1500語に達した。簡単な会話なら何とかなるレベルだ。しかしまだ耳がついて行かない。それから、ドイツ語とフランス語をもっと極めたい。ミヒャエル・エンデやサン・テグジュペリが普通に読めるようになりたい(サン・テグジュペリが「名前」のくせにリエゾンしているのを知った時は驚いたなあ)。フランス語が一番できたのは大学院入試の頃だ。ソシュールの『講義』の学生ノート版が楽に読めていた。バイイとセシエが編集する前の学生たち7人分のノートが出版されているのだ。まあもっとも、内容が言語学なので、だいたいのスキーマが分かっていたから読めたというのが大きい。来年はロシア語に手を出す予定だ。あのキリル文字が読めたらかなりかっこいい。それにワタクシはロシアの女の子が好きなのだ。以前ナターシャという娘とつきあったことがあって、彼女は日本語を解さず、英語もあまりできなかったのでコミュニケーションはボディ・ランゲージだった。はっきり言ってセックスですね。ダンス教師の資格を持っているだけあってすばらしい体だった。またロシア娘とつきあいたい。動機は不純な方がいいのだ。フランス語も同じ目的でもっとがんばろう。ドイツ語はどうかな?ドイツ娘にもかわいい子はいるのかな。イタリア人のヴァネッサもよかったな。東京の偉いところは、居ながらにして世界中の女の子とつきあえるところだ。腕立て伏せを毎日500回やって体を締めてからまた世界に挑もう。 酒を飲まなくなって10年ほどになる。途中何度かスリップしたが、連続飲酒に陥ることはなかった。ただし、だ、ワタクシは適量でやめるということができない。飲めば酩酊するまで飲んでしまう。キャバクラを2,3軒はしごしていい加減酔っ払い、ビールを3リットルほど買い込み、ビジネスホテルでべろんべろんになるまで飲む。一番ひどく飲んでいた頃は、深夜の歌舞伎町で飲み過ぎて路上に倒れ込み、「歌舞伎町の何でも屋さん」が「金貸しましょうか?」と話しかけてきたりした。聞けばトサン、すなわち10日で3割の金貸しだった。同時にマリファナもやって、胃に血液が急に集まったものだから貧血を起こし、またもや路上で動けなくなったこともあった。これは深夜の田舎の路上だったので、暗いカーブをクルマがやってきたら死んでいる。一番やばかったのは、酒とハッパが決まった状態で某駅前を歩いていて、電柱に抱きついて「おまえもがんばってるんだなあ」と電柱をハゲマシタときに警官に不審尋問されたときだ。身体検査をされたらアウトだった。友人3人と一緒だったが、みんなハッパが決まっていたし、問題のブツもポケットに入っていたのだ。 どうしてワタクシは適量を飲んでおさめることが出来ないのだろう。たとえば居酒屋でほろ酔いになってそのまま店を出、電車に乗って帰るということが出来ないのだ。必ず酩酊するまで飲む。これは酒を覚えた最初の頃からそうだった。ワタクシは飲む前からアル中だったのだ。アル中に「なった」のではなく、アル中「である」存在だったのだ。連続飲酒がひどかったときはγーGTPが1900まで行った。GOTに至っては28800である。ほとんど死人だ。血漿交換というやつで全身の血液を入れ替えて何とか生き返った。劇症肝炎で肝性昏睡5度というひどい状態で、もう死んでも仕方が無いところだったのだ。思えば学部学生の頃から飲み方がおかしかった。一人で夜中に何度もコンビニまで行き、ビールを買い足し、酩酊を味わった。現実の「とげ」が痛かったのだ。先天的なものか後天的なものかは分からないが、ワタクシには現実がとげだらけなのだ。生きていると痛いことだらけだ。ただ自分でいることすら苦しいことがある。もっと違う場所へ、違う存在として逃げたいという気持ちが常にある。わしゃピーターパンかい。 2015/10/26 そんなことは些末なこと。ワタクシは自分の中に人種差別があることに気がついて愕然としているのだ。『ダーリンは外国人』というマンガを図書館から借りてきた。読んでいるうちに、「ダーリン」がもし白人じゃなかったらこのマンガのヒットはあったのかな、と考えている自分に気がついたのだ。恐ろしや。コマーシャルで何の意味も無く白人様が使われると、むしゃくしゃするワタクシがだ。黒人様やアジア人様をもっと使えと常日頃思うし、なんで日本人じゃいかんのだ、と憤慨するワタクシがだ。今日は条例娘と性行為をしたのでちんちんがひりひりするワタクシがだ。「家の隣に引っ越してきてもらいたい外国人」という設定で考えてみると、謙虚な白人が一番で、うるさい中国人とかはそれよりずっと下、マサイ族になるともう想像もつかない。ニューヨークのダウンタウンでラジカセ担いで踊っている黒人は勘弁して欲しい。肌の色はひとまず置くとして、教養のある人であって欲しい。地域社会に溶け込みたがっている人であるとなおよし。難民はちょっと困る、などといった「ワタクシの中の人種差別」が明らかになったのだ、この思考実験で。この縮小版で、日本国内のどこの人が隣に越してくれば嬉しいか、てのも考えられる。やっぱ西成の人は勘弁して欲しいし、ウチナンチューなんかおもしろそうだな。名古屋の方にもお引き取り願いたい。なんてこった、その言語を通じて、どれも等価であるという認識は持っているものの、使用者にはランク付けをしていたのだな、このワタクシは。京都人もできれば、なんだその、あっちね。函館の人はよし。仙台の人もよし。なんだ、自分が旅して感触の良かったところが反映しているだけじゃないか。これは俺の鏡だ。この差別意識は。詰まるところは個人の人柄なのだな。 わはは。『ダーリンは外国人』、いい言葉があった。pp122。「僕が日本語で文章を書いているとき、何語で考えているか、と聞かれることがある。答えば何語でもない。たいてい概念で考えている。で、日本語で書くとき、その概念が日本語の語彙として紙に現れてくる。その日、日本語でなく、たとえばドイツ語で書く必要があるなら、その概念がドイツ語の語彙として「生まれる」。
明日、またAAがある。その前に抗鬱剤をもらいに医者に行かなくては。AAに通っている以上飲酒はないだろう。通っていなくても9年断酒できたのだ。次はタバコだ。AAにはタバコをやめた人も多い。参考に聞く話はいっぱいあるだろう。トンさんという方にスポンサーになって欲しい。なかなか迫力のある方なのだ。大きな会社の役員をやっておられたそうだ。今通っているAAは、自活が出来ている人ばかりだ。単にやめているだけの人はいない。そこいくと京都のA医院はひどかったなあ。やめてるだけで満足して、社会復帰を考えていない親父たちの天国だった。こいつらが若い患者の女性にストーキングを働いていたんだよな。歩けるくせに身障者一級で金をもらっている卑怯者もいた。おくいクリニックはすばらしかった。あっという間にクスリが減った。睡眠薬も「必要ですか?」と問われて、「いりませんかね」と答え、実際いらなくなった。素晴らしい腕である。奥井先生、感謝しています。 だからね、現代思想君たちよ、もうソシュールとか言ってるのをやめようね。みっともないよ。かっこわるいし、頭悪いし。筒井さんにあんなの書かせたのは編集者も悪いんだよな。勉強不足のくせにいらん知恵つけて。バーカ。 今日もAAの会場に1時間早く着いてしまった。仕方ないのでテーブルのセッティングとお茶の準備をした。今日は自分の時間で小学校の時に算数の時間、教師の間違いをドンドコ指摘したことを話した。性格の悪い教師でね。体の小さかったワタクシの耳を引っ張って持ち上げたりしたものだ。そいつは同じクラスの女の子が好きで、よく触っていたなあ。下劣なやつだった。宮越(みやごえ)という名前だった。こないだ同窓会があった時も気に入りの女生徒の名前を盛んに口にしていた。この痴漢野郎は。それはそうとやっぱりモーツァルトはいいなあ。まさにloved by the Godだ。などと言いつつ、久しぶりに聴きたくなったのでベルリオーズの『幻想交響曲』に替えた。昔激しい恋に悩んでいた頃、この曲を毎日のように聴いていた。修士課程で一緒だった娘と恋をしていたのだ。何度も何度もキスをした。胸も揉みしだいた。知性美にあふれた子だった。三四回映画を見に行ってバーで飲んで、一回ラブホした。つまらないことで別れた。惜しいことをした。まさに幻想交響曲のような終わり方だった。思い出していたらつらくなってきたので『戦場のメリークリスマス』のサントラにした。何の脈絡もなく、『青い鳥』で身投げする直前の夏川結衣さんの表情が浮かんだ。やっぱり『青い鳥』アマゾンで買おう。DVDが1万5千円ぐらいだったはずだ。悲しげな表情で「ありがとう」と言ってチキウ岬から身を投げるのだ。あのドラマ、ワタクシのトラウマだわ。『戦メリ』には京都のFの思い出が詰まっている。かわいい子だった。ワタクシがお風呂に入っていると、「ご一緒していいですか」とバスタオルを体に巻いて入ってきた。全身優しく洗ってくれた。彼女とはお風呂で洗いっこするのが習慣になった。彼女も『戦メリ』は何度見たか分からないと言っていた。きれいな髪の持ち主だった。水中モニカやお風呂モニカも喜んで自分からしていた。 それにしてもアル中真っ盛りの頃って何であんなに飲んでいたんだろう?酔っている時間の方がしらふの時間より長かったのだ。ひいき目に見ても5年は飲んでいた。それも毎日欠かすことなく。なんで今やめていられるんだろう?酒に酔うのが今は嫌だ。あのどうしようもなく頭が悪くなっていく感じが嫌だ。一回だけスリップしたのだが、うまくも何ともなくて、頭にもやがかかる感じがいやだった。惜しいなと思うのは、頭に詰め込んだ様々なカクテルのレシピと潤米大吟醸の味を伴った知識だ。これはもったいないと思う。活かす方法は酒を飲まないバーテンダーになることぐらいか。でも味見一つ出来ないのだな。無駄だ。忘れてしまおう。
飲み過ぎが続いて劇症肝炎になったときは、完全に精神が壊れていた。肝性昏睡5度で、8日間目が覚めなかった。目が覚めて見たのが幻覚だ。壁のインタフォンが巨大なカブトムシに見えたし、床を虫の大群が這って向かってきた。入院のきっかけは、尋常ではない吐き気が襲ってきて、当時の妻が救急車を呼んでくれたことだ。そのまま近所の内科専門病院に運ばれたが、医師は劇症肝炎だと分かったのか、おかしな行動を取るワタクシを精神病院へ送った。自分の病院で死人を出したくなかったとしか思えない。搬送先でアル中専門の医師がいて、これは劇症肝炎だということになり、千葉大の大学病院のICUに運び込まれた。いやあ、大変だった。目が覚めたら両腕に点滴が刺さっていて、右胸には皮膚を切り開いて静脈にチューブが入っていた。これは血漿交換というやつらしかった。言ってみれば全身の血液を白血球や血小板や赤血球を除いて全て入れ替えるわけだ。これが功を奏してワタクシは生き返ったのだろう。なんと言っても致死率93パーセントからの生還だ。プロトロンビンが3パーセント。血が固まらないので肝移植も出来ない。入院中しばらくは大変だった。点滴の黄色いバッグがチーズの塊に見えて食おうとして手を伸ばしたりしていた。何週間かすると点滴では満足できなくなり、ひたすら食欲を訴えた。担当医がじゃあ軽いものから、と言って出してくれたのがコンソメスープののなり損ないのようなものだった。今ではあれはぎりぎりの措置だったんだろうと思うのだが、当時はそれではまったく満足できず胃がきゅるきゅる言って苦しかった。腎臓や腸でアンモニアが生成され、それを肝臓で分解するのだから、肝臓が大変に悪い状態にあるワタクシには口から食物を入れるのが危険だったのだ。困ったことに、あるとき動脈採血をしたら血液中に結核菌が見つかった。クスリは使えないのだ。しかしタイミング良く経口で食物がとれるようになり、肝臓も回復してきたので何とか自然に食べているだけで結核は退治できた。しばらくして病人食が他の患者と同じものになるが、まったく足りなかった。腹が減ってたまらないのだ。病院内の売店でおにぎりを買ったりしたが、まだ足りない。そこでワタクシは、夜食の手をつけないまま戻ってきて廊下の隅の配膳板に乗っている他人様の食事を三人前は食べていた。深夜である。特に魚や豆腐が食いたくてたまらなかった。そしてまた冷め切ったこの食事のうまかったことよ。体が蛋白を必要としていたのだな。この頃毎朝憂鬱だったのが、手首に垂直に針を打ち込んで行う動脈採血だった。痛いんだこれが。手首の動脈が思ったよりかなり深いところにあるのを知った。骨や筋に当たりながら針が入っていくからいやな痛みがする。あれはもう勘弁して欲しい。 さて2015/11/15が今日なのだが、明日はまたAAがある。10人にも満たない集まりだが、必ず自分の発言時間がとれるのでありがたい。京都のAAでは愚鈍に司会を任せている会場があって(特にどことは言わないが、桂会場である)、こいつが話すのが下手なくせに30分もしゃべるのだった。あれはいやだった。いやだったと言えば、食道静脈瘤が出来ていないか見るために胃カメラを飲んだのも苦しかった。麻酔が効かないのだ。30分ぐらいかけてやっと食道の下の部分までカメラが届いた。もう一つあった。血液にやたらに雑菌が見つかるので、こういう場合は心臓に菌が棲みついていることが多いらしく、食道の真ん中あたりにエコーのプローブを入れて心臓の画像を撮るのもやった。これも麻酔が効かずに大変な目に遭った。酒の飲み過ぎで麻酔が効かなくなることってあるのかな?とにかくワタクシは麻酔が効かない体質らしい。 飲んでたなあ。麻起き抜けにビールを飲み、リストランテへ出かけミモザ生牡蠣グラッパ三昧、夜になるとカクテルバー。へろへろで外国人パブへ。やたらにもてた。単に言葉が通じるだけでもてるのだな。あなたが初めてコミュニケーションをとれた人よ、なんて言われたな。ロシア人の女の子がワタクシが帰るときはディープキスをしてくれたな。ははは。その子とはラブホした。あはははは。10回はしたな。凄かったです。そんな事はまあいいとして、またこの問いに戻ってくる。何であんなに飲んでいたんだろう?意味分からんわい。それが依存症というものなのだろうな。ひたすら酩酊を求め緩やかに死んでいく。いっそ潔いな。でも俺はしらふで生きる事を選んだんだよね。ニテさんとケテさんに会いたいから。今ちょっと調べたら、アル中の断酒後の断酒継続率は20パーセントだそうだ。俺やってるじゃん!俺グッジョブ!「格文法が生成文法の一種だって、笑わせるなよ(池田信夫)」ぐらい俺がんばってるなあ。 当時の奥さんの心労や苦労はただ事ではなかったはずだ。ありがとう。そしてごめん。 退院して二月経つともう飲み始めた。アル中だ。全身の倦怠感はあるし食欲もない。あああ、なんてこった。楽しみはニテさんを抱いて寝る事だけだった。ニテさんの無心な寝顔がいとおしかった。そしてまたアル中病院に入院した。みんな和気藹々としていた。仲良くなったおじさんと話していたら、まだ20代のアル中仲間が、「子供が出来れば酒はやめられるんじゃないですか」と尋ねた。俺たちはすぐに「逆に増えるんだよ」と答えた。そうなのだよ。はっきり言ってアル中は子供だから、自分が親になるプレッシャーが重いのだ。子供なんだよなあ。育ちきってないの。どこかで思い残しや愛されなかった痛みがあるから大人じゃないの。俺もアル中真っ盛りの頃に父親に電話で「切腹しろ!」と叫んだもんな。他にも「高い保険に入って死ね」とか。ひどい事を言ったもんだが、ワタクシは同じくひどい事を幼少期からずっと言われてきていたのだ。頭をたたき割ってやるだの腕をへし折るだの。俺だったら絶対にニテさんケテさんには言わない。言えるわけがない。あんなに何でもパパパパでなついてくれたかわいい子に。ケテさんだって無力な3ヶ月児だった。指をしっかり握ってくれる小さな手のかわいかった事よ。 さてそんな事を書いているうちに今日はもう2015/11/16だ。今日もAAがある。ワタクシのニックネームはβだ。京都でもこれで通していた。今3時半だからあと3時間半で始まる。ワタクシはやっぱりAAに通った方がいいんだろうな。飲酒欲求はないんだが、隙さえあればいつアルコールが忍び寄ってくるか分からない。まだまだ断酒は続く。死ぬまで。もう飲まないのだ。出来るかな?怖いなあ。そうなのだ。10年飲んでいないと言ってもいつまた飲んでしまうか分からないのだ。一回だけスリップしたときは次の日胃が気持ち悪かった。ほんのコップ二杯の水割りでだ。アルコールの耐性は明らかに下がっている。 夜十時。AAから帰ってきて一時間。今日は断酒一年の人のバースデー。なんか疲れた。少し喋りすぎた。寝よう。 ここで激怒!スリープにしていたらウィンドウズが勝手にプログラム更新で再起動して描いてた文章を消しやがった。何なんだ!40行ぐらい書いていたのに。もう書く気がしないぞ。 2015/11/18 他にもいた。edger_と名乗っていた半キチガイだ。こいつはいい年したオバハンらしかったが、人のサイトを潰すのが大好きみたいで、まあ掲示板に書く言葉の汚さと言ったら無かった。検索してこいつのサイトを発見したが、精神破綻者の書く文字列でいっぱいだった。結局こいつのサイトはワタクシがプロバイダに連絡して潰してやった。そしたらプロバイダを変えて復活して、「せっかく作ったHPを潰された」などと言っていた。こいつは荒しの癖があって、あちこちにひどい言葉を書いては得意がっていたようだ。ワタクシにかつての被害者からメールがあって、病院通いになるほど傷つけられた、とのことだった。本気で腹が立った。精神を更に破壊してやろうと思った。どうやったかというと、ま、いろいろです。ふふふ。結構壊れちまったみたいだった。 吾妻ひでおさんの『失踪日記』を今手元に置いて読みながら書いている。胃が酒を受け付けなくなる経験はワタクシもした。ビールを飲むと吐くのだ。でも心身ともにアルコールを欲しているので、何度でもチャレンジする。ワタクシがやったのはトマトジュースと混ぜてレッドアイズにして飲むというやつ。これはうまくいった。最初の何ccかが胃に入ってくれればあとは飲めるのだ。もしかしてこれを読んでおられるアル中の方、まねしないで医者に行ってください。死期が近づいていますよ。一杯レッドアイズで飲めてしまったら後は胃が麻痺するのか順調に飲めた。連続飲酒状態だ。今飲まずにいられるのが嘘のようだ。今度病院に行ったら血液検査をしてもらおう。γがいくらぐらいになってるか知りたい。 夜9時50分。AAから帰ってきた。今日は酒付き無人島の話をした。それと何かに委ねたことがあるかというのがテーマだったので、一回だけ告解室で大泣きして神に身を委ねますと言ったことを吐露した。まあワタクシはすぐに唯物論者に戻ったのだが。神が人間に関心があるなら、この世の悲惨はないはずだ。シリアの難民だって救われなければおかしい。神は死んだのだ。 父親は酒を飲みながら説教するのが好きだった。ワタクシはその時間が大変な苦痛だった。いやでいやで仕方が無かった。殺したいと思った。説教の間ワタクシは畳の目を数えたり座布団の模様を目に焼き付けたりしてひたすら耐えた。子供にアル中教育をしているようなものだ。おまえもアル中になれ、と暗示がかけられたのだ。父親は暴れたりは(ワタクシへの暴力を覗いては)しなかったが、酒は毎晩欠かさなかった。「静かなアル中」というやつだったんだろう。やたらに外面のいい男だった。ワタクシにとっては悪夢の元凶だった。京都のアル中病院では、家庭に問題がある人ばかりだった。父親からの虐待はメジャーだった。指宿のアル中病院に入った時も、やはりACがいた。この人も自殺未遂を繰り返す人だった。子供たちにも恵まれ、尊敬される仕事を持つ彼は、時々とんでもなく憂鬱になり、死にたくなると語っていた。ワタクシもそうだ。今起きていることではなくて、過去のフラッシュバックで死にたくなるのだ。人間性や人格を全否定される経験を子供の頃に繰り返ししていたら誰だってそうなる。 さっきから禁煙しているのだが、今のところ平気だ。たった3時間だが。とか言いつつ実は吸いたい。 2015/11/23 我が師匠はチョムスキーはイェスペルセンのフォーマリゼイションをしている一面があると仰っていたが、確かにraisimg predicateなんかは、イェスペルセンの影響が見える処理をしている。伝統文法というのは決してバカにできないのだ。言語実態についての記述が一番しっかりしている。イェスペルセンはどの本だったか忘れたが、ソシュールの共時態では言語実態が記述できないといっている。これはその通りだと思う。個人の言語発達の中ですら「史的」な変遷があるのだから。 イェスペルセンのCD版があったらいいだろうな。マコーレーあたりが編集してくれればありがたい。それにしても文法って不思議だ。知らぬ間に人間の中にあって、システマタイズされて無限の文を生成する。ところでイェスペルセンが現代に生きていたらいい生成文法家になっただろうな。 1.詩や小説を読んでいる時、対象は間違いなくシニフィアンだが、それを読むということは思考を読むことになるのだろうか?詩や小説から読み取れるのはイメージであって、更に言えばシニフィエの群れである。シニフィエの群れが文法によって更に意味を与えられたものだ(誤解の無いようにはっきり書いておくが、ワタクシはいわゆる「現代思想」は頭から馬鹿にしているので、「記号の戯れ」などというカッチョイイ意味でこの言葉を使うのではない。だいたいが「現代思想」とひとくくりに出来るような物たちなのだろうか?ラカンやデリダやドルゥーズたちまったく違った分野の説が)。で、シニフィエの群れが思考だとすると、これはもはや日常的な意味での言語ではない。五感やクオリア、メンタルレキシコンの中の「意味」、そして当該言語の文法が示す「意味」である。もし思考が言語なのであれば、詩や小説は直接思考を刻み込んだものであることになるが、省略による文体の工夫や推敲とはいったい何をしている作業になるのだろうか?。だいたいが詩とか俳句って思考なのか?言語はあくまでもイメージやクオリア、「意味」「事態」「現象」などが表現可能な限りにおいて、つまり必ず取りこぼしがある物として、マップされたものである。 2.チェス、将棋、囲碁などをやっている時に言語は使わない。しかしこれらを可能ならしめているのは間違いなく思考である。そこにあるのはゲームのルールと、勝利条件と、それに達するための思考だけだ。これを言語で記述したら大変なことになる。特に盤面を見ただけで数百手先まで読めるという名人の思考はとても言語化出来るものではないだろう。こういったゲームに限らず、たとえば物理学者の世界認識も、言語が思考であるというなら、もっと多くの人に理解可能な形で提示できるはずだ。 3.幼児の言語獲得。言語が思考そのものであるならば新生児は思考を持たないことになる。その定義上思考を持たない子供がどうやって「思考そのもの」である言語を獲得できるのだろうか?これだけで、証明終わり、にしたいところだ。 4.動物の思考。思考能力が無かったら盲導犬とか牧羊犬なんて不可能だし、だいたいが散歩の道すら覚えられないだろう。そして言うまでも無く犬も猫も言語を持たない。 「何語で考えてるの?」なんて素朴な発言はもういいんじゃないだろうか。21世紀ももうかなり入り込んできていることだし。なぜか読まない人にまで人気のあるソシュールが泣くよ。
・小学校低学年。友人たちがみな自転車に乗りはじめる頃、私だけ自転車をまだ持たなかったので、一日走って数人の仲間について行った。走る苦しさより、友人たちが私に気を使ってゆっくり自転車を走らせているのが分かって申し訳なかった。家へ帰って、本当の勇気を絞り出し、父にお願いした。自転車が欲しいと。父は答えた。「俺がなんでお前にそんなことをしてやらなきゃならないんだ」
・中学のころ、天文学に興味を持った私は、望遠鏡が欲しくてしかたがなかった。何ヶ月もかけて切り出し、「よし、買ってやるぞ。だがな、半分は自分で出せ。買ってやるからな」と返事された。半分。十数万円するものの半分?中学生の私にはあきらめるしかなかった。
・小学校低学年のとき、学研の『科学』だったかの付録に、スイッチを切り替えると赤と黄色のランプがつく単純な回路の「おもちゃ」がついてきた。組み立てて喜んでいる私から父はそれを取り上げると、こう言った。「赤がついたらこっちへ走ってこい。黄色がついたら向こうへ行け」父の機嫌を取りたかったし、逆らうことが何より恐ろしかったので、ランプの色が変わるたびに私は「楽しい」表情を作って庭を行ったり来たりした。父は私を見てにやにや笑っていた。
・近所の遊泳禁止になっている(事実上は子供たちの泳ぎ場だった)池で泳いだことが学校にばれてしまい、「残酷な子供」である私に間違いを指摘されつづけて私を憎んでいた理科教師が家に電話してきた。その時私は風呂に入っていたのだが、父はドアをあけ、嵐のように入ってきた。手にはベルトをもっていた。私は全裸で怒鳴られながらベルトで叩きつづけられた。目を伏せて終わるのを待つしかなかった。実はその池で泳いだ思い出は、父が穏やかな一瞬に、懐かしそうに語っていたことがあったのだが。
・ある日、父が「ゴミを捨てに行くから手伝え」という。「手伝え」という言葉が嬉しかった私は段ボール箱を車に乗せ、山中の廃棄所へ父の運転で行った。父は廃棄所に着くと、段ボールを勢いよく谷底へ投げ棄てた。箱が開いた。出てきたのは私がこづかいを節約して買い集めていた手塚治虫の『火の鳥』や、当時集中的に読んでいた小説類だった。私は抗議出来なかった。何が待っているか分かっていたし、あきらめる習慣ができていたからだ。
・父が帰宅すると、父は私を正座させて数時間にわたってちびりちびりと酒を飲みながら私に説教にもならない説教を続けた。動くことは許されなかった。時折相槌を打つことも要求された。父は私を苦しめることを「つまみ」にして飲んでいたのだ。
・姉がピアノをやりたいといい出した。一週間後には家にピアノが届いていた。あるとき私は、何が原因だったか、父に髪をつかまれてピアノに頭をたたきつけられたことがある。
・遠足から帰って、満足した気持ちで文学全集の何か当時好きだった小説を読んでいた。小学5年だったか。いきなり部屋に入ってきた父は、「今日一日遊んだんだ、机に向かってろ」と叫ぶと、10分以上にわたって私をいたぶりつづけた。投げ飛ばす、殴る、立ち上がると足払いをかける。抵抗してはいけない。時間が長くなるだけだ。それにしても、文学全集を買って、「本をよく読めよ」と言ったのは父では無かったのか。
・ほとんどまいにちのように言われた言葉。「腕をへし折ってやる」「頭をたたき割って中がどうなっているか調べてやる」「俺はお前のようなゴミのようなガキじゃなかったからな」
あれ?今昼の12時半なのだが、朝書こうとした予知夢がすっかり記憶から消えている。まあ予知夢なんて無いですがね。電波なお嬢さんたちは好きな人が多いが。なんで霊感野郎って後を絶たないのだろうか。絶対に反証不能なところで物を言い切るから、反論や批判をすることまでばかげて見えるのだ。篠田節子さんの『ロズウェルなんか知らない』の中で、村人たちが純粋に村おこしのために仕込んだUFOや霊場を見て、「もうわたし立っていられない」と反応する「霊能者」が出てくるのだが、あはははは、まさにその通り。ワタクシもアルコールが激しい頃はいろんな物が見えたり聞こえたりしていたが、なに、あんなの幻覚じゃい。あの世があったらそりゃいいだろうとは思うが、これも反証可能性皆無だもんな。早稲田の大槻さんみたいに、何でもかんでも「自分が仮定した機序」を立ててそれを否定すると言うやり方で超常現象と呼ばれるものを論駁するやり方は下手だ、とは思うが。かつて大槻さんは、文字を書いた紙を丸めて耳の穴で読む、という小学生たちの実験を、「レントゲンで撮っても分からないんだからあり得ない」と否定しておられたが、ロジックが変だ。別に子供たちがレントゲンのような仕組みで読んでいるとは誰も言っていないのだから、この否定の仕方はナンセンスだ。もちろんワタクシだって耳で読めてたまるか!とは思うけど。子供たちは純真で嘘をつかないという前提でこの「現象」を持ち出してきた秋山某は罪作りだ。子供は期待された方向で反応しがちなの。盗み読みぐらいするし、嘘だってつく。そういうまことに子供らしい行動には罪はないが、させている大人が悪い。聞けばこの秋山某氏は昔UFOに乗って金星へ行ったそうだが、是非詳しい話が聞きたいものだ。今の天文学の常識として、金星は灼熱地獄でとても行けたもんじゃないらしいが、そのあたりどう語ってくれるのかが見たい。 ワタクシが今年読んだトンデモ本に、『まもなく地球は5次元に突入します』という数年前の本があるのだが、笑わせてもらった。48万3千歳で身長4メートルの宇宙人は出てくるは、地球も含め、太陽系の惑星は全て内部が空洞になっていて、人類や宇宙人が住んでいるは、大騒ぎであった。惑星が空洞で、中は無重力にもならず、小さな太陽が燃えていると来た日にゃロケンローだぜ。そんな小さな太陽って核融合してたら危険じゃん。と言うか、そんなに小さな天体が核融合するだけの質量を持てないだろう。だいたいが惑星の内部が空洞になる仕組みが分からない。こういうことで商売をしている人たちは、みんな見たことのない虫に咬まれればいいのだ。木星の大赤斑に放り込んでやればよろしい。今ふと思いついたんだが、死刑囚には人工冬眠の実験台になるオプションを選ばせてやったらどうだろう。非人道的だと誹られるかな。どうせ死ぬんならそのくらいのことをしてもいいと思うんだが。人工冬眠が実用化された社会を描いた物では、『ブラック・ジャック』の中の一エピソードと、『2001年宇宙の旅』、それから『夏への扉』が頭に浮かぶ。小尾芙佐さんの新訳で久しぶりに読んだ『夏への扉』は絶品だった。「語り」が柔らかいのだ。『アルジャーノンに花束を』の訳も原書と照らし合わせて読むとすさまじくうまい。翻訳者って母語の方がしっかりしてないとダメだな。外語の能力は母語の能力を超えることはないのだから。日本語がめちゃくちゃで、出来ない英語を訳して笑いものになっている人もいるし。誰とは言わんが、あのアレな人です。 今PCでソニー・ロリンズのピアノを聴いているのだが、この頃の軽快なジャズもいいな。今この人たちがキーズ・ジャレットや山下洋輔、セシル・テイラーのピアノを聴いたらどう反応するだろう。新しくコルトレーンに替えたのだが、やっぱりレコードで聴いた方が風情がありそうだ。ハイレゾで出てるかなぁ。コルトレーンやっぱりいいな。楽器屋さんになってショーケースにペットを置いて、毎日見に来る黒人少年にプレゼントしたい。おおもう5時半だ。AAに出かけなければ。 AAから帰ってきた。夜9時である。今日の出席者は7人。こぢんまりしていていい。 鼻毛切りで耳の掃除をすると綿棒でも取れない耳垢がとれる、とはマリア・カラスの名言だが、それにして寒くなってきた。transformationを「変形」と訳してしまったのは誰だったのかちょっと探してみる必要があるなと思った。そんな朝です。「メビウス変換」が「メビウス変形」では違和感があるのと同じで、やっぱり変換文法でないとおかしいのだ。そんな朝です。 来年早々タイに行く計画はいきなり頓挫してしまった。仕事が詰まっていてそれどころではないのが判明したのだ。あああ、行きたいよう。あこがれの国タイ。iPod持ってるけどまったく使わないな、と関係の無い話を始めるワタクシ。 8時55分。寒かったので毛布をかぶっていたら眠ってしまいました。そんなアタイを笑っておくれ。こないだ言われたんだが、抗鬱剤は一生飲まなくてはならないらしい。なんてやっかいなんだ。寛解はしても再発率が非常に高いので、治ったとは言えないのだそうだ。家庭内での虐めでこんな事になるなんて悲しすぎる。自分に分からないことでもとにかく管理しないと気が済まない父親だったな。20年前に死んでいてくれれば一番良かったのだが。いじめるだけいじめて死んでやがんの。無責任だ。 日が差して少し寒さが和らいだ。昔圧迫骨折した腰椎が痛い。あれが拷問だったら何でも喋る。拷問と言えばワタクシが考えついたやつを一つ。昔公園に置いてあった、横に転がるドラム、中に人が入って歩けるようになっているやつ、あれを動力で歩く速度で回し、中に人を入れる。歩かないと転がってしまうのでいつ終わるか分からないハムスターの運動状態に追い込むのだ。開始した時は10分で終わるからな、と言っておいて3時間歩かせて、「まったく予測がつかない」心理状態にする。これを一日12時間もやればたいていの被疑者は吐くだろう。拷問のためではなく、処罰のためにこれを使ってもいい。たとえばオウムの麻原なんかいいな。あいつを毎日12時間歩かせるのだ。へたっても回転は止めない。これは下手すると死刑よりきついな。本人が「殺してくれ」と言うまで続ける。そこでまた独房に戻して半年とかおいて、またこの拷問を始める。その間刑務官は一切麻原と口をきかない。話しかけられても無視する。ドラムの中に照明はない。麻原は「目が見えない」のだからこれでいいのだ。麻原は傲慢で人の命を何とも思わず自分勝手な教義で信者を自由にし、好き放題やったのだ、このくらいの刑罰を死ぬまで続ければよろしい。でもこれ憲法違反なんだよな。今のようにいつ殺されるか分からない状態に置いておくのも十分に非人道的だと思うがな。池田小学校で児童を殺しまくった詫間守は死刑台を駆け上ったと聞いた。子供を殺したりしないで富士の樹海にでも行けば良かったのに。林真須美は今どうしているのかな。あいつは大阪拘置所か。寒カローニャ。 『リセット禁煙のすすめ』という本を何度目かの通読をしたら、やめられるような気がしてきた。こんなに体に悪い物に執着している自分がいやだ。半分以上税金で取られる物で奴隷化されているのもいやだ。歯が汚れるのも息が臭くなるのも服ににおいがつくのも壁が黄色くなるのもいやだ。味覚と嗅覚が鈍感になるのもいやだ。今最後の一本をもみ消した。以前は2週間ほど禁煙に成功したが、高校生がタバコを吸っていたので、一本100円で分けてもらって吸ったら一気に崩壊した。今回は「一本だけ」吸うことのないようにしたい。 禁煙宣言をしたのはつい1時間ほど前だが、もう新たにタバコを入手しているという情けなさ。これで吸わずにいられたらたいしたもんだ。BGMにアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズのモーニンを効いているのだが、スタンダードなだけであまり面白くはない。うまいんだけど、古典だな。一番好きな音楽家、バッハ、ベートーベン、モーツァルトに現代のフリージャズを聴かせたらどんな曲を作り始めるだろう?バッハは怒りそうだな。ベートーベンは負けじとアウトな演奏を始めそうだ。モーツァルトが読めない。あの方が純粋に美しいだけの音楽以外を認めるだろうか?同時代の音楽家の中で認めた人っていたのかな?大ファンなのによく知らない。 禁煙開始から4時間。とりあえず吸っていない。そこでビル・ゲイツからお祝いとして資産の1パーセントを譲渡してくれるというメールが届いた。電波が。それはそれとして、風呂に入ろうと思って浴槽にお湯を張ったのだが、いきなり入浴が面倒になってきた。間違いなく鬱の症状だ。この数日おかしいのだ。クルマを運転していて、ここで対向車線にハンドル切ったら死ねるな、なんて考えている。相手に迷惑だからやらないけど。なんか楽な死に方ないかな。いかん、ジアゼパム飲もう。 飲んで20分経ったらジアゼパムが効いてきた。酔っている状態に少し似ている。ほんの少しだけ。京都のおくいクリニックへ行きたいな。京都のアル中専門病院であるA医院は診療中の医師がタバコを吸っていた。待合の長い事よ。そして患者全員に毎日点滴を打っていた。あれは何の意味があったんだろう?土山にパンツを脱がされるよりはましとは言え。医院の2階が騒がしかったなあ。ただやめているだけが目標のおっさんたち。声がでかいんだ。和歌山のアル中病院に入った時も院内がうるさかったなあ。ワタクシの目の前に置いたタバコを、当然のように一本取って吸うやつとか、大部屋でずっと躁状態で騒いでいるやつとか。土地柄もあったのか、和歌山の病院は印象最悪だ。断酒会も嫌いだ。本名を名乗れとか、住所を明らかにしろとか、縦社会だし、無理です。今通っているAAは平等でいい。昨日のAAでは、ワタクシが喋る番になって、「13ステップを3階やりました」と言ったら笑いが漏れた。AAには回復のプログラムとして12のステップがあるのだが、13ステップとは男女関係のことだ。ああ、禁煙5時間目だ。なぜか吸いたくならない。「リセット禁煙」が効いているのだろう。「たばこの害を説いてやめさせる」のではなく、「吸いたい気持ち自体をなくす」やり方だ。 ジアゼパムが効いたようで、何とか風呂に入れた。鬱の時って外出はおろか歯磨きやひげそりすら面倒だもんね。夜の抗鬱剤をもう飲んでおこうかな。どうにもヘビーだ。ということで、SSRIとジアゼパムを飲んだ。なんでこんなに不安なんだろう?タバコ吸ってないからか?じゃあ今の状態は離脱か?とすると、これを乗り切れば禁煙が出来るということか?だといいな。ちょっと仕事を中断して、『宇宙の戦士』を読もう。ハインラインがとことん右の人だと分かる本だ。映画との違いは、戦闘服がまったく別物であると言うところかな。原作ではほとんど小さなガンダムなのだが、映画では現代の戦闘服とそう変わらない。 もう夕方4時8分である。禁煙7時間だ。これは行けるかもしれない。頼む、うまくいってくれ。 5時7分。今日二度目の風呂に入った。熱くして入ったので汗がすごい。うちにサウナが欲しいな。 2015/12/02 YouTubeでジャズを聴きまくっていたら山下洋輔さんが母校の小学生たちの前で音楽の講義をなさっている。大変にわかりやすい。と思ったら次のビデオでは「ボレロ」だ。ワタクシはこれが入ったCDを持っていたんだよな。なくしちゃったけど。最初に山下さんの演奏を聴いたのは、「寿限無ツァー」をやっておられた時だ。会場であまりのアウトぶりに腰を抜かした。それまでクラシックとブリティッシュロックしか聴いたことがなかったので、寿限無のフリーさにやられたのだ。おお、次のビデオは和太鼓と山下さんだ。和太鼓と言っても一つでかいのがあるやつではなく、10個ほどの大小組み合わさったドラムスだ。曲目はやはりボレロ。とてもそうは思えないほどにインプロビリまくっている。 二度目の離婚をした時にCDを大量に失った。ロック、クラシック、ジャズがそろっていたのにな。もったいないことをした。音楽心理学という分野があるのは、山下さんの本で知った。確か糸井重里さんの「人間が想像できる一番高い音」はどんな物か、と言う疑問を褒めておられたのだ。ワタクシは聞こえない音は想像できないと考える。メンタルリプリゼンテーションに乗らないだろうからだ。世界はただあるのではなく、認知されて初めてヒトにとって意味を持ち始めるのだ。おお、言い過ぎか?これは視覚モジュールがとらえきれない電磁波を見ることが出来ないのとパラレルだ。そういえばヴァン・ヴォクトの『スラン』には目の病気で可視光は見えないが、その上のレンジの電磁波が見える女が出てきたっけ。SFは一つ「道具」を持ち込むと世界が輝きだしていいな。『虎よ!虎よ!』のブルージョウントとかね。 山下さんはピアノもすごいが、知的な人だ。英語とドイツ語を話し、自分のご先祖のことを綿密に調べ、非常にわかりやすい文体で小説にしてしまわれる。『ドバラダ門』は大傑作だ。それだけじゃなく、山下さんのエッセイは実に読みでがある。大変な才能だ。山下さん作曲のバイオリンとの協奏曲が入ったCDがあるのだが、この作曲家としても凄いところがいい。あれは現代音楽の名曲だと思う。 全然関係ないが、禁煙はまだ続いている。吸いたくもならない。不思議だ。 今またキース・ジャレットを聴いているのだが、この人タッチは本当に柔らかいな。山下洋輔さんの後に聴くとはっきり違いが分かる。 夜になってソニー・ロリンズを聴いている。かっこいいなあ。サックスってやっぱりピアノと同じぐらいかっこいい。もう2時間以上ロリンズを聴いている。サックスの音はいいのだが、曲が古い。スタイルも古い。ファンにはそれがたまらんのだろうが。 2015/12/04 2015/12/05 板谷さんは若い頃シンナーをやっていたそうだが、深くははまっていなかったのだろう。深くはまっていたら今まともな文が書けないだろうから。板谷さんの家族は書いているとおり読めば気違い一家だ。実情はまた違うだろう。違うと思いたい。違うと言ってくれ。 デリダのアホがエクリとパロールを別けて、パロールを話し言葉にしているが、『講義』は読んだのかな。めちゃ怪しい。文芸評論家がなぜ「思想家」になるのか意味が分からない。フランスからの輸入品には日本人は弱いのかな。原書で読んでごらんよ、ラカンもデリダもめちゃくちゃだから。、いわゆるポスト・モダンは流行り物で終わった。そりゃそうだ、あんなに体系をなさないんだから。ニューアカなんて言ってた人たち今どうしてるのかな?一番怪しかった栗本慎一郎は消えたし、浅田彰なんかなにやってるんだ?中沢新一に至ってはオウムの責任がある。『チベットのモーツァルト』は頭から玉が出たとか、単にドラッグが決まっていて体験したことのてんこ盛りだ。詐欺師だ。オウムについて言えば島田某もひどい物がある。サティアンを見てサリン工場だと気がつかなかったのだ。バカである。 困った人たちと言えば他には、「田中克彦が正しくないと困る」人たちがいた。どれだけ丁寧に田中が嘘をついているかを説明しても受け入れようとしない。社会系の人間はそれが顕著だった。岸というバカが一番ひどかった。「あれだけの人だから嘘もつく」とめちゃくちゃな事を言い始めた。田中の本は読んだが、チョムスキーの物は読まないまま語るのだ。欠席裁判だ。だいたいが社会学ってサイエンスになるのか?「元が集合を語る」ジレンマに陥ることはないのか?一応観察対象から研究者の目を離して、メタな見方をするのだろうが、どうしても介入してしまうではないか。だいたいが「社会」って実在しているのか?などと近所の猫を抱き上げたら手ひどく引っかかれて猫使いとして恥ずかしい午後である。 2015/12/22 爆笑問題と田中克彦の対談本をちょっとだけ読んだが、うーん。太田、きわめて日芸的。頭はそう悪くないんだけど、アカデミズムコンプレックスが肥大している。田中克彦さんの発言はもういちいち取り合っていられない。ひどい、とだけ言っておこう。素人同士の対談みたいだ。あ、実際そうなのか。あはは。まいいか。アマチュアリズムの世界に口を出しても仕方があるまい。一言言うとしたら、田中さんは言語学をやるには数学的思考能力に欠けすぎる。もっとリジッドで論理の立った分析なり推論なりが出来ないとやっていけないですよ。サブカルチャーで頑張ってくれ。2015/12/31追記:田中さん、/k/を一番奥の音だと言っているが、呆れる。フランス語の/r/やアラビア語の/x/(長い方のxね)や声門の音はどうするんだ?無知蒙昧きわまれり。 サブカルチャーと言えばJICC出版、今の宝島社だが、『現代思想・入門』という本があって、あれはひどかったなあ。景色が浮かぶのだよね。安いライターたちが一室に集まって、いろんな分野の解説書や入門書を斜め読みしながら原稿を書いている景色が。「そう、チョムスキーは無類の論争好きなのだ」という一節があって呆れた。彼は常にエッジにいるから、コントラバーシャルな議論が沸き起こると言うだけで、論争が好きなわけではないよ。そんな事言い始めたらどの科学分野の先端にいる人も「論争好き」になってしまうではないか。ここ10年ぐらいは宝島も面白い本を出すようになったから、編集に変化があったのかな?カシコぶりっこが退職したとか。でもまだ編集者の前書きが鼻につくんだけどね。小林よしのりを読むか、宝島を読むか、それとも本多勝一を読むかで中学生の数年間の脳内地図はだいぶ揺さぶられるんだろうな。どっちにしろ片っぽだけ読んでる中学生っておぞましいけどね。『中国の旅』と『戦争論』を併せて読んでいる中学生がいたらたいしたもんだと思う。いねえか?従軍慰安婦については、個人的には、「強制連行」は仮になかったとしても、限りなく強制に近い圧力はあったと思う。もし無かったとしても、市民に対する暴行や強姦はあっただろう。「どこの軍隊もやっている」という人もいるのだが、それは免罪符にはならない。やったかやらないかだけが問題だ。朴槿恵みたいな人はちょっとイカレテいるとは思うが。例の100人斬りについても、日本刀は続けて人を切れないという人がいるのだが、移動しながら捕虜を切っていたわけで、一度に100人切ったのではない。慰安婦だが、仮に本来の娼婦が大半だったとしても、オランダ人慰安婦なんかは違うだろう。南京の虐殺にしても、30万人も人口がなかったという意見があるが、数の問題ではない。数の論理でごまかすのは詭弁だ。そしてワタクシは731部隊の方が個人的には怖い。中国映画で石井部隊を扱った作品があったが、あれは誇張しすぎ、でも一部は正しい。作品名を忘れているのだが、冒頭でネズミの群れの中に猫を放り込んで猫が血まみれになって死んでいくシーンがあるのだが、あれはやめて欲しかった。ワタクシは猫好きなのでショッキングだった。ひたすら日帝憎しのプロパガンダ映画だったが、その目的だったらもっとリアリズムに徹しないと墓穴を掘るんじゃなかろうか。「あの映画のような事はなかった」に始まって、「あれは無かった」にまで主張を広げる人が出てくるよ。実際のところどうだった、という議論は歴史では難しいのだろうか。以前テレビで小田実さんに「いつどこで誰がやったんですか?」と言ってみれば検察に必要な立件を求めた人がいたが、そんな事言い出したら第二次世界大戦で死んだ日本人たちも、「いつどこで誰に殺された」が分からなければならなくなる。各都市への大空襲とか、広島、長崎についても同様だ。無名の市民が無名のまま死んでいって証拠が残らないのが近代戦だ。特に核で殺された人たちについて「いつどこで」なんて聞くのはナンセンスだ。特定出来なければならないのなら核による死者はない事になってしまう。きわめてナンセンス。 それはそうと、ニテさんケテさんもう冬休みに入ったんだね。元気に外で遊んでますか?あ、これはニテケテへの手紙だ。 2015/12/28
乗馬の季節
Oxford English Dictionary
乗馬の季節
普遍文法とニテさんの発話
なんだこのかっこよさは
もっと語学やろう
断酒10年
外語習得の困難さ
久々のAA前夜・自分の中の人種差別・シニフィエとシニフィアン
「タモさん」の誕生
バカたち
なにそれ?
今日もAA
酒の話
イェスペルセンをDVDにしてくで!
言語が思考ではないことのちょっとしたメモ
ゲーマーな一日・コメの話
タイに行きたい
西あるまいし、東かくのごとく
早朝覚醒の3時半に思う
AAの予知夢
F0が綺麗だ
寒くなってきましたなあ
禁煙開始
山下洋輔さんの音楽教室
女性依存
渡部昇一の怪しさ加減
キース・ジャレットの"The Survivors' Suite"
鬼よ笑え!
保険の勧誘に勝つ方法
早ゆでパスタ
誰か相原コージを何とかしてくれ
ハルカの思い出
ゲッツ板谷は面白い
『青い鳥』を韓国に輸出しよう
君にデステニー
田舎のゾク
浜田雅功のことなど
ロンリナイ・そしてデステニー
タイ語にはまりそうな予感
君にダブルチャンス
野村サチヨにラリアート
またやりやがったマイクロソフト・そんな馬鹿な事があってたまるか!
進化の途上
平成の次
ニテさんの「たいたい」
ワタクシの臨死体験
ニテさんとケテさんの事
竹脇無我
キラキラネーム
ヨルタモリ続き
タモリ対ほかの芸人プラス観覧者だったいいとも、とは違い、タモリグループと客の関係だというのも大きいだろう。そこにはスゥイング感がある。楽器がセット内に所狭しとおいてあるのもいい。ギタリストたちがすぐにつま弾き始めるのもいい。音楽に酔って踊り出す宮沢さんもきれいだ。なんてよくできた番組だったんだろう。
福山雅治さんが来たときにできた「ザ・ラークのテーマ」なんか発売してほしいようなもんだ。カップリングは「湯島音頭」で。
2015/09/30
乗馬の季節
近所に牧場が3カ所ある。一カ所は行きつけだ。犬たちがワタクシを覚えていて行くと集まってくる。ギャロップで馬場を5周ほどすると気持ちがいい。風が自然に体に当たるのだ。鉄の馬、バイクに乗りたくなるのも今の季節だ。ニテさんケテさんを前に抱いて乗せたいな。いやいや、あの子たちはもう一人で乗れる年になっているのだな(15才と13才だからまだでした)。まさしく、「時ばえは矢を好む」のだなあ。みんな車をやめて馬で仕事に行くようにしたらおもしろい。飼い葉桶や水飲み場、当然両開きのドアのバーがある。見知らぬやつが来ると絡む。6連装のリボルバーで撃ち合う。わはは、日本は終わりじゃい。男の正装ははきつぶしたブーツと汚れたジーンズ、テンガロンハット。牧場の馬たちは引退したサラブレッドだ。一頭だけポニーがいるが。近くで見ると馬というのは大きな生き物だ。それでいて大変に臆病で、なれてくれるのに時間と忍耐が必要だ。牧場の犬たちはみんなすぐに仲良くなってくれた。なつくのが早い、人にいじめられていない犬なのだ。レトリバーのキャリーがボスで、この子とお近づきになるとほかの犬も人間を認めるようになる。こないだ駄犬ビーを連れて行ったときは大変だった。ビーが一斉に5匹の犬たちに吠えられてビビりまくったのだ。うちの子駄犬だわ。
一度馬を飼ってみたい。馬中心の生活になるか、それだと。大変そうだな。犬一匹いるだけで日常に変化があるのだし。猫の場合は問題がないね。あいつら、「職業:かわいいちゃん」(西原理恵子)だからな。かつて猫って20匹は飼っているな。どれも可愛がった。思い出に残っているのがシマトラのふーちゃんだ。姉の猫で、ワタクシが1年ぶりに帰郷したとき、初対面のワタクシの布団に入り込んできた。人にいじめられていなかったんだな。
犬も猫も馬も好きだが、この中で性格が一番出るのはどれだろう?個体差が大きいのは?ううむ。どれも一緒か。可愛がって育てればどの種もいい子になる。心理学で言う「愛着」って大きいな。息子ニテさんもワタクシへの愛着はすごかった。いつでもどこでもパパパパだったなあ。そしてワタクシからニテさんへの愛着も強かったのだ。
おお、話が馬からはなれている。自分の馬が居たら楽しかろう。馬が幸せでないと意味がないから今飼えっこないのだが。まあ財布と相談しつつ牧場に通うことにしよう。ニテケテ貯金に回すのが最初だが。
2015/09/30
Oxford English Dictionary 4.0
それでまあとにかくOEDをウィンドウズに入れたのだが、これがやはりドライブにディスクを要求するのだなあ。いちいち入れ替えるのが面倒だ。でも最高の辞書ですけどね。とここで気になって解説を読むと、完全にHDDから使えるとのことだ。そうだよな。7の時は使えたんだから。カスタマーサポートにメールしてみよう。とはいえ、研究人口が一番多い言語である英語で、数ある中一番大きい辞書なのだ。これはつまり、地上で一番克明な辞書だといえる。指導教官が、「これを使えないというのは、大工さんがかんなを使えないのと同じですよ」とことあるごとに言っておられた。イェスペルセンやOEDはそれだけinformativeなのだ。それにこの電子版のOEDで、紙版では絶対にできないのが例文検索だ。240万を超える例文から検索が効くのだ。これはすごいことだ。日本語でもこういう巨大な辞書を作るべきだ。時代、出典、用例、語源を網羅した日本語辞書があれば素晴らしいではないか。たぶん売れないし、需要もさして多いとも思えないが、こういうのは文化事業としてやるべきだ。文科省が率先してやらずにどうする。ロケットを一つ飛ばす金があったらこの事業は金を90パーセント以上余らせて成功するだろう。是非やって下され。泣きながら土下座十連発。2015/10/03:後日談。OEDに不具合の報告メールを出したら、すぐに返事が来た。できたら不具合が起きたときのスクリーンショットを送ってほしいとのことだったので添付した。またすぐに返事が来た。ありがたや。言われたとおりにやってみよう。
2015/10/03:OEDから送ってきたインストラクション通りにやったら一発でOED起動に成功。気持ちいい。ありがとうございました、担当のJemmyさん。これでいつでも世界最大の辞書にアクセスできる。いやあ、便利だなあ。うれしいっす。
2015/10/24:英語チャットでOEDを使っている話になって、どうしてウェブのOEDじゃないのかと問われ、発音があるからね、と答えたらなるほどと言われた。カナダ人がいたので、フランス語はしゃべれるかとフランス語で聞いたら、もちろんという答え。しばらくフランス語でのチャットを楽しんだ。やっぱ言語はおもしろいな。
2015/10/02
Windows10の大馬鹿野郎(なんて言っといて、実はかなりいいOSだった)
とはいえ、「やり方が悪かったんじゃないか」という懸念からもう一回素直にウィンが導くやり方でアップグレードしたがそんなに悪いOSじゃないな。Xボックスやアプリ紹介に一直線な商売上手が気に入らないが。しかしなんだかんだ言いながら使うんだろうな。いいよ、それで。どうせゲイツ様のなさること故。 言ってみれば土山が人前でパンツを脱ぐようなものだ。致し方ないのだ。
なかなか快適に10を使っている。Linuxは今週は使わなかった。Javaの練習もしていない。これはいかんので、これから久しぶりにMintを起動します。Hexchatで日本人とばれないように英語での会話を楽しむのだ。こないだはフランス語でもチャットしたら、poliglotだと言われた。読み書きはそうなんだよな。耳がついて行かないが。日本のQ&Aサイトではなかなかバカにされるような質問をしても真面目に答えてもらえるのが、Hexchatのいいところだ。ここでOS再起動。
2015/10/21
去年黒木さんややぎさんたちがSomething Greatについて話していた。ワタクシは英語表現の問題だと勘違いしてOEDで調べ、そんなの無いと書いた。でも違ったんだな。ハイヤーセルフとか神とかの話だったんだ。ワタクシは唯物論者でありながらカトリックの信徒だが、もし神に相当する存在がいるとしたら、我々人間にはわからないだろうと思う。と言うのも、人間はまだ進化の途上にあって、超えた存在は見えないからだと考えるのだ。人間知性は万能では無いと言い換えてもいい。この宇宙には我々にはわからない現象があるに違いないと思うのだ。このあたり、チョムスキーの言う「種の公理」が入っています。動物には、その種であることではじめから限界が決まっているというやつ。犬に料理はできないし、猫に数学はできない。ヒトには宇宙全体はわからない、と言う考え方。『幼年期の終わり』を思い出す。宇宙がどうなっているかはわかっても、なぜそうなっているかはわからないんではないか。ワタクシは『科学の終演』なんかは笑って読むし、エセ科学やトンデモ本を読んでは笑うのだが、笑える笑える、地球空洞説とか48万3千歳の宇宙人が出てきたりして大暴れである。最近では人類はアセンションする、しかも2012年までにと言うのに笑わせてもらった。タイトルがイカしている。『まもなく地球は5次元に移行します』である。「次元」の意味が分かっているのだろうか?地球が空洞だとしたら、中は無重力になると思うんだけどね。太陽系にあるすべての惑星が空洞になっていて、それぞれ人が住んでいるそうな。かっこいい。それから無くなりませんな、反地球。常に太陽の向こう側にあって地球からは見えないがちゃんと人が住んでいるというやつ。そんなの惑星の軌道計算でわかると思うけどねえ。惑星空洞説も、質量と軌道でそうじゃないことがわかろうに。
Something Greatに関するワタクシの結論。人類のような知的生命はいない。それ以上のものがいたらワタクシたちにはわからない。
2015/10/22
昨日は馬に乗ってきた。よく通っているので馬もワタクシを覚えてくれたようだ。馬場をギャロップで1時間。馬はお利口だ。犬かそれ以上に賢い。いつも乗っている馬は、ワタクシの姿を見るとよってきて「さあ乗ってください」の顔をする。ぽこぽこ歩くのが実に楽しそうだ。牧場では犬たちも迎えてくれる。かわいいんだこいつら。ボス犬キャリーが、ボールや木の棒をくわえて、投げてくだされ、とワタクシに渡す。投げてやると大騒ぎで拾いに行って戻ってくる。かわいいものである。この間うちの駄犬ビーを連れて行ったら5匹いる犬が一斉に吠えだして、ビーはしっぽを丸めて逃げた。情けない駄犬ビー。牧場の犬たちはみんな血統がいいのだ。大変人なつっこくてお利口だ。駄犬ビーは雑種だ。頭も賢くない。今(朝4時15分)ボイラーに着火するついでにビーをなでてきたのだが、エサがもらえると思ったらしく容器に向かって走り寄った。今日あたりまた馬に乗りに行こう。自分の馬が欲しい。
普遍文法とニテさんの発話
2015/10/22
ああ、腹が立つ。ウェブ上でいろんなサイトを見ていると、「3分で英語が聞き取れる」だの「81文で英語が分かる」だののサギ商売がなくならない。近道を探しているうちに年を取るぞ。まともに勉強しろ。それしかない。短文を大量に暗記して長文を音読しろ。辞書を引く手間を厭うな。それが出来ないんだったらあきらめろ。あああああああああああああああああ、腹立つ。詐欺商法が成り立つ社会が許せん。英語が出来れば偉いのか?そう思うんなら勉強しろ。語学ぐらい面倒なものに近道はない。ひたすら繰り返せ。それしかない。詐欺師どもも引っ込め。
なんだこのかっこよさは
2015/10/22
リンクしたのはビートルズのHey Bulldogだ。ジョンの声のかっこよさは何事だ。ビートルズは完璧だな。こんなバンドはもう出てこないだろう。ポールのコード進行はいったい何だ?音楽教育はまともに受けていないはずだが(いや、少しだけ習ってるか)、なんでこんな音を思いつくんだろう。ベートーベンのエロイカの六連発の音みたいにどこから出てきたのか訳分からん。続いて出てきたI'm a loserだが、ワタクシは躁病が出て精神病院に入院していたとき(わはは)看護婦さんに惚れてこの歌詞を和訳して渡した。鉄格子のはまった個室で彼女とはディープキスをしたなあ。いい思い出だ。これもまたいいな。「涙の乗車券」などというすさまじい邦題がついているが。確かカーペンターズがカバーしてたな。ジョンの声がいいなあ。リンゴのずんどこドラムも凄いものがある。あのテクでよくビートルズがやっていられたなあ。All my loving、時代が時代だったのか、客席に見事に白人しかいない。同じ曲でもこっちになると客席に黒人の兄ちゃんがいる。時代が変わったんだな。白人の親父さんが感涙にむせんでいるのが印象的だ。若かりし頃の思い出の曲なのだろう。Please, please me音の違い、演奏の確かさ、コーラスのうまさは歴然としているのだが、ワタクシはへたっぴなビートルズバージョンのほうが好きだな。
ついでにボウイ とジョンの競演をリンクしてしまえ。二人ともうまいな。特にボウイの歌のうまさは大したもんだ。発見。ジョンのOKは/ou/ではなくて/au/に近く、口の開きが大きい。ボウイは普通だ。/ou/と発音している。同じイギリス人なのにこうも発音が違うのだ。そういえば、以前何度も見た映画、"A Prayer For The Dying"のミッキー・ロークの英語も凄かったな。アイルランド人の役だったから、激しいアイルランドなまりで演技していた。あれは最初聞き取れなかった。夕べからビートルズの曲をyoutubeで聴いているのだが、ジョンがいいのは当然として、ビートルズ時代のポールもいい曲を作っている。"For No One"とか"She's Leaving Home"なんかは感涙ものだ。Wingsになってからのポールは好きではない。やっぱりビートルズ時代のポールの方が好きだ。ジョンが聴いているというプレッシャーがあったのかな。またビートルズの全曲を揃える必要があるな。ところでこれはデヴィッド・ボウイとジョン・レノンの共演なのだが、ボウイはマイクの使い方がうまい。
もっと語学やろう
2015/10/23
ロシア語に不自由しなくなったらロシアンパブに行ってかわいい子を引っかけよう。しかしまあこうして考えると、英語、ドイツ語、フランス語、スウェーデン語、ロシア語と、メジャーな言語ばかりだな。マイナーな言語もやるべきだ。ピリピノ語。いやこれもメジャーだな。やっぱバスク語行くか。大学では7外までやったのだが、英仏独以外は忘れている。朝鮮語がつまんなかったなあ。単語を日本語と同じ順に並べるだけで、言語学的におもしろみがなかったのだ。アラビア語は文法構造が大体わかったところで興味をなくした。タイ語もいいな。亀戸のパブでタイの女の子に、"I love you, Shin"と何度も言われたのであった。まあ商売上のおべんちゃらですがね。
今Youtubeでニナ・ハーゲンがフランス人にインタビューされているのを聞いているのだが、英語もドイツ語もフランス語も大体わかるな。当然のごとく英語が一番よくわかるのだが、フランス語って最初に習っておけば英語より音がわかりやすい言語じゃなかろうか。英語はピッチの高い子音が多すぎる。イタリア語とかスペイン語はさっぱりわからないのだが、音声の聞き取りをして音声記号で書くことはできる。音を「追えない」のはやっぱりロシア語だ。子音も母音も多すぎる印象だ。ニナ・ハーゲンを聴いていると、トリルやフラップの音が気持ちいい。よし、明日からまたドイツ語とフランス語の総復習を始めよう。
2015/10/23
断酒歴10年
2015/10/24
外語習得の困難さ
ワタクシは今更言うまでも無いが(だといいな)言語学と心理学を学ぶものである。論文は英語で書く。ネイティブにチェックしてもらうのだが、とんでもなく外語は難しい。間違いだらけで戻ってくる。"a"と"the"の使い分け一つ取っても間違いまくりだ。どうして外語はこんなに難しいのだろう。会話で困ったことはほとんど無い。しかし書く段になるととんでもない間違いを犯すのだ。一言語習得に必要な時間は600時間が目安だと言われている。ただしこれは会話の場合。「難解で知られる」チョムスキーの英語、あのとてつもなくうまく構成され、構造や語彙の選択が正確な、しかしあまりにロジカルに過ぎてネイティブでも難しい英語を読み慣れているが、正直言って小説なんかになると途端に途方に暮れるのだ。今読める言語は、英語、フランス語、ドイツ語、そしてかろうじてスウェーデン語なのだが、母語である日本語に比べてなんて時間がかかるんだろう。英語そのものは大学入試の頃の方が迷わずに使えていた気がする。もっともその後自分がいかに英語が分かっていないか身に染みる経験を何度もしたのだが。学部二年の時の心理学の講義はディスカッション形式で、すべて英語だった。あの頃の方が今よりしゃべるのが得意だったように思う。明らかに今の方が語彙や文法に通じているはずなのだが。
フランス語の短文集をまた買おうと思う。以前600文の例文が載った本を持っていたのだが、誰かに貸してそのままになっている。短文を大量に覚えると会話に効くのだ。ロシア語で短文集ってあるかな。探してみよう。10分後。あんまり人気の無い言語らしくて、ウェブではいいのがなかった。まずあの文字を覚えなくちゃ。ロシア語のアルファベットをウェブで探してみよう。あったあった。33個あるんだ。よしよし、2日あれば大丈夫だ。
と言うことで今日はスウェーデン語を一日中やっていた。休憩のたびに駄犬ビーと散歩したので足が痛い。何年かぶりに柔軟体操も始めた。堅くなってる事よ。10代の頃は隣で肩を組んだ人間のあごが蹴れたのにな。まああの頃の体と今を比べるのも何だが。それはそうと、どうしてもスウェーデン語で弁別できない音がある。違いが分からないのだ。以前ロシア娘に「スパシーボ」の発音を何度も直されたのを思い出す。外語ネイティブに「花」と「鼻」が難しいようなものかな。日本語のうまいフランス人が時々/h/を忘れるようなものだとして許してもらおう。
2015/10/24
それでですな、外語習得の困難さにつけ込んで、スピードラーニングとか(2015/12/26追記:30万円するんだってさ)、3分で英語が聞き取れるとか、とんでもない詐欺商法がはびこっていますな。単語も文法も入っていない段階でいくら聞いても無駄ですって。丸暗記は馬鹿みたい、そう、確かにそう。でも記憶を馬鹿にしていては語学はどうしようもないよ。語彙が2000ぐらいあって初めて聞き流しが効いてくる。自然な早さで音読できるようになってからだとなおよし。地道な努力って必要だよ。
2015/10/29
久々のAA前夜・自分の中の人種差別・シニフィエとシニフィアン
明日10年ぶりぐらいにAAに参加する。Alcholic Anonymousだ。アル中をやめる宗教だと思えばいい。クルマで1時間ほどのところまで行く。京都にいたときのAAでは女性依存が出たので注意しなければ。ワタクシにとってはすでに鹿児島弁より東京弁の方が使いやすくなっているのだが、どちらで話そうか。東京弁だとすかしてる感じが出るんだよな。でも俺の鹿児島弁って変なんだよな。どーしよー。どーしよー。おーぱっけらまーのーぱっけらまーのーぱーおーぱーおぱっぱっぱー。theという言葉がシニフィアンで、実際のtheがシニフィエです。なんじゃそりゃー!whatという言葉がシニフィアンで、実際のwhatがシニフィエです。それも何の話じゃい!「いつ」という言葉がシニフィアンで、実際の「いつ」がシニフィエです。脳髄煮えたぎるわい!そしてそして、フランス語みたいにほとんどの疑問文がイントネーションで決まる言語では、シニフィアンはなんなんだい?イントネーションか?シニフィエは?「疑問」か??さらに凄いのを今発見した。「シニフィエ」という言葉がシニフィアンで、実際の「シニフィエ」がシニフィエです。わはははははははははははははははははははは。実際のシニフィエがシニフィエって凄いな。関数の中に関数が入っちゃってる。しかも独立変数なし。空っぽだ。だからもうやめようね。わかったふりでこれらの語彙を振り回すのは。当のソシュール自身が具象名詞しか扱っていないのだから、現代の理論としてはもう立たないのだ。たとえば、「ゆっくりと」とか、「さんざん」とか、格助詞とか、「さて」とか「無言」とかね(これちょっと凄いよな。「実際の無言がシニフィエです」なんだから。沈黙、でも同じだ)。他にもいくらでも考えられる。「彼」「今」「夜」「家」「魂」「根性」「夢」「かゆみ」「寂しげ」何でもありだ。それに、「実際の猫」と言っても猫にもいろいろある。あくまで「猫という概念」で無ければならないのだ。ソシュールは確かにたいしたもんだったが、時代が違うのだ。現代の理論がそれを超していないわけがない。心理学は数理的モデルが立たない分野だと最近勉強していてつくづく思う。グニャグニャなのだ。フロイトとソシュールを滅茶滅茶なくっつけ方をしたラカンみたいな人を崇めている方もおられるようだし。訳わかんないよ。でも包括的な教科書にはさすがにラカンは出てこないな。分かってるんだろうな、みんな。
ひゃっほう、賢いじゃん、トニー。こういうことを言って欲しいなあ、日本語の出来る外語ネイティブには。ウェブで時々見るんだよなあ、「言語すなわち思考」なんて言葉。馬鹿言っちゃイケナイよ。うちの駄犬ビーの行動を見てごらん。ちゃんと考えてるよ。散歩かなあとかご飯かなあとか遊んでくれるのかなあとか。お手をすると首筋をもんでやるものだから、頻繁にお手をするのだが、こんなのオペランド条件付けですらないぞ。ちゃんと考えていると見なした方が理解しやすい。「意識無き心理学」では一応こういう行動を条件付けで見かけの説明は出来るが、ではなぜお手を長くするときと短時間で終わらせるときがあるのか、首筋が気持ちよくなったらもうやめるのはなぜか、体のどこもかゆくないはずなのに、撫でていてほしがるのはなぜか、など、メンタルモデルを置いた方が記述がきれいな場合が多い。ネズミの水迷路実験ですら、反射や条件付けではなく、メンタルモデルで考えるのが今や普通だ。生得的かつ可塑性なしの行動をとるのは蚊やミツバチなどだろう。蚊やミツバチに生得性を認めるならヒトに認めないのはものすごくおかしい。ネズミからヒトまで、脊椎動物の生得的かつ可塑性ありの場合は心のモデルを考えざるを得まい。またソシュールだが、彼の場合は分節を恣意的なものとしているのだが、Barlin and KeyのColor termsに見るように、認知的焦点が色名語を決定しているという研究があり、しかしなんだか知らんがこの研究は専門家には前提なのだが、新書レベルでは出てこないし、現代思想君たちも語らない。clear-cutなものがいやなのかな。言語学や心理学の画期的な論文や知見って驚くほど知られていないんだな。そのくせ言語や心理を語る人は多い。どうなってるんだ?いわゆる文系の人がカシコク見えたいときに飛びつくみたいだが、理科系の知見がないと入っていけないよ。チョムスキーのLSLTなんか数学と論理学出来ないと読めないよ。あ、だから触れないのか。納得。
吾妻ひでおさんとワタクシのアル中
2015/10/30
昔から吾妻ひでおさんのファンだ。『ふたりと五人』は小学生の時に読んでいた。『不条理日記』には完全にやられた。中学生の頃だ。不気味君が好きだった。当時のSFマガジンで『勇ましいちびのトースター』という作品があったが、挿絵が吾妻さんで嬉しかった。SFマガジンと言えば山田正紀さんの『宝石泥棒』も連載されていて、大変におもしろかった。A.C.クラークの『楽園の泉』もあったんじゃないかな。今やっと人口に膾炙してきた軌道エレベーターがテーマの作品。ツゥイオルコフスキーがロケットのアイディアを出したときに宇宙旅行が夢物語だったように、軌道エレベーターもいつか実現されるだろう。自重で切れないロープの開発がキーだ。で、吾妻さんだが、めちゃめちゃにいいセンスだった。今『失踪日記』と『アル中病棟』が手元にあるが、ワタクシの経験と重なることが多く、読むAAみたいだ。今飲酒欲求はまるで無いのだが、ニコチン依存がひどい。女性依存もだ。昨日なんか覚え立てでおもしろくて仕方が無いらしい条例娘と4回してしまった。
まあそんなよしなしごとはいいとして、吾妻さんだ、この方も鬱からアル中へ走ってしまい、なんとホームレスまでやっておられる。ワタクシも鬱からアル中の一人だ。鬱にかかると現実が痛くて仕方が無い。とげが皮膚に目に耳に刺さってくる。酩酊していなければ、つまり脳に麻酔を打っていなければ耐えられないほど痛いのだ。なぜそんなことになってしまったか。吾妻さんは幼い頃のご両親の離婚と、腹ぺこだった頃の思いがあるようだが、ワタクシの場合はチャイルド・アビュースだ。もうこれは典型的と言っていいアル中の連鎖。酒を飲みながらぐちぐちと嫌みを言う父の前で正座して何時間でも座っていなければならなかったのだ。心身ともに暴力があったしな。まあいい。
吾妻さんは繊細な人だ。そうでなければあんなに柔らかい線の絵は描けないし、しみいるようなギャグも思いつかない。アル中になる人にはどこかヴァルネラビリティがある。そしてプライドもある。京都のアル中病院でいやな思いをしたことは、もう酒をやめていることだけが人生の目標になっていて、病院通い以外まったくしていない親父たちとの関係だ。奴らはもう社会復帰なんか考えていない。うるさい。声がでかい。説教くさい。馬鹿だ。スケベでもある。若い女の患者が入ってくると、ストーキングを始める。「男がおらへんから飲むんや。わしが相手したろか」なんて言ったらしい。ワタクシは2年の間に患者の中のかわいい子やきれいな子を3人お相手したので、親父たちのねたみの的だった。
アル中専門病院には4カ所入った。一カ所は院内飲酒が二度見つかり、強制退院。ここでは20歳の女の子と毎日キスした。一カ所はプログラムを異常に早く終わらせて円満退院。後の二カ所はどうだったっけ?あ、一カ所だけ思い出した。京都の大きなアル中病院だったのだが、同棲していた女の子が急な発熱で、入院した次の日から看病に戻ったら無断外出ということで、じゃあいいです、退院します、と逃げたのだった。このときは道すがら知り合った英語の出来る中国人観光客に荷物を持ってもらった。すすんで助けてくれたのだ。アル中だけでなく精神病院には何回か入っている。全部鬱だ。自傷の危険があり保護入院になったのだ。入院していなければきっと今頃生きていないだろう。抗鬱剤がなかったらきつかったな。今でも飲んでいますがね。2015/11/02また思い出した。山形の病院だ。ここではしつこい女の子に偉い目に遭った。ワタクシが逃げるように退院すると、毎日40回ぐらい携帯に着信があった。
今日は久しぶりのAAかぁ。何人ぐらい来るんだろう。なに弁でしゃべればいいかな。今度はかわいい子がいても共依存にならないようにしなきゃな。アル中の女の子にはなぜかかわいい子が多いんだよな。吾妻さんと同じAAに参加してみたい。さぞやおもしろい話が聞けるだろう。是非サインして欲しい。吾妻さん断酒15年か。凄いな。ワタクシはやっと9年だよ。しかも1回のスリップ付きだ。
2015/10/31
昨夜AAに行ってきた。久々に参加するのであった。ありがたいことに参加者は10人程度。かわいい女の子が二人いたが、患者ではなく、社会福祉士だった。ワタクシも5分ぐらいしゃべった。京都のAAでしでかしたこと。芸子さんのヒモをやっていたこと。暴力事件を起こしたこと。ニテさんケテさんにどうしても会いたいこと。等々。γーGTP1900、GOT28800という数値はさすがにショッキングだったらしい。ほかのどこでもしゃべったら危険なことをAAでは話せる。いつも後ろ暗いもんでこういう場所があるのはありがたい。
2015/11/05
シニフィエとシニフィアンでもっと面白いのはないかな
2015/11/02
まず代名詞は片っ端からアウトだな。つまり、
「『彼』という言葉がシニフィアンで、実際の『彼』がシニフィエです」
なんての。「彼、彼女、あの人、その人、この人、どの人、それ、どれ、これ、あれ、なに、どんな、こんな、そんな、等々」
正直言って、具象名詞でもだめだな。「樹木という言葉がシニフィアンで、実際の樹木がシニフィエです」
「実際の樹木」というのがもう分からない。
また、「ユニコーンという言葉がシニフィアンで、実際のユニコーンがシニフィエです」とか、「有人火星探査機と言う言葉がシニフィアンで、実際の有人火星探査機がシニフィエです」
なんてのもアウト。
「犬という言葉がシニフィアンで、実際の犬がシニフィエです」
と言っても、実際の犬というのは具体的になにを指すのか?古典的な哲学でさんざん語られた難題が蠢き始めるではないか。「存在するすべての犬」を指すのか、それともプラトン的に「理想的な犬」を指すのか。あくまでシニフィエは「概念」である。「意味」のことだ。人間の外界にあるものではない。ではシニフィアンはどうかというと、これも「音」ではない。音韻だ。人間の言語機能上の音を司る部分のことだ。どういうことかというと、かりに「音声・音」だとすると、個人個人で「同じ」語彙を発声しても音は違うのだが、音韻が同じだから分かるのだ。図を書くと、
サイン={音韻(シニフィアン)-概念(シニフィエ)}
そして、音声は音韻から神経回路をたどって発声機構に送られ、実際の音になる。これが「音声」だ。音声はまた聴覚機能とも連携している。概念は当該の意味解釈機構で処理される。この「解釈」や音声処理は時間の概念を持たない。静的な機構である。というか、はっきり言ってソシュールの頃にはまだここまでクリアカットなものじゃなかったんだよね。現代の文脈でソシュールを解釈すると、という但し書きが必要です。
で、だ。「ゆっくりと」は「ゆっくり」と「と」に分解できるが、「ゆっくり」、「と」のシニフィエは何だろう?もうこうなって来ると「指されるもの」ではどうしようもなくなる。
「私は昨日とても面白い本を買いました」
という文の各品詞をそれぞれシニフィエとシニフィアンで記述すると、まあシニフィアンは明らかなのだが、シニフィエは大変だ。実際の「私」や「は」、「昨日」などなど、いちいちどうしようもない。
モーツァルトを聴きつつ今日のAAを思い起こす
もしたった一人で温暖な無人島に流れ着き、つまり見張る人も止める人も話をする人もいないで、浜辺近くには泉も湧いていて温泉まであって食べられる木の実がたくさん生っていて、住むに快適な小屋があったとしよう。読みたい本が大量にあり、小屋の地下にはなんとまあ最高級のブランデーや特別純米大吟醸、古酒、12年もののバーボン、グラッパ、マール、当たり年のワイン、ありとあらゆるリキュールとグラス、メジャーにシェイカー、忘れちゃいけないヱビスビール、つまみにチーズやビーフジャーキー、スルメなどが飲み食いしきれないほどあった場合、ワタクシは飲まずにいられるだろうか?これはきついぞ。凄い設問だな。せめて部屋の棚にシアナマイドが十分あってくれないと困るな。きっと俺飲むなあ。まだまだだ。どんな環境にあっても飲まないようでないと。
「タモさん」の誕生
2015/11/18
タモリはいつの間にか「タモさん」と呼ばれるようになった。いつの間にかなんて言いながらワタクシは「タモさん」がいかにして生まれたかについてかなりの確信を持って記憶している。89年にダウンタウンが東京進出を狙って「笑っていいとも」のレギュラーになった。まだ全国的な知名度のないダウンタウンはペースを落とさなかった。萎縮もしていなかった。タモリがぼけると、浜田雅功は「こら!タモリ!」と怒鳴ってタモリの頭にハリセンをかました。ワタクシはそれを見て「うひょ〜」と感じ入った。凄い奴らが出てきたな、と思った。ここでタモリの素人臭さというか、空気の読めなさが露呈した。タモリは「こら!タモリ」と言われるのを本気で嫌がったのだ。ダウンタウンが出ない曜日に、「俺は先輩なんだ」と浜田を批判した。そしてある週から浜田がタモリを「タモさん」と呼ぶようになったのだ。「こら!タモさん」では弱い。これがビートたけしだったら、そういう芸風だと理解して黙って受け入れていただろうに。いやその前に浜田が「こら!たけし!」と突っ込まないかな。どうだろう?たけしだったらピコピコハンマーでたたき返すかな。
タウンダウンと言えば、ワタクシは修士課程の時に予備校でバイトしていたのだが、関西から来ている生徒に、「ダウンタウンって凄いね」と言ったら、「関西では知らない人はいません」と知らされ、さらに「松本って女好きじゃない?」と尋ねると、「わたしの友達が誘われました」と言っていた。人気と若さに任せてやりたい放題やったんだろうな。以前松本が、喫茶店に入ったらいる女が全員やった女だったと語っていた事がある。ダウンタウンはその後破竹の勢いで伸びた。特に「ごっつええかんじ」がすさまじかった。キャシー塚本、Mr.Batar、トカゲのおっさん、板尾課長、エキセントリック少年ボーイオールスターズ、オジンガーとかおかんとマー君、そしてゴレンジャイなどで、裏番組だった「天才たけしの元気が出るテレビ」を事実上つぶした。「ごっつ」が終わったのはなんとあんなに面白い番組をたかが野球の中継で飛ばしたのが原因だった。松本がキレたのだ。野球なんか専門チャンネルで流せばいいではないか。サッカーや野球やバスケやバレーは専門チャンネルを作っておけばよろしい。余談だが、私は野球マンガが大嫌いだ。中でも一番嫌いなのが水島新司のマンガだ。あの下品な描線がいやだ。特にピッチャーの股を一筆で描く手法が気持ち悪い。深めにかぶったキャップに裂け目を入れて片目が覗く表現もいやだ。ついでに書いてしまうが、高井研一郎とか北見けんいちとかも大嫌いだ。卑しいのだな、表情が。なんか媚びてるの。本宮ヒロシ(変換が面倒だからこれで良し)になるともう語る気も起きない。いやだいやだ。じゃあ好きなマンガ家はと言うと、吾妻ひでお、とりみき、いしかわじゅん、高橋留美子、吉田戦車、手塚治虫、とがしやすたか、久米田康治、西原理恵子、尾玉なみえ、萩尾望都、竹宮恵子、さくらももこ、うすた京介、いがらしみきおたちかな。みんなどんどんうまくなっていった人たちだ。とがしやすたかはうまいんだよ、あれで。ほんとだって。
野球、なあ。日本の野球への扱いは変だ。特に高校野球。高校の部活だよ?甲子園大会の時は株の出来高が下がるんだよ?なんで?気が知れない。プロになって活躍するのって毎年2,3人だよ。後は使い捨て。成長期の体をあんな偏った動きをするスポーツで壊したりしてどうするのか?相撲もそうだ。体に悪い。野球ではもう一つ応援団が嫌いだ。ブラスバンドなんかやるなよな。うるさくてかなわん。そもそもが応援団って存在自体が嫌いか。ワタクシの出身校であるJ大学は、はっきり言って右翼がまったく似合わないノンポリ大学だが、応援団があった。学ランを着てサングラスした団長が中庭で木刀の素振りをしているのを見たことがあるが、剣道初段のワタクシから見るとなっちゃあいなかった。素人の素振りってすぐ分かるんだよね。ワタクシはこの応援団長が素振りをしているところをまっすぐ歩き、眼力でどかせたことがある。K1やボクシングは好きだ。ガチだからな。絞りに絞った体のストイックさがいい。
話を「タモさん」に戻そう。タモさん、と呼びかけていいのは親しい芸人に限られている気がする。SMAPとか、たけしとか鶴瓶とか。「ヨルタモリ」でも宮沢りえさんは「タモリさん」と呼んでいたな。タモリをタモさんと呼ぶには親しさと芸人としての地位が必要なのだ。女性タレントはまた違うみたいだが。ところでタモリを「タモさん」と誰かが呼ぶときにただよう居心地の悪さは何なんだろう?たかが「リ」を省いただけなのに。何かしら親しさだけではなく、「軽んじている」感があるのだ。そう感じるのはワタクシだけであろうか?萩本欽一の「大将」、ビートたけしの「殿」に変わる呼び名はついに定着しなかった(御大、とチーママという候補があったのだが)。それから、田森さんとか多森さんとか、もともと本名が「タモリ」である人たちが間違いなくいるわけだが、やりにくいだろうな。
タモリとダウンタウンに話を戻す。あるとき「いいとも」で松本とタモリが同時にぼけ、客席が冷えた事があった。タモリの失策だった。そのとき松本は「今の俺がすべったん?」と発言したのだ。この反射神経の良さよ。松本も浜田も早い。タモリはどっちかというとアドリブは効かないし、反応も(もちろん一般人の中では飛び抜けているだろうが)そんなに早くはない。一緒にいる人の発言を工夫のないまま繰り返す事も多々ある。
上岡龍太郎が「タモリは玄人やおまへん。下手な玄人が束になってかかっていってもかなわない超超超超凄い素人です」と語っていた事があったが、あれは小林信彦さんの受け売りだ。ワタクシは上岡が引退を余儀なくされたのはこの発言がまずかったんじゃないかとすら思っている。タモリ本人が気にしなくても、テレビ業界でのタモリの大事にされ方は凄いらしいし。ま、理由は何でもいい。上岡が消えてワタクシはほっとしたのだ。島田紳助と上岡がいなくなって本当に嬉しい。この二人は関西の悪いところを煮詰めて出来ている。上岡はエセインテリだし、島田紳助はチンピラだ。
全然関係ないのだが、図書館で『世界思想』という雑誌を借りてきた。なんだこれ?易しく言える事をとんでもないペダンティズムで書く流儀か。読めますよ、読めますけどこんな言い方しなくていいんじゃないかなあ。分野特有のスタイルなのかなあ。それにしては体系をなしているようにも見えないし。謎だ。それにまだラカンなんて言っている人がいたのでびっくりした。もうやめようよう。何で精神分析の人はラカンに溺れるのか。意味が分からんよ。とりあえず『エクリ』はフランス語で読んでみたが、キチガイの書いた文章だとしか思えなかった。あんなのが通用するぐらいフランスの精神分析界は腐っているのか?たぶん行き詰まってるんだな。精神分析にはいろんな流派があるが、言語学ほどクリアカットな理論がない。この辺は問題なんだと思う。
まあいいや、あんな分野(精神分析)、でも医療の現場の心理学には敬意を持っていますがね。で、「タモさん」である。タモリ本人はこの呼び名が嬉しそうだ。仕方あるまい。これで良しとしよう。
バカたち
2015/11/19
かつてワタクシの掲示板にkaokiと名乗るバカ(わはは、サイト潰してやった、2016/01/03)が現れたことがある。とんでもないバカだった。このバカは、科学理論は「役に立たなくてはならない」と言い、経験科学の「経験」を日常解釈していた。empiricalを日常の「体験」の意味でとらえていたのだ。E=MC2だって役に立っている、というのである 。そこでワタクシがF=maはニュートンの同時代人にとってどんな役に立ったのか?と問うと、返事はなかった。このバカは職業が翻訳らしかったが、こちらの英語力を試すつもりだろう、
a bever's nest of orbits
はどういう意味か教えてクダサイ、などと書き込んだ。ああ、恥ずかしい。クダサイがカタカナなのも恥ずかしいし、この程度の構造が難しいと思っているあたりがどうにも恥ずかしい。ワタクシはめんどくさくて答えなかったのだが、本当にこれがわからなくて翻訳業なんかやっていたのだろうか?
a lot of, a cup of, a set ofと同じ構造だよ?分かんなくてどうする。
この手の表現では、
[a [lot] [of [books]]]ではなくて、
[[a lot of] books]
で、[a lot of]
が一つの形容詞になっていて、「本の束」ではなく、「たくさんの本」になるのは中一で習う。
[[a set of] principles]
でも、「原理の集合」ではなく、「一組の原理群」だ。この間違いは翻訳書でも結構よく目にする。
[[a wall of] pictures]
も、「絵の壁」ではなく、「壁いっぱいの絵たち」になる。
で、同様に拡張していった結果、
[[a bever's nest of] orbits]
も、「ビーバーの巣のような軌道群」になるわけだ。これを難しいと思って「試し」に使ったkaokiと名乗るバカは本当に恥ずかしい。
ecger_と名乗る半キチガイはkaokiの仲間で、二人して荒らすのが趣味だったようだ。証拠は保全してあるのでいつでも告訴しようと思えば出来る。kaoki、edger_、夜ごと震えて眠れ。
2015/11/19
なにそれ?
耳にするたびに気持ち悪い表現がある。「サムライジャパン」とか「日の丸飛行隊」とか「なでしこジャパン」。もういいよ、そんなの。全部日本チームでいいじゃん。それからカタカナで「ニッポン」って書くのもやめよう。「不思議の国ニッポン」ってあれ日本人が書いてるんだぜ。イザヤ・ベンダサンなんかはっきり山本七平だし。「日本人に向けて書かれる日本人論」って、「サムライジャパン」と繋がっている気がする。言ってみればマスコミ総出の自意識過剰とでも言うべきか。スポーツの祭典があるとマスコミはいきなり国家意識をあおり立て始める。気持ち悪いんだよ。いっそ「ひょっとこジャパン」とか「ぬらりひょん飛行隊」とか「ドクダミジャパン」だとワタクシは応援する気が出る。やけくそだな、俺。とにかく言いたいのは、サムライとかヒノマルとか言わないんなら何でもいいのだよ。スポーツマンに国家を背負わすな。彼ら好きでやっててああなっただけなんだから。今ちょっとテレビで日本と韓国の野球の試合をやっているのを見たのだが、もしかしてユニフォームにSamuraiって書いてある?確信犯かよ。あああ、気持ち悪い。ところで日本の国旗もいい加減なデザインだと思うが、韓国の国旗は審美的に問題ありだな。
今日もAA
2015/11/20
だんだんAAのメンバーと気心が知れるようになって、行くのが楽しみになってきた。あんまりにも本当の話をするものだから最初は他のメンバーが引いていた。京都でのやっちまった事件とか、いろんなドラッグ体験とか。こないだは断酒1年目の人のお祝いがあった。AAではこれをバースデーと呼ぶ。断酒会では初段になるらしい。今通っているAAは宗教くさくなくていい。ただやめる。それだけだ。京都のAAは毎日開かれていたな。街が小さいから毎日でも通えた。いろんな懐かしい人たちがいるな。プーさんという人がかっこよかった。あるとき自分のアパートで火を出して気づかず、ふと我に返ると焼けたアパートの跡で一升瓶を持って立ち尽くしていたそうだ。この会場はどこだったかな?フランシスコの家、というところで開かれていたっけ。一度ここにとんでもなく話の長い、しかも下手なオバハンが登場したことがあった。1時間の中で40分しゃべり倒してくれた。面白くも何ともない話だった。工夫があればパーソナルな話でも面白くなるのだが、このオバハンは話し下手だった。おまけにプリ・クロージングの発話が来たな、と思うと、そこからまた話がだらだらと続くのだ。ワタクシは隣に座ったプーさんと筆談でオバハンの悪口を書いた。「いーかげんにしろよな」「頭が悪いんですね」「バカだよ、バカ」「帰りたいです」「二度と来んなよな、あのバカ」などと。断酒していてもアル中なんて自己中心的な時期がかなり続くのである。ドライ・ドランクと言われる時期である。これは「空酔い」と訳されるが、しらふでいながら思考が酔っ払いのままである時期を指す。ワタクシもありましたなあ。断酒2年ぐらいで抜けましたが。
酒の話
2015/11/21
昨日のAAで、始まる前に看護師さんと話をした。ワタクシの肝臓の数値が、γ-GTP1900, GOT28800, プロトロンビンが3パーセントで、肝性昏睡5度だったというと、自分が知っている限りのデータ的には確実に死んでいるところだと言われた。あそこで死んでいたらケテさんは生まれていないし、ニテさんとの幸せな3年足らずの月日はなかった。
最初に「酒で吐いた」のは7,8歳の頃だった。うちで父とその友人たちの宴会があり、泥酔した父はワタシの顔を捕まえて力ずくで酒臭い息を吹きかけたのだ。逃げても追ってきて吹きかける。吐いた吐いた。酔っ払ってしまったのだ。次には中学2年の修学旅行でウィスキーをボトル一本飲んでしまった。これは後で親に連絡されて父に首を絞められた。あ、なんだか鬱が出てきたのでこの件はここまで。また後で書こう。あ、いきなり思い出した。Teach Yourself Arabicというアラビア語の独習書はハシシ中毒の杉山が持って行ったままなんだった。
椎名誠さんのエッセイを読んでいると、実によく酒を飲んでおられる。どうしてアル中にならずにいられるのか不思議だ。アル中になる人間って何かが欠落しているのか?それとも何かが過剰なのか?鴨志田穣さんは西原さんに「DNAの問題じゃないか」と語っておられたそうだ。ワタクシもそんな気がする。それに加えてチャイルド・アビュースがあればほぼアル中のできあがりである。ワタクシの場合飲める体だったのも災いした。酩酊しているのが楽だったな。忘れたいことを忘れて脳を麻痺させる。それが狙いで飲んでいた。バーボン、日本酒、カクテル、ウォッカ、いっぱいはまったな。中でもバーボンベースのカクテルにはおおはまりした。マンハッタンやアル・カポネ、ジェントルマンズ・ショコラである。しかし飲む酒を選んでいたのははじめの頃だけで、仕舞いにはアルコールなら何でも良くなってしまった。安いジンや焼酎でも何でもこいだ。脳が麻痺するのなら何でもいい。荒れてたなあ。ああ、いかん。チャイルド・アビュースの記憶がよみがえって息が苦しくなってきた。心拍も上がっている。神経を静めなくては。ジアゼパムを一錠飲んだ。常備薬だ。それにしても腹が立つ。あんなやつに人生をいじり回された。殺したい。死んでるけど。克服せねば。記憶に縛られているのなんかまっぴらだ。
イェスペルセンの本をDVDにしてくで!
オットー・イェスペルセンは英語学者としては今でも最高の人物だ。修士課程に入って最初の宿題が、「七巻本」からparastic gapが記述されているところを見つけることだった。parastic gapは「寄生空所」と訳される。80年から今までこれは問題になり続けているが、生成文法家はこれを新しく見つかった現象だと思っていた人が多い。ところがイェスペルセンははるか昔構造主義の前の段階でこれに着目していたのだ。ワタクシはこの方の著作すべてをDVDにするべきだと思う。CDで足りるな。goerなんて語彙も生成文法の論文でpossible wordとされていたが、イェスペルセンはとっくに記述している。goer and comerなんてのがあるらしい。理論の予測するところではあるが、形態論は「知っている/いない」で判断されがちだ。文法性の判断の切込みが難しいのだ。
言語が思考ではないことのちょっとしたメモ
2015/11/27
すでに何カ所かで触れているが、ワタクシは言語が思考であるという一部の人のフォークセオリーをなんとかしなくてはならないと考えている。「言語すなわち思考」なんて事を書いているページもよく見つかる。これに反論しておきたい。
デリダがエクリとパロールを何の役にも立たない分け方をしたのも愚かだ。あいつはバカだ。
もし言語が思考だとすると、個別言語ごとに思考が変わるという古典的言語決定論が思い出されるが、サピアではなく、ウォーフの方の強い仮説が必要だ。色名語の研究で、Barlin and Kayの有名なものがあるが、色彩語彙が2つしかない言語の使用者でも多様な色彩を弁別できることが知られている。古典的言語決定論は既に学史的位置はあるものの、否定されているのだ。だいたいが思考が言語そのものなら、こんなに書く時に苦労はしない。
こういうことを真剣に考えないまま、「言語すなわち思考」なんて言う人が後を絶たない。数学というもっとフォーマルで抽象度の高い言語でも、そのまま数式を「思考だ」と言う数学者はいるまい。システマティックな認識の定着などで言語が思考を助けることはあるだろう。理論書を読んで「理解」する場合とかに。しかし理解された内容はすでにして概念たちからなるモデルであろう。これは言語に依存しない。いちいち数学の問題やチェスやスポーツや音楽を言語で処理していたらとんでもない容量と演算速度が必要になるし、人間の知的営みが全て言語で書けるとはとても思えないのだ。「言語は思考」論者の発言をよく読むと、「言語化できたもの」だけを「思考」と置いているようである。これではトートロジーだ。結論から始まっているのだ。
ゲーマーな一日・コメの話
2015/11/28
今日は不毛な一日を過ごしてしまった。タブレットのゲームで一日過ごしてしまったのだ。『異世界に生きる』というタイトルの、途中でセーブが出来ないRPGである。途中でセーブが出来ないと言っても、一つのキャラクターが死んだ時に『魂』というのが残り、次に始める時に有利な条件で始められるのではあるが。ワタクシはゲームではRPGかシミュレーションが好きだ。RPGではファイナルファンタジー、シミュレーションではSim Cityなんかはまったなあ。田中角栄みたいに実際の土地と金と権力を使ってSim Cityやっちゃった人もいたなあ。のちに市長失格として追放されたあたりもシムシティ的だ。林野庁がやっている知床とか屋久島の木の伐採を見ると、彼らはシムシティ的に地図を見て、あいた土地があると何か建造物で埋め尽くさなくてはならないヤマイに罹っているとしか思えない。知床に年間使える期間が異常に短い道路を通したり、屋久杉を独立採算制で伐採しているのなんか犯罪だ。長良川の河口ダムいつ開けるんだろう。米農家に田んぼを潰させておいてダムを造るなんてこれも犯罪だ。米については井上ひさしさんの『コメの話』とその続編で勉強した。反対意見はあったのか寡聞にして知らないが、あの本たちはもっと読まれるべきだと思う。水田のダム効果や、米は余っているどころか、一日に食べる量を少なく見積もって足りているとして発表されているとか、マコトにためになる話てんこ盛りだった。こんなに日本の米作りが危機的状況にあるとはしらなんだよ、おら。しかももうそれらの本を読んだのは思い起こせば20年ほど前である。今はもっと状況が悪化しているのではあるまいか。で、この状態でTPPなんて加入するわけだが、本当に大丈夫か?ワタクシは政治経済にはまったく疎いのだが、人間って権力と力があれば、「何かが作れる状況」に置かれた時に「やらずに済ます」事が難しいんじゃなかろうか。野田知佑さんの『日本の川を下る』などで知ったのだが、日本中の川が三面張り、つまり両岸と川底をコンクリートで埋められてしまって、却って水害が起きやすくなっていることとかもショッキングな情報だった。権力を持ちつつ行使しないのは子供がおもちゃを与えられてそれで遊ばないのと同じようなものではないか。で、またコメの話なんだが、高齢化社会で米農家の跡継ぎが減ってしまい、ますます「俺が米作っちゃるわい!」という若者もなかなかおらず、日本の水田がどんどん減ってしまうのではないか。井上ひさしさんの本で、「米は必須アミノ酸が全て入った奇跡の穀物である」ということをワタクシは初めて知った。水田のダム効果も、景観の良さも、上質な水を作ることも、米がけして高くはないことも、自然保護に役立つ存在であることも、すべて井上さんから学んだ。そりゃ「吉里吉里国」も独立したくなるよ。印象に残ったフレーズは、「米農家は一生で数十回しか勝負が出来ない」というような表現だった。年一回だもんなあ。大変な、そして重要な仕事なんだ。敬意を込めて「お百姓さん」と呼ばせていただきたい。
タイに行きたい
2015/11/28
スウェーデン語を勉強しているが、更に最近タイに行きたくなってきて、タイ語もやろうかと考えている。とはいえ、完成を目指す勉強ではなくて、挨拶と数の数え方と値切り方、ありがとう、ごめんなさい、また会いましょう、etc. でいいのだ。食事のメニューも読めなくていいから、だいたいの代表的な物を覚えておきたい。もし行くとしたら、いい年してバックパッキングで行きたい。タイではバンコクのパッポンとかいうところに行きたい。なにやら聞いたところではアジアの歌舞伎町らしいし。ナシゴレン、ミゴレン、本場のトムヤムクン、それからワタクシは酒が飲めないので、食欲の出るハッパ。これは警官に職質された時にパスポートに挟んで渡すドル札はいくらぐらいが妥当か、ということまで考えている。一月ぐらいは滞在したい物だ。鴨志田穣さんと西原理恵子さんのように出家するのもいい。ワタクシの性格からして、あったかい国でハッパなんかやった日にはとんでもないダメ人間になりそうな気もする。昼間からパッポンの屋台でキマッタ状態で食っちゃ寝ぇしてる自分の姿が今から目に浮かぶ。タイの人は優しいので好きだ。東京でいやなタイ人にあったことがない。
カンボジアやラオスにも行ってみたい。トルコにも一回行ってみたいのだが、ロシアの爆撃機を撃墜したりしてきな臭くなっているので今は危険かな。
東あるまいし、西かくのごとく
2015/11/29
タイトルは、まあなんだ、いつもの電波が出たということで。
一家に問題飲酒者がいた場合の子供の役割を吾妻ひでおさんの本で知った。ワタクシは「スケープ・ゴート」であり、「マスコット・チャイルド」だった。つまり問題行動を取る子供であり、おちゃらけて笑いを取る子供だったのだ。これに対して姉は「ロスト・チャイルド」だった。「波風立てない子供」。そして恐ろしいのはここからだ。スケープ・ゴートがどれだけ苦しめられようとも、ロスト・チャイルドたちからは家庭内の「いじめ」の認識が非常に軽いと言うことだ。ワタクシがどんな目に遭っていたかは、repeated here as follows.である。
・毎日父親が帰宅する車の音が聞こえると、びくっとした。これからどんな仕打ちが待っているのだろう。どう振る舞えば被害を最少にできるだろう。毎日毎日夜になると脅えていた。
これだけはっきりとした虐待があったというのに、ワタクシの姉は認めようとしない。京都のメンタルクリニックで、「当事者以外の否認は激しいですよ」と医師に教わった。姉も、「あの人があんたに何をした?」などと言うので、「じゃあ聞くが、あんたの子供が俺とまったく同じ扱いをされて育っても、母親として何の文句もないと言うのかね」と反問すると黙った。思えば父は哀れな男である。幼くて無力な子供しか当たる相手がいなかったのだから。どんなに抑圧されて育ったのだろう。ここにワタクシは連鎖を見てしまうのだ。ワタクシにも息子が二人いて、親権がなくて離れて暮らしているが、もしかしたらこれで良かったのかもしれない。あのまま一緒にいて、アルコール依存症もすすんだままになり、子供たちから嫌われるようになっていたかもしれないのだ。ワタクシは子供たちをはっきり溺愛していたから、そうはならない可能性もあるとは思いたいが。ワタクシにとって子供は夢と希望が詰まった天使だった。どんなに愛したことだろう。抱きしめて肩車してご飯を食べさせておむつを替えて一緒にお風呂に入って、一緒に寝て一緒に起きて、毎日の子供との時間はワタクシの人生における輝ける数ページだ。ニテケテ、一緒に近所の公園へ行って滑り台で遊ぶだけで、俺の人生のなかで最高のアミューズメントパークだったよ。今だって二人に会いたくて仕方が無いよ。元気にしてるかい?そういえばニテケテのことを思い出すと幸せな気分になって、最近ではすっかり精神安定剤代わりだ。ジアゼパムしばらく飲んでいないな。
きみの 顔なんか みたくない
ぬるい ビール 口に 含んで
昨日のことが 嘘みたい
人間って こんな生き物さ
たかを くくろうか
ふとなぜかこの詩の一節が脳裏をよぎった。北野武さんの歌で知ったのだ詩は谷川俊太郎さん。作曲が坂本龍一さん。あれ?どうしたんだ?涙が止まらない。今になって子供の涙が出てきたみたいだ。北野武さんでは北野さん作詞、玉置浩二さん作曲のこんなにいい曲もある。ここで話はまったく違う方向へ行く。小室哲哉の歌詞の英語ってひどいよな。can you celebrate での目的語欠落とか、we will love long, long time とか。長い時を愛するのか?小室の歌詞は必ず変だ。もう売れる曲は書けないだろうな。90年代はおかしかったんだよ。
早朝覚醒の3時半に思う
2015/11/29 3:34
などと言うタイトルで書こうとしたが2度寝してもう朝9時である。それにしても中途覚醒と早朝覚醒がなくならない。両方とも鬱の症状だ。ニテぽんとケテぽんにワタクシの抑鬱傾向は遺伝していないだろうか。「あいつは好色なんじゃないわ、性欲が強いだけよ」(いしかわじゅん、『アトミックタウン』より)、とふと思い出したフレーズ。他にも、「一日も早く精液でいっぱいの体に戻るのよ」、「これはパーソナルなペニスでして」などの名台詞が詰まっている。いいマンガだ。
吾妻ひでおさんの復活を誰より喜んでおられるのはご家族以外ではとりみきさんといしかわじゅんさんだろう。ワタクシは小学生の時から吾妻さんのファンだった。『気まぐれ悟空』、『ふたりと五人』あたりからはまって、『不条理日記』で完全にやられた。これは中学の時。SFの世界には入り浸っていて、吾妻さんのパロディの8割は分かった。何度も読み返したものだ。ところで今BGMにキース・ジャレットの"Death and the Flower"を聴いているのだが、ものすごく久しぶりで、こんな曲だったっけ?という感じだ。読書なんかもそうで、昔感銘を受けた本を読み返して、こんな話だったっけ?と思うことが多多ある。悪い方に間違っていたり、過大に解釈していたり。で、なんのことかというと、ワタクシはかなりこのアルバムが気に入っていたはずなのに、すっかり曲想を忘れていたのだ。最近クラシックしか聴かなかったからかなあ。それでキース・ジャレットでは一番好きな"The Survivors' Suite"をかけてみたらこっちはほぼ記憶していた。いい曲だなあ。
今鳴っている音はやはりキースの"For Miles"だ。うまいトリオだな。ケルンコンサートでキース・ジャレットを知り、そこから他のアルバムも聴いてみたが訳が分からない、という女性の嘆きをどこかのサイトで読んだことがあった。ちがうんすよ。ケルンが並外れて乙女好みでメロディアスなだけで、他のがほんとのキースです。
今日のAAの予知夢
2015/11/30
F0が綺麗だ
2015/11/30
最近ずっとクルマの中では宇多田ヒカルさんのシングルコレクションを聴いている。その前はキース・ジャレットばっかり聴いていた。で、宇多田さんの声の良さに何度も聴き返してしまうのである。"Prisoner of love"の歌い出しの、"I'm a prisoner of love"の最初の音がいいのだ。声門が開いた状態から/aim/と発音するものだから、アタックじゃなくてスラーで母音が入ってくる。カタカナで書けば、「ァァァアイム」だ。宇多田さんは喉頭原音が綺麗なのだ。喉頭原音というのは、声帯を通って出たばかりの、調音器官に「修飾」される前の音のことだ。声帯にポリープが出来たりしてこれが壊れた音を教室で聞いたことがあるが、実に気持ち悪い音だ。人間が急にロボットの声で話し始めたと言えばいいか。宇多田さんは英語も日本語も正確に発声しようとしているところもいい。ときどき音符に合わせるために日本語英語の発音になるのもご愛敬だ。クルマの中で聴くので、思い切り大きな音で聴いているのだが、母音も子音も綺麗だ。音に集中して聴くので歌詞の意味はほとんど追っていない。鼻母音が綺麗に出ているのもいい。日本語の「ナ行」や英語の/n/、/m/音でこれがはっきりする。シングルコレクションでは二曲目に入っている"Stay Gold"ではこれに対して、摩擦音の多い歌詞なので、囁くように歌う。ここから先は音声学の話なのだが、F1とF2がいい比例関係で発声されるので、「あなたの瞳の中の、奥に眠るしょうねん」の強調部分の鼻母音が大変にいい気持ちで聞ける。/h/音、と言うかむしろ日本語の「ハ行」(なぜこういう言い方になるかというと、日本語の「ハ行」は母音ごとに調音点が違うからなのだが。試しに「はひふへほ」と言いながら、口の中で舌や唇の位置と形が変わるのを確認するといいです)が気持ちのいい摩擦音だ。"Heart Station"では、「はーとすていしょん」と完全に日本語の発音になっているのだが、これは先に触れた音符に乗せるためだ。「もっと近づいて」の/「ちかづいて」が、仮に上田正樹だったら/tikaduite/と歌うであろうところを、綺麗な日本語の発音で/chikazuithe/と歌っているのも好感が持てる。鼻母音の綺麗さと言えば、「かなぁうなぁら〜」の「な」なんか上に~を乗っけたいぐらいだ。「小さな指輪がわたしにひかあぁってみせた」のところの、「あ」がアクセントの移動が起きているのもかっこいい。『嵐の女神』でのハミングも鼻母音が効いていていい。ところで、F0すなわち喉頭原音は持って生まれた物で、これはボイストレーニングではどうしようもない。声帯も筋肉だから鍛えればより高い声が出るようにはなるが、声質は変えられないのだ。つまり天性のものだ。サラ・ヴォーンの声のことを今は亡き我が友人は「トロンボーンのような喉」と言っていたが、言い得て妙だ。もちろんヴォーカリストとしてはサラ・ヴォーンと宇多田ヒカルを比べるのはいかなる意味でも不当だが(何せ体力が違う)ヘレン・メリルとエラ・フィッツジェラルドを比べるようなものだ。「分野」が違うのだ。宇多田さんの声の良さは聞き込むと確かな理由があるのである。ワタクシは10年遅れの宇多田ヒカルファンだが、この声質の良さがある限り聴き飽きるという事は無いだろう。どんな曲であれ、「楽器」の音自体に聴き飽きることがないのと同じだ。
なんて綺麗な夜空なんだ
2015/11/30
夜外出していたので帰ってきた時は外は真っ暗。クルマから出て習慣的に空を見上げて息をのんだ。星々があまりにも綺麗だったのだ。5分ほど立ち尽くして星座を探した。5分の間に4回流れ星を見た。北の空を眺めているだけで4回だから、天球全体ではもっともっと流れたはずだ。惑星、遊星、呼び名はいくつかあるが、太陽系の星々を、「この星は夜ごとに位置を変える」なんて観測していた古代の人の知的好奇心はすごい。学者という職業がない時代に、そんなことに情熱を燃やした人がいたわけだ。人類が全てワタクシ程度のものだったら天文学も発達していないし、電車だって走っていないだろう。ただ楽器だけはあって、食べるに困らない地域では歌って踊っていただろうな。飛行機なんかとてもとても。船だって丸木舟が精一杯だろう。
今宵の空は格別の美しさだ。雲一つ無く晴れた夜空。あの光っている点の中に銀河系が入っていたりするんだなあ。やるなあ、宇宙のやつ。
寒くなってきましたなあ
2015/12/01
禁煙開始
2015/12/01
思えばいろんな中毒になってきた。常用したのがアルコール、ニコチン、THC、試してみたのがLSDとペヨーテとヘロイン。やめるのが一番きつかったのはアルコールだ。京都のアル中病院に入院した時は、断酒会というやつに無理矢理入れられて、AAと違って本名で参加しなければならなかった。パンツ脱ぎ太郎であった。なんだそれは。依存する人間は子供だ。自分の中の子供が依存しているのだ。女性依存もやったな。買い物依存も。これがアル中と同時進行だったからたちが悪かった。ワタクシの体験上一番やばいドラッグはヘロインとアルコールです。覚醒剤は鼻から吸い込んだだけなので依存するところまで行かなかった。しかも一回だけだし。これが注射だと一回で依存性が出来るらしい。
朝3時41分。禁煙は続いている。特に吸いたいとも思わない。リセット禁煙が効いたいるようだ。ただしばらくは、クルマの運転に気をつけなくてはならない。マイクロ睡眠が出るのだ。ふっと1秒にもならない時間ではあるが意識が飛んで夢を見るのだ。「カマを掘られても抵抗しなかった俘虜に恥などあるか!」などと言いつつ、地球は回っております。「そりゃマコーレー・カルキンも酒飲むわ!」マコーレー・カルキンも消えたが、T2に出ていたアーネスト・ファーロングはなにしてるんだろう?ダウンタウンが『笑っていいとも』に出ていた時に来日して、番組中に松本が、「へっ、こんなやつどうせ童貞野郎さ」と言ったところ、通訳が訳してしまい、かわいそうに真っ赤になっていた。松本は「訳すなや」と言っていたのだが。だいぶ話が禁煙からよれてきたが、今のところ吸わずにすんでいます。これが一週間、二週間と続いていけば綺麗にやめられるでしょう。嬉しいなあ。
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山下洋輔さんの音楽教室
2015/12/02
山下洋輔さんの『円周率』を聴いている。ドラムスとサックスは誰だろう?第何次山下トリオの時のものだか分かればな。この曲は、3.141592....と続く数列を音階に置き換えた名曲だ。もちろんインプロビリまくるので、途中で違う方向へ行くのだが、端々にこの3.14のテーマが出てくる。
禁煙が5日目に入りましたが、なんか平気です。不思議だ。
ぽちのおもひで
2015/12/05
修士課程一年の時に恋愛をした。二人の女の子が好きだった。同じ研究室にいたから、けっこう綱渡りではあった。そのうち一人のキスもしなかった女の子が気にかかる。ワタクシのことを「オヤブン」と呼ぶので、「ポチブン」と呼んだ。二人で映画を何回か見に行った。ポチブンはかわいかった。関西出身で関西弁もかわいかった。好きだったが、もう一人の子と恋愛進行中だったので一度手をつないだだけだった。小さい子だったので、院生同士で歩いている時に、後ろのやつに「踏むなよ」と言ったことがある。そしたら「踏んでみい!」と笑って返した。二人で銀座のバーに行ったことがあるが、彼女はアルコールが全くだめだったので、ノンアルコールのカクテルにした。ワタクシは飲んだ。ポチブンと付き合っていたらどうなったかときどき考える。状況はだいぶ違うだろうな。もう結婚して子供もいるかもな。それが普通か。ポッチン、駆け落ちしてシベリアへ逃げよう!ロシアでコメディアンをやろう!
女性依存
2015/12/05
昨夜のAAで、女がらみの失敗が多いね、と言われた。確かにそうなんだよな。酒と女で人生しくじっている気がする。2年半もキツイ目に遭ったのも女と酒のいざこざだ。3回離婚しているのも結局は酒が原因だ。まあ1回目の離婚は離婚して大成功ですがね。あんな馬鹿女早く死んじまえばいいのだ。胸垂れ下がって死ね。雨宮かお里。嘘と知ったかぶりで生きている馬鹿め。ああ、腹立つ。2回目の結婚は子供が二人出来たのでまあ成功だろう。ニテケテ、元気かい?3回目の結婚は完全に勢い。しなくても良かったな。京都にいる時の女性依存は激しかった。酒はやめてもうすぐ10年だが、女関係がなあ。ずるずるべったりだよ。健康な関係じゃない。酒はもう臭いを嗅ぐのもいやになっている。タバコはやめて5日目だ。
渡部昇一の怪しさ加減
2015/12/07
ワタクシの出身校では渡部昇一が有名人らしいが、学内の評価はびっくりするぐらい低い。なんたって言語学専攻で講義を一つも持っていないのだ。妄言が多い人だ。「英文法をやった国民はレベルが上がる」だの、「劣性遺伝子を自覚したら子供を持たないようにするべきだ」だの、「ルーブル美術館ではジプシーの子供が金をくれとまとわりついたが、人種改良を行ったドイツではそんなことがなかった」だの、怖気を振るう発言てんこ盛りだ。そしてこの人はあの山本ベンダサン七平を「先生」と呼んでいた。頭が痛いよ。「アカデミズムの有名と、マスコミの有名は違う」ことをこの人ぐらい見事に体現した人もいない。学内ですら無視されているのだよ。いやそれにしても、「劣性遺伝子」について語った時には、タイトルが『神聖なる義務』だったんだよな。なに考えてるんだ?まともじゃない。山本ベンダサン七平の、息子との公開往復書簡を読んだら、これこそ断種すべきだと思ったけどね。親子で電波なんだから。ベンダサン七平の息子は確か詩人(笑)だったはずだが、その後どうなったのかな?『日本人とユダヤ人』の印税で食えるか。あんなトンデモ本が売れたというのが信じがたい。嘘ばっかりの本だ。「プールサイダー」なんて英語ネイティブなら絶対に作らない造語を作っていて、怪しさが半端ではなかった。作中にやたらと「山本書店主」であるとか、「御母堂」が出てきて気持ち悪かった。「安全と水はただ」なんて歴史を調べればすぐに分かる嘘を蔓延させた。田んぼの水争いや戦国時代の農民がイクサのたびに駆り出された事を知らないわけがない。駄本だ。保守と言うより右翼の皆さんも自虐史観とか言っていないで、「国家意識を持ちつつ自意識過剰に自己を見つめる」事から離れてみたらどうだろうか?もっと自分を見つめる作業をやめた方がいいと思う。そして外に出て、なんてことの無い評判に目を覚ますべきだ。もう、「ニッポン」とか、「クールジャパン」なんてどうでもいいじゃん。あるがままにあればいいのだ。国家的自意識過剰よりも内面を高めましょう。その方が遙かにクールだよ。
2015/12/07
キース・ジャレットの"The Survivors' Suite"
リンクしたのはキース・ジャレットの『生き残りの組曲』(でいいのかな。邦題はとんでもなく凝ったタイトルだと記憶しているが、そのタイトルそのものは忘れた)。もう20年は聴いているが飽きない。女の子のキースファンには『ケルン』が好きな人が多い気がするが、こっちの方が遙かにいい。しらふで聴いていると良さがよく分かる。ワタクシはアル中なので、昔は呑んで聴いていたのだ。酒やめて10年。質のいいのが残った、記憶の中に。タバコはやめて一週間だが、どんどん毒が抜けていくのを感じる。修士課程一年の時恋愛をした。相手はいいとこのお嬢さんだった。数え切れないぐらいキスして胸を触った。だがそこまでだった。それ以上の関係に進むことなく、なんか訳分かんないうちに終わった。外見よりも、頭と性格のいい子だった。ワタクシのことを「かっこいい」と言って、「モテる人は女を軽く見てるのよ」とも言っていた。言うほどモテないんすけどね。ワタクシも誠実に付き合いたいと思い、関係が深まる前に離婚歴があることを告げた。彼女にはショックだったようだ。なし崩しにしてしまうことだって出来たのに。ワタクシは子供だったんだな。もっとずるい方法だってあったじゃないか。でも、彼女とうまくいっていればその後の恋愛はなしか。それもつらいな。トモミやエリカやFやメルやハルカなんかと会っていないことになる。そして何より二番目の奥さんとも出会わず、ニテケテが生まれていない。これは大問題だぞ、おい。ニテさんケテさんに会えなかったとしたらワタクシの人生はほとんど意味が無い。修士課程一年のときの恋愛相手を以下面倒なので修子と呼ぶ。修子も「ケルン」が好きだった気がする。一緒に聴いたことはないが。あそうか、一緒に食事してる時に他の人に修子が「ケルンの4曲目って良くないですか?」と語っていたのだった。よく覚えてるな、我ながら。同じ研究室に昔付き合ったKという女の子もいたのだ。彼女の方から勝手な去り方をしたのでワタクシは悪くないのだが、なぜかKはワタクシと修子の恋愛を邪魔した。意味が分からんわい。女って面倒だな。最近とんと姿を見なくなった田村正和もそう思ってるよ、きっと。根拠はないけどさ。アタイのカンさ。なんで修子の話なんかしてるんだっけ。そうそう、修子と付き合っている間はワタクシタバコやめてたんだよね。タバコ吸う人とはキスできないと言われたもので。
"Survivors' Suite"名曲だなあ。昔はA面が好きだったんだが、今はB面のアウトさが好きだ。ピアノごりごり、サックスぶひゃららら、ドラムスどかどかどか。こういう分野って、やればやるほど理解者が減っていくだろうな。そしてその理解者はもっともっととよりアウトになることを望むのだ。
ところで図書館から村上春樹さんの『1Q84』をまた借りてきて読んでいるのだが、これって「IQ84』だったら悲惨だよな。『アイキュー84』だよ?もう普通の教室にいられないレベルだ。日本の国立大学に入る人の平均IQが125だと何かで読んだが、実は140を超えていて、大学に行かない人だっていっぱいいるんだよね。IQも140を超えると、小中学校で変な優等生になって、普通の授業じゃ面白くないし、漢字や社会などの暗記物が苦手になって、やっぱり特殊クラスが必要になってしまうのだ。おかしいよな、低い方の特別クラスはあるのに高い方にはないって。ワタクシだって特殊クラスに入れて欲しかったさ。周りバカなんだもん。やんなっちゃってたな、田舎の公立小中学校。高校だって選択肢が少なくてさ。いやだいやだ。都会に生まれたかったなあ。なんでこんな片田舎に生まれたんだろう。
修子ちゃんは幸せにしているかな?あの子は幸せにならなければならない。いい子なんだ。Fやトモミやエリカやメルやハルカも幸せだといいな。修子との恋愛を邪魔したKも幸福だといい。関わりがあった人みんなが幸せだと嬉しい。ナターシャもハギットもヴェネッサもフォンも。
キースだが、この人のトリオは凄まじいな。なんて集中力。来年中にガンガーの畔でバングラッシーキめてこれを無圧縮で聴く必要があるな。鴨志田穣さん曰くの「ヘロインに限りなく近い」バングラッシー。いいじゃないか。
今休憩で鴨志田さんの『カモちゃんの今日も煮え煮え』を読んでいたら、胸に刺さる一文があった。
「自分の父のことを尊敬したことも、愛したことも一度も僕はないが、肉親がだめになっていく姿を見る、というのは何ともいやなものだ」pp209
まさしくワタクシの気持ちだ。ワタクシが3歳ぐらいで、まださほど父を恐れていなかった頃、寝そべった父の背中に乗ると、「降りろ」と言われたものだ。わたしゃ長男ニテさんが乗ってくるのが嬉しかったけどね。3歳児に背中から「降りろ」と言う父親ってやっぱりゆがんでるよな。愛情の拒絶というやつだ。はぁ。情けないよ、俺は。なんて寂しい親子関係。やだやだ。ワタクシはニテケテにどんどん乗って欲しい。今でもそうだ。
Mという女の子と同棲していた時、電子ピアノがあったので彼女が寝ている深夜ヘッドホンをして良くピアノを弾いた。ある時彼女が目を覚ましていて、あまりの運指の悪さに、「キースかと思ったよ」と言って笑われた。ワタクシは懸命に弾いていたのだが。
"The SUrvivors' Suite"の邦題を発見した。「残氓」であった。なぜだぁ!
鬼よ笑え!
2015/12/08
来年の語学関係の予定が立った。スウェーデン語は継続する。これにタイ語を入れる。タイ語は文字が独特だが、あれさえ覚えてしまえば何とかなりそうな気がする。外国人が日本語のまったく規則性のないひらがなやカタカナを覚えるのを考えればあのくらいどうって事無いのだ。
ジョン・レノンの命日ですな。生きていれば75歳か。いい曲をもっと歌って欲しかった。才能を殺したんだからひどい話だ。ジョンの新しい曲が聴けないのは本当に残念。
タイ語では男性か女性か、発話者の性別で文末の発音が変わるというのをついさっき知った。面白いなあ。言語学的に興味のある言語だ。何よりあの文字が読めたらかっこいい。ひらがなやカタカナもいい加減カオスだが、タイ語のアルファベットもカオスだ。最初は読み間違い頻出だろうな。などと深夜に夢を膨らませるワタクシの3時2分。
保険の勧誘に勝つ方法
2015/12/09
どことは言わないが保険の勧誘の電話が先週来て、昨日資料が届き、また電話が来た。ガン、入院、手術の三つの関門をクリアしてしまったので、担当者がノリノリで説明を始めた。時間を取られるのがいやだったので、
「ええとですねえ、ワタシ躁鬱病を持っているんですよ。それで5年前自殺未遂をして措置入院を喰らってます」
と言うと、担当者が一気に引いた。
「さようでございますか、それではお体に気をつけてください」
と言うと、担当者電話きりやがんの。おいらへっちゃらさ!自殺未遂は嘘だけど、躁鬱病は本当さ!無敵だぜ、躁鬱!実は5年前には極端な躁状態になった。一週間全然眠れなかった。まさかと思われるかもしれないが、まったく嘘偽りなしに一週間不眠で多動。5日目ぐらいにはパソコンと話をしていた。気がつくと50キロ離れた県庁所在地の飲み屋街でセネカの『人生の短さについて』一冊を握りしめて倒れていた。財布とシステム手帳は盗まれたらしかった。その状態で誰か親切な人が救急車を呼んでくれたらしく、当然のように精神病院に担ぎ込まれた。いや参ったわ。めちゃくちゃに大量のクスリを飲まされて、個室で自分が船に乗っているとばかり思っていた。体が揺れて揺れて仕方が無いのだ。強い鎮静剤を飲まされていたから意識レベルが落ちていた。大部屋に移るまで一月かかった。不眠不休で大活躍したワタクシは「政治家なめんなよ!」などと言ったらしい(嘘です。今ちょっと政治マンガ読んでるんで)。昔親友が統合失調症に罹った時も一週間寝ていないと言っていたな。ワタクシも危なかったのだ。その友人は再発の予兆に怯えて死んでしまった。その年は3人友達が死んで大変だった。わたしホモよね〜、おホモさんよね〜。
.タモリンピックで優勝したかったなあ。あ、電波が。ポコチンいろいろ、アナルもいろいろ。チンポだっていろいろ咲き乱れるわ。
早ゆでパスタ
2015/12/11
私がパスタが好きなものだから、母がパスタを買ってきた。びびった。早ゆで3分とか書いてあるではないか。袋を開けて二度びっくり。パスタの断面がパックマンなのだ。切れ込みが入っている。これではアルデンテにゆでることが出来ない。伊丹十三が生きていたら怒るぞ。伊丹十三さんのエッセイで「プレーンスパゲッティ」の作り方を知ったのは10代の頃だ。1.8ミリぐらいのパスタをアルデンテにゆでて、バターをからめ、そこにパルメザンチーズをふりかけるだけ。これが実においしいのだ。これにははまった。一時期こればっかり食べていた。チーズはパルメザンじゃなきゃだめ。さて、そろそろタイ語の勉強に移るか。その前に、ゆで時間7分と書いてあるパスタが5分でアルデンテになることを発見。いい加減な時間を書かないで欲しい。ワタクシは特にパスタはペペロンチーノとカルボナーラが好きなのだが、自分で作る際はパスタ選びから始める。まず日本製はダメだ。やはりイタリア物でないといかんね。
誰か相原コージを何とかしてくれ
2015/12/12
コンビニで相原コージのマンガもどきが売られているのを一ページだけ立ち読みした。ヘドが出るほどつまらん。、ギャグになってないし、絵も相変わらず下手だ。編集者、引導を渡してやってくれ。あんたはマンガ家じゃないって。素人のギャグの方がはるかに面白い。絵がうまくなりたいという気概が伝わってこないのが致命的だ。もう引退しろ。おまえはマンガ界のラッスンゴーレライだ。ゲスで頭が悪いんだからあきらめさせろ。手に職をつけろ。相原のマンガが載っていると言うだけでその雑誌を買いたくなくなるのだよ、俺は。あれで笑うなんてなんて笑いの沸点が低いのか。パクリは多いし、ギャグになってないし。図々しくもネオ山上ギャグなんてことを言っていた時もあるし。山上たつひこと自分の差が分からないのか。死んじまえ。少なくとも俺の目の届くところに出てこないでくれ。おまえ面白くないんだよ。いがらしみきおの後追いばっかりしやがって。恥ずかしくないのか?
2015/12/22また何ページか立ち読みしてみたが、クスリとも来ない。なんだあれ?紙資源の無駄遣いだ。あんなの再生紙で十分だ。その前に出すなよ。笑えないお笑いは罪が深い。絵は下手だしギャグになってないし、見るところがない。
ハルカの思い出
2015/12/12
博士の学生の時、予備校でバイトしていた。英語講師だ。夏の講座で生徒を一気に二クラス増やした。受けたのだ。で、疲れてある日駅前のベンチでタバコを吸っていると、高校2年クラスの女の子が通りがかって話しかけてきた。「先生とお話しするにはどうしたらいいんですか?」と。駅前のベンチで二人座っているといらぬ誤解を他の生徒に与えると思い、音楽喫茶に入った。ハルカという子で、綺麗な子だった。音楽喫茶で話しているうちに、日曜日にデートすることになってしまった。「サイテーだな、俺。生徒とデートする約束しちゃったよ」と言うと、「いいじゃありませんか」との返事。
日曜日駅で待ち合わせして、新宿に行った。新宿御苑に入った。ベンチに座ると、ハルカが頭をワタクシの肩に乗せてきた。いいんだろうなと思ってキスした。かわいい子だったので胸がときめいた。そこで、「ハルカ、今日いいの?」と尋ねると「はい」と答えた。御苑を出てタクシーで渋谷円山町に行った。その地名がなにを意味するかハルカは分かっていたようだ。円山町の一角にあるラブホテルに入った。入ってすぐにお風呂の準備をした。ワタクシが先に入り、ハルカも入った。風呂上がりのハルカは色っぽかった。思わず抱きしめて服を脱がした。下着は上下セット。こうなることを見込んでいたようだ。遊んでるのかな、と思ったが、入る時に痛がった。処女だ。ハルカは痛みに耐え、ワタクシの精液を膣の中で受け止めた。出血していた。
「裸で抱き合うって素敵なことなんですね」とハルカは言った。
「痛くなかった?」と尋ねると、「最初だから仕方ないです、我慢しました」と答えた。かわいいと思った。
ハルカの体は綺麗だった。細身で締まった体。それなりに膨らんだ胸。かわいいおしり。
それから一夏で、いや、秋口までで200回ぐらいした。何回目かからはモニカもすすんでするようになっていた。
ところがある時期からハルカはワタクシと距離を取り始めた。そして喫茶店で話していると、
「16の夏はラッキーでした」と言った。ありゃー!俺遊ばれたんだ。栓抜き代わりにされたんだ。とほほ。
一月後に18歳の女の子の登場で、傷は浅かった。その子も処女だった。
もうあんな若い子とすることはないのかな。と思っていたら去年条例娘の登場である。早く卒業してくれるといいと思う。俺なんかに引っかかっていてもしょうが無いよ。
ゲッツ板谷は面白い
2015/12/12
西原理恵子さんの添え物ぐらいに思っていたゲッツ板谷さん、読んでみると面白い。この人ケンカに明け暮れてやくざになりかけたらしいが、頭のいい人だ。今日も寝る前に睡眠薬三日分飲んでラリった頭で読もう。とここで30分経過。ラリラリである。
『青い鳥』を韓国に輸出したらいい
2015/12/15
韓国の政府肝いりでさんざん市場を荒らした韓流、やっと収まってきている。韓国って好きになれないな。マナーがめちゃくちゃなんだもんな。まあいい。そこで提案したい。日本のドラマを片っ端から韓国に輸出するのだ。ワタクシは今youtubeで『青い鳥』を見返しているのだが、いやあ、不倫だ自殺だ懲役だで韓国の人に受けそうな要素がてんこ盛りだ。豊川悦司も夏川結衣も綺麗だ。鈴木杏も山田麻衣子も綺麗だ。ワタクシはまだビデオがカセットだった時代にこの番組を録画して、50回以上見ている。飽きないのだ。音楽がまず美しい。映像も綺麗だ。それにキャストがなんと言ってもいい。これと、『愛していると言ってくれ』を輸出したら韓国あたりじゃ大受けだろう。韓国ドラマを少しだけ見たことがあるが、セットが貧相だ。照明も光の当て方がおかしい。たとえば帽子のつばで出来る影が役者の顔にかぶっているのだ。黒澤監督みたいに目に光を当てて目力を出す工夫、今ではみんなやってるが、をやらない。演出やカット割りも稚拙だ。あんなのを見る気が知れない。『青い鳥』の完成度はすごい。アマゾンで買ってみよう。ただ一つ問題があって、それは二度目の逮捕は出来ても、起訴は出来ないだろうということだ。あれで起訴されたら何でも犯罪だ。
思い出すのだが、『青い鳥』が後半に入って詩織役が山田麻衣子さんに変わって、それはそれは女性の反発が凄かったのだ。「やることなすことあたまにくる」なんて書き込みもあった。そうだろうなあと今のワタクシには分かる。あれだけの美少女で色っぽくて、やることは幼い。腹も立つさ、山田さんあれから渋めの映画に出ているようだな。よしよし、それでいいのだ。
2015/12/15
君にデステニー
オカリナの鳴る丘で
君に出会ったね
デステニー
君にデステニー
オレはすっかりフォーリンラブワンスアゲイン
思い出はファンタジー
とてもとてもとてもファンタジー
センケイコンジロームなオレではあるが
とっても君にデステニー
真冬の冷水シャワー
心臓麻痺だぜ
オレのハート
盗んだハートを返してくれよ
それはまるでシンフォニー
君のかかとにタックルぽんぽん
ひょいひょいと
へれへれと
むげむげと
歩く君はデステニー
エイズなんかへっちゃらさ
だってとってもデステニーだから
ゴルバチョフとも友達デステニー
プーチンってかわいい名前だね
クマのプーチン
とどろく立ち小便
オレのハートを直撃さ
化学はクロマトグラフィー
オレのハートはデステニー
不倫はやったもん勝ちさ
そんな君にハーモニー
雪が降ったらノルディックスキー
BGMはチャイコフスキー
お芝居はスタニスラフスキー
犬はシベリアンハスキー
難しいのはチョムスキー
デステニー
ああ、デステニー
君にデステニー
いい、うう、ええ、おお
デスデスデスデスデステニー
どでどでどでどでどですかでん
こんなオレだけど、文通よろしく
アイマイミーなデステニー。
以上をもって、私の挨拶に代えさせてもらいますテニー
2015/12/15
田舎の貧相なゾク
今日珍しい物を見た。田舎の暴走族である。かっちょわるかった。カウルを思い切り立たせ、タンデムシートはリラックスできそうなたおやかな直立背もたれ。たった3人で集会をしていた。3人ともものすごく頭の悪そうな顔をしていた。悲しい。ふぉんふぉんふかすのだが、何せ2台のバイク、迫力なんかありゃしない。横浜のブラックエンペラー(ここの特攻隊長だった友人がいる)あたりに出くわしたら一発で殺されそうな情けなさだった。やっぱり2,30人はいないとどうにもならないわな。
ワタクシも子供の頃都会に生まれていればなあとよく思っていた。本屋は大きいのがあるし、映画館だってある。そういう環境が欲しくて情報に飢えていた。彼ら田舎のゾクも都会に行きたいだろうな。でも都会でゾクをやるのも大変だよ。牧歌的じゃないからね。2台のバイクに乗ってふぉんふぉんふかしながら疾走か。楽しいか、それ。
ワタクシが知っているすごい族が二人いる。横浜で特攻隊長をしていた男と、夜の青山通りを素っ裸でナナハンに乗って疾走した人だ。田舎じゃ出来まい。田舎のゾクはかっこわるいぜ。だいたい頭の悪い高校中退なんだよな。バカがかっこわるいことしてるわけだ。ああいうバカたちは18ぐらいで結婚して子供を作り、その子供にロンゲ茶髪とかさせて居酒屋に来るんだよな。、ああ、バカの連鎖。無くならないんだろうな。
浜田ばみゅばみゅのことなど
2015/12/20
浜田雅功何でもやるな。松本のアイディアだと何でもこなす。また『ガキ使』でフリートークをやってくれないだろうか。絶妙なやりとりが見たい。昔は録画してみたものだ。何度も見返した。浜田の突っ込みの早さには舌を巻いた。『4時ですよ〜だ』の最終回のダウンタウンを見たことがあるが、ふたりとも今とはまるで違う。着ている服がまず全然違う。浜田はおもちゃの兵隊のような格好をしていた。大阪じゃかわいがられていたんだね。アイドルみたいに。
2015/12/21
ロンリナイ・そしてデステニー
オレはとってもサンタな気持ち
君に送るよ
クリスマスプレゼント
横浜銀蠅のライブカセットさ
きっと君も気に入って
オレと二人で渚のロケンロー
シャコタンにしたオレのアルト
おまえのために助手席は空いてるぜ
砂利道をデステニー
人だって殺せるぜ、おまえのためなら
うそうそ、うそぴょーん
びっくりしたかい?
オレは今日も君のガードマン
変な虫がつかないように後ろからついて行くよ
イタ電が来ないように盗聴器だって仕掛けたよ
君のかわいい声を拾うマイクさ
オレは一晩中聞いてるよ
寝顔が見れるように
CCDカメラだってベッドの上の天井裏さ
とてもとてもデステニー
だからいっそオレとウォンチュしてみないかい?
トイレのカメラも動いてるよベイベ
お風呂には贅沢に8個のカメラさ
デステニー、あそれデステニー
運命のデステニー
おじさまはアンソニー
何のことやらミステリー
逮捕されたらシランプリー
オレはとってもデステニー
殺人鬼になりたいよ
君のためなら
放火だってやっちゃうよ
君の涙が乾くまで
あそれそれそれデステニー
タイ語にはまりそうな予感
2015/12/21
図書館からタイ語の教科書を何冊か借りてきて読んでいる。発音は理解できたので、文字に取り組み始めた。ハングルよりずっと入り組んでいる。それがまた快感。あのまるまるグニョグニョ文字が読めたらかなりカッチョイイ。ここ数日、Miles DavisとMichel Legrandの"Dingo"を聴き狂っている。かっこいいわぁ。今は女優になっている女の子と付き合っていた時に、彼女はダンサーでもあったので、この中の"Culb Entrance"をメタルテープ(時代を感じる)に繰り返してこれだけを録音してダンス用に渡したなあ。ニテさんが最初に踊ったのもこのアルバムだった。懐かしいなあ。
今日のAAではテーマが「家族」であった。痛いテーマだ。いったいどうしたらあんなにかわいい自分の子供にむごいことが出来るのか教えてくださいと発言した。答えらしき物が2,3聞けたが、納得は出来ない。「父親に復讐出来たこと」として、父親が見ている前でおむつを替えて離乳食を食べさせ、なにをするにもパパパパだったところを見せたと語ったらうなずいている方がおられた。そうなのだ、ワタクシの父には出来なかったことがワタシには出来たのだ。ところでニテさんとケテさんのIQはどのくらいだろう?ワタクシが最近成人用ではかったところ200,そしてニテケテの母である二番目の妻は160程度あったから、ニテケテもバカではあるまい。ニテさんは慎重な子供だった。イトーヨーカドーの子供の遊び場で疥癬だらけの子供たちが遊んでいると、怖がって近づかなかった。穏やかな子だったのだ。これは、今では信じがたいかもしれないが、幼い頃のワタクシと同じだ。暴力が嫌いで、うるさいのも嫌い、保育園から帰ってくると、隣の中学校の女の子たちが「かわいい」と言うのが恥ずかしくてならず、いつも真っ赤になって走って家に駆け込んでいた。本が好きで文字の習得は4歳だった。ひらがなとカタカナですが。小学校に上がる頃にはソノラマ書房のSFをだいぶ読んでいたので、教科書を見ておののいた。似たエピソードは筒井康隆さんも書いておられる。江戸川乱歩などを読んでいたのに、小学校の教科書には「アカイ、アカイ、ユウヒガ、アカイ」と書かれていて、書いたやつは気が狂っていると思われたそうである。ワタクシは性的にも早熟だった。小学校に上がる前に女の子と裸でベッドインしていたし(もちろん挿入はしていない)、小3の時はどうしても好きな女の子のあそこが見たくて嫌がるのを引きずり倒してパンツを脱がした。めちゃくちゃだ。反省してます。小5の時は好きな女の子と股間の触りっこもしているなあ。俺のスケベ。
タイ語に話を戻そう。子音字が42文字、母音が複合母音を入れて41音あって、14の記号と子音字で表すらしい。たまりませんな。男性語と女性語で挨拶からして違うというのも面白い。サワディークラッp(打ち間違いにあらず)が男性で、サワディーカァが女性だ。これでこんにちはもこんばんはもさよならも言えるという便利さ。やっているうちに女性語に優しさや慎みを感じるようになるんだろうな。
今図書館から借りている西原理恵子さんの『できるかなリターンズ』を読んでいたら、コルホーズで西原さんが「日教組!おまえらがやろうとしていたことがこれだ!」と描いておられる。ワタクシの尊敬する数学の先生、中学の時の先生だが、この先生はいかに職員室で陰湿な虐めに遭っても日教組には入らず、スト破りをして数学を教えてくださった。ワタクシには、問題集を一冊与え、「君は僕なんかの授業聞いてないでこれ一人でやっていなさい」と言ってくださったのだ。なんて度胸。なんて信頼。確かに数学は意味わかんねえぐらい出来たもんな。その先生のお名前を敬意を持って記しておきたい。「下井倉先生」だ。もうひとかた、小学校の時の理科の先生、「上下(かみした)先生」もお名前を挙げたい。このお二人がいなかったら私の心にサイエンスの魂が宿るのにだいぶ時間を食ったに違いないのだ。小6の時の担任が最悪だった。算数に集合が取り入れられた年で、教える側がよく分かっていなかったのだ。ワタクシは簡単に理解してしまったので、教師の間違いを指摘し続けた。するとこの教師はワタクシの耳をつかんで引っ張り上げたのだ。耳が真っ赤になって腫れてしまった。おまけにこのバカ、お気に入りの体の線が丸みを帯びてきた女の子に触るのだった。宮越(みやごえ)、おまえだよ。一昨年同窓会があった時にもその女の子が来ていないか気にしていたが、おまえが来るから来ないんだよ。ドバカめ。中学の理科教師も最悪だったな。矢野というバカで、周期表を理解していなかった。実験をまったくやらず、教科書を消化し切れていないのに無駄話をする大馬鹿だった。もう死んでるだろうな。こいつは生きていたら殴ってやりたい。頭がとんでもなく悪かったのだ。
タイ語が出来るようになって、行ってみていいところだったら住んじゃおう。200万で大きなうちを買って、犬と猫とクジャクを飼おう。都会生活も好きだが、ほんとの田舎というのも経験してみたい。酒飲まないようにしなきゃな。ハッパがあることだし。10時半か、寝よ。
よく寝た。タイ語の勉強を始めよう。まずはあの文字が読めるようにならねば。あれが読み書き出来たら実にクールだ。そうだ、タイ語の辞書も買わなくては。おほほほほ。たのしみじゃのう。
君にダブルチャンス
君に会ってから
俺の人生は大変化さ
睡眠時間は昼間の2時間だけ
後はずっと君のことばかり
今こうして
君の首を絞める時も
思い出すのさ
最初に君の部屋に入った日を
君の部屋は3階だったから
ベランダから侵入
案の定窓は開いていた
オレは裸になり
君のベッドに入ったのさ
君の残り香で
オレは思わず勃起して
オナをニーしたよ
君のベッドはガビガビさ
でも帰ってきた君は
オレを見て叫んだね
「ヘンタイ」ってね
分かってくれないなら
殺すしかないさ
君の首を絞める
おうおおうお
失神したところで
挿入さ
あうああうあ
オレはすぐに射精さ
それから君は目を覚まし
裸で逃げ出したね
オレも裸で追いかけたよ
ファンタジー
おうお
トリニティー
地球破壊爆弾スイッチオン
全部終わりさ
イェイイェイオー
人類滅亡は
オレと君のデステニー
野村サチヨにラリアート
2015/12/22
出会い頭に
サチヨにラリアート
激怒したサチヨが
君にディープキス
おうおおうお
怖いよおうお
引っ込み思案なオレのペニス
手術が15万円だよ
先細りなオレの亀頭
コラーゲン注射で大きくしたよ
デステニー
おおう
デステニー
あの日の思い出にバカヤロー!
真珠も入れちゃおうかな
手かざしキックだごごーごー
お肉を食べよう金曜日
君の胃袋満タンだ
黄色い線の内側へ下がってお待ちください
ICUはなぜオレを落としたんだ!
サチヨの仕業だデステニー
おしりぽんぽんデステニー
何でもかんでもデステニー
巨木になったデステニー
三半規管がぶち壊れたよ
マスミのせいさ
マスミとサチヨ
大の仲良し
かわいいじゃん?ふたりとも?
誘っちゃおうぜ、海へ
またやりやがったマイクロソフト・そんな馬鹿な事があってたまるか!!
2015/12/23
Windows10をスリープにしたまま出かけていたら、いつの間にやらMintが起動している。なんでだと思って再起動すると、Windowsのあほが勝手にグレードアップしてやがった。今朝3時から書いていた文章が消えてしまった。タイ語を勉強して気づいた事とか音声的なおもしろさとか書いたのだが、もう書き直す気力なし。
で、「そんな馬鹿な事があってたまるか!」だが、血液型信仰とホロスコープだ。手相もそうだな。たまに占いを「統計学だ」と言う人がいるが、母集団は?数値化出来たのか?解析方法は?無いんであるよ。そんなもの。ワタクシは血液型を聞かれると泣きたくなる。仕方なく、「クワガタ」とか「破滅型」とか「ニイガタ」とか答える。人間性や性格が分かるのは付き合いを通じてしかないだろう。決定づけるのはgivenと環境だ。ワタクシは面倒なので誕生日はない事にしている。誕生日:ある日なんとなく、である。あと霊感な、あれは嘘だよ。霊なんかない。輪廻もない。生まれて消えるだけ。だからちゃんと生きよう。生まれのせいにしたりするのはよそう。血液型なんてしゃらくさい。わたくしゃ息子の血液型も知らんわい。でも関係なく愛している。当たり前じゃないか。友人の誰一人としてその血液型を知らんが、かまわず付き合っておるよ。ホロスコープもそうだ。なにが水瓶座の時代だ。ふざけんな。ニューエイジの馬鹿者どもめ。細木数子の京都の豪邸を見ると泣きたくなるぜ。日本人ってそんなにバカなのか?細木本を買ったやつはテナガザルと結婚して重力が20Gの星で暮らせ。またはオオアリクイとエサの奪い合いをしろ。秋山何とかという超能力者もUFOで金星に行った時の話をしてくれ。楽しくてしゃーないわ。
「異星人がいる」根拠に、「だって地球にいるんだからね」という論者もいるが、マジか?それは確かに生命はいるだろうよ。これは間違いの無いところだ。太陽系にだっているかもしれない。エウロパの氷の下とかに。しかし知性体はどうなんだろうね。いて欲しいけど確率は限りなく低いな。SFではシリコンの知性体とか太陽の中や中性子星に住む生命が描かれるが、あって欲しいなあ。でもいるまいな。楽器のような形をした知性体が、音楽を奏でている星とかあると嬉しいけど、まあ無理でしょうなあ。もし『ソラリス』のような知性体があったら意思の疎通すら出来ない。
今日はタイ語の勉強が朝から少ししかやっていない。早くあの文字を覚えなければ。外語で育った人が日本語を覚えるよりは楽だろうな。ひらがなもカタカナも法則性がないもんな。ローマ字の世界から来た人には悪夢だろう。ハングルの見事な規則性から見たらなんて悪夢だ。ワタクシは学部学生時代にうるさい新聞勧誘員に、「あ、俺文盲ですから」と言って断り、「んなわけねーだろ」と怒られ、結果ぼこぼこの殴り合いになり警察が来た事がある。文盲と言えばデ・ニーロの『アイリス』といういい映画があったな。デ・ニーロが文盲で、知り合ったアイリスに恋して彼女に手紙を書くために字を学ぶというやつ。そういえば『レオン』のジャン・レノも文盲だったなあ。これからは文盲の時代だな。俺も一生懸命字を忘れて文盲になろう。日本国内でマジチャカ撃った事あるし(フィクションですよ)、文盲の殺し屋になろう。とどめを刺す前に、受動態の木を書いて死にゆく者へはなむけにしよう。最悪の死に際だな。分かったと言うまで死なせてやらないの。鬼。
ぼくのばよりんはいいばよりん。
ねこのかわでできてて、ばちでおとをだすの。
286が人格に立ち現れてきた。まずい。ちょっと注射だ。ふー。落ち着く。
まだ腹立つ事あった、ユタ州の田舎もんがワタクシの部屋にやってきて図々しくモーゼが海を割るシーンを見ませんかと言ってきた時だ。アマテラスが岩戸に隠れたのと同じレベルの話だぞ、それ。アメリカ南部で神道を広めようとして戸別訪問してたら射殺されてしかも撃ったやつが陪審の判断で無罪だぞ。おっそろしい。この手の、「あなたの世界観・信仰は間違っていて、私が薦めるものを信じなさい」にはほとほとうんざりする。殴っていい事にして欲しい。
それはそうと、Youtubeで、豊川悦司主演の『青い鳥』を見るのがやめられない。ほんとにいいんだ、このドラマは。なんかやたらとツボにはまる。昔カセットにとって見ていた頃はかほりがいいなあと思ったものだが、永作さんの良さがねえ、今になってよく分かるよ。基本的に「女連れで逃げる」という物語の構造がいいんだよな。しかもその娘も連れて逃げる。日本の「道行きもの」だな。結果がずだぼろになるのもいいのだ。1時間後。『青い鳥』第一話を英語字幕付きで見てしまった。ヒーローとヒロインがラスト1分までかすらない。すごい腰の据わり方だ。視聴率20%越えとか最初から狙ってないんだな。良質のドラマだ。
なんかこのくくりって雑談なのだが、現在夜11時24分で、ついさっきまで寝ていた。寝たのは9時ぐらいだったか。奴隷市場の夢を見た。ワタクシが奴隷として品定めされるのだ。幸い品のいいおっさんに買われたのだが、その後執事としてけっこう陽気にワタクシは働いた。何なのであろうか。
2015/12/24
『バカ世界地図』という本がやたらに面白い。世界中のバカたちが世界地図を記憶だけで書くのだが、日本に四国がなくなったり、形が似ているからとオーストラリアと四国が入れ替わったり、アメリカにディズニーランドという州が出来たり、大爆発だ。
進化の途上
2015/12/24
突然変異と自然選択で進化が説明されるのだとすると、ヒトはいままだ進化の途上にいるのだろうか?進化言語学ではヒトが言語を獲得してだいたい10万年と言われるが、言語の後に来る突然変異ってなにが挙がるだろう?つまり、「あった方が適者」になるような能力って何だろう?人間は身体的に必要なものは全て自分で作ってきている。テレパシーの代わりに電話、空を飛ぶ能力は飛行機、深海だって潜水艦、強い牙の代わりに銃やナイフ。文明の恩恵に浴さない環境にいる人たちの中から新たな能力が出てくるのではないか。脳の代わりになるような能力さえコンピュータで代用しようとしている現代文明人たちからは「肉体的に進化すべき能力」が出てこない気がする。道具を作る事で身体的進化は必要がなくなったのでは無いか。ウィルス進化論の本でも読んでみよう。あまりに無知だ、今のままでは。
平成の次
2015/12/24
「平成」の次が近づいている気がする今日この頃。次の元号は「天然」なんてどうだろう?「矛盾」でもいいな。中国の文物から取っていないだけでアウトなのだが、いっそ「フィラリア」とか、「アウト」とか、「プリン」とか「シニフィエ」とかはどうかな。「びっくり」「ラバさん」「北朝鮮」「IS]「原発」「津波」「怒濤」「社会機構機織り鳥」「ボンソワール」「続・平成」「平成・その後のあの子」「平成第二部」「平成夜間部」「超平成」「あんた、酒飲みなはれ」「ホームラン」「アイケルバーガー」「ポテンヒット」「煮こごり」「二丁目ミックスバー」「君も私も」「彼ら全員」「イマジン」「嗜眠性脳炎」「愛と青春の時代」「水たまり」「堅焼きそば」「土砂崩れ」「スキップ」「ポルカ」「美少年」「掟破り」「千本ノック」「横山ノック」「フロントホック」「ちょっぴり元号」「サンダーバード」「中華なイパネマ」「連ドラ」「火サス」「再放送」、何でもいいや。俺は使わないぞ。
そうだ、新しい元号は「西暦」にしてしまえ。意味が分からなくてカッチョイイ。
今図書館に行ってきたら、あゆみちゃんがかわいい髪型になっていたので褒めてきた。「ビッグ・トゥマロー」なんて元号もいいな。恥ずかしいぞう。「金玉」もいいな。「乖離性人格障害」とかもいいぞ。「BC」も意味が分からなくていい。「第三国人」とか「土人」もいい。
そうだ、次の象徴はあれだから、「ちんちくりん」で決定だ。いや待て、「人身御供」ってのもありだな、いっそ「小和田さん」。「小和田さん3年生まれです」いいじゃないか。いつか右翼に刺されるな、俺。
ニテさんの「たいたい」のことなど
2015/12/25
ニテさんが2歳の時に朝から元気がない日があった。水すら飲もうとしないし、いつもならぱくぱく食べるオムレツもパンもほしがらない。おかしいので保育園に連れて行かずにうちで様子を見た。すると、15分に1回ほどの頻度で「たいたい」と言っておなかを押さえる。なんかただ事ではないなと思い、救急車を呼んだ。いつもなら救急車なんかに乗った日には大喜びしそうなものを、ぐったりとして私の腕をつかんでいた。病院では浣腸をして、結果出てきたものに血が大量に混じっていた。そこで、近所の総合病院に搬送され、レントゲンを撮った結果、腸重積だと診断された。高圧浣腸というやり方で肛門からジェルを押し込んで大腸を修正していただいた。
今でも不思議だなと思うのは、おなかの中が痛いのと、転んで痛いのと、「痛い」という感覚を同じカテゴリーに属する感覚だと判断して、というか直感的に同じものだと見なして「たいたい」とおっしゃったニテさんのメンタルリプリゼンテーションのあり方だ。友達にかみつかれても痛いし、転んで擦り傷を作っても痛い。爪をはがしても痛いし、髪の毛をまとめて引っこ抜いても痛い。体のどこであれ、「痛い」という概念というかクオリア(ここで使っていい語彙なのかな)は一緒の箱に入っているわけだ。それが意味的拡張をして、「心が痛む」とか「柔らかい頭」とか「鋭い眼光」とか、「やつは切れる」なんてとこまで行っちゃうんだな。凄いな。まさに、"Metaphors we live by"だ。これはレイコフとあと誰だっけ、なんとかジョンソン(ジョンソン・レヤードだっけ)の共著の題名なのだが、「議論は戦争である」というメタファーを説明している箇所があった。「論陣を張る」とか、「弱点を攻撃する」とかね。今手元に本がないので適切な引用が出来ない。ご勘弁を。英語は凄く易しいので一読の価値ありです。
で、なにが言いたいかというと、子供は生まれながらに身体モデルを心的に持っているということだ。教わりようがないのでinnateだと考えるほかあるまい。現在の知見から批判するのは卑怯かもしれないが、たとえばスキナーはこういう内的モデルを考えるしかない、そして生得的なものをどうやってS-Rで説明するつもりだったんだろう?今のBGMはニテさんが好きだったMiles DavisのDingoだ。このアルバムで踊ったもんなあ、ニテさん。かわいかったなあ。ニテさんとケテさんに今聴かせたら良さが分かるかな。ニテさんは踊るだけじゃなくて、「歌」も歌った。「ふ〜う〜」と独特のメロディだった。「ら〜ど〜」の音階だった。なんで子供がオクターブを知っているのだろうか。謎だらけだ、人間の子供は。やはり脳の音楽モジュールにオクターブが入っているのだろうか。だとしたらなぜ?そんなものが自然選択で残る理由が分からない。脳はものすごく余剰的だと思う。無駄に進化したところが大きい気がするのだ。
今日図書館から、爆笑問題と田中克彦の対談本を借りてきた。さて、芸人相手で気が緩んだ田中さんがどれだけむちゃくちゃを言うかチェックだ。とんでもなく馬鹿な事を言っているだろうな。今から突っ込むのが楽しみでならない。
ワタクシの臨死体験
2015/12/26
ワタクシはかつて臨死体験をしている。劇症肝炎で死にかけた時だ。生存率7パーセントだと言われたらしい。生き返っても廃人だと。
都合7日間昏睡していたのだが、これは肝性昏睡というやつで、かなり危険らしい。で、そのうちの何日目だかは知らないが、ワタクシが生まれる前に死んだ兄二人が迎えに来た。こちらの手を取って「行こうよ」と言うのだ。兄たちが行こうとしている方角は、白い光に満ちた神聖な空間だった。ついでに、枕元に自殺した友人が座ってにこにこ笑っていた。
あれは何だったんだろう。ワタクシは唯物論者なので、あの世は信じない。とすると、死にかけの脳が苦痛を軽減するために脳内麻薬でも出すのだろうか?その体験中は大変気持ちが良かったのを記憶している。とは言え、あの時期は意識レベルが低下していて、今思い返すあの頃の気分はだいぶ再構成された記憶である可能性が高いのだが。
あれはいったい何だったんだろう?幻覚、というのが一番理性的な判断だろう。ただ不思議で鳴らないのが、兄二人がニテさんとケテさんにそっくりだった事だ。ニテさんはまだ3ヶ月の乳児で、ケテさんは生まれてもいないのに。二人の2歳9ヶ月と3ヶ月の時の姿で兄たちはいたのだ。これも記憶の後付けなのだろうか?
ニテさんとケテさん
2015/12/26
ワタクシには二人の息子がいる。長男がニテさんで次男がケテさんだ。ニテさん2歳9ヶ月、ケテさん3ヶ月の時に別れたきりだ。離婚裁判の時には、もちろん親権は欲しかったが、勝てるわけが無いと思い主張しなかった。
ニテさんもケテさんも夜泣き一つしない子だった。ニテさんは1才になった頃からワタクシへの愛着が凄かった。ある日ワタクシが疲れて朝寝していて目を覚ますと、枕元にニテさんはワタクシのと自分の麦わら帽子を揃えて置いていた。そして一人でミニカーで遊んでいた。麦わらはつまり外に遊びに行きたいと言う事だ。でもパパが寝ているから起こさないで一人で遊んでいたわけだ。ワタクシはその気持ちが嬉しくて泣きそうになった。もちろんすぐに起き上がって公園へ二人で出かけた。公園では追いかけっこをよくした。ニテさんが滑り台にはしごで登るのだが、どきどきしているのが伝わってきた。先に滑り台を降りたニテさんは得意げに笑った。
ニテさんが寝ているワタクシを起こす例外があった。おなかがすいた時だ。そのときも遠慮がちにシャツの袖を引っ張って起こしたものだ。ワタクシはすぐにオムレツを作ってニテさんに食べさせた。ニテさんは料理が出来るまで自分用のプラスチックの皿をもって足下で今か今かと待ち受けていた。オムレツにケチャップをかけてやると、スプーンで上手に食べた。
ケテさんが生まれる前、ニテさんと二人でシチューを食べていたある日、ワタクシの皿が空になったのを見て、ニテさんは自分の皿からシチューをワタクシの皿に移して分けてくれた。大好物のシチューである。たった2才でそんな事が出来るニテさんがかわいくて仕方が無かった。ワタクシは慌てて、シチューの入った鍋を運んできてニテさんにまだあるんだよと教えた。安心したようにまた自分の栄養摂取に戻るニテさん。かわいかったなあ。
ニテさんのおむつを替えるのは楽しかった。いっぱい出ていると嬉しかった。腸重積をやってからは排泄物のチェックを欠かさないようになった。ニテさんをおむつ交換のために寝かす時に、「はい、ころーん」と言うと、ニテさんは「こどーん」とまねをした。これからおしりが気持ちよくなるのが分かっているので嬉しそうだった。
ニテさんとはよくお風呂にも入った。全身綺麗に洗ってやって、ぴかぴかにしてから湯船に入れた。熱いのを嫌がるので、ワタクシもぬるめが好きな事もあって、ぬるいお湯に入った。決まって言っていた言葉が「たったかいねー」と「もちいねー」だ。あったかいねー、気持ちいいねー、とワタクシが言っていたのを覚えたのだ。ニテさんは果たしてこの発話をする時に意味が分かっていたのだろうか?あったかい、とか、気持ちいい、が。もしかしたらお風呂につきものの発話として理解していたのかもしれない。
ケテさんには謝らなくてはならない。残念な事にまだ3ヶ月だったケテさんとの間にはほとんど思い出がないのだ。両手で指を握らせて持ち上げたりおむつを替えたぐらいしかしていない。実に残念だ。
ニテさんにもケテさんにも申し訳ない。父親が必要な年代に一緒にいてやれなかった。ニテさんはあれだけワタクシになついていてくれたんだから、喪失感も大きかったんじゃなかろうか。「ぼくのいちばんおおきなおもちゃがなくなった」と思ったのではないかと思うと胸が痛い。
ニテさんは2才になると、保育園で学習してきたらしくテーブルの上にあるものを「がー」と言って両手で払い落とした事がある。ライターが落ちたので、「ニテ」と言ってライターを指さして動かなかったら、しぶしぶ拾い上げてテーブルにのせた。指をくわえたので、「ニテ君おりこー」と言って抱きしめると、指をくわえたまま照れ笑いをしていた。しかられたと思ったら次にすぐ褒められて嬉しかったんだな。当時の妻とニテケテと3人が写っている写真がある。ニテさんはカメラ目線だ。ワタクシをヒーローを見る目で見ている。そうなのだ。ニテさんにとってワタクシは絶対的なヒーローだったのだ。疲れたら肩車して、近所の公園でボールが取れないところに転がった小学生に頼まれてボールを拾いにフェンスを跳び越え、紙芝居をし、お風呂でお湯かけっこをして笑い、おいしいオムレツやパスタやシチューを作る。ニテさんにとってのワタクシはそういう存在だった。そしてワタクシにとってのニテさんは神の贈り物だった。別れてしばらくは、路上で肩車をせがんで泣くニテさんの姿を想像して涙が出た。一度も肩車された事のないケテさんの事を考えて切なかった。
でも待っててくれ、ニテケテ。俺は君たちの父親だ。必ず君たちの役に立つ事をする。何年かかろうとやってみせる。待っててくれ。いつも君たちの事を考えているよ。
竹脇無我
2015/12/26
タイトルは本文にかすりもしないぐらい関係が無い。
最近ジアゼパムが効かなくなってきた。耐性が出来たのだ。SSRIは一生飲まなければならないと言われている。何だって俺が。明るい子供だったのにな。年を取るごとに難しい性格になって行っている。年を取って丸くなるなんて嘘だ。俺はどんどん角が立ってきている。とりあえず来年、タイに行って南国の熱と光で自分がどれだけ変わるか見てみよう。ということで今タイ語を勉強しているのだが、文字の読み書きは出来るようになった。あとは長文を読みまくり、語彙を増やす事だ。タイ人のメールフレンドを作る必要があるな。スウェーデン語でやったのと同じに。
今日は昼過ぎから鬱が襲ってきていてちょっと大変だ。無力感が強く出ている。日本の自殺者が年間3万人を超える。交通事故で死ぬ人より多いのだ。このシステムはどこかおかしい。この日本というシステムは。人が立ち上がれないのだ。今日も図書館へ行ってあゆみちゃんとエリカちゃんのかわいさを堪能してきた。ふたりともかわいいなあ。エリカちゃんは堅いので、あゆみちゃんをデートに誘おう。いいんだ、お友達で。なんか口実ないかな。あれ?俺ともあろう者がびびってるぞ。気まずくなって図書館に行きにくくなるのが怖いのかな。と言うか、内的な欲求が無くなってるんだな。好きってほど知ってるわけじゃないし。人を好きにならなくなってるなあ。自信もなくしている。どうした、俺。やっぱり鬱がいかんのか。今年は新年早々3度目の離婚もしたし.そういうことが面倒になっているのかもしれない。俺、去勢した方がいいかな。
東京か京都に戻りたい。もう薩摩の片田舎の生活がいやになっている。こっちの言葉も好きではない。分からない単語が多すぎる。アクセントは覚えているものの、語彙レベルで知らない事が多いのだ。それにこっちにはでかい本屋も映画館もCDショップもない。田舎の人付き合いも面倒だ。排他的かと思えば妙に入り込んでくる。距離感がつかめない。ああ、疲れる。今日はもう寝よう。
2015/12/27
朝4時35分である。よく寝た。東京か京都で仕事を探そう。京都の方がいいかな。東京の電車に毎日乗るのはちょっとかなわない気もする。京都の街の小ささが好きなんだよね。町中国宝だらけだし。まっさんやプーさんやオギオギやメルなど会いたい人もいる。母親をディープな京都に案内してやりたい。日本のおばさんたちは京都が好きだからねぇ。いや、ちょっと待てよ。臨床心理士の院試が11月だから、タイには12月に行くとして、京都で仕事があるかな。と言うか、あと2年はこっちにいる必要があるのか。どうしよう。まあ勉強は続けるわけですが。
笑っていいともの最終回をハードディスクに入れてあるのだが、なぜか何度も見てしまう。ピースの綾部ね、あの男は消えるね。他にも山崎なんとかとか消える可能性の高いキャラクターがそろっていた。笑っていいともってけっこう罪作りな番組だった。何人の若手を消費してきた事か。
今日は早朝に起きてタイ文字の練習をした。かわいい文字なんである。でも/p/と帯気音の/ph/がまったく関係の無い形をしている。「ちゃ」の音も帯気音のあるなしで弁別されるのだが、文字に関連性なし。
キラキラネーム
以下は「キラキラネーム」で検索してヒットした名前である。
泡姫(ありえる)
美俺(びおれ)
姫凜(ぷりん)
恋恋愛(れんれこ)
祈愛(のあ)
今鹿(なうしか)
七音(どれみ)
希星(きらら)
絆星(きら)
来桜(らら)
月(あかり)
天響(てぃな)
緑輝(さふぁいあ)
火星(まあず)
葵絆(きずな)
姫星(きてぃ)
あーのなー!読めない名前つけんじゃねーよ!
親が最初に子供にプレゼント出来るのが名前である。こんなもんつけられた日にゃ子供ぐれるぞ。まず学校で教師に親の教養を疑われる。よっぽどのバカが浮かれ調子になっていないとこんな名前をつけようとは思うまい。もういいから行くとこまで行け。核融合と書いて「サン」とか、太郎と書いて「ジョン」とか。いや、もうこの手の「ひねり技」は使われてるな。今を「なう」と読むとかな。しかしこれ一生使う名前だぞ。いいのか?これで?キティなんて名乗れないぞ。サファイアもだ。泡姫ってソープ嬢にでもする気か?
開き直ってワタクシもいくつか考えてみよう。地球(テラ)、時絵人(ジェット)、魔夜(ムソルグスキー).魔山(ヘルマン)、十三金(ジェイソン)、O(ホームラン)、長嶋(ひぶん)、一休(とんちこぞう)、もう何でもありだ。
世間の新生児をお持ちの親御さん、マジで読める名前で知性を感じさせる文字を使ってくで。俺暴れちゃうよ。ところでこういう名前をつけるって事は、これらがかわいいとかかっこいいと思ってるわけだよな。自分だってこんな名前が欲しかった、とか。やっぱり頭イカレてるよ。
などと言いつつへらさけ雑記14に続く。